銀盤にて逢いましょう


□宵の逢瀬の…
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古来よりというのも大仰だが、本来は夜というのは活動しちゃあいけない時間帯。
何と言っても暗いので、夜行性の危険がいっぱい潜んでいるし、
そもそも手元足元が暗いから躓いたりしかねず行動もしづらい。
灯火という手もありはするが時代によっては高価だし
何より火事になる危険もあるなどなど、
マイナスファクターの方が多かったため、
陽が落ちれば何もできないからそのまま寝てしまえというのが永らく自然なことだった。
妖怪やあやかしの逸話も、
そのほとんどは危険な夜中に外に出ちゃあいけないよと説くための
ある意味 “方便”みたいなところから生まれたものが多かった。
ところがそれへ “お祭り”が絡むと
夜通しで準備するのも当たり前になるからちょっと不思議。
何と言っても神様へのご奉仕である“祀る”こと繋がりな上、
大勢であたるので目配りも行き届き、事故や奇禍というものへの心配はないとなるものか、
何なら社に籠って祈祷を続ける行などもあるし、
宵宮という言い回しもあっさりと民間に広まって馴染んだほどである。
大晦日など長く起きていればいるほど長生き出来るとされ、
子供も夜更かしを奨励されていたほどで。
夏は夏で盂蘭盆会という「お盆」に絡むあれこれとしてのお祭りが多々あり、
寝苦しいから夜更けまで起きている人も多いとあってそれをつり出すためか、
それとも単に農閑期だからか、
輪になって踊ったり縁日を設けたり、花火を上げる賑やかなものまで派生して
夏の夜もなかなかに華やかになっている。
ところで、その花火大会といや近年減りつつあるそうで、
主な理由は資金繰りが厳しいためだそうだが、
花火自体よりも警備費がぐんぐん上がってのことというのがちょっと意外。
夜中に出て来る人の数が増えたか、日本人のお行儀が悪くなったか、
酔客による揉め事やぎゅうぎゅう詰めになる街路などなど、
専門家に誘導整備してもらわにゃあ惨事になりかねないとのこと。
そんなこんなと世につれて背景も変わり事情も変わって来つつある夏の夜祭だが、
子供らにとっても随分と違ってきているんだろうなぁ。
日頃と違い夜更かしして良いよと言われる、外で遊んでもいいよと許される夏祭りの晩なぞ
その特別感からワクワクしてしまおう冒険の時間帯でもあったのが、
最近では塾通いで陽が落ちても外出中なんてザラだろし、
余程に風光明媚な土地でもない限り、町は街灯などがあって明るいし。
最近は 山に食べ物がないせいでという順番でサルやクマなどがこんにちはしているが、
基本、人が棲む住宅街に猛獣は出ないから、悪い人間への用心しか要らないし。(それもどうかと…)






白磁の塑像もかくあらん、それは深みのあるしっとりと真白な肌に、
本当に銀を梳きこまれているかのような煌めきを含んださらさらの白銀の髪。
やさしい笑顔や含羞みの照れっぷりが何ともよく似合う童顔に
イマドキはそれで普通かほんのりと化粧をし、
若木のような肢体で今時の装い、夏向きのワンピースを着こなす白虎のお嬢さん。
時々 フィギュアの大会がらみで来ちゃあいるけれど、
今回のように完全に“遊びに”やって来たのは初めてだったせいか、
珍しいほどおどおどと、周囲を見回しては連れのナオミに耳打ちされて真っ赤になったり。
それは愛らしいおのぼりさん風な振る舞いを見せ、
居合わせたスタッフ勢の胸中へ おとっときの清涼剤効果を与えてしまったのが昼下がり。
逗留先のホテルで一息ついてから、
中也やナオミ、鏡花らと連れ立って市街へ出掛け、
ショッピングモールや有名どころの観光スポットをあちこち回り、
前もって約束していたお買い物&話題のスイーツ巡りを堪能してのさて。

 『花火大会は予定通り行われるそうですよ。』

日中結構な暑さじゃあったが
ゲリラ豪雨などを警戒するほどではなさそうだということで、
主催の立ち上げているサイトで確かめ、
ではと、早めの夕食もそこそこに部屋へ引き上げて準備にかかったお嬢さん方。
次に姿を見せたのは小半時後だったのだが、

