短編 2

□異形の楽苑
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日中はどんどん春めき、ともすれば夏めいてさえいる今日この頃で、
GWもすぐそこというこの頃では、白や赤紫のツツジの花も鮮やかに咲きほころぶ中、
何なら初夏の日差しと共に夏を思わせるような気温までたたき出す日もあるほどだが、
陽が落ちればまだまだ肌寒い日もあり、上着はなかなか手放せぬ。
こういう乱高下が実は一番こたえるもので、皆様どうかご自愛を。

「寒くないですか?」
「いんや。むしろ居心地が善すぎて転寝しちまいそうだ。」

姿はさすがに観えないが、沖合からのそれだろう、時折 遠い汽笛が届く街の更夜にて、
他には人影もない漆黒のとばりの中、柔らかな囁き合いが紡がれている。
春の宵の中でのおデート、甘い密会かといや さにあらん。
これでも一応は立派な就業中。武装探偵社とポートマフィアの合同任務の真っ最中だ。
殺風景極まりない場所、武骨な鉄骨組みの電波塔にまさかのガーゴイルの塑像が置かれているかのような、
そんな影となって座り込んでいるのが、武装探偵社の新鋭、前衛担当の中島敦くん。
待機任務ということで、大きめのウィンドブレーカを着たままで
腕や脚を半人半虎状態にして年季の入った鉄骨を足場にうずくまり、
眼下に広がる静かに眠る街を見守る守護神のように佇む彼だが、
単身で待機中ではなく、会話を紡ぐお相手も同坐していて。
異能である白虎を身に下ろしたことで日頃より雄々しくなった両腕の輪の中に納まっているのは、
まだまだお若いのに漆黒のフォーマルもどきな“黒服”がお似合いの、
ポートマフィアの五大幹部がお一人、
重力操作という無敵な異能を操る御仁、中原中也その人である。

 「こんだけの高さだ、結構冷たい風も吹いてんだろうに、
  敦の毛並みは上等だな。ふかふかでうっとりもんだぜ。」

話す傍からつややかな赤いくせっ髪がふわりと風に遊ばれているよな春の夜陰の中、
虎くんの天然の毛並みで暖を取る幹部様。
聞こえたらば殴られるやもだが やや小柄な御仁ゆえ、
見ようによっては
いかにもゴージャスな毛皮に埋まっている、ただの権高な優男のようだけれど、
今はまだ真の厳戒態勢ではないから余裕を見せているだけのこと。
そんな薄っぺらな権勢者もどきでないことは敦自身もよ〜く知っており、
むしろもっと威張っていいのになぁと思うほど日頃からも気さくでざっかけない。
そんな男だと胸を張りたくなるほど ようよう知っているようなお付き合いもある身、
なので、仕事中だのに彼と共に居ることにこそ気を取られないようにするのが大変だというに、

 「う〜〜〜。そんなモゾモゾしないで下さいよぉ。
  何か…くすぐったくって落ち着けませんてば。///////」
 「何だよ、可愛いこと言うんじゃねぇっての♪」

さすがにお仕事中という意識が抜けぬか、肩に力が入っていたらしかったが、
出来るだけ気配を消すべく くっついての待機となったのが思わぬ羞恥という焦りを招いているようで。
そんなお言いようをハハっと笑い飛ばすところが尚もって頼もしい幹部様だったりし。

 それにつけても、今までには無かった組み合わせでの共同戦線。
 お気楽に構えることなぞ出来ないらしい敦の様子に、可愛いもんだとの苦笑がこぼれる中也だが

そうというのも、なかなか面倒な異能発現とあって、
ちょいとややこしい前置きがあってからの、武装探偵社とポートマフィアの共同戦線が敷かれた次第。

  __ 得体のしれない“存在”がヨコハマの夜を闊歩している

事の発端はそんな情報が、だが、都市伝説となる前に異能特務課によって裏付けを取られたこと。
しかも気配に敏感ならしく、
軍警はもとより 異能者という格好の“火器”の多いマフィアでも捕り逃がし続けており、
真っ向から鉢合わせた者はなし。
破壊されたあちこちの施設の状況からして、武装や得物があるかどうかは不明ながら膂力も強く、
火薬の反応や精密部品の残滓はないものの、
監視カメラに影さえ残さぬ神出鬼没ぶりからは途轍もない素早さが想定されよう脅威でありながら、
その実体は人なのか獣なのか 誰も知らないままというから、
一体何者の、どのような思惑があっての、人外枠級の狼藉夜行かと謎ばかりが増えていたものの、

 『異能の産物?』

何と其奴は大元の異能者が思い描いた“創作”から実体を持って生れ出た存在だという。

 『創造した主人からの思い入れが足りず、但し書きがない部分はもろい。
  生気に限りがあったり陽に弱かったりとケースバイケースではあるが、非異能者でも対処は可能だよ。』

そもそもが異能者の妄想のみから発生した存在で、
しかも創造主たる人物は、異能へという制御や何やの鍛錬も積んではいない。
何なら自身の空想がそんな厄介なものを生み出していることにすら気づいてはないようで、
良く突き止めたな異能特務課…と思っておれば、
何のことはない、武装探偵社が世界に誇る名探偵が慧眼にて暴き出したというから穿っている。

