短編 2

□しがらみやら何やら面倒なものが…以下略 の後日談
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一応、古い暦では春がやってくる月じゃああるが、
それはあくまでも古い暦の話、
現在の二月と言ったら 冬将軍の最後の大暴れが発揮され、
そこまでは暖冬であっても極寒が襲い来る頃合いでもあって。

 「……。」

就業中の寄り道というか、完全に私用で行動するのはいかがなものかとは思った。
首領様の指示で“休養”なさっているのなら、
その首領様への危機ででもない限り、
それこそ地団太踏みつつもその場から離れることはなかろうと、
人となりをようよう知っておればこそ容易に理解も出来る。
なので、終業を待って訪のうても…と思いはしたが、

 胸の奥の何かが騒いでやまなくて。

こういうところがまだまだ未熟者だと思い知らされ、
どうしようどうしようと右往左往しつつ、手に馴染まぬ硬質樹脂のカードキーが気になってしょうがない。
余程の不注意でもやらかさぬ限り 失くしっこなかろうに、
離したら消えてしまうものでもあるかのように始終ポケットの中で触れており。
我慢が利かない我が身を思い知る。
どんな辛さも痛さも耐えられるようになってたはずなのにな。
融通が利かない芥川とか、いつだって飄々としている太宰さんとか、
両極端じゃああるけれど、それでもだからこそどちらも強い人だというのも知っている。
そんな二人に見送られるようにして
彼の人が逗留中な場所へ歩みを進める格好になったものの、
だからって了解を得たわけじゃあないよなぁという真っ当な後ろ暗さが沸き立って、
小市民な虎くんの胸中をつついてやまぬ。

 “やっぱりボクなんて まだまだなんだろうな。”

悪あがきをしてもそこは健脚の持ち主、気がつけば教えられたホテルに辿り着いており、
国際会議なぞも開かれるところだ、要人の警護で来たことは何度かあるので知ってもいて、
何なら上の空でも来れただけに、そんな自分なのも恨めしい。

 “ああ、でも…。”

そこで思ったのだが、
カギを渡されても当人の許可なく部屋まで入れるものではなかろううこと。
今時は防犯用のカメラやセンサーも性能の良いのがあって
厳重に見えなくともさりげなく監視されてもいよう。
そうだ、どこかでチェックには引っ掛かろうから、そこで諦めて帰ればいいと、
何だかやっぱり他力本願なことを条件に決めて、良しと覚悟してエントランスロビーへ踏み込んだ虎の子くん。
商業地域にある有名ホテルであるがため、
取っ掛かりの部分にあたるエントランスロビーは待ち合わせレベルの客人も多数利用しておいで。
喫茶コーナーのシェフ謹製のタルトはグルメたちにも超有名で、
モーニングやランチのついでにそれを堪能しに来る人もいる。
宿泊エリアは数階ほど上のフロアからで、
会議場とか、結婚披露宴などに使われる広々とした会場のある階層には
身分証が要るのだろうセクレタリークロークと呼ばれるフロントがあるものの、
本日は利用予定がないものかエレベーター自体が止まらぬようになっている模様。
そこを通過しての最上階近く。
カードにあった部屋番号を頼りに選んだボタンの階で停まったリフトから降りれば、

 「…っ。」

手入れの良い芝生のような、毛足の長い絨毯を踏むこととなって、それへまずはギョッとする。
感覚が鋭いのも考えもので、緊張が抜けてはなかったこともあるものか、
一歩踏み出しただけでお顔を引きつらせ、いい反射で“おおう”と肩をすくめた少年へ、
とはいえ、この階層の入り口にあたるところにあったセクレタリークロークにいた女性も特に呼び止めはしなかったし、
これ見よがしな防犯カメラも見えなければ、警護の人の陰もないままだ。
されど各国首脳なども利用するという こうまでのエグゼクティブなホテルの警備が甘いはずはなく。
これは後で聞いたのだが、カードキーを身につけておればあちこちの通過点にてセンサーでチェックされるので、
特別仕様の手形にあたるものを所持していることで 初期段階での不審者ではないという照合は出来ているらしい。
そんな複雑な仕様も判らぬまま、
それでもたどり着いたドアの前で今更どうしたものかとあたふたしてしまう虎の子くんで。
ようよう見やればマンションのそれのようなドアチャイムらしいボタンもあったが
この自分が押していいものか。

 「…うっと。」

手を持ち上げては宙で停まりの、
そこから指先だけがふるふる震えたり何もないのに何か探してみたりと迷っておれば、

 「…いつまでそうやってるつもりだ?」
 「わ…っ。」

さすがは高級ホテルでドアもなめらか、
特に気配も届かぬまま するりと少しだけ内へ開くと
そのノブを持っている手許だけ隠す格好で、久し振りにお姿を見るお人が立っておいで。
こんな場面で余談も何だが、敦くんが戸惑いまくっているのでちょっと寄り道。
ホテルのドアは内側に開くものが多いらしく、
というのも非常事態にドアがあちこちで開くことで廊下の通行の障害となり
避難の邪魔になるのを避けるためだそうな。
トイレは中で倒れた人が出た場合に救助に入りやすいように外開きが基本だそうだが、
ウチのは内開きだし、駅などの和式トイレとかも内開きが多いような気が。
公共の場合、そのまま開けっ放しになる仕様なので 不審者が隠れにくいようにかな?(う〜ん)
日本の玄関ドアは外開きが多いが、それは靴を脱いで上がる習慣のせいで、
内開きだと置いてある靴が潰れたりつっかえてしまうから。
諸外国で内開きが多いのは、不審者の訪問でうっかり開けてしまった場合、
外開きだと強引に引き開けられてしまいかねないが、
内開きだと自分の全体重かけて力技で閉じることが可能だからというから徹底してます。
そんなこんなと蛇足話をしておれば、
ふややと項垂れかかった敦くんを見ていて何やら落ち着いたらしい赤い髪の幹部様、
くすすと笑い、まあ入れと後ずさり。
促されたことで虎くんも諾としたようで、お邪魔しますと入ってゆく。

