短編 2

□エクストリーム・バースデイ
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昨今の活劇映画やマンガ、アニメなどにおける、攻撃スキルのインフレは凄まじいものがあり。
例えば、ある程度の体格をしている人間が足元から身を浮かせて吹っ飛ばされるというのは、
たとえ突発的な事態であれ、かなりの力が掛からないと無理な話で。
単なる体重や体格の問題のみならず、
人はただ立っている間でも無意識下で全身のバランスをとってるので、
例えば抱え上げる対象自身からの協力がないと、
抵抗して踏ん張られてはなかなか抱え上げられないということだってある。
かように、痛さからよろめいたとか、腰が引けていたとかいった不随条件もないまま、
十代後半の青少年がアスファルトの路面を枯葉のように転がされ、
ほぼ無抵抗なまま数メートルほど吹っ飛ばされるほどの仕業には、
大きな規模の台風さながらな底知れない馬力が必要なのだ。
……というご説明を展開している間にも、

 「うわっ!」
 「敦っ!」

ファッションモールとシネマの入った、かなり大きめなプラザビル前の大通り。
広いめの舗道と平日でも結構な交通量がある2車線道路にて、ちょっとした騒動が勃発中で、
事情が分からぬ人が見ていたならば、
まるで形のある物体みたいな、それは強固な一陣の風が吹き抜けてったように見えたかもしれぬ。
緑がたわわな街路樹が揃ってたわんだほどの衝撃波が突き抜ける中、
受け身を取る間もないほどの突然、出合い頭に何かしらの抗力で突き飛ばされ、
体が浮いたそのまま路面を転げてってしまったのが、
どちらかといや痩躯だが 実は虎の異能を持つ、探偵社のホープ・敦くん。
騒ぎの核だとし、確保に追っていた相手もただならない膂力なり波動なりを酌み出す異能者だったらしく、
車の行き来を堰き止めたのも彼が放った波動でアスファルトが抉られてしまったからだし、
振り向きざまにかざされた手が叩き出したのがこの力で。
体内へ突き通るような物騒な代物ではないようだが、不意を突かれてあっさり突き飛ばされてしまった次第。
それでもさすがに格闘慣れしているのは伊達じゃあない。

 「いたたたた…。」

無防備にも手足をぶん回す格好であちこちへぶつけて余計な怪我は負わぬよう、
体が浮いたそのまま 何とか身を縮めてゴロゴロと転がった末に、
突き当たったビル壁をとんと蹴り、体勢を整えつつ片膝立てて身を起こす。

 「敦っ。」
 「ボクは大丈夫。鏡花ちゃんはその子たちを安全なところへ避難させて。」

屈んだ体勢のまま起き直ると、駆け寄ってこようとする和装の少女へしっかとした声で応じた。
いきなり起きた、文字通り“驚天動地”な騒ぎに巻き込まれ、共に居たはずの親とはぐれたらしい幼子が二人ほど、
何が起きたか判らぬままながら、ただただ怖いと泣きじゃくりつつ鏡花の着物の袖へしがみついており、

 「きっと親御さんたちも探しているはず。
  警察の規制線が敷かれるまではどこも危ないから、こちらからも探してあげないと。」
 「…判った。」

災禍に巻き込まれぬよう遠のく人々の波に押されてしまったのなら、
いまだ現場間近に居残る小さな存在を探すのは大変だろう。
正規の警察関係者もまだ先陣が駆け付けたばかりという様相だし、
頼っても何もできないに違いなく。
どうすれば合理的かと采配を口にした敦に従い、
鏡花は頷いて見せると子供らの手を取り、人の流れを読みつつ現場から離れることにし。
それを見送りながら、後ろ手に回した手で敦が腰から抜き取ったのは伸縮するスライド式警棒。
ぶんと振り切れば遠心力で丈が伸びて固定されるというお馴染みのアレで、
ホントはそんな武装などなくても対処できる月下獣の異能があるのだが、
人の目が多い市街地ではそうそう発揮できないのがある意味で難点で。
コンクリの塊を手も触れずに吹き飛ばせるよな相手に負けないほどの馬力、
こちらも何の装備もなく出せる身なれども。
ふっさふさの剛毛の生えた腕が膨れ上がったまま、
ハイエース、もとえボックスカーを頭上まで抱え上げたところを
何だ何だ、化け物みたいな子がいるぞとSNSなんぞに掲げられてはたまらないので、
まずはこういった“物理的一般武装”に頼ってみようという訓練も兼ねた出動であり。