 それはともかく

それなりの期間をかけて執筆という積み重ねはして来たらしいけれど、
まだまだ人生経験も少ない若い人で、書いてたあれこれも学業と並行しての趣味の域を出ないという段階。
天才奇才というタイプじゃあなく、感性が軸となろうエッセイの種も苦手で、
得意な物語の方も構想設定や描写や何やはまだまだ未熟、突発的な出来事を追う短編や会話重視の作品が多め。

『そんな足りない尽くしの中、偶然発現したような代物だよ。
 他愛のない妄想が現実の生身に勝てたらむしろ大変だろう。』

大変だろうという言い方は何かはしょった感もあるけれど、
物書きの知己も少なくはない乱歩がこれでも彼なりに言葉を選んで評したお言いよう。
ここまで“身元”も割れているくらいで、
当の異能者は騒動のしょっぱなあたりで特定され、
異能の産物からの逆襲でもあったらコトだと既に異能特務課の保護下にある。
通っている大学での奨学生認可という架空のシチュエーションを立ち上げて、
当人を異能の利かぬ庇護下に保護した上で、生み出されたあれこれへも退治や捕獲が進みつつあり、
先に挙げたように他の小物らはどこかに破綻があって そこを突々いて叩き伏せられもしたが、

 一番手ごわい“存在”がなかなか捕まらない。

神出鬼没で生身の物理攻撃は効かないし捕縛も無理。
同じ異能者を敵と認知できるのか、太宰を投下しても逃げられる。

 『投下って…。』
 『文字通り、乱歩さんが目串を刺した出現予想地点へ、
  人を運べる新鋭のドローンで運んでって命綱付きで“投下”されたんだけど。
  確かに目視出来た存在が幻みたいに一瞬で消えたッてワケさ。』

大勢で押し寄せるのではなく、
出来るだけ察知させずに素早く接したら何とかならないかという策だったが、
そのドローンの操作を担当した谷崎が、自分も同時に目撃しただけにこれはお手上げだと肩をすくめた。
ちなみにその折は4本腕のクマのような姿だったらしく、
後足で立っていたそのまま空を仰いだ姿を初めて動画に収めてもおり、

 『危険な存在を嗅ぎ分けられるんだろうか。』
 『自分を制止しようって相手だとは判るんじゃないか?』

これまで防犯カメラの類に姿が捉えられたことはないが、目撃者がいないわけではない。
というか、もしかしてカメラを避けてはなかったのかも知れないと乱歩が言う。

 『姿を変えられるっていうのはズルいですよね。』
 『まあ、そこが想像の産物の便利な融通ってやつなんだろうがな。』

筋骨隆々とした格闘家だったり、ひらひらした拵えも華やかなキャバ嬢だったり
何でだかそこからハトになったり人の顔ほどもの大きさの蝶々になったりしたらしく。
後からの報告が連ねられた資料を忌々しげに睨む国木田であり、
目撃した対象の姿や大きさがあまりにもばらばらで、
しかも変身しただの消えただの、顛末が奇天烈でもあったので
悪戯の通報か酔っ払いのたわごとと処理されたケースもあり。
最初のうちはまさか同一犯だとは誰も思わなかったが、付随する不思議現象が共通項となったという順番で。

 『それが騒ぎの始まりだったんだけどもね。』
 『あまりに奇異なこと過ぎて、酔っ払いの幻覚扱いだったらしいよ。』
 『他の街なら都市伝説となって1年くらいは表面化しないところだったかも。』

それだけだったなら看過されたままだったろうが、
現実世界には居なかろう角の生えたうさぎだったり翼のある猫だったりへも化け始めたもんだから。
異能というものを警戒しまくりなヨコハマでは地下へもぐる間もあらばこそで
隠密裏ながらも異能へ関わりのあるその筋全体への手配が回り。
何か幻覚を見せる異能だろうか、いやいや物理の被害もたんと出ている。
倉庫が破損されたり移送車に体当たりを敢行されたことからマフィアの筋も すわ妨害組織かと警戒し、
あっという間に目撃情報から行動範囲が絞られて、
名探偵の超推理もあってのこと、生産者たる作家見習いの大学生さんが身柄確保されたのがつい先々週のこと。
それから小さな幻想の遺物は次々と取っ捕まったものの、
やっと最後に居残ったのが色々と能力値の高い難物だったりし。
異能無効化が看板の太宰が触れるまでもなく、ちょいと突々けば消えるような可愛い手合いばかりだったものが、
其奴だけは別格で、まずは捕まらないその上、姿かたちも変えまくるので特定も出来ぬままに日を数え。
勘違いしていたマフィア勢から火器を繰り出された抵抗か、猛獣になっての強引な逃亡を図るようになり、
そうなった責任を取らせてほしいと、本音はどうだか知らないがマフィアも協力を申し出て。
ヨコハマのあちこちに大々的に規制線を張り、
それでも潜り込むような不埒な好奇心持つ若人は遠洋漁業の船へ乗っける仕置き付きで徹底排除しつつ、
魔獣確保の大作戦が敢行されている。
先日はボックスカーほどもあろうかという双頭の猛犬となっていて、
出合い頭だったとはいえ黒獣を繰り出す芥川を振り切ったというから
もしかして姿を変える知恵も付いたか、恣意的な変化(へんげ)なのかと対策班が震え上がったくらいだったが、

 『あれは偶然だと思うよ。』



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