銀盤にて逢いましょう


□寝言は寝て言え
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地球温暖化のせいか この秋も台風がやたら襲い来て、
大きなものでは町ごと冠水、激甚災害と認定されたほどの大騒ぎになったが
唯一助かったのは 割と暖かい秋が例年よりもずっと続いたことだろうか。
被災した方々が秋の深まりとともに襲い来る例年通りの寒さから少しでも遠ざけられ、
復旧の作業にもその点でだけは支障とならなんだようなので…。
とはいえ、さすがにカレンダーも最後の2枚となっては遅い初冬の気配がやって来て、
朝晩冷え込むようになり、宵の訪のいも日々早まって来て、
そんな黄昏時の もっとお外に居てねということか、
街には一足早いクリスマスの到来を感じさせるよなライトアップやイルミネーションも始まって。

 そしてそして、

来年の夏季五輪のすったもんだな話題をくぐり抜け、
ウィンタースポーツの中でも それは華々しいフィギュアスケートのグランプリツアーが始まっており。
昨年 話題の的だった新星たちも再びの上位進出を期待され、
注目再びで連日のようにスポーツニュースなどで取り上げられ始めている。
熟練あってこその優美な演技での競り合いは勿論だが、
巧みな跳躍の難度が男女ともに上がって著しい昨今、
スロー再生してもらわないと何回転したかが判らないのが、
歳を負うた視聴者にはちょっと歯がゆい。(とっほっほ)


  アタシの友達がさ、あの芥川選手のスタッフやってんだ。


主要選手はもとより、
選手の補佐をするコーチやマネージャーが注目されるのも今時は珍しいことではない。
直接間近で観たいと会場へ運ぶ層の中、直に見て関心がそちらへ移った末のこと、
ネットやSNSで一般のファンが盛り上がっていたりもし。
殊に まだ学生という芥川・中島の両陣営は、スタッフの顔ぶれも若いめで固められており。
しかもなかなかに粒よりの美形さんたちが揃っていたがため、
そちらへまで名指しで歓声を上げる出待ちファンが少なくないと、
マスコミの間でも話題になっているのだとか。


  高校の時の友達でぇ。
  そうそう、その子その子。
  結構目立つのよね、派手な顔してるし あの子。
  芥川くんとも中継とかで一緒に映ってるっしょ?
  そんなだからさ、関係者ブースにも特別に入れてもらえるんだ。
  だって友達だよ? 大丈夫に決まってんじゃんvv




    ◇◇


のちのちの話になるが、
先に結婚して子持ちとなったのは、芥川とその嫁っこになった敦ちゃん。

 だが、

想いが通じ合ったそのまま同棲もどきの事実婚という格好、
寝起きを共にし始めてたのは 太宰と中也の方が先で。
そこはまあ、彼らは既に社会人だったからとか、
中島さんチの本家の大御所様の隠密も請け負ってた太宰がフットワーク軽くて
頻繁に北の地から横浜まで出て来ていたその足場になってたからとか、
色々と付帯条件もあってのこと。
むしろ フィギュアの競技会が本番を迎えて
チームごと頻繁にお近づきとなる機会が増えた今の時期の方が、
各々のチームのお務めに集中するため寝起きが離れ離れとなっていて、
『それって順番がおかしくないですか?』なんて
虎の子ちゃんが小首を傾げていたくらい。

 『別にお付き合いしてることを秘密にしているわけでもないのでしょう?』
 『いやまあ、それはそうなんだがな。』

相変わらずのゆるふわなファッションがお好きな姉様。
それでも時々は、もしかして太宰のを借りたか、
レギンスと重ねてながら
Tシャツにワンピースほども丈の長いメンズシャツを羽織っていたり。
やや暇な折の収入源に切り盛りしているカフェでのユニフォーム、
襟周りがゆるいシャツとサブリナパンツ、カフェエプロンという
動きやすそうというか、機能的でマニッシュな格好も上手に着こなしており。
今時分だとスエードのジャケットやベロアのコーディガンなどをニットに組み合わせての、
やはりあか抜けた装いで会場に現れては ちゃきちゃきと采配を振るっておいで。
男子と女子ではまるッと開催日がずれており、
そんな関係で競技日ではない身の普段着姿で 芥川陣営へ潜り込んでた敦ちゃん。
スタッフだって忙しいのだから邪魔はしたくはなかったけれど、
自分なぞ何週間ぶりかで姿を見ただけでもはしゃぎたくなるのに、
寝起きまで一緒の人が他人行儀に顔を合わさなくなるなんて寂しくないのかなぁなんて、
ヲトメな疑問を抱いたらしい…と言うのが中也にもようよう判るため。

