銀盤にて逢いましょう


□宵の逢瀬の…
5ページ/6ページ



     4



どんなに夜更けであっても 都会の夜は真っ暗闇とはいかない。
何かが稼働してますよランプとか 小さな小さな表示用のライトなどがあってのこと、
必ず何処かに明るみが多少はあるので、
野生の生き物ほどじゃあないとはいえ人の目はちゃんとそれも捉えており。
夜中に目が覚めても おトイレくらいならわざわざ明かりを灯さずとも不自由はしないし、
隣近所どころじゃあない 街中が停電なんて騒ぎにでもならぬ限り、
街灯やネオンなどなどが邪魔をして
様々な星座が遊び、実は毎日大なり小なり流星が翔っている本当の星空だって望めない。

 「結構 上玉がいたよな。」

港の一角にて繰り広げられた宵のお祭り、
ショッピングマート主催とやらの花火大会に ずんと賑わった華やぎも、
最後の大仕掛け花火が見事に決まってのほぼ予定通りの時刻にお開きとなり。
昼間でもここまで混み合わぬほどの雑踏が 少しずつ最寄りの駅へと吸い込まれてゆき、
数時間もすれば閑散としたがらんとした埠頭前に戻ってしまっている。
本来そういう場所なので、此処で余韻にひたろうなんて顔ぶれもなく、
DJもどきが司会を兼ねて立っていたやぐらも音響の設備だけ撤収されて、
主催本部の詰め所だったブースや屋台の骨組みなど、片づけ損ねのあれやこれやが、
出来の悪い遺跡みたいに物寂しくも月光の微かな光に照らされているだけ。
ここいらでは風の音よりないも同然の環境音、
潮騒と呼ぶにはお粗末すぎる、コンクリの岸壁へ寄せる波の音がぴちゃぱちゃさえずる操車場の陰にて。
周囲に人目がないことへ油断してだろう、低められてもない声が下卑た含み笑いと共に放たれて、
それを追うように別の声が似たようなトーンで返される。

「ああ、いたいた。」
「何人か写メ撮ってあるぜ。」
「あれ、グループで来てたみたいだぜ? 駅へ続く道で手ぇ上げ合ってたし。」

余程に目を引く美人さんたちがいたものか、
勝手な評を付けての盛り上がり、それぞれ情報交換を始めた連中であり。
煙草や缶の酒など片手に、

「いつもみたく裏SNSで尋ね人すりゃあ、報酬次第でなんぼでも追跡出来るってもんだ。」
「俺なんざ 安のおんじからもらってた発信機くっつけた。」

ほんのいっとき、雑踏の中でたまたま間近に居合わせただけという間柄。
何処の誰かまではまだ知らないが、その気になりゃアすぐにも探し出せよう、
そんな俺らがちょいと脅せば、たかが小娘だ言うことも聞こう、
鼻っ柱が強くたって胸倉掴んで浴衣をはだけさせ、大勢でのしかかりゃあ手もないさと、
場慣れしてそうな言いようをし、がははと品のない笑いようをする。
人相の悪さといい、どうやら日頃からも良からぬことを企む連中であるらしく、
先程の花火大会の賑わいの中、夜空を見上げず地上の花へ目星をつけていたと言いたげな会話であり。
呆れるような悪事の算段に他ならないというに、手柄自慢のご披露合戦のようになっている辺り、
どうも今宵が初めての悪だくみでもなさそうで。

 「……。」

そんなけしからぬ面々へ、
特段 慎重に構えちゃいないところはいい勝負ながら、
そちらさんには手慣れたそれか、
あくまでも自然な所作動作で足音も気配も無く近づいた影がいくつか。
風を切って舞う海鳥のような、いやいや今は夜更けだから 差し詰め魔物の係累か。
それは颯爽とした身ごなしで集った面々、
下衆な相談に沸く古倉庫を取り巻くと、
視線を見交わし、意を合わせ、そのまま今度は無造作に踏み込んでゆく。
砂埃を踏みにじる ざりざりという靴音に、さすがに誰ぞかが気付いたらしく、

 「何だ、手前ら。」
 「此処は俺らのシマなんだ、他所へ行きな。」

追い払おうというつもりか、一応は堂に入ったような態度で上から言いのけたものの、
2か所ほどあった締まり切らないシャッターのある搬入口から現れたらしい
複数ずつな誰ぞの気配や影はちいとも怯まず。
数歩分ほどの間を残して歩みこそ止めたものの、
何かしら窺うような、へたれた物腰も見せずの背条も伸びており、
むしろ先にいた連中の側が鼻白むような、威圧さえ漂う態度なのが仄見える。

