銀盤にて逢いましょう


□昔取った杵柄?
2ページ/4ページ



     2


夏の基礎トレのために北国からやって来た一同の逗留先のホテルは、
市街地から離れた閑静なところへ落ち着いた佇まいを構えたそれで。
地味で簡素な施設かと思いきや、主にスポーツ関係者御用達の有名な旅亭だそうで。
食事メニューから室温や寝具のオーダーまでの何やかやを依頼に完璧に添わせてくれる
シェフもフロントも、滞在中の室内設備管理担当も一流どころで固めた、
知る人ぞ知る ずんとエグゼクティブなところであり。
衛生面は勿論のこと、人の出入りへの管理監督も
今時のあれこれを機器も人手を惜しまず尽くされているので、
不法侵入者からプライバシーへの干渉などなど余計な脅威を案じる必要もない。
そんな至れり尽くせりなホテルに落ち着いたはずの白雪の虎娘、

 何がどうしたものか、陽の落ちたばかりな緑苑脇の駐車場にて
 数人の怪しい輩らによる人垣に取り囲まれかけておいで。

散歩する人も無さげな、見ようによっちゃあ場末の
駐車されている車自体も数えるほどな殺風景な空間で、
うら若き少女と青年が、頼りなげな様子で威嚇されているとしか見えない情景であり。

 「あ、敦ちゃん。何も僕ら世直し集団じゃないんだから。」

谷崎さんがちょっぴり及び腰に言ったのは、
だがだが、いかにも恐持てな相手へ腰が引けたからじゃあなく、
あくまでも面倒ごとに発展しないかという方を案じてのこと。
だったので、

 「警察に通報します?
  どっちにしたって来てくれるまでの間はボクらがお相手しなきゃあなりませんが。」

敦ちゃんがこうと応じたのも、
天然さんだから後々のことまではよくは判らずにというのが…半分くらいはあったかもだが、(おいおい)

 『何事も早急な対処をした方が後腐れも少ないってね。
  あとになって、
  ぶら下がって因縁つける格好でそのネタで脅せたとかいう勘違いさせても酷じゃあないか。』

 『ですよね。
  それやらかしたら警察よりおっかない人たちに捕まえられて、
  弁護士も人権もないまま 有無をも言わさず東京湾に沈められちゃうかもしれないし。』

血なまぐさい方々との縁があるの、積極的に利用なんてしちゃあない。
むしろ庇ってやってる格好なんだから感謝されたいくらいだと。
乱歩さんがぷんぷくぷ―と膨れてしまわれるのもいつものことなのだが、
それらは後日談なので、今は現在進行形のお話に戻ろう。

 「……。」

いかにも物騒な面々に取り囲まれた
敦ちゃんと、付き添いの谷崎さん、ちょっとピーンチという場面でしたが、
そうとなった直前の流れをご説明するならば。
トレーニングは来週から始めると打ち合わせ、
今日のところはこれでじゃあねと、一部微妙に名残りを惜しみつつも
ヨコハマ陣営の案内役だった二人が帰って行ったのがまだ明るかった夕方ごろ。
和気あいあいと食事をし、広々とした風呂を使ったり、備え付けのジムで軽い運動をこなしたり、
各々で就寝までの時間帯をゆったりと過ごしていたのだが、

 【 中島様はおいででしょうか。】

忘れものを届けに来ましたと、
某ジブリ映画のキャッチフレーズにあったよな言いようで連絡してきた御仁があったらしく。
警備がしっかりしているホテル故、
部屋の番号も教えてはもらえないしそのような訊きようをしたからか、館内へ入ることさえ遮られ、
仕方がないので出て来てもらうしかない。
なので、最寄りの公園の駐車場までご足労願えないかという伝言が、
外部との交渉時はチームの代表とされている国木田のスマホへと掛かって来た。

 『……それって怪しすぎませんか?』

何でまたこんな宵の口なんて時間に?
日を改めればいいじゃないか。
というか何で此処へ逗留していることを知っている?
紹介してくれたのは中也姐だし、
出来れば騒がれずに過ごしたい旨は判っていようから口外はしていないはず。
着いたばかりの今宵にコンタクトを取ってくるのも これまた不審で、
例のレセプションつながりで追跡されてたとか?