 「おお、これは。」

淡い縹の地に細い鉄線を思わせる濃紺での筆書き、
白地に流水、扇が幾つも優雅に流れる涼しげなのを敦が、
藍地に大小の花の部分だけ白抜きされ、
ほのかな緋色の芙蓉が裾から咲き乱れる清楚なのを中也がまとい。
与謝野せんせえはややシックな古典柄、ナオミちゃんは逆に今時のそれか
正青に白抜きの、尾の長い金魚が優雅に舞う愛らしいのを愛らしく着て。
鏡花ちゃんは紅葉さんとともに観るとかで先に出ており、
此処には不在なのがちょっと残念ながら、
赤い地に紅花の黄色い花が散る意匠の浴衣姿をスマホ経由で送ってもらってある。
どのお嬢さんもなかなかに麗しく着飾った面々で、
浴衣の着付けだけじゃあない、髪にもそれぞれに、
愛らしいかんざしやら組み紐の飾りやらを留めての品よく装っての。
文庫結びの帯に桐の下駄、軽快にカラコロ鳴らしつつ、
慣れぬ恰好だろうにそうとは思わせぬ颯爽とした佇まい、
背条も伸ばしての朗らかに、キャッキャと繰り出しておいで。

「こうも違おうとはねぇ。」
「わあ、綺麗です。」
「綺羅々々しい一団だ。」

待ち合わせとしていたホテルのロビーで、
そちらもそれぞれに浴衣を着ていた(着るようにという厳命があってのことだが)男性陣が、
我らが綺麗どころたちの、だがだが普段は見ない艶な姿へ正直な感想を口にする。

 「そういうあんたたちも粋に着こなしているじゃあないか。」

女医せんせえからのお褒めを頂き、
幼い子供のように無邪気に袖を両方へ引っ張って
奴っこさんの真似事して見せる乱歩さんや賢治くん、
逆に照れまくりで 一応は整えてたらしい髪を掻きまわす谷崎のかたわら、
雑踏でも余裕で目印になろう長身眼鏡の君へは、

 「国木田さん、丈のあるのをよく見つけましたわねぇ。」
 「…それは一応褒められているのか?」

半分ほど開いた扇子で口許覆ったナオミからそんな言いようをされ、
照れる前にむむうと律儀にツッコミ返しをするのっぽさんの

「大体、俺達まで着慣れぬ格好になってよかったのですか?
 何かあったときにフォローしにくいのですが。」

与謝野さんへだろう いかにも彼らしい案じのこもったご意見を聞きつつ、
周囲をきょろきょろと見回した敦嬢。
あまりの分かりやすさへ苦笑した太宰が、

 「お目当ての君はあっちだよ。」

他には見せぬようという心遣いか、
自身の懐のうちという小さな所作にてこそりと指差した背後。
敦には正面にあたろう角度の、だが
パーテーション代わりの観葉植物の居並ぶポイントのちょっと影に立つ人物がおり。

 「…何で隠れているんですか?」

もしかして現地には熱烈なファンがいるので
それなり顔を差さないようにという用心がいるとか?と
今になって案じたらしい虎の子ちゃんへ、

 「いつぞや指名手配されていてもあまり頓着しないで闊歩していた子だよ?」

何だか妙なものを引き合いに出した包帯の兄様は、
だっていうのにあのような、隠れてでもいるような態度の理由はねと付け足したのが、

 「唯一、キミに逢うのへちょっと物怖じしているのだろうさ。」
 「え…。////////」

そんなこそこそとしたやり取りが、
自分の方を見やりながらの内緒話…という展開に見えたのか、
離れている方が居たたまれなくなったらしい芥川、
やっとその身を起こすようにして壁に擬態していたところから歩みを進めてくる。
切れ上がった双眸に細い鼻梁、意志を映して引き締まった緋色の口元という、
清冽ながら 品のいい造作の風貌をした、やはり若々しい美丈夫さん。
間隔のある縞模様、手描きらしい緩やかな波打ち様を現す細い線が、
上から下へと流れるように描かれた流水紋様。
漆黒の地に随分と少なめの筆で描かれており、
ところどこに白い点々が不規則に散っているのはしずくという意匠か。
あまり日に焼けてはない色白さにようよう映えている浴衣姿へ、

 「えっとぉ…。」

なんて言えばいいのかな、似合うねぇでいいのかな。
何でだろ、本人さして変わってないし、
昼にシャツとパーカー着てたの間近に観てるのに。
意外と肩がしっかりしていて、
ああ胸元も頼もしいんだ。
そうだよな、ペアで滑るとき余裕でくるみ込まれてるもんななんて、
今更なことまで思い出したか、ドギマギ含羞むお嬢さんなのへ、

 「あの、あのね…。///////」

このところは随分と慣れ合いも進んでの気安い接し方になっており、
耳まで赤いの久々に目にしたせいだろう、
貴公子様の側では却って照れが引いての落ち着いたらしく。

「向かおうか。」
「あ、うん。//////」

すいと伸ばされた手へ自然な反応で掴まって、
そのままロビーから出ようという歩みを見やり、
そんな二人に続こうかという雰囲気で後の一行も歩み出す。
著名な芸能人ではなさそうながら、それでも随分と目立つ顔ぶれのご一行、
周囲から気づかれてのざわつかれながらも、
特に迷惑そうな顔もせぬままの自然体にて、
宵の港町を楽しみましょうかと雑踏の流れへと吸い込まれてゆく。



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