パレードが始まる前に

□パレードが始まる前に 5
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今日はいよいよパレードの当日で、朝から昼花火の乾いた音が鳴り響く。
こうまで奥まった辺りへはあまり関係ないとはいえ、華やいだ気配に浮かれた空気が満ちる中、

「今日も調査か? 精が出るな。」
「いえ、今日はあの、ご本を返しに…。」

様子見には違いないが
探っているのはポートマフィアの動向も含めて。
そんなことくらいほぼ見抜かれているのは昨日の会話でもようよう判っており、
太宰の助言がなくとも、今更誤魔化したところで白々しすぎる。
それに、調査は勿論大事だが、それ以上に
この、小さな体でなのに懐の尋深い、
飄々としたマフィアの幹部殿への関心が高まってしょうがなく。
今朝も太宰との打ち合わせもそこそこにワクワクと出かけてきたほど。
昨日一昨日と同じく、コンテナ広場の奥まったところで、
1段積みのコンテナの天井部分へ腰かけた彼を見上げ、

「これ、ありがとうございます。
 やっぱり面白かったです。」

昨日借りた、実は素人集団による捕物帖だった時代劇本を差し出した。
中原が言っていた通り、時代劇といやなんていう型通りのやりとりは少なくて。
お話のあちこちに江戸時代の習わし、今でも通じる季節の行事が鮮やかに寄り添いながら
論理のしっかりした推理話が展開されていて。
6話ほどが載っていたのをあっという間に読んでしまった敦は、
何話目のお話で捕り物一味の誰それがこんなことを言うのが面白かったとか
それは無邪気に感想を話してくれるので、
聞いている中原の表情も自然と柔らかくほぐされる。
…と、

「でも作家の方々って凄いですよね。」

不意にそんなことを言い出して。
何をいまさら、筆だけで食ってけるところですでにすごいぞと思いつつ、

「何がだ?」

一応聞いてみれば、
ふふと恥ずかしそうに笑い、

「だって、本を読んでいると、
 ああそうそう、こういう想いしたことあるって、
 するするって気がつくような流れとかあって。」

肩をちょっぴりすくめ

「何だ、自分にだけ起きたことじゃないのかとか、
 自分はうまく言いまわしが出来なかったこと、すらすら言えてたりして。」

同じ日本語を使っているんですのにね。
ああそう言えばいいのかって、わあ凄いって…と。
やはりやはり無邪気に言う彼で。
ちょっぴり言葉足らずだが、言いたいことは何となく伝わり、

「まあ、そういうことを勉強して書いてる人たちだしな。」

そうと応じつつ、昨日と同様、異能を使い、
コンテナの高みという隣りへと持ち上げてやれば、

「そういうのってやっぱりちゃんと学校へ行かなきゃ身につかないんでしょうか。」

どこか伺うように聞いてくる。
学校ねぇとつぶやいた中原だったが、実を云や自分もまともな教育は受けてはいなくて。
世話を見てくれていた紅葉が
“教養というものも身につけねば”と言い続けたのへ従い、
遅ればせながら本を読んだりネットで調べ物をしたり、独学であれこれを身につけたクチで。

「学校にこだわらなくてもいいんじゃね?」

例えば、どんなことが知りたいの?と、
膝の上へと腕を置き、その上へ軽く身を倒す格好で、
覗き込むようにしてお顔を見やって訊いてやれば、

「えと、あの…。」

ちょっぴり言いよどんでから、それでも訥々と連ね始めて。

「例えば、逢えば楽しくなる人がいて。
 ちゃんと逢えてて一緒にいられるのに、何でだか気持ちのどこかが寂しくて。」

自分の胸元、やさしい手が押さえてそんな言いようをし、

「何かが空回りしているような、
 チクチクするような気持がどこかにあって。
 嬉しいのは嘘じゃないのに、その先を思うとつい、今を堪能できないのが歯がゆくて。」

なんか変なこと言ってますよね、すいませんと。
上手く言えないもどかしさにうつむきかかった敦だが、

「ああそりゃあ“切ない”ってことだよな。」

中原は事もなげに言ってのけ。

「せつない?」
「そう。切るって書く切ない。」

嬉しい想いと同居することもある、ちょっとばかりもどかしい想い。

「嬉しい楽しいと思う気持ちを端から千々に千切ってくから、切ると書く切ない。
 ただ辛い苦しいってのじゃあなく、
 大切な人と居て幸せだから、それがどうかなったらどうしようって不安になる。
 今の相手の気持ちが変わってしまったらどうしようって不安になる。」
「あ…。」

ただただ辛いというのじゃあないと、
嬉しい傍らから何かがこぼれてってないかが心配だから沸き起こる想いだと、
そうと言われて、
ぽかんとしていた敦の表情が弾ける。
形のない不安の名前をさらりと教えられたような気がしたそのまま、
だが、同時に頬が真っ赤に染まり、

「あ…えっと。」

だってそれってなんだか恋心みたいで。
そんな話を、知り合ったばかりも同然のこの人に持ち掛けてたなんてと、
それこそ少女のように含羞む彼で。


「あ、いやあの、僕のことじゃなくて。」

近くにいる人で、そりゃあしっかり者な人なんですが、時々物思いにふけることがあって。
いつも楽しいことを言って呉れる朗らかな人のに、それでもやっぱり案じるものがあるのかなとか。
しどろもどろになって言い訳を紡ぎ、それからふうと息をつくと、

「ダメですよね。僕って言葉をホントに知らない。」

スラッと説明できなくて、要らないことばっかり並べてしまう。
そんな言いようをし、学歴のなさを恥じてでもいるようだったが、

「…そんなもんは重要じゃねぇと思うぞ?」

中原が静かな声で言い置いて。

「手前の言いようはちゃんと伝わってるし、
 少なくとも何にも言わねぇよりよほど気が利いてる。」

そう、その方がよほどに始末が悪いと言いたげで。
初めて怒っているような声を聞き、何か気に障ったのかしらと小首を傾げる敦だった。





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