 『疑えばいくらでも怪しいところばかりが出て来る手合いだが。』

どうしたものかとスタッフの中でもチーフ格の面子を集めての合議となった場で、
放っておいて強引に出られても厄介だと常識的な言いようをした者、
失礼にもほどがあるのだから通報して良い案件じゃないかといたずらっぽく言い出す者など、
一応、幾つかの意見が出たその上で、
首脳格の皆様でこれこれこうと作戦が立てられた結果のこの運び。

 余程に急ぎの用なのか、
 そしてそして、
 どうしても直接会って伝えたい要件ででもあるものか。

明日にしてとか場を改めてと言っても食い下がり、
勿論、お独りでなんて言わない、頼りになる方と複数でどうぞと言いつのられ。
チーフスタッフの皆々様、何焦ってんだろうかと微妙に面白がってしまったのは此処だけの話。
そうと出られてぞろぞろと大人数で向かうのも何だしという流れとなったか、
それじゃあと高層階から降りてった敦ちゃんと、引率の、もとえ付き人の谷崎さんだったのだが。

 『……。』

いかにも小柄な少女と優しげな青年の二人が出たのを見計らうように、
彼らが宿泊するフロアを目指して
非常階段やらメンテ用のロフトなどからにじり寄り、こそりと取り巻いた気配があり。
不穏な侵入者が足音しのばせ、中島選手のお部屋へ近づいたのへと先んじて、

 『残念だったな。お前たちが狙いそうな、敦も貴重品もここにはないぞ。』

敦ちゃんの随身として任されているのは教育方面担当なだけじゃあない、
合気道の達人でもあらせられる国木田さんが護衛の面目躍如はなはだしく、
力づくで押し込んで来た数人の賊を片っ端から投げ飛ばしの関節決めのと、
それは効率よく片付けてしまわれており。
一方の呼び出された側、
ホテルに間近いところにある緑地公園の駐車場までへと
誘なわれの導かれてしまった敦ちゃんの側は側で、

 「…部屋にはなかったというティアラ、何処へやったっ。」
 「あらまあ。与謝野さんが勧めた通りだったようですね。」

カーディガンの代わりのように肩に羽織っていた更紗のオーバーブラウスの懐から、
白い手がひょいッと無造作に摘まみ出したのは、
特に何かに包んでもない扱いで良いものかと周囲が案じる、
数時間ほど前にレセプションでいただいたばかりのプラチナ製の美麗なティアラだ。

 「もしかしてこれが目当ての人たちかも知れないから持っていきなと言われたのですが。」
 「…ちょっと待って敦ちゃん。それ、ボクは聞いてないんだけど。」

何ですかその展開はと、選りにも選ってお嬢様を守らにゃならない立ち位置の谷崎がひぃいと判りやすいほど青ざめる。
さすがは宝石の協会主催の表彰だっただけあって、
副賞としていただいたネックレスもなかなかに豪奢なそれだったけど、
式にて頭へ載せていただいたこっちも結構なお値打ちのそれで。
ティアラに一番大きいビジューとして据えられてあったのは、随分と大きめなカラット数のダイヤだったが、
敦くらいの子ならその縁に使われてあったアクアマリンの方が好きだったりするようなのがイマドキの感覚だ。
とはいえ、相手が狙うはそっちだったらしく、しかも、

 「わあ、乱暴に扱うなっ。」
 「もっと丁重に…あああ、ぶん回すな。」

ほらほらと振って見せたその上、
そうだこれって頑丈だからと、ヘルメット代わりにしようという目論見か、
日本人離れした銀の色合いも華やかな見栄えの髪へ柄を通し、頭へ装着しちゃうお嬢さんなのへ。
恐持てだった態度が一転、
乱暴な扱いでぶん回すのへ 怯んでおりますと言わんばかりの慌てっぷりで向こうがそんな言いようをし、

「ダイアモンドは業火に放り込みでもしない限り無事だろうに。」
「それか一点を鋭く叩かれないならってとこでしょうか。」

さすが只者ではない顔ぶれで、さっきまで怯んでいたはずの谷崎さんまでもが
世界一硬いとされるダイアでもそういうことには弱いとご存知だったらしくてそうと案じてやったれど。
せっかくの心遣いへも耳も貸さずに目の色変えて手を伸ばしてくる輩たちにすれば、全く慰めにはなってない様子。
ティアラ込みでほしいのかと思えば、さにあらず。

 【 どうやらそいつら産業スパイらしくてな。
  何かしらのチップをダイアの下へ貼りつけてるらしい。】

乱歩さんからのそんな追加情報が入るのは、乱闘が片付いてからのこと。
なのでそこまでの詳細にはまだ気づかぬままながら、
とりあえずティアラごと御所望らしいと察しを付けたこちらとしては、

 「じゃあ渡さないと構える他はないですねぇ。」
 「こらこら敦ちゃん?」



次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