短編 2

□春は待つ間も春だから
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日之本はそれは小さな島国だが、それでも南北に長い国だからか、
土地によって季節感も相当に差異があり。
雪なんてこの何年も見たことがないなんていう土地もあれば、
暖冬と言われる年でも関係なく m単位で降り積もり、
家が潰されたくなければ毎日のように屋根に上がって積もった雪塊を下ろさにゃならない土地もある。
本州の中央辺り、太平洋側ともなれば、
さほどそこまでの極寒には襲われないかといやそうでもなく。
帝都でも路面凍結による事故が多発しもするし、
台風並みに発達した低気圧の襲来には、
強風に見舞われての貨物船の座礁も相次ぎ、港湾施設の大型クレーンなどが使用不可になりもする。
とはいえ、
ライオンのようにやって来てうさぎのように去ってゆくと言われている二月が去り行けば、
やっとのこと ひと心地つけもするというもので。

 『そうなって来ての人の出足が戻る前にって隙をついて、
  悪さしやがる連中が暗躍しもする時期でもあるがな。』

年度内に予算を使い切りたい、どっかの公的機関の突貫道路工事じゃあんめえしと、
昭和の時代のおじさんみたいなことを言う、
帽子やシックな黒服が素敵にお似合いな、まだまだお若い幹部様の指揮の下。
春の祭りで夜でも人出が絶えなくなるよな浮かれた季節になる前に、
ハマの夜を制しているのはどこの組織か、はっきり知ろしめしておこうという首領の思し召し、
完遂するべく 西へ東へと街の大掃除に暗躍している今日この頃の実働部隊だったりし。
今のところは さほど骨がある連中がいるでなし、
帝都が本拠の組織もヨコハマは別格と把握しているものか伸してくる気配はなく。
外ツ国の勢力も今のところは鳴りを潜めているものか、それは静かで影もない。
ハマの顔、裏社会の雄として最も警戒せねばならない、異能がらみの不気味な一味もありはするが、
ちょっと前に大きい騒動があったばかりで さすがに屋台骨が揺らいだか、
警戒線への知らせはないままなので そちらは諜報班に任せればよかろう。
 *原作がのっぴきならぬのでこれで誤魔化されて下され。(とほほん)

 “太宰さんも特に変わりはないご様子だしな。”

自分たちとは敵対組織だが扱う案件はかぶることもままある物騒な組織、
武装探偵社のとあるお人をふと思う。
まだ十代という幼さで、
ポートマフィアにあっては “この世代最凶の黒”とまで言わしめた御仁。
どんな異能も封じ込めるチ―トな異能をお持ちなその上、
観察力も記憶力も良く、卒のない振る舞いも完璧で、
頭の回転は神がかりだったので、例え力づくでの略取という目に遭おうと、
あちこちにばらまかれた布石やら貯めておいた恩義を狡猾に利用し、
手ぶらのままでも一組織を圧倒的なやり方で叩き潰す恐ろしさだったとか。
裏社会ならではの掟や何やもようよう知っておりながら、
その深部から脱出しおおせ、陽の当たる世界に住み替えたつわもので。
闇の世界なら隠れようもあるものを、
そんな利点を捨ててなお、非合法な搦め手を使い放題の敵と戦う立場に身を置く彼は、
どんなに苦戦を強いられつつも 必ず仲間のもとへ戻って来る頼もしき存在でもあるようで。
そのお人も特に変わった動向は見せていないので
大きな事案の胎動も今のところはないようだと思ったついで、
師はどこまで強くなるのだろうかと、相も変らぬその強さや聡明さに感服しつつ、
一人、歩みを進めるは、明け方近い未明の街なかの街路。

 「……。」

ほんのつい先程何とか収拾した案件の報告も終え、
指揮を執っていた中也から直々に“いったん帰って寝な”との指令が出されたばかり。
幹部様の方こそ他地点の監督もなさっており、連日の激務で疲労困憊のはずだろうに、
戦力が使い物にならなかったら話にならんだろうがと真剣なお顔で説き伏せられた。
ムキになっても相手も相手で引かないだろうし、そこで それではお先にと引き下がり、
一番近いセーフハウスに当たりをつけて、ゆっくりと歩みを進めていたれども、
それは静かなヨコハマの街も春が近いか日の出も随分と早まっているようで。
気がつけば夜のとばりはもはやなく、黎明の明るみが訪れている街路だったりし。
早朝なので人の姿はまだないが、それでも車の行き来はないわけでなし、
血の香もしよう漆黒の仕事着のままという怪しい姿で目撃されては不味いやも。

 「…っ。」

それを意識した途端、誰か此方へ歩んでくる気配を拾い、
道沿いのビルとビルの狭間の路地に逸れようか、
それとも黒獣で街灯を経由し、屋上という高みへ逃れるか。
どっちにせよ見とがめられかねない距離だと焦りかけたものの、

