銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 17
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コロンコロンと雰囲気のある音色を響かせて、
スイングドアの上、カウベルが鳴って来客を告げる。
芳しいコーヒーの香へ仄かに入り混じるのは
モーニングセットに追加されるメニューの
トーストやハムエッグのいかにも朝という暖かな匂い。
大通りではないがそれでも人通りの流れは途絶えない
表通りからの明るい風景を腰高窓越しの借景に、
2人掛けの席が窓辺へ並び、それへ背を向ける格好のカウンター席が半ダースほど。
奥向きにはボックス席もあるにはあるが、今はがらんと空いており。
サバのような毛並みした猫がその一角を我が物顔で占拠していて、
何とも心地よさそうに転寝中。
使い込まれた感のある椋材の床やら胡桃色のテーブルやら、
センスのいいカトラリー入れや手描きのメニュースタンドなどなど、
街角によくあるそんなカフェの朝の風景の中、

 「いらっしゃいませ。」

こちらは滅多にお目に掛かれなかろう、
掘り出しもの級のマスターが、愛想良い笑みを来客へと向ける。
きゃあという歓声を、一応は遠慮気味に放った女学生らはこれでも此処の常連で、

 「太宰さんだ。」
 「今日は朝からラッキーだねvv」

騒ぐのは迷惑になると、そこは心得てもいるのだろう、
仲間内にだけ聞こえ合うよな範囲でと嬉しそうな歓声を上げ、
カウンター席へジュウシマツのようにバタバタと着席。
最寄駅からやって来たらしきお嬢さんがたは
少し先の美大の学生らしく、
樹脂製の製図入れやら画板やら絵具箱なんぞを足元へ固めて置くと、
それぞれにモーニングやサンドイッチセットをオーダーする。

 早いねぇ、うん課題があって
 大変だね、でもラッキーだったからいいの

珈琲粉と水をセットしたサイフォンの下、
アルコールランプに着火する手際も絵になる うら若きマスターへ、
今時の可愛らしいお洒落を、だが慎ましやかにとどめて装うお嬢さん方、
うっとりと見惚れるだけなところは大人しい。
役者のようなとはよく言ったもので、
ただ目鼻立ちが端正なだけじゃあなく、
どうかすると女性にもいなかろう、奥深い蠱惑を秘めての淑とした美形。
手入れが悪いのか 癖が強すぎてお手上げなのか、
もさりと伸ばした撫でつけぬ髪もまた謎めきに一役買ってる、
長身でどちらかといや痩せている方だが 肩や背もそれなりにしっかと頼もしい、
表情豊かで響きの良い甘いお声のマスターさんは、
本来はちょっと遠い北国が本拠でおわすらしく、こんな風に開店早々此処にいるのは珍しい。
だというに、時間帯によって異なろう層の客をいちいち覚えておいでで、
会話の幅も広く、洒脱で面白いという方向でも評判なお人。
カウンターを任せておける店員が他にもいるときは
馴染み客とのお喋りに興じたり、仕事してくれと叱られたり、
飄々としていて朗らかで、若い