短編 2

□その虎、過保護につき
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あいにくと自分には “幼い頃”というものがない。
成長の過程ではその存在なりの幼少期というものがあったのかも知れないが、
少なくとも人の和子として他の人間に交わって生活した時期がない。
そういうややこしい身なのではあるが、
それでも “幼子というものは”という、
概念というかイメージというかは何となく持っているし、
子供が好みそうなものという柔らかいものや優しいもの、
ちょっと物足らないがそのくらいがちょうどいいのだという玩具や嗜好品などなど、
身近で唯一の幼子ながらご自身はずんとお姉さんのエリス様からのレクチャーもあって、心得てはいる。
なので、

 「…オオカミと七匹の仔ヤギかよ。」

目の前に現れた状態へ、つい口にしてしまったフレーズも、
自分が読み聞かせをされて知っていたというのじゃあなく、知識として知ってた代物じゃああったのだが。
共に居合わせた芥川がキョトンとしており、
ああこやつは知らぬのかと察したと同時、そここそちょっと意外でもあった。
殺伐系の見かけによらず、たった一人きりな身内である妹を溺愛している奴なのだから、
そういうものにはこの冷徹そうな雰囲気を大きく裏切って詳しい身なんじゃないかと、
ひそかに期待を…いや今はそれはどうでもいい。
ついのこととて、ポートマフィアの五大幹部がぽろっと零してしまった感慨が、
だがさほど的外れではないことは、共に居合わせた黒服らも感じたようで。
突っ込みようがなくてという微妙な空気になるでなし、
俺も交えた居合わせた皆して、ただただ目の前の案件に見入るしかなかった。



     ◇◇


お母さん山羊は7匹の仔山羊たちに
誰が来ても決してドアは開けるなと注意して森に食べものを探しに出掛けました。
そんな隙をついておおかみがやって来るのですが、
仔山羊たちは、おおかみの「しわがれ声」や「黒い足」をしっかり見ぬいてドアを開けず追い払います。
しかし、おおかみは知恵を働かせて「しわがれ声」を「きれいな声」に、
「黒い足」を「白い足」に変えて再び仔山羊たちの家にやってきます。
仔山羊たちは、とうとうおおかみに騙されて家の扉を開けてしまいました。
家の中を逃げ回る仔山羊たちは次々に飲み込まれてゆきますが、
柱時計の中に隠れていた末っ子だけは見逃され、
帰って来たお母さん山羊に留守中に何があったかを話すのです。



対峙する標的への対処にかけては、若さに似ず豪胆かつ冷徹でも知られる
五大幹部が一隅、重力使いの異能で知られた中原中也までもが
怪訝そうに眉をしかめ、何とも微妙な発言をこぼしたのも、ある意味で無理はない。

 何せ、奇想天外が過ぎる。

大規模な屋外セッションにでも使うものか、かなり大きな外装のスピーカー。
だが、こういったものは音を大きく響かせるという目的のために、
振動装置をはめ込んだ外壁部分は殊更でっかくとも案外とがらんどうなので。
外郭部は分解して移送するか、
何だったら現地で新調とか調達なんて場合もあるものだとか。
国内の移動だから 分解&組み立て直しとするのが面倒だった?
そんなズボラをするものだろうか。
移動のたびに手間は要るわ、人手はかかるわ、
的が大きい分 ぶつけやすい代物と化した挙句、破損してしまったらどうするのだ。
第一、輸送費だって大きいほどかかろうに、マネージメント担当はそういう常識のない連中だったのか?
素人である自分でも “何やってるかな”と不審を覚える不手際であり、
そのまま怪しいと目を付けられておれば世話はなく。

