短編 2

□ホントの楽苑 〜異形の楽苑 後日談
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何だかややこしい異能への対処にあたった一連の騒動。
最後は割と穏やかに収集できたような感もあったが、
それというのもそこへ至るまでの対処が徹底していたのと、
あんな悪夢のような対象に向かい合えたほどもの度胸や慣れと、
彼らのような特別仕様の異能者だったからこそ片が付いた案件でもあって。

 「…? どうした、敦。」

どういう対処をしたかは実際にあたった者にしか語れないこと。
とはいえ、そのまま公開できる報告じゃないのは明らかで。
異能関わりな案件ではそれがセオリーな流れ、
“真相”をつづった書類は原本を探偵社預かりとした上で異能特務課へ回し、
それらしい辻褄合わせがとられた代物が一般の関係各位へは回されることだろう。
その“真実”を書き連ねた報告書も出したのが翌日の午後の話で。
それで今回のお仕事へのかかわりは一応終了と相なった虎の子くん、
そうだということを見越されたか、帰り道にて帽子の幹部様にあっさりと掻っ攫われてしまった。
先に連絡があったのか、一緒に帰途にあった同居人の鏡花も驚くことなく、
何なら車へと引きずり込まれた敦へ手を振って見送ってくれたほどだったところが
相変らず至れり尽くせりな中也だったが、それはともかく。

 「いえ、あの。」

ちょっとほど戸惑うように言い淀んだのは、もう済んだことなのに蒸し返すのはどうかと思ったのだろう。
だが、案じてくれているのだと、
それで“どうしたのだ”と訊かれているのに言葉を濁すもの良くないと思ったか、
あらためて思うところを口にする。

「あんな大きいのと向かい合ったんだっていうのに、
 震え上がって何も出来ないってわけじゃあなかったんだって。」

そちらも人のいい谷崎と並んで、西のヘタレと東のヘタレなんて呼ばれているのに。
結構場慣れしたはずが、なのにまだまだ普段の生活の中では、
破落戸のおじさんやチンピラなんぞに凄まれると腰が引けるのに。
昨夜、あの怪獣もどきの虚獣と向かい合ってて
そういう怯みは…ちょっとはあったけどすぐ引っ込んだよなぁと、
自分でも信じられないものか、何だかなぁなんて感じていたのだろう。
やわらかローストビーフ山盛りの丼ご飯と、
ちょっと和風寄りの味つけミートソースが食べやすいラザニア、
ベビーリーフとレタスにトマトのグリーンサラダ。
手なが海老とオニオンリングのスパイシーな素揚げに、
春雨と錦糸卵の中華風酢の物といった、
手がかかりそうな逸品ばかりのご馳走ディナーを供されて。
お片づけは食洗器にお任せだとされ、追い立てられるようにリビングへと移動し、
ほれとスパークリングなリンゴジュースをお洒落なシャンパングラスで渡されて。
すっかりと気も緩みまくったものだから、
今やっとつくづくと色々想うことも出来るようになって、そんな感慨が沸いた敦だったに違いなく。

 “ああ…。”

しみじみとした吐息をついた彼だったのへ“どうかしたか?”と問うた兄様はといや、
自分の言に照れたのか、淡雪みたいな色白な頬を薄く染めたのへ目を瞠ったのも刹那、
感慨深げに正直なところを口にした愛し子に、ふふと小さく笑い返した。
日頃は相変わらずの及び腰な彼なのだろうなというのは、忙しくてなかなか逢えぬ自分でも想像はつく。
こちらは彼とも自分とも頻繁に顔を合わせる部下の芥川が、
名を挙げれば微笑ましいという顔で小さく笑って見せることもあり、
日常の実態やら何やらもある程度はうかがえるというもの。
たまにしか会えないからか、姿を見かければ街中でもぱぁっと顔がほころぶ正直すぎる虎の子くんで、
連れ立っているのが立原や広津であった日にゃ、事情が通じているのをいいことに(?)
つい気を許してのこと、
マフィア相手にあの態度は不味くないかと、同意を求めたくなるほどだったりもするくらい。
何だか今更な言いようだと自分でも気づいたか、
えとえっとと真っ赤になってゆく敦なのへ、
肩をすぼめて腰掛けているふかふかな座り心地のソファー、すぐの隣りへ自分も腰を下ろした中也としては。
その肩へとぐるり腕を回してやり、ぽすぽすと肩や背中を軽く叩いてやる。
不意とまでは言えぬがそれでもいきなりの密着で、
あわわとそれこそ今更照れが増した虎の子くんなのへくつくつと吹き出しつつ、

