短編 2

□異形の楽苑
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親にあたろう異能者さんがファンタジー好きで、
最近はそういうモンスターが出てくる作品を書いてたかららしく。
これまでの習作とやらを分析した結果、
最後の異能の産物として出て来た存在が転変しているあれやこれやは、
その人の作品の主たる敵役の出て来た順番だという。

 『作品の描写や何やの練られようも上がっては来ているから、
  当初は張りぼてぽかったものがどんどん充実した存在になってはいるが、
  そうまで空想架空の存在ならば、ある程度は基礎となる骨組みも要る。』

文字通りの幻で良いなら構いはしないが、というか、中途半端でもそういう骨格を持っていたればこそ、
高架下の金網フェンスやら駐車場のブロック塀やら、
倉庫街の分厚いシャッターなどなどを破壊して回れているのだろう。
向こうも臆病なのか今のところは人の気配がないところが多かったが、
それがいつまでも続くとは限らない。
自分が何者なのかとアイデンティティーを求めだすような“成長”でも始めたら、
そのままゴジラばりのモンスターと化して繁華街へ繰り出して来るやもしれずで。
今はまだ人的被害は出てはないが、
暴れ出せば少なからぬ脅威には違いないとし、推定罪にて引っくくらんと構えた次第。
断定したのは軍警の頭脳たる特務異能課だが、
芥川と鉢合わせた折、牙を剥きつつ力任せに駆け出して、
怯みもしない相手と見るや打って変わってその姿を文字通り“消した”というからなかなか厄介。
市民とヨコハマの安寧を望む武装探偵社もポートマフィアも異論はない。

 「ここへまんまと誘い込んだ誘導っぷりはさすがだな。」

中也と敦が随分と高みから見下ろしていたのは、
特撮もの用のスタジオというにはあまりに広い、春から販売開始予定の一大分譲住宅街。
ほんの何区画なんてかわいい代物じゃあなく、
ヨコハマ初の学術研究都市という謳い文句付きで、
大学付属の学校各種や病院、工学研究所などなども内包され、関連企業の工場や社員の社宅も含まれるほどもの、
市町村単位はあろうかというほどもの広大さであり。
動脈となろう快速停車予定の駅を中心に、建設途中の家々が模型のように地を埋めかかっているが、
夜陰の今、そこはちょうど頭上に昇ったばかりな月の上の世界のように
しんと静かで生気のかけらも感じられはしない。
分譲の工程が予想以上に手間取っているという情報を回して募集を遅らせ、
高度な研究施設もあるがため、まだまだ立ち入りは出来ないよとマスコミの取材も徹底して排除中。

  というのも、内務省事務次官による“銀の宣託”もどきの戒厳令を各所へ通達したためで。

此処を使おうという白羽の矢が立ったその瞬間から
“一般の政府関係筋”へは極秘情報として有毒物質流出地域とされたという通達が流され、
建設関係から住宅関連各社の関係者に至るまで、
上空や地下も含めた半径50キロ圏が懲罰付きの絶対立ち入り禁止とされる空前絶後な令が発布された凄まじさ。
そうまでしての完全無人化した広大な空間にて、
誰もいないがそういうプログラムなのか街路に添うた街灯だけは灯る中、
ただただ待機状態にあった中也と敦の二人だったが、

 「……え? あれって…。」

冗談や誇張ではなく、
踏み出された重々しい一歩へともなう“ずぅん”という地響きがこちらへ届いたほどの巨体が、
いつの間にかというほど気配もないまま忽然と現れていて。
夜目の利く二人だからこそ目視出来たような出現へ、まずは…やや呆気に取られてしまう。

 「……あそこまで大きくもなれたんですね。」

だってどう見たって帝都タワーかヨコハマランドマークタワー並みの大きさだ。
距離はまだあるというに遠近感がおかしくなるほど、
それはでっかいシルエットがずずんずずんと進軍する様は、
たちの悪い夢でも見ているようで。
これまでにも数えきれないほどの悪夢と言えよう巨悪と対峙してきた敦でさえ、
そんな的外れな感慨をこぼしたほど。
呆気にとられたのも数瞬で、あれの相手をするための布陣だったのを思い出し、
それでか“あわわ”と息を引く虎の子がついつい懐の中也にしがみつくように腕の輪を縮めた。
難敵が過ぎるとの思いから、引き留めようとか一緒に逃げようとかいうのではなさそうで、
びっくりしすぎたせいでの単なる反射のようなものだろう。
それへクスンと小さく笑い、