 「……?」

それが不可解な事態だということへ遅ればせながら気がついて。
任務終了直後だとはいえ、素人の一般人がこうまで接近するまでその気配を拾えぬなぞと有り得るものか?
そこまでの修羅場でもなかったし、ぼんやりするほど疲れてもない。
あれあれぇ?とその辺りの不整合に戸惑っておれば、

 「戸惑って固まってる場合じゃあないだろうに。」

くすくすという笑みを滲ませ、
覚えがありすぎる響きのいいテノールが親しげな言いようで届いて。
すらりとした肢体も相変わらずに壮健なまま、
空の黎明の白の中、
最初の陽の矢が投げ込まれて来るその目映さを背景にしても
一向にかすまぬ美貌が艶に微笑む。

 「あ…。」
 「殲滅戦、お疲れ様。」

部外者なのにそこまでご存知なのも相変わらず。
ポートマフィアの首領直属遊撃隊を預かる芥川が
ほんの先ほどまでその素性をなぞっていた元師匠、太宰治その人だった。



     ◇◇


何も言わずに去ったことから、手のかかる弟子なぞ足手まといだと見限られたのだと誤解をし、
再会がかなっても特に弁明はないどころか相変わらずにポンコツだと煽りに煽って
芥川の鋭気を存分に養ってくださったスパルタな若師匠様は、
彼なりの才覚と奥深すぎて判りにくい思慮から
芥川の性格や何やを把握したうえで遠巻きながら見守っていてくださったようで。
それらが一気に瓦解した一件があってののち、
少しずつ…と言っていいものか、打って変わって構ってくださるようになった師匠様には
大きく反転した様子に黒獣の主も たじろぐことさえあるほどだとか。(笑)
今日というか昨夜の任務も
社外は勿論のこと身内にさえ通達なぞしてはなかった代物だのに、
場所も内容も容易に押さえておいでだったらしく。
片付いて帰宅するルートまでもを見越してのご登場だったというから穿っている。
手ぶらでのご登場だったが、そのまま共に芥川のセーフハウスまで向かう道すがら、
向かいから走ってきた自転車に手を振って止めてしまわれる。
軽食宅配の社員らしきその人物が
提示された伝票に頷いて どうぞと差し出した手提げ付きの紙袋を受け取っており。
慣れた様子でカード決済を済ませるまでをポカンとして見ておれば、

 「こういったデリバリは、何なら花見中の公園にまで届けてくれるらしいんだよね。」

知っていただけか既に活用してなさるのか、そんな風に言って
寝る前に食べるの付き合ってねと袋を掲げて頬笑んだ。
自分が関わってないとロクな食生活してないんだろうというのまで見透かされたようで、
芥川の口許が引きつったのはもはやお約束だったりする。
そんなこんなを挟んで帰宅したのは地味なマンションの中層階のフラットで。
学校などが近場にはない地域なのでファミリー向けではなく、
それでもワンルームのそれではない仕様、キッチンもリビングも揃った1DKではある。
太宰も何度か運んだことはあり、勝手知ったる何とやらで、
廊下のクロゼットを開けるとハンガーを取り出した。
どちらも室内用のカーディガンが掛けられたそれで、
片やは前に来た時に太宰本人が羽織っていたもの。
もう片やは住人である芥川のもので、
それを羽織り、脱いだ外套を掛けなさいということなのだろう。
何とも手馴れた手際であり、
こんな風に人の世話を焼くような人だったかなとたまに我に返ることもあるけれど、
なんでもスマートにこなすお人だし、処世術の一環と思えば納得も行く。
脱いだ外套と引き換えのようにはいと渡された紙袋を手にキッチンへ向かい、手を洗ってから中を確かめ、
クラムチャウダーとサンドイッチだったのを、
スープは似た大きさのがあったマグカップに移して少しほどレンチンし、
ハンドタオルを湯でざっとすすいで絞って手拭きとし、
スプーンや取り皿と共にダイニングのテーブルへと並べれば、

 「一応食事はとっているようだね。」

食器やカトラリーの用意があったことでそれと察したか、
そちらもカーディガン姿になって窓辺から外を眺めていた太宰が感心感心という口調で声をかけてきた。
貧民窟育ちで食べないことが当たり前だった身、
なかなか食の細いのが改善されず、それで体力も付かぬままだった悪循環を
皮肉も交えて始終叱咤していたが、それでもなかなか改まらなかった困った子。

 “まあ、食に関しては私も偉そうなことは言えないが。”