 『国木田くんもめんどくさい考え方をするもんだね。』

彼らは本来、一般人と大差のない警官だけでは手を焼くような、
ぶっちゃけ “待ったなし”な案件にばかり投入される身。
まだまだ詳細までは解析されてはない“異能”の持ち主であるがゆえ、
今見せたような、手を触れもせで人を薙ぎ倒せるような物騒な相手を、
被害者が出る前に確保せにゃならないという異常事態へ向かわされているというに、
その異能を出来れば使うななぞとは本末転倒な条件でしかなく。

 とはいえ、事態収拾後の報告で “異能を使いました”では済まないというのも事実ではあり。

物を壊したり盗んだり、人に怪我を負わせたりと、何らかの犯罪を犯した者を逮捕したとはいえ、
何をしたかをつまびらかにしないと起訴へは運べない。
そこを間違いのないよう公正に明文化したうえで、法廷へ送り込むという仕組みのある法治国家である以上、
説明がつかない記述を連ねては “信憑性が…”と弾かれかねないのが困ったもので。
そろそろ軍警の皆様には都市伝説以上の現実味を帯びて浸透している異能力だが、
ちょっとでも穏やかな所轄ではまだまだ “そんな胡乱なこと”扱いで。
冗談抜きに、世迷言を持ち込まれてなと言いつつ、こちらへ丸投げされる届け出も結構ある。

 『まあ、それだと初動から当たれるから二度手間とか手遅れとかは防げて助かるけどね。』

そう言って苦笑したのは、現場での実務に加えて他所との連絡を担当することが多い谷崎さんで。
相手が何かしでかした分には正体不明の爆発物だの謎の破壊だので済む報告が、
捕縛するこちらから繰り出しましたというのは原則ご法度。
のちのちに調書を作る折、説明できない手段を投じましたでは話にならぬ。
異能専門という肩書を唯一公的に任じている異能特務課でさえ、
表向きにはそんな部署はないとされており。
様々な案件を正確に把握しているのはいいとして、
いかに無理なく公けの書類へ変換できるかに 日夜その知慧を余すことなく投じておられるのが現状。
よって表向きは他愛ない窃盗やら暴走やら程度の騒ぎなぞへ、下手に異能を絡ませると
そのまま“何か無許可で無体を為した”とされ、始末書扱いになるのが関の山。
途轍もない緊急事態への投入を例外に、ごくごく一般の逮捕応援などで出動した場合は、
出来るだけ異能は控えるというのが“原則”ではある。

 『でもまあ、ヨコハマ在住の人間なら、
  多少の不思議や不条理も飲み込んじゃう昨今だけどもね。』

さすがは“魔都”との異名がある都市だということか、
港の権益がらみ、国の内外から集まった反社勢力が幾度となく激しい抗争を起こした名残でもある
無法者の吹き溜まりな租界や貧民街が依然として存続していることを筆頭に、
武装探偵社が拠点を置くだけあって、異能がらみの案件が起きやすい土地柄で。
例えば、女の子のようとは言いすぎだが、それでもまだまださほど雄々しいとまではいえない肢体の敦くんが、
地上うん十mの高さがあるビルの壁を何の装備もなく駆け上がったり、
頭上へと振り下ろされた直径10センチ以上はあろうぶっとい鉄パイプを、
頭を庇った前腕で遮っただけでぐにゃりとへし曲げちゃったとしても。
いわゆる“プロジェクションマッピング”みたいな、若しくは特撮用の小道具を使ったとかいう
何か特殊な効果映像じゃないかとか、
今時のあれやこれやに通じてて、割と融通が利く思考をする人も少なくはないのだから、
国木田が口やかましく言うほど 律儀に不思議を控える意識なんてするこたないよとは、
今回は医務室から飛び出して来ていた与謝野せんせえからの頼もしい助言。
名探偵こと乱歩さん寄り、事件解決をこそ優先せよというお考えでおり、

 『そんな方向に遠慮して要らない怪我を負う方がナンセンスだ。
  何も街を壊せとか市民の皆様を巻き込めと言ってるんじゃなし、
  むしろそうならないためにも遺憾なく戦っといで。』

万が一にも大怪我したら、見物人も含めてアタシが治療するだけの話だと、
聞きようによっちゃあ それもそれでおっかないんですがというご意見を飛ばしておいでで。
ちょっとお顔が引きつった面々の中、いつも朗らかな賢治くんだけはマイペースを崩しもしないで、