 「まあ、あの程度のブツとも やったことがなくはねぇ。」

不敵そうな言いようをする帽子の幹部殿。
敦は知らぬが、例のヨコハマを霧で囲った異能力収集家との悶着の折、
ゴジラより大きかったろうドラコニアの成れの果てと一戦交えた中也だったし、
その前には組合の手駒だったラヴクラフトが転変した巨大な存在とも戦っている。
とはいえ、そんな話は中也もわざわざ披露したことはないし、
これからも必要がない以上零すことはないだろう。

「南国の密林にはな、大人一人丸呑みしちまうアナコンダって蛇もいる。」
「ええ〜〜?!」
「海にはクジラだっているんだぜ? あのくらいのデカブツがいること自体は驚くに値しねぇ。」
「中也さ〜ん。」

色々と並べる余裕綽々なままの幹部殿の、何かしら思惑の染みた視線に気づき、
弱音っぽい非難の声こそ上げつつも彼の要望通り共に鉄塔の上で立ち上がる。
ちょっとほど自分よりも背が高い愛し子を肩越しに見上げると、
現状というもの、敦に語ってやることにした中也で。
細い顎をしゃくるようにし、架空妄想産物である異能ゴジラを示しつつ、

「ありゃあもう姿をくらます気はねぇんだろう。
 どう誘導されての出現かは知らねぇが、何か餌んなるものにおびき出されての行動だってんなら、
 それがこっちへ投下されるのを待つまでだ。」

随分と言いようを端折っているが、
太宰や乱歩、国木田が務めている地上班の作戦の要となっている“何か”のせいで姿を現し、
わざわざ此処へやってきた彼奴だというのなら、
そのおびき寄せの“タネ”が投下されるはず。
それを使ってもっと引き寄せた上で撃沈させて身柄を拘束、乃至は滅するのが最終目的だ。
ちなみに身柄を保護した異能者自身へ太宰が触れてもこの存在は消えなくて、
目撃情報や人力ではあり得ぬ破損通知は立て続いたままであり。
異能効果付帯型というか、ファンタジーの世界でいう“祝福”型のそれらしい。

 『祝福型?』
 『眠れる森の美女に出て来るだろう?
  姫君が生まれた宴へ招かれた妖精たちがお祝いにって一つずつ祝福を贈る。
  あれは魔法や呪いじゃあないからね、贈った主が死んでも解けないのさ。』

何かしらで贈った主が死んでしまったら無くなるような代物なんて
誕生を祝福する記念にと渡されても祝いにはならないからねぇと、
与謝野女医が判りやすく説明してくれた。
理屈は判るがこんな事態への応用に選りにも選って何を例えに持ち出しているのやら。
それはさておき、

 「行くぞ。」
 「はいっ。」

色々と思案するのも後回し。
地上にいる作戦立案班から状況は逐一インカムを通じて伝えられることになっている。
それ以前に、行動範囲や何やへも充分に刷り合わせは済んでもおり、
それらの範疇の中で、好き勝手に暴れて良いと言われているため、
まずはと中也がとった行動は、自身と敦へ重力操作の異能を発動させること。
少年の方はこの電波塔へ置いてっても良かったが、

 『最終攻撃の実行に当たっては、ウチの誰かを間近に置くこと。
  今さら暴挙に出るとも思えないけれど、後見役として探偵社の同坐を要求する。』

大将格としてマフィア側からは中也が出るとの意向を届けたところ、
探偵社側からわざわざの通達として、立会人としての社員の行動同伴を要求された。
手の内は晒されているのだし、対象を何なら駆逐したいのはマフィアも同じ。
今更作戦上の裏切りを敢行されるとは思っていない、むしろ

 『誰かさんが面倒がって“汚辱”とか使われちゃあ後片付けが大変だからね。』
 『う…。』
 『???』

太宰の一言へ、
敦が首を傾げたほかは、実戦班の誰もが真摯なお顔を保ったままであり。

 『森さんも案じていたよ。
  それが証拠に、私を同伴させるのは控えてと付け足していたそうでね。
  表向きは作戦そっちのけで罵倒し合って面倒だろうからなんて冗談めかしていたけれど、
  傍にいて何かの間違いで異能が切れること以上、
  唯一アレを制することが可能な私がいると、
  無謀な思い切りの良さをキミが躊躇なく発動しないかってのを警戒してのことだと思う。』

元は裏社会きっての最強コンビだったとも伝え聞く太宰自身がそんな風に言い聞かせ、
それで渋々という体で納得した中也の傍に付けられたのが他でもない敦。
そもそも前衛担当、戦闘には慣れもあって機敏だし勘も良い。
普段は異能の相性から芥川とのコンビが多いが、今回は事情も違うし、
中也の自身への見切りの良さへのストッパーにはうってつけだろうという判断を敷かれたらしく。

 “…まあ、こうまで詰められてる作戦の仕上げだってことだしな。”


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