首領の鴎外から振られた案件への策を練るにあたっては食事は二の次となったし、
そもそも口に入れるものには毒さえ盛られてなければ良しという微妙な把握でいた。
貧血さえ起きなきゃあいい、むしろ腹が膨れては頭が回らぬとばかり、
バランス栄養食のブロックビスケや栄養補助食のゼリーで済ますこともザラで。
上司がそれで良しとしていたのに 部下の自分がのうのうと飯食ってる場合かと思っても不思議はなかろう。
この子の場合はそういう方向で気を回した末というんじゃなかったみたいだけれどと、
色々思い出した苦笑交じりにテーブルにつき、軽い食事に手をつける。
スープはなかなかの味で、それへは “お?”と目を見張った辺り、
芥川の舌もさほどの方向音痴というわけではないらしい。
当たり障りのない話をしつつのんびりと食事を進めていたが、

 「…。」

不意に相手の表情が止まり、その視線がこちらの顔の一点へと留まる。
え?と、どうしましたかと聞く間も与えず、行儀の良い手がサッと動く。
除ける間もない的確さ、手ぬぐいにと出していたハンドタオルでぐいと額の隅を拭われた。
何か何がついていたのかと、彼の一連の仕儀で何とか把握できたものの、
拭った後をじいと見やった太宰は、
そのまま“はあ”とかっちりとした青年らしい幅のある肩から力を抜いたので、
単なる汚れであったようで。
手にしたままのタオルを受け取れば、微かに赤い跡があるので、
ほんの先程 渦中にあった案件の中、誰ぞが飛ばした血が跳ね跳んで付着していたものだろう。

「私やキミは、職業環境から異能があって当たり前な感覚になっているが、
 実は途轍もなくレアな存在なんだ。」

まあ、そういうところを見込まれて見出された身なんだし、
よって そういう相手と相対すのがデフォルトな環境なんだから、
危機管理として意識していて当然ではあるけれど。

「いつもポンコツと言っていてそれが刷り込まれているのだね。
 でも謝りはしないよ、訂正もね、だって君はやっぱりポンコツだ。」
「う。」

確かにあのまま放っていて、誰ぞ一般の人間と顔を合わせていたら驚かれたかもしれない。
自分の怪我でないならないで、そんなものを浴びるような何をしたのだと怪しまれてもいただろう。
そこを突かれて、ううと言葉に詰まっておれば、

「如才のない存在になられてはいっそ困る。特化している方がいい。」
「はい?」

そんな言いようを重ねられた。

「部下として駒として、何も考えず道具のように機能が固定されている方がいい。
 能力が上がるのは歓迎だが、勝手な判断をして暴走されては困る。」

「はあ…。」

いまだそんな把握されているというのがさすがにこたえたか、
ちょっとしょんぼりしかかってか語勢が緩んだのへと畳みかけたのが、

 「何も任務や指揮系統の話だけじゃあなくって。」
 「はい?」

妙にムキになってるような声が続いた。

「判りやすい子で助かっている。」

顔をあげればそちらはやや視線を逸らしてしまい、
それでも続いたのが、

「たまに思いがけないことを言ったり意外なお顔をするのが意表を突かれて嬉しくはあるが、
 正直、本気のお付き合いへは初心者だから、心臓に悪い想いもたんとしているのだよ?」

今だってちょっと暢気に構えすぎてた。
顔なんて、しかも額で目の傍だってのに、かすり傷でもしていたら大事。
それへ気付かなかったのが不甲斐ないと、綺麗な眉を下げてしまわれる。

「それは、怪我ではなかったからで。」

本人も痛くもないから気づいちゃいなかったもの。
なので太宰がうっかり見落としたのも当然だろうと思った芥川なのへ、

「私の大事なものへのことだよ? うかうかと見落とすなんて不甲斐ない。」

それを選りにも選って誰へと怒っているのかと、
そこへ気付いたかハッと双眸を丸くしてから ふうと息をついて肩を緩め、
再び手を伸べて来て、今度は頭へと乗っけてポンポンと撫でてくれる。

「ほらね。こんな風な理不尽もやってしまう。
 まあ、キミへの態度としては昔も似たようなものだったのだろうけど。」

くすすと笑い、形無しだよねと言いつつも、お顔はとても愉快そう。
丸くなったというよりも、
手放しで可愛い可愛いと愛おしい子へ傾倒できるようになった幸い、
たっぷり頬張って噛みしめておいでのお若い師匠様であるようで。
それを注がれる側としましては、

 「〜〜〜〜〜。////////」

ただただ真っ赤になって肩をすぼめるしかない様子でございます。





     〜 Fine 〜    22.02.28.




 *作中に書き忘れたのでここで。
  芥川くんお誕生日おめでとう…とお暢気なこと言ってていいものか。
  彼をはじめとする膨大な吸血鬼化はどう解決するおつもりなんだろう、原作様。
  大元が亡くなれば無効化するとか、そんな簡単な仕組みとも思えないんですが。
  まだまだ先は長そうなので、そっちはもう別世界の話だということで。(おいおい)




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