銀盤にて逢いましょう


□寝言は寝て言え
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 「太宰さんってイケメンですよね。」


特に緊迫した態勢でもなかった、とある長閑な昼下がり。
建物自体の意匠の関係でややレトロな趣きの漂う武装探偵社の執務室にて、
谷崎妹のナオミ嬢が、塗りもつややかなお盆を胸元に抱きしめたまま、そんな台詞をしみじみと口にした。
お兄様しか目に入ってないようなところのある少女だが、
一応は標準的な美的感覚も持ち合わせておいでなようで。
いやいや、谷崎兄も美形ではありますが、
それでマヒしているんじゃないかとの評もなくはなかったので…。
そんな彼女が改まってそんな言いようをしたのは、
先日 護衛の依頼があって 男衆がご家族の居廻りに付くこととなった某大使のご令嬢から、
お礼かたがたというご挨拶の訪問があり。
お礼云々は建前だったようで
あの時、暴漢から守ってくださった背の高いお人は…?と探りが入り。
今日は入水日和だと言って出てったねぇと思いつつ、
適当に誤魔化して、勧めたソファーが温まる間もなくお帰り頂いた探偵社だったから。
たとえ当人がいたとしても、
思ったところは奔放につけつけと言うよなナオミちゃんではあったが、
今日の場合は居ないからこそという一言があっての曰く、

「でも、あの “綺麗なお嬢さん、私と心中して”ってお誘いは
 もしかして自己防衛も兼ねてるんじゃないかしら。」

美人が好きだと公言してはばからない包帯の策士なのは、
もはや新人の敦でさえ、手際のいい擦り寄り行動などなどからピンと来るほど把握しており。
いやいや自分から寄ってってないですかねと
敦や谷崎兄辺りは怪訝そうに眉を寄せの小首を傾げのしたけれど、
ナオミ嬢は譲らない。

「それもまた戦略のうちだと思います。」

変な人とか押しの強い人は警戒されますしと続いたので、
あ・これ褒めてないなと いやな冷や汗が出た男性陣だったりし。
後で判ったことだが、先程の不意打ち仕掛けて来た凸撃令嬢が、
一目惚れした太宰様の同僚に恋敵は居ないかとでも案じてか室内をぐるり見回し、
視野の中に居合わせた女性陣を見てふふんと口の傍で笑いでもしたらしく、
そんなはしたない女性では到底釣り合いはしないとの憤懣から、
だってどれほどややこしい人かを数え上げたくなったらしい。

「だって太宰さんて美丈夫じゃあありますが、
 精悍知的というより淑と艶っぽいタイプじゃあないですか。」

そうと続ける彼女だったのへ、

「そういやそうだね。サナトリウム小説の王子様っぽい風貌だ。」
「さなとりうむ?」

ティーカップ片手に与謝野せんせえが続けた言い回しの中、
よく判らない単語があったため、
ついついオウム返しにした敦へは、谷崎が応じてくれて、

「今では治療できるような結核や、
 根気よく安静にした方がいい喘息とかを治療する療養所が舞台になった小説のことだよ。」

空気が良くて人があまりいないよな、静かな寒村や高原などに建てられた療養所を舞台に
病弱な少女や青年との恋愛模様を切なく綴った小説があってねと。
手短に説明をしている傍では、

「手弱女の様な風情がありますもの、太宰さんて。」

もっさり伸ばした蓬髪も、
その陰からあれほどの端正なお顔が覗けば
謎めきという魅惑のうちとなるらしく。
男性に使う言い回しではないかもしれぬが
水蜜桃のような匂わんばかりに含まれている甘い色香が
何とも罪作りな御仁でもあり。

「黙っていればイケメンだし、
 ちょっと困ったような貌でもなされば、
 マニアックな層からウケる えっちなお姉さんみたいな
 いけない艶っぽさがなみなみとありますものねぇ。」

 ナオミさんたら…。
 おや上手いこと言うねぇ
 与謝野せんせえ…。

女性陣の歯に衣着せぬ言いようへ、
敦や谷崎兄といった顔ぶれが、

  __ フェミニストらしいけど怒らせたらきっと怖い人みたいなんだから

ちょっとは遠慮を…というお顔になってたそうな。




     ◇◇◇



ワールドGPの1つとして、
ホームグラウンドの日本は横浜で催される 〇HK杯が始まるとあって、
日頃の練習や打ち合わせなどなどで足場にしている定宿ではなく、
会場近くのホテルにスタッフで滞在することとなるのも2年目で。
微妙に有名人となってしまったため、
自警団の足場にもなっている、メンバー名義の古アパートをそのまま使っていては
こっちのそういう都合や事情を知らぬ人たちが集まってしまい
ご近所に迷惑が掛かろうからと取った対処だが、
会場に近いところが押さえられたのが幸いし、
移動もどうかすると徒歩で可能という至便さだ。
もっともそれはスタッフに限り、
混乱を防ぐため芥川本人はメンバーの自家用車かタクシーでの会場入りとなっている。

 「中原様、お届け物です。」

ホテルのボーイがその階ごと貸し切りにしているフロアの談話用ホールまで
赤子を抱えるようにして運んできたのは結構 豪奢な花束で。
会場で供される花や贈り物はそのまま事務所へ送ってもらうし、
移動中に特攻かけてくるお嬢さん方にはスタッフが楯となって応対するのがこのチームの方針で。
ホテル側にも、素性の知れないものは受け取れないからといってある。
日本はまだまだ安穏としているが、
海外では 勝手なトトカルチョの対象にされ、八百長を持ちかけられたり
高得点を挙げたばっかりに思いもよらぬ逆恨みから襲われることだってある。
そういったことも重々理解している、警戒意識におけるレベルの高いホテルであったし、

 「? アタシに?」

今日の競技自体は夕刻からなのでと、
練習試走のためリンク入りしている芥川と 付き添いのスタッフ数人だけが先乗りしており。
残りの顔ぶれは備品補充やら次の滞在地への連絡や移動筋への打ち合わせといった、
自分の役目にそれぞれで手を付けているばかり。
選手が演技を披露する会場ではなく 留守番しかいないホテルに届くというのも不自然なら、
スタッフチーフの中也に名指しというのも妙な話で。
こういう贈り方に慣れていない人からなのか、中也の個人的な知り合いからの激励か。
わざわざ運んでくれたということは一応チェックはしているのだろうと とりあえずは受け取ったものの、

「???」

個人的な知り合いがこんな風に贈ってくる心当たりはない。
中也がピアノ演奏でもする集いならならで やはり会場へ届けるものだろし、
勿論のことそんな催しの心当たりもない。
受け取った花束、待ち合いに置かれたテーブルに置き、
あちこち覗き込むと1通の封筒が花々の間に見えた。
パステルカラーの薄いもので、カードでも入っているものかと摘まみ上げ、
万が一にもカミソリでも入ってはないかと注意して封を切れば、

 「……何だって?」

入っていたのはやはりハガキ大のカードが一枚。
パソコンのワードで作ったらしい文章が数行ほど印字されてあって、
それへ目を通した中也が見る見ると表情を険しくする。
そんな彼女の様子をやはり不審そうに見守っていた周囲の面々が、

 「どうしましたか?」
 「…粕谷と丸川はどうした。」

ドリンクやら冷感スプレーやら、
競技に備えての小道具一通りを運んでくれるスタッフの若いのが2人ほど顔を見せない。
当人はコンディション優先でそういった雑事には触れさせないし、
スケート活動における責任者の中也やマネージメントチーフの樋口と言った顔ぶれも、
直接タッチしないでいいとされて久しく。
そもそもの自警団チームで彼らを兄人と慕う顔ぶれが、
自主的に参加し手伝ってくれているという順番なので、
多少はバイト料も出しているがそれさえ固辞していたほどに進んで集っていたはずが、

 「連絡付きません。」
 「用具の方は予備があったろう。それを取り寄せろ。」

そうと指示を出しつつ、控室から立ってゆく。そんな姐御へ立原が怪訝そうに声をかけ、

 「どこ行くんすか?」
 「心当たりを見て来るよ、こっちにダチがいるとか言ってたろ。」

さすが、下の者の言動も覚えていたらしく、
コートを手に取ると表へと出てゆく。独りでというのはと案じかかったものの、

 「大丈夫だろうが、奴の集中に障りがあっちゃならねぇ。
  顔ぶれが減ってるのも気にならんと限らんだろう。」

奴というのは芥川のこと。
手短にそうと告げ、たったか軽快な足取りで通用口へと向かった赤毛の姉様。
朝の気配が緩みかかっている街の外気はまだ冷ややかで、
頬をくるまれた感触にますますと眉をしかめると、
やや尖った固い表情で歩みつつ、コートのポケットから取り出したスマホを起動する。
誰からのものか判らない花束に添えられてあった、やはり記名がないカードには
末尾に名前代わりのように 連絡先かメアドが記されてあって。
いやな予感がし、そこへとアクセスしてみたら、覚えのない場所までの誘導だろう地図が出た。

 「……。」

一体何者の仕業だろうかと憮然としつつ、そんな内心は押し隠し、
ただただ足早に外套ひるがえして出てゆく様は、
仲間内には黒い帽子をあみだにかぶった かつての幹部の雄姿そのままに見えたに違いない。



to be continued.






 *〇HK杯が横浜開催と書いてますが、
  そこはフィクションですので見なかったことに…。


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