短編 2

□しがらみやら何やら面倒なものが輻輳したその結果
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  とても珍しいことに、中原幹部が任務中に負傷した。
  しかも、割と他愛のない案件で。


表向きには結構著名な興業系の商社というフロント企業の顔を維持しつつ、
ヨコハマの裏社会を牛耳る一大反社勢力、ポートマフィア。
そんな組織の中にあって、まだ二十代そこそこという若さでもって、
“五大幹部”という重鎮でおいでの身。
数に任せるような、若しくは一気呵成に方をつけるような種の殲滅は、
段取りの差配こそすれ現場で本人が暴れることが随分と減った御仁だというのに。
重力操作という異能と、それが使えなくともという鍛錬の成果あってのこと、
マフィアで随一という体術の使い手で、
人並外れた瞬発力とナイフ捌きも鮮やかな手腕であられたがため、
元は前衛担当の現場詰めが多かったお人だが、
随分とお若いころからのお勤めというキャリアを積み上げるうち、
未だに十分お若いにもかかわらず、多くの部下を抱えるお立場になっておられ。
部下らをどう使って策を進めるか、
それも幾つも並行して立案・管理するという責任者の地位に、
選りにも選って表の顔にても座らざるを得なくなっておいで。
本人は自分で手掛けた方が手っ取り早いのにというお顔をなさることも多いのだけれど、
当地の人や物流のありように始まり、政財界内部のしがらみなどなど、
今の地位におられるが故に知ったこと判ることも応用しての采配を回すのは、
他の誰ぞではなくの彼にしか出来ぬとあっては、苦手だ面倒だなどとも言ってはおれぬ。
これもまた大所帯の組織ならでは、
効率のいい命令系統を構築為された首領の思し召しなのだからしようがないと。
本来だったらこういうのがお得意だった元相棒へ尚増す恨み節を蓄積しつつ、
それでも手際の良い段取りをいつも回しておいでだったのだけれども。

  ごくごくたまに、それもある意味 合理的な隠密行動か (???)
  現場で数十人分の働きをなさるような、
  隠し玉的な段取りを執っての殲滅を手掛けるケースが無くもなく。

  そんな案件であれ、任務は任務、決して手も気も抜かないお人なはずが。
  上手の手から水が漏れ…という、悪い巡り合わせに行き会ってしまったようで。



     ◇◇


年越しのほややんとした雰囲気はさすがにすっかりと抜けている頃合い。
結構な寒波も到来していた更夜に、
密輸されてきた 公式にはどこにも紐付きではない武器や火器の類、
しかもしかも盗みで集めたものばかりという図々しい組織が、
夜陰に紛れてこそこそと大きな取引を構えているという情報が拾えたそうで。
余程に要領の良い連中だったか、取り引き当日になってそんな存在が知れたという話だが、
そんな割に、相手は大した所帯骨でもなさげな集まりらしく。
ささやかすぎて誰の目にも止まらなんだか、
されどどんな小さなそれであれ、非合法な行為を好き勝手に行使されてはこちらの顔が立たぬ。
ましてや抗争に使われよう武装でもあるのだ、
どこぞかの組織に渡って無駄に火力をつけられて反逆されては洒落にならぬ。
そこで、規模も威容も火力も、勿論のこと実力も、
何桁差でか格が違うのだと知ろしめすため、時短であっさり片付けておいでと。
それは朗らかに首領がお達しを下さったため。
会期末決算という最も苦手なお勤めに酷使されてた身を解放していいとの朗報に歓喜しつつ、
お久しぶりの現場へ、伸して来られた小さな巨人。

 「…ああ"?」

うわぁお、こっちは外野だ外野っ。
末尾のたったの一言へ反応して、地響き付きの低い低い声と共に
そぉんなおっかない眼光、飛ばしてこないでくださいってば。(焦っ)
お馬鹿じゃないけど 得手不得手はあるということで、
幾ら営業用の外面がよくって要領も心得ていなさるとはいえ、
徹夜連勤の書類仕事や接待系ばかりが続くと
身体的な問題以上の精神的にもよろしくなかろと、さすがに把握なさってた惣領様なのかも知れず。

 『もしかしてガス抜きみたいな計らいだったのかも知れないね。』

バレたと悟ったそのまま商売ものだろ武器を手にした確保対象、
そんな尻腰のなさへと余裕で苦笑をこぼしつつ。
夜陰を引き裂く機関銃の一斉掃射が織りなす凶悪な弾幕も苦とせぬまま、
何なら降りかかった雨の飛沫でも追いやるように腕の一振りで薙ぎ払い、
跳弾生み出すそんな一閃一つで十人近くをバタバタと一度に片づけてしまえる御仁であり。

 「こんのバケモンがぁ!」

そんな大物が出てくることがされど想定内だったのか、
いやいや、せいぜいこけおどしの火器だったのだろう
小型砲台、グリネードランチャーを肩にかついで射出した馬鹿者がいたものの、

 「……っ。」

伸ばした腕の先、革手套をはめた手のひらをかざしただけで、
コンクリートの壁でも貫通破砕できよう砲弾を宙で留め、
くるりと手首を回しただけの所作により、回れ右を命じてしまえる恐ろしさ。
長外套にフォーマルなシルエットの三揃えというシックな装いも苦になさらぬまま、
余裕で黒い外套をたなびかせ、飛び上がった宙で足を踏み替えては
確実に一人一人、たまに砲弾を蹴り飛ばしという、
切れのいい蹴撃を畳みかけてしまわれるお姿、
さながら鮮やかな翅をひらめかせて幻惑をまき散らす、闇夜に舞う蝶のよう。

「凄いなぁ。」
「どうだ、見事なものだろう。」

新米や下級工作員ら、初めて直に目に出来た黒服らがついつい呆けて見惚れてしまい、
それらへ“しっかり集中せぬか”とこづきつつも、
自慢の上司に鼻高々な先輩格の顔ぶれでもあり。
妙にアットホームなところが温かい、中原派の皆様であるのだが、



  そんな皆様が絶望に身をよじり、
  なんて罰当たりなことをしてくれたかと
  血の涙を流しもって壮絶な弔い合戦を繰り広げ。
  結果、取り引きにと集ってきた組織双方を壊滅に追い込めたので、
  まま帳簿の上では計画通りに終えたと言える殲滅任務ではあったものの、



自身の身へも隙なくまとわせた異能により、
ちょっとやそっとの攻勢なぞ被弾しないはずのお人だが、
紛れ込んでた一般人の少女を庇い、強引に引き摺ってはそれのせいで怪我をしようと

 「異能を緩めた隙を突かれた格好のお怪我でな。」
 「〜〜〜〜〜〜っ。」

年末からずっと任務が立て続いてもいた、なのでここらでまとめて休みなさいとの命令が下されたとか。
そもそも、クリスマスの晩だの年越しだのといった
浮ついた祭りの陰でこそ奇襲をかけるものというのはマフィアのデフォルトだったそうだが、
今どきはそんな暦の都合、祝宴になんて縁のなかろう“現場”であればあるほど重用されてもないというに、
頭の固い年寄り連中が言い張るものだからと引っ張り回される現役の現場担当はたまったものではなくて。
会合を故意にそんな晩に構えた上で、
ほれ段取りをしてやったのだ有り難く使えよと恩を着せてくる連中をこそ、
ねじ切っていいですかと歯ぎしりしつつ訊きたいとする部下らをどうどうといなし。
会合に出向くトップの護衛に人手を割いたせいで相手方からの監視も減った、
きっと油断しておろうぞと言いたいらしいお馬鹿ども、
あんたらへの護衛が要ってこちらも人手が減ってるんですよと内心で言い返しつつ、
そんな基本も判らぬ耄碌じじいどもににっこり笑ってやって送り出し。
そもそもからして格が違い過ぎ、
それでも多彩な応用が利くだろう中原幹部を隠し玉にと登用し、
わざわざの“大作戦”を敷かんでも片付いた奇襲作戦の終焉間近、

 『な……。』

上の人がいないからと紛れ込んでいたらしい
下っ端構成員の彼女らしき一般人のお嬢さん。
いきなり銃声や怒号が鳴り響いた真剣本気の修羅場の騒ぎに恐慌状態となり
それでも我慢して隠れていたものが限界を迎え、逃げようとしゃにむに飛び出したのが、
間が悪くというか目端が効くのが仇になった幹部様の視野に入ったものだから。
そちらも破れかぶれになっていた相手方の流れ弾がそのままじゃあまともに当たる軌跡も辿れて、

 『ち…っ。』

そういう状況が一瞥で察せられ、
相手の反射の鈍さも掬い上げられたその上、
自分の常の異能で掛かると華奢な身への余計な怪我を負わせかねないと、
そこまでを一瞬で弾き出せる優秀さが、彼をこそ大事に思う陣営には腹立たしい。
面倒なことへばかり引き回され続け、きっと焦燥し切っていただろに、
間近へと跳んだそのまま、一瞬だけ異能を解いて少女を懐に引き入れて。

 『…っ。』

本来だったら彼女の身を貫いたはずの弾丸、
二の腕へ掠めたのは覚悟の上のこと。
引き込まんとして腕を伸ばしたから的が大きくなったのもしょうがないし、
すぐさま重力のベールを戻したので連射らしかったが後発はなし。
味方陣営の後方支援組へまで跳躍を重ね、“任せた”と彼女を引き渡すまでがほんの数秒。
素人の少女には何が起きたかも判らなかっただろう見事な一幕だったが、
そういう鮮やかな身ごなしをする幹部様だと知っている味方の皆様はそうもいかなかったらしく。

 『ちゅ、中也さん。血が…、』
 『まぐれでも当てやがった罰当たりはどいつだっ。』
 『身内の嬢ちゃん助けてやったのに、恩知らずがっ!』

 『あ〜〜〜。ちょっとは落ち着け、手前ら。』

かすり傷もいいところだってのにと、皆の興奮ぶりにこそ焦ってしまったものの、
こういう場だから頭に血が上りやすくもあってだろう、
先達は治療を受けて下さいと、素晴らしくやる気を発揮した皆の衆。
思えば彼らとて、ややこしい手筈を整えた…つもりらしき耄碌どもに振り回されたクチだし、
ストレスは結構たまってもいたのだろう。
こんなきっかけでもやすやすと暴発するには十分だったようで、

 「怪我は大したことないと、ご本人も仰っておられるのだが、
  興奮冷めやらぬ面々の熱さましも兼ねて、2,3日休養という格好になっておられる。」

そうと告げたマフィアの黒い禍狗さんが、
結構な騒動だったろうに、何とも平然と、しれっとしたお顔で差し出したのが、
印刷されている優美なデザインも高級そうな、どこぞかの部屋のものだろうカードキーで。

 「ベイエリアホテルのスイートで骨休めなさっておいでだ。」
 「…これってボクがお見舞いの品になれと?」

非番の日の待ち合わせではなく、外回り途中の敦の前にひょいと唐突に現れた、
真っ黒装束ではあったけど、普段着姿の芥川がそんなこんなを語ってくれて。
その最後にほれと差し出されたのがそんなカードキーとあっては、
心配だろうから教えてくれたというよりも、
腑に落ちんと腐りかかっておられるかもしれない幹部様への
防腐剤になってくれという依頼にも受け取れた辺り、

 「そういう解釈が出来るようになった辺り、
  マフィアの思考を心得だしてる危険信号かもしれないねぇ。」
 「…っ。」
 「太宰さん?」

そもそもはこの、職務放棄常習犯を探しにと出て来ていた虎の子くんであり、
だっていうのに…いかにも良識あるご意見番よろしく、
すらりとした肢体を進めて来てそんな一言放ってくださった先達様の調子のよさよ。
平日のプラザビルのバルコニー。
空中回廊のようになっている一角は、
ちょっぴり寒風が強いせいか、あまり人の姿も見えなくて、
物騒な会話をしていても誰ぞかに聞き耳立てられる恐れはなかったけれど。
選りにも選ってこんな目立つ人が寄ってこようとは、
いやまあ、探していた対象ではあったので効果はあったとするべきか。
白虎の少年がちょっぴり遠い目になりかかる心情にも気づかぬままに、

 「そうと思えば癪かもしれないけれど、
  あの脳筋がそれでも下手こいて負傷したなんてとんでもないことだよ。
  なんてこったと猛省するあまりに自滅…はしなかろうけど、
  ますますと腹を立てて機嫌が悪くなって、
  休息にならないんじゃあ、時間とか勿体ないでしょう?」

どういう方向へ煽りたいのかありありのお言いようを紡ぐイケメンな上司殿。
芥川とて、もしかしてご本人はややこしい裏なぞ抱えぬまま
誰ぞに言われてカードキーを持ってきただけかもしれない。
場合が場合だ、下手に勘繰るのは良くないのは判っちゃいるが、

 「それは、そうですが…。」

でもボクも今 勤務中なんですけどと、ごにょりと言葉を濁すのへは、

 「芥川くんと衝突したんで、雑踏を避けて遠出になっちゃったってことで。」
 「……☆」
 「そこ、ポンって手を打たない。」

ここで問題です。
最後にボケたのとそれへツッコんだのは 誰と誰でしょう?
この冬のヨコハマは案外と平和なのかもしれません。







     〜 Fine 〜    22.02.01.




 *いつにも増してごちゃごちゃした散文ですいません。
  本誌はいよいよ、新しい修羅場に突入という様相ですのに、
  暢気な世界線です、みんな一休みできた?(おいおい)

  目端が利くというか、対処のバリエーションが利くお人だと、
  こういうちょっとした“失態”もあるかも知れず。
  当人はかすり傷だし “ま・いっか”で済まそうと思ってたら
  周囲が思いの外 浮足立ってしまったという集団心理の恐ろしさ。(おいおい)
  慕われる人はそこまで気を遣って我が身も大事にせんといかんのですね。



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