 『しょっちゅう逢ってるからこそ、たまには離れて距離置くのも良いもんなんだよ。』

え〜?とまだ怪訝そうなお嬢さんは 彼らとは逆に愛しの君とは遠距離恋愛中。
それでなくとも箱入り娘だったため恋愛自体が初体験で、
その初恋の相手が前世からの因縁、もとい ゆかりというか絆というかも深い芥川であるがため、
かつては山ほどの事情もあって睨み合っていたものが、今はそれらを蹴散らすほどにお互いを大事に思う間柄。
よって、少しでも共に居られれば嬉しいのに、
同じように劇的な関係のはずな太宰を相手に、なのに中也さんは違うんだというの、
どうにも理解が追い付かないらしく。
そんな無垢なところが、やはりこの子の良いところ。

 “柄にもなく臆病なこと言いそうなんでな。”

なので、年若さもあってまだまだ分かるまいがと苦笑を返し、
眉目秀麗という言葉の見本のような、
それは麗しくも聡明そうな横顔で笑って見せたのが昨日のこと。
いよいよご当地でも競技会が催されるラウンドとなり、
シーズンの幕開けとでも言いたいか、この数日は急に朝晩の冷え込みがきつくなった。
体をほぐすジョギングも兼ね、関係者で滞在中のホテルを出て、まださほどの人影もない街路に立つ。
仰々しい防寒の用意はしなかったが、思いの外 頬に触れる外気が冷ややかで、
はあとわざとにゆっくり息を吐いてみたところ、

「13度以下にならないと白くは見えないよ。」

と後ろからの声がかかる。
途端にやや赤い顔になったのは、
不意打ちされたことのみならず、子供じみた真似だった自覚があるからだろう。
それを目ざとく観ていた相手はといえば、

「ちなみに鼻呼吸まで白くなるのはさすがに10度以下だけど。」
「相変わらず、しょうもないことまで詳しいな。//////」

照れ隠し半分に語気が荒くなったものの、

 「赤い顔が可愛いねぇ。」
 「……っ。////////」

にやにや見つめられては片意地張ってても続きはしなくて。
今度は溜息として肩を落としつつ はあと吐息をつく。

 「おや、降参かい?」
 「口で勝てるとは思ってねぇよ。」

それと、と
何か言い足そうとして ふっと口を噤み、踵を返して歩み始める。
ビジネス街ではないせいか、平日の大通りは閑散としており、
業者が搬入に向かうのか、愛らしいマスコットをペイントされた小型のコンテナトラックが
時折行き交うのがいかにも朝の風景らしい趣きで。

 「……。」

ジョギングではないものか駆け出すことはない歩調で何歩か進んだ中也が、ふと足を止め。
いつもの、かつてと同じ砂色の長い外套姿の太宰が ンン?と意を留めれば、
そんな彼の視野の中、肩越しに振り返ったお姉さま、

 「何だよ。ついてくんじゃねぇのかよ。」
 「あ…。」

いつもの意固地が出てのこと、どうせ置いてかれると思っていたのか、
中也の思わぬ譲歩に “え?”と目を見張ったが。
細い肩がすとんと落ちる前、この彼にしては察しが悪すぎるテンポであわわと追い着き、
大小随分と身長差のある二人連れが、やけに機嫌よく共に街路を歩き出したのであった。





to be continued.






 *ちょっときな臭い話になりそうですが、大した騒ぎにはしないのでご安心を。
  あ、先に言っちゃあいけなかったかな?


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