 『ですよねぇ。
  ボクの田舎では、力仕事と暴れ牛は宮沢んとこの小僧に任せろって頼りにされてたほどですし。』

彼もまた その細腕の何処にと思うような、冗談抜きの怪力でしかも頑丈な純朴少年が、
それはそれは豪気なお返事を返していたような…。
いやそれは長閑な土地柄ならではな話かもと、
ちょっと肯定しかねるよと焦ったように笑っていた谷崎さんチのお兄さんは、今日は帝都まで出張だ。
乱歩さんの付き添いで警視庁からの依頼へ出張っておいでで、
その代理のように、各署への連携担当としてボックスカーでの待機ながら現場に出ている与謝野女医であり。
平日の昼下がりでも野次馬がいなくはない大通りという舞台で
捕獲対象と向かい合う出動になっているこたびの案件なのも、

 「国木田にしてみれば、
  異能特務課に迷惑かけてるんじゃあと常々案じているらしいのが
  時々思い出したように噴き出してのこれだと思うんだけどもね。」

彼の意図も判らぬではないのだろう苦笑を漏らす。
要は いい加減に日之本の政府が異能を認めればいいだけの話だと思うのだが、
そうなればなったで、人権にかかわりかねぬ差別が起きかねないとか、
さして害もないよな異能と危険なそれとの格差はどうするのかとか、
法規上以外のところでの混乱も生まれることは必至。
現に、事情をよく知らない地方などでは、
異能を持って生まれた子供が 忌み子だの化け物だのと迫害されていた例もなくはない。
そんな混乱が生じると判っているだけにどちら様もなかなか言い出しっぺにはなってくれず、
挙句には、ヨコハマのような租界のあるややこしい土地だから押さえ込めていると言い出す向きもいるとかで、

 “政治家は政治家で、どこまで現状が判っているものなやらだからねぇ。”

そんな現状である大きな要因、
現場で何とか出来ているという頼もしき戦力がいるのも問題っちゃあ問題かもしれぬ。
国ごと引っ繰り返さんというような、場所を選ばぬ残虐な被害が続出した騒ぎでさえ、
日之本でも軍隊が大規模出動する手前で何とかしてしまった存在がいる。
彼ら武装探偵社が踏ん張ったお陰様、
何か物騒なゲリラ事件があったらしいが、警察が諸外国との連携の下、容疑者をふん縛ったと締めくくられており。
下々が何とか出来ているのだから…という珍妙な理屈で
ちゃんと把握しようとしないような連中が舵取りしている限り、
そんなこんなという大きな騒ぎの根源にもなったよな物騒な能力の実在を
広く公言するのはまだまだ無理があるかと。
遣る瀬無い吐息をつきつつ、フロントグラス越しに本日の現場を見やれば、先程の様相が展開されているわけで。
結構な広さにそれはリアルな幻影を繰り広げられる異能、
谷崎の“細雪”を駆使出来れば、その陰にて多少の無茶も濫用できるが、
不在となれば人目を避けての行動になるを得ぬ…と、
そんな方針であたった本日の案件、繁華街にて暴走した異能者の確保と来たから始末が悪い。

 “せめて一般の人を遠ざけてもらえれば…。”

一見、何の武装もない容疑者なのに、銃器で威嚇するというのも剣呑だし、
ただ目撃者がいるというだけじゃあなく、
そっちの方こそ大問題、敵に人質とされかねないかが現場としては最も恐れている懸念なのであり。
さすがに尋常ではない事態らしいと気づいたか、巻き込まれぬよう遠巻きになりつつあるものの、
繁華街ゆえにそもそも人出が多すぎて、まだまだそこここに騒いでいる人の気配がいっぱいで。
こちらへの注視より逃げなきゃという方向へ逸れつつあるのでと、
やっと遠慮なく攻勢に異能を混ぜつつある敦だったが、

 「な、何だよお前。何で平気なんだよっ。」

大学生くらいだろうか、まだ若いその男は、
フードの下でただの硬い表情だったものが…今は徐々に恐怖に飲まれてでもいるものか、
恐慌状態だとありあり判るよな焦燥の表情を浮かべ始めている。
よく判らない力で吹き飛ばされても、ビルやガードレールへ叩きつけられても起き上がり、
人並み外れた体捌きでドライバーが乗り捨ててったコンテナ車の腹に足を掛けて
ルーフまでを駆け上がっては大きく振りかぶった警棒を振り下ろしてくる “果敢な抵抗者”へ、
何だ何だ、勝手の違うのが出て来たぞと今更ながら竦み始めており。

 “やっぱり、どこかの組織の犯行とかいうのじゃないみたいだけど。”


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