 「前線で揉まれて来たんだ、肝が据わって来るのは当然だろうがよ。」

そこらのひょろひょろしたガキと一緒にすんなと、
敦にすれば自分への評だのに、それでも見下すのはいかんという言い回しをし、

 「俺らの異能を見込まれてって案件なら、
  そういう途轍もない傾向のばっかにもなろうってもんだろうからなぁ。」

今回のケースは、結果として実体のない存在らしい、いやに静かな収拾ではあったれど。
再びくどいようだが、
前もっての徹底した調査や対策がそれは様々に敷かれた上であの最終決戦へと持ち込んだわけだし、
異能というものがいかに驚天動地なものかも理解していたればこそ、
広大な決戦地やそれへ対する強力な火器持つ異能者の配置も可能だったのだと言えて。
そんな解決法さえ見出せぬ一般の自衛隊なぞがあたっていたのでは、
あのとんでもない巨体を前にして何とも手のつけようがなかったに違いない。
まあそれを言うなら、異能に縁のない者にはのっけからして信じがたい騒動でもあり、
実際の話、目撃情報も奇想天外が過ぎる内容から放置されてたものが何件もあったほどだと聞いている。
実弾が飛び交うような血で血を洗う系の戦闘も大変なこと、
一生に一度でも体験すれば十分劇的な話ではあるが、
ほんのちょっとした幻聴を振り撒くよな代物だって、
例えば首脳会談の場などで言った言わないという のっぴきならぬ騒動も引き起こせると思えば、
おっかないという点では格下とは言えまいて。
かように“異能”というのは面倒で厄介な代物、
何でもかんでも白日の下へ晒すのはまだまだ不可能だとし、
日之本の政府がいつまでも公認とできないでいるのも致し方ないのかも知れぬ。

 “とはいえ、隠し切れることではなくなりつつあるのも事実だがな。”

様々な媒体での特殊効果への馴染みが進み、不思議現象に麻痺しつつあるものか、
SNSなどに奇異な現象の目撃談が綴られることも少なくはなく。
現に裏社会では現存するものという扱いが当然のこととして通っており、
それをよほどに頼みにしてのものだろう、大きくもない組織による荒っぽい抗争も減ってはいない。
そのお蔭様というか煽りというかで、

 「銃が出てきたり、刃物を振りかざされたり。
  日本じゃあ凶悪が過ぎて、そぶりだけで充分脅しとして通用しようそんな手合いが
  当たり前にぞろぞろ出て来るような修羅場に毎度放り込まれてんだ。
  そういうスイッチが少しずつ培われちまってんだよ。」

日常の生活には全く必要がない“覚悟”へのスイッチ。
自分だけじゃあない、各方面への波及もすさまじい非常事態への対処を任じられ、
言葉の綾なんかじゃあない、腕脚を一閃で斬り落とされるよな
本気での命のやり取りをしよう舞台に上がることを余儀なくされて。
そんな体験を山ほど積んでいるのだから、
正念場では肝が据わるのも不思議じゃあないし、
その手の手合いとは次元の違う級の相手との、
相手をあっさり骨折させかねない素手での殴り合いや、
年季だけは詰んでいるらしい、腹から声を絞り出すよながなり合いに腰が引けてもそこはしょうがない。

 「使い分けが出来てるところが俺には十分に及第点だ。偉いぞ、敦。」

回したままの腕で頭を抱き込むようにされ、ウリウリと頬擦りされてしまい、
あわあわとますます焦った虎の子くん。
ゆでだこみたいに真っ赤になったものの、

 「ボ、ボクだってっ。///////」

何か言いたそうに向き直ったものだから。
んん?と和んだ視線を向ければ、

 「中也さんが凄腕の練達だっていうのは知っていたし、
  実際に対峙もして、仕事とあれば甘くはないってことも身をもって判っているのに、
  普段のお付き合いではいい人だ優しい人だと思うのと同じですよね?」

 「……お?」

これは不意打ち。
一瞬 何だ何だと虚を突かれ、それからぶわっと耳まで赤くなった幹部様だったことは、
虎の子くんしか知らない、甘い甘い秘密となったのでありました。



     〜 Fine 〜    22.04.29.





 *長かった割に登場人物たちがあんまり絡んでないお話だったのの後日談です。
  中也さん、お誕生日おめでとうvv




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