 「何だよ、何か文句でもあんのか?」

話しかけても来ない、こっちからの追い払いへの応じもないのが不気味か、
更に噛みつくような言いようをし、鼻にピアスの男が威嚇を兼ねてか一歩踏み出す。
気が短くて動作の素早さにも自信があるのだろう、
先手を取って有無をも言わさず鼻っ面を叩いてやらんという態度。
いつものことか、仲間内もにやにや笑って“あ〜あ怒らせてやんの”という顔になったが、
そんな半笑いがすぐさま一時停止した。

 「…、がはっ。」

皆の前へ踏み出した鼻ピ男が、何に躓いたか唐突に立ち止まり、そのまま妙な声を上げたから。
古ぼけた木箱や煤けたスチールユニットがまばらに散らばる倉庫内にはさして死角もなく、
相手は暗がりの中に立つ ほんの数人ほどと見越していた。
普段からも根拠のない威勢を振りまき、
周囲が怯むのへどういう勘違いかも判らぬまま居丈高になってた ごろつきども。
自分たちとご同輩の、同じような揮発性の高い突っ張りでもなし、
こんな風に一向に反応がないケースは初めてか、
見るからに威嚇して来ていたわけでもない相手だのに
先鋒の暴れん坊が予想に反してやられたらしく、
立ち止まったそのまま どさりと声なく倒れたのを察し、何だ何だとざわつき始める。

 「……。」

後から来た側は相変わらずの音なしの構え。
威嚇の動作も罵声も何もない、あくまでも無言なままながら、
実はそちらの先鋒が、相手の陣営の気配をあっさり読んでのこと、
生意気な鼻ピが踏み出すのとほぼ同時、
切れのいい動作で何かしらの得物をその手へすべり出させると、
煤けて荒れたコンクリの足元を、
ゴム底のスニーカーで力強くも ざりと擦って蹴ったそのまま、
いかにもな前傾姿勢になって、疾風のように飛び出しており。
出会いがしら同士、ぶつかりそうになって たじろいだ相手の脾腹を目掛け、
スライド式の特殊警棒を突き出して 痛点が集まっているツボを的確に突いたものだから、
鼻ピの先鋒、声もなく倒れ伏し、そのまま悶絶しているだけのこと。

 「……い、痛てぇよぉ。なにしやがんだよぉ…。」

少しでも俯けば顔に陰が落ちるほどに頼りない、
常夜灯のみの明るさという条件は同じじゃあありながら、
街灯が多い戸口に近い側に立ってたのは自分らのほうであり。
なのに、いやさ、だから、何が起きたかが判らないのが無性に不安で
焦りと恐怖が遅ればせながら涌き出したか、
腰を落として身構えたり、すぐ隣の仲間へ何なんだよと問うてみたり、
見るからに浮足立っての落ち着きが無くなった模様。

 「え?」

そんな自分たちへ躊躇なくぐんぐんと迫って来た影があったらしく、
あったと存在へ気づいたときにはもう すれ違い終えていて。
冗談抜きに、ひいっという情けない声も上がったほどだったが、

 「 …あ。」

体のどこにも何も当たってはないし、腕も足も痛くもないの、
少し間をおいて確かめたのが、
一番端に立ってた派手なロゴTシャツにイージーパンツといういでたちの輩。
ほっとしつつも 何だこの野郎 脅かしやがってと言い返そうとし、
振り返ったそのすぐ間際の背後に、
気配もないまま白い顔の存在がぬうと立っていたものだから。
立ち止まったにしても、
もっと離れたところでと思い込んでた身には
某『呪/怨』みたいな こんな度肝を抜く演出は思いもよらなかったらしく。

 「ひっいぃいぃ〜〜〜〜〜っっ!」

後ずさりしかかりすぐ横にいたお仲間にぶつかり、縺れるように地べたへ転がる。
それさえ別口の何か妖かしにでも触れたとでも思うたか、
自分からぶつかっておきながら
朋輩へ腕を振り回し、蜘蛛の巣でも払うようにもがくものだから、

 「ちょ、痛てぇって。何してんだ お前、おいっ。」

落ち着けよと手を伸べれば振り払われ、
何だどうしたと怪訝に思った其奴の視野へ
やっとそれを怖がったらしい部外の人物がいるのが確認されて、
何テンポも遅れてギョッとされてる辺りは出来の悪いコントのよう。

 「………。」

問題の影はといやぁ、
口許は黒いマスクで覆い、前髪を押しつぶすほど深々とかぶったキャップの庇で目許も影の中であり。
表情どころか顔自体がよく判らぬ存在として、立ち止まったその位置に依然として立ったまま。
しかも すうぅっと肩の上へまで上げて見せた手には、
いつの間に掏り取ったか微妙なパンク風のカバーを付けたスマホが1基。

 「えっ、あ、それはっ!」



次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