 「よお、よく此処が判ったな。」
 「えと…はい、教えられました。」

言葉を選ぶ余裕もなくて、端的に応じれば、
誰にどうと知らされて“教えられた”と口にした敦なのか、
ちらと見済ましただけで自分なりに察したらしいその人は、
誰へのものだか ちょっぴり気の毒そうな顔をしてから、

 「逢えたのは嬉しい。よく来てくれたな。」

目を細めていたずらっ子のように笑ってくれたのだった。



     ◇◇


敦より幼いころからマフィアにいて、
最初の頃は当然として、最近でも異能との兼ね合いもあって
あの太宰の指揮の下でどちらかといや前線にいた人と聞くし、となれば怪我も少なくはなく。
痛みを知らない人じゃなかろうから、ただの無謀はしまい。
ただ、人には強いることがなくとも自分には頓着しないとか、そういうことはあるかもしれない。

 「何だ芥川め、そんな細かいところまで話したのか?」

秘密になってるはずの最高格幹部の逗留先を、部外者が知っていたのはどうしてか。
そこは察しも付こうことで、中也としては敦の来訪というだけでいろいろと背景も把握出来ていたらしく。
とはいえ、任務の最中に非戦闘員の少女を庇って被弾したなんて手短な言いようをされたと聞いて苦笑なさる。
芥川は現場には居なかった身なので、傍観者的に聞いたそのままを告げたのだろうが、
それにしては“中也ほどの練達が何でまた流れ弾ごときで手傷を負ったか”という流れはしっかと話しており。
他者を庇ったという言いようへとだろう、うら若き幹部がくすんと苦笑する。
混戦の中にあっても、力量の差というか余裕があったがため、
色々と情報が拾えた身なればこその、深慮が過ぎてのこと。
乱戦の中にいた非力で無防備な対象を庇ってやったが、
自分の強すぎる防御に引き入れると きついのではないかと一瞬異能を切ったら、
間が悪くもそこへ凶弾が飛び込んだまでのこと…と、
ご本人様からもけろりと言われて うううと言葉に詰まった敦であり。
無鉄砲から受けた怪我じゃあないと聞いたので、
無謀はしないでとなじることは出来ないけれど、それでも悔しい。

「深慮のしすぎだ、結果は結果なんだから一周まわって叱っていいんだぜ?」

備え付けのいろいろも充実している簡易のキッチンにて
丁寧に淹れて下さったカフェラテを差し出しつつ、
自分の事なのにそう言うところがまた、なんて優しい懐の広い人かと思えて惚れ直す。
暖房がほど良く効いている室内なのでか、
建前上は療養中という身だからか、ざっくりした室内着姿であり。
二重襟がお洒落なカットになった仕様のシャツが、それは美麗な風貌に映えていて
あああカッコいいと思えるほどには落ち着きかかったところへと、

「まあ、見舞いに来てもらって言うのは何だが、
 手前には同じことをすまいと思っても欲しいとこだがな。」
「ううう。」

四つしか違わないのに、なんてまあ懐も許容も広く深い人であることか。
途轍もない異能を持つ身に甘んじることなく、
それどころかそれでさえ総身をギリギリでしか庇えないよな無謀な作戦へ身を躍らせることも多々あったらしいと、
色んな武勇伝を傍づきのお兄さんから時々聞いてる敦くんとしては、
なんて底の知れないお人かと、ますますと…惚れ直してもいる最中。
こんなして しっかと…というには甘甘だが、敵対組織の人間へもそれなりのお説教もしてくれる人。
色々考えててそれでだろう、しょぼぼんと細い肩をすぼめている虎の子くんだと、
そこはそれこそ一番優先して察してもいるものか、
自身もコーヒーを堪能すると、カップの縁から視線だけ上げて此方を見やり、

「せっかく来てくれたんだ。話し相手になってくれるんだろう?」

にんまりと笑ったそんな悪戯っぽい所作もまた、
惚れた相手の動作と思えばなおのこと、

 「はははは、はいっ!」

初心な子虎くんの心臓を跳ね上げての躍らせるには十分なほど
罪深い色香を孕んでいたりもするのであった。







     〜 Fine 〜    22.04.21.




 *随分と時間も経ってしまってますが、
  先の中也さんの “頑張ってます、現場より”話の後日談編です。(言い方…)
  出オチだったその上、
  肝心な登場人物たちの絡みがほぼ無かった天ぷら作品だったので、
  ちょっと続きを書いてみようと思ってたのですが、
  芥川くんのBDも来たりして何だかうやむやになってたらしい。(おいおい)
  結果として何が書きたかったかもすっ飛んじゃったので(だから放置してたのかも)
  次のお話を書くには これもお披露目しとかないとつながらないかなぁと思ったので、(こら)
  何だか中途半端ですがこれにて。

  原作の中では相変わらずまだ直接には会ったことがない中也さんと敦くんですが、
  どういう格の人かとか太宰さんの元相棒だったとかは…知ってるのかなぁ?
  幹部とはいえかなりお若いお人だし、実戦にも出てたんだろうなという認識がある程度なんだろか。
  天人五衰から掛けられた濡れ衣からの逃亡中も会えなかったしね。
  ネタばれになるからこれ以上は言えないけど、
  太宰さんサイドでとんでもない対峙になってるようだし…。
  一体いつ、どんなシチュエーションで出会うのか、楽しみなような怖いような。



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