 『中原さん、ちょっとこちらまでご足労願えませんか?』

仁義も行儀もない身勝手な密輸で勢力を広げていた新興の反社組織の礼儀しらずな台頭へ、
ちょいとお灸をすえに来たポートマフィアの遊撃隊ご一行。
暇していたのと、其奴らが取引先の不心得なグループと結託し、
こっちへ納められるはずだったブツを勝手に強奪してったことへの意趣返し。
表看板であるフォレストコーポレーションの、営業課のホープ…ということになっている
それは美麗でやり手な重力使い様が同行していたのは単なる偶然だったのだが、
さすがは五大幹部様で、頭数だけは結構な規模だった集団を
文字通りの片手間、ひょいッと腕を払っただけの一閃で半分以上薙ぎ倒してしまわれた。
何だ何だ、この程度のレベルでヨコハマの天辺とったみてぇに浮かれてやがったのかこいつらはよと、
けらけらと笑っておられたところ、
そんな彼へと “至急こちらまで”なぞという段取りにないお声が掛かった。
確か遊撃隊を常から率いている芥川が担当していたブロックで、
良かれ悪しかれ、どんな突発事態も自身の判断で断じているのはようよう承知。
英断どころか独断専行の傾向もあるが、最近はさすがに経験を積んだうえでの深慮も出来るようになっており、
だってのに自分では対処しかねる事態でも起こったのだろかと。
何かしら只事じゃあない事態らしいなという身構えは一応持って、重力使い殿が足を運んだ先では、
裏側にあたる背板をはがされた巨大なスピーカ装置が、
観やすいようにか分解の手際の都合か横倒しにされて置かれており。
ちょっとした保育園か遊園地の遊具、
迷路としてでもボールプールにでも使えそうな大きさのベニヤ合板製の躯体は、
中央部にスピーカの心臓部だろうそれらしい機械が設置されているほかは、
反響部にあたるのだろうスッカスカに空いているのだが、
そんな空隙の手前、立てて設置したらば足元になろう一角に、小さく身を丸めた人物がいる。
中也が例えについつい出したように、柱時計の中に隠れていて無事だった仔山羊さながら、
そこへ自分で身を隠してでもいるかのような体裁。
ひょろりと か細い脚を折り曲げて両腕で抱え込む格好で その身を団子のように丸めて、
妙なところに隠れていた存在があり。
しかもその人物、樋口がわざわざ別班の指揮を執っていた中也を呼びに来たのも道理で、
事情を知る者は限られるが、
それでも知っている者にしてみれば彼へ知らせないわけにはいかぬと思わせる、
中也には浅からぬ縁を持つ存在であり、看過できない状態だったからにほかならぬ。

 「……敦?」

殲滅対象の持ち物らしき巨大な躯体の隅っこにうずくまっていた彼こそは、
仔山羊どころか白虎の異能を持つ、武装探偵社所属の顔見知りの少年だったのだ。



     ◇◇


目の前で暴かれたモノがモノだっただけに、
そしてそれを見やったまま固まってしまった中也の硬い表情を見るに、
あまり深くは事情を知らない構成員でも
ああこれは血の雨が降るなと、辺りに垂れ込めた冷ややかな殺気へぶるりと震え上がったほど。
大っぴらにされてはないながら、
気立てのいい幹部殿が気に入りとしている子であり、それなりに可愛がってる対象に違いないくらいは察しもつこう。
そうでもなけりゃあ、任務中にこうまでその身へまとう空気を塗り替えるお人じゃあない。
隙が出るというんじゃあない方向ではあるが、それでも個人的な感情が駄々洩れになったには違いなく。

 “…そっかぁ。幹部、小さい子への構いつけお上手だしなぁ。”

  誰ですか、色々と語弊のある感慨を浮かべてしまった黒服さんは。(笑)

冗談はともかく、発見された少年の素性自体はポートマフィア側にも顔パスレベルで知れ渡ってる人物で。
中島敦といえば、見栄えは大人しそうな痩躯の一少年、日頃の性質も実に控えめなそれなのだが、
異能がらみな荒事へがっつり対抗できよう武力持つ “武装探偵社”に 若くして籍を置くくらいで、
本人もそれは凶暴な白虎をその身へと下ろす“月下獣”の異能を持っている、火力高めな前衛担当の頼もしき戦力であり。
此処に居合わせたポートマフィアの禍狗、何でも食らい切り裂く“羅生門”をあやつる芥川龍之介の好敵手にして、
双つの組織が共闘するほどの巨悪に挑む際は、
相手の技量を認め合っておればこその 反発もバネになろう微妙な相性を活かし、
先鋒を務めたり、ラスボスを完膚なきまで叩く核弾頭になったりと、
将来有望な最終兵器でもあるおっかなさを遺憾なく発揮している子でもある。
ちなみに余談だが、オフの日は二人仲良く街へ繰り出し、絵画展や映画鑑賞などへ共に運んでいるとのこと。
兄弟子にあたる芥川の敦への過保護さは顕著で、
お仕事モードの折は殺すしか言えんのかというほど殺伐と物騒な同じ人物が、
街歩きの際は、ついついぼんやりしていて街灯や信号などの柱にぶつかりかかる虎の子くんを引きとめたり、
お腹は空いてないか?と始終食べ物を呈したり、なかなかの世話焼きぶりを見せてもいるとかで……

 “余談が長い。”

あ、すいません。敦くんご紹介の途中でしたね。
まだまだ幼い十代の少年だし、異能者が関わる物騒な修羅場に足を踏み入れたのだってほんのつい最近のこと。
とはいえ、飢獣の異能の馬力は物凄く、本人もいろいろと吸収してどんどんと強くはなっており、
損なわれた肢体がその場で再生されるという“超再生”なんてなチ―ト機能も兼ね備え、
機銃の乱射だの、武装した破落戸のカチコミ、もとえ殴り込みなどへも、
どうかすると武装なしの丸腰で真っ向から相対し、見事に対処出来ているから、
彼もまた十分規格外の逸物なのだが。
そんな途轍もない少年が、我が物顔で暴れていたとはいえランク的にはチンピラの集合体程度の相手の懐中に、
何でまたこんな格好で囚われているものか。

