パレードが始まる前に

□パレードが始まる前に 1
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室内自体は静かだが、壁がずんと薄いのか
雑踏にでも接しているものかと思わせる、
すぐ外の雑然とした人ごみらしき気配があっさりと拾える。
そんな部屋の中で横になっている自分だと気がついた。

 “あれ?”

煤けた壁紙、古ぼけたアルミサッシの上にはやや埃の目立つエアコン。
蛍光灯が灯されていて、でもまだ遅い時間ではなさそうなのが窓の明るみで察せられ、
天井板にはシミが目立つが 室内にこもるのはさほど不衛生な空気じゃあない。
町なかによくある小さな事務所の執務室みたいな空間。
でもでも、自分が世話になっている探偵社は勿論のこと
この直近に出向いたあちこちの似たような場所とも違う、
今の自分にはまるきり見覚えのない場所で。
というか、なんでまた今の今まで眠っていたのだろうかと、
応接セットらしいソファーに横になっている自分の
現状に関するいろいろな“はてな”の札が伏せられていることへ気がついたのと同時、

「おお、気がついたか。」

そんな此方へのものだろう、声掛けがあって。
ちょっとばかり傍観者みたいな感覚でいたものか、
かすかに薄い膜がかかってたような意識がその途端にパチンと弾ける。
え?え?と頭を巡らせると、数歩分の空間を空けた壁際に机が据えられてあって
そこの回転いすに腰掛けている人物がいるのが見えた。
赤みの強いくせっ毛にシャギーを掛け、
前髪とうなじへ長い目に垂らした若い男性で。
そんな奔放な髪型といい、声音の響きといい、20代だろうと思われるのだが、
それにしてはかっちりした衣装で身を固め、
ウエストカットというのだろうか丈の短いジャケットに、
腰下まであるベストを重ねたこじゃれたいでたちをしていることといい、
俳優とかバンドマンとか、芸術系の人なのかなぁと何となく思う。
面差しも少し線が細いながら鋭角的で、
切れ長の双眸が力みを帯びて凛々しいばかり。
簡潔な言い方をすれば美丈夫といって不足はなく、
泰然と落ち着きはらっているのが、何とも頼もしい。
自分が知る美男子といえば、先輩で教育係にあたる太宰さんだが、
あの人は百合や桜のようにどこか憂いを秘めた淑とした印象なのに比し、
こちらの人はバラや芍薬といった、華麗で豪奢な雰囲気をたたえている。
キイとかすかに椅子を軋ませてその身を動かした拍子、
ほのかに届いたのはかすかながらも特徴のある匂い。
果物の香りと花の香りが絶妙に混ざったような、
際立っていつつも爽やかなそれは、
言っては失礼ながら、こんな簡素な部屋への芳香剤とは思えないから、
彼がその身へまとうフレグランスなのだろう。
こうまできっちり行き届いた洒落ものだのに、何でまたこんな煤けた事務所に?と、
そのバランスの不均衡を飲み込めずにいるこちらだとは気づかぬまま、

「菱屋のおばさんと坊を庇ってくれたんだってな。」

そんな風に続け、にこにこと表情豊かに笑っている彼で。
ああそうだった、その諍いの末に、情けないことに昏倒した自分だったと、
現状の手前、何があって見覚えのない此処にいるのかにやっと合点がいき、

「ホントならウチの誰かを付けとくところだったんだが、
 どういう手違いか、誰も居ねぇって不始末になってて。」

初老のご婦人が切り盛りしていた小さな食堂。
孫だろうか小さな男の子も炊事場のほうにいて、
いかにも地元の皆さんの定食屋という雰囲気の店だったのだが、
昼下がりの閑散としていた店内で
柄の悪い輩たちがつまらぬ因縁をつけて彼女らを困らせていて。
普段ならこういう場面へしゃしゃり出る性分ではないのだが、
他には誰も頼れる人が見受けられずで、つい。

「ああ。いえあの…。」

でもあれって庇ったと言えるのかな、
通せんぼするように立ちはだかったら胸倉を掴み上げられて、
何発か殴られた結果、引っ繰り返っちゃた。
そんな騒ぎを聞きつけたのか、誰かが おい何の騒ぎだと覗き込んだのを最後に、
意識が飛んでしまったわけで。
今更ながら不甲斐なさに言葉を濁しておれば、

 「異能を使えば楽勝だったんじゃねぇのか?」

ククっと、何かしら可笑しいことでもいらうように
短く喉を鳴らすように笑って、その人は付け足して来た。
ちょっぴりざっかけない口調になったのと、
此方に関して何か知っていてこその言い回しだったのへ、

「え…?」




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