 そう、意識がないままその身を丸めてこんな片隅へと隠されていた彼であり。

「此奴らの手口で、
 攫ってきた少年少女は楽器ケースやスピーカの躯体に隠して遠隔地へ運ばれてゆくそうです。」
「それは見りゃあ判るがよ。」

すぐ傍らに屈み込み、間近にようよう虎の子を見やりつつの
中也の語調が低いのは、わざわざの余計な説明へ怒ったのではなく、
何が起きているものか信じがたかったからに他ならぬ。
ちょっと見はひ弱そうな少年だが、異能も気概も一方ならぬそれを持つ敦だと重々知っている。
なのに何でまた、こんなところに押し込まれている?
潜入捜査とかいう奴で、誘拐対象として攫われる格好、さして抵抗もせぬまま潜り込んでいたのだろうか?
そんな仕儀の中、何か不意打ちで異能攻撃を受けて意識がないのだろうか。
そう、瞼を伏せての昏々と眠っている彼であり、しかも

 「……っ。」

これだけの注視や、そもそもすぐの間際で結構な人数同士が
ケルナグルのみならず、片やには命がけだったろうからの拳銃まで出てくるレベルでの
修羅場という名の大騒ぎが繰り広げられていたというに、
それでも目覚めずにいたとはどうしたことか。
揺すり起こそうと細い肩へ手を掛けかかった中也だったが、

 「…っ。」

伸ばした手が触れる前、目に見えぬ何かに押し戻されてしまう。
何とはなく察してはいたがという落ち着いた顔のまま、
自分を呼んだこの場の責任者へ声を掛ける彼であり。

「…芥川。」
「はい、羅生門も効きませなんだ。」

芥川の方でも馴れたもので、そんな短い声掛けで何を訊きたい上司様なのかくらいは察しもつくらしく。
彼なりの対処を取って確認済みだと、現状を手短、かつ的確に伝えている。
先ほども並べたように、一応は敵対組織の人間だが、それでも憎からぬ対象になりつつある少年。
直接の対峙シーンでなし、こんなところで“こんばんわ”してしまった相手へ、
ついついどうしたんだと手を伸ばしたところがやはり跳ね返され、
何者かの異能のせいかと目に見えぬ障壁を羅生門で食らおうとしたがそれさえも利かなんだ。

 “…乱暴だな、おい。”

まったくです。

 「意識がないのも、怪我がそのままなのも、何かしら封印系の異能のせいかと思われます。」

そう。
さして苦しそうに歪んでもない表情なのと、
夜陰に紛れやすい黒いベニヤ合板の箱に在中という背景の相乗効果で判りにくかったが、
二の腕へ怪我を負っているらしく、シャツに鮮血が滲んでいる裂け目があり、
ようよう見やれば結構な深手だろう痛々しい傷口が覗いている。
だが、この子には“月下獣”の異能のおまけ、超再生という現象が働き、
腕脚が切り落とされてもほぼその場で生えてくるレベルの凄まじい回復を為すはずなのに。
この程度の傷が塞がらないままになっているというのは解せぬ話。だが、

 「異能無効化というよりも、空間への封印というところだろうな。」

彼の超再生を封じるほどの無効化を繰り出せるような達人というと、
彼の現上司の包帯無駄遣いさんくらいのものではなかろうか。
まずは一戦交えて不意を衝いての捕らえられ、
怪我も抵抗も異能で拵えた繭玉のような中へと封じ込め、
目的地で開封するとかいう手筈なのだろう。

 「……とりあえず、薙ぎ倒さずに引っくくった幹部連中は本拠へ移送しろ。」

私情に流されている場合ではないと、
現状を思い出したか、我に返ったところはさすが幹部殿。
自分たち指揮官らの困惑を遠巻きに見守っていた黒服の構成員らへテキパキと指示を出し、

 「それから、芥川、青鯖を呼べ。」
 「…よろしいので。」

今回は共闘案件ではない。
どちらかといや、裏世界における大掃除案件に着手していた彼らである。だが、

 「敦がただ足元掬われて かどあかされたとも思えんのでな。」

探偵社と微妙に対象がかぶっていたのかも知れぬ。
それより何より、
この封印とも解釈できよう異能を解くには、あの無効化野郎の異能が必要だしと、
口許歪めた素敵帽子の幹部殿だった。


to be continued.(21.07.30.〜)





 *あまりの急な酷暑に溶けかかってしまい、ちょっとサボっておりました。
  当初は“おにゃのこ”で書こうと思ってたネタだったんですが、
  女の子だったからあっさり囚われの身になっちゃったとするのは安直だし、
  そうじゃなくって…としたくなり、ノーマルで書き始めた次第です。
  でも終わらんかった、解せぬ。
  続きはもうちょっと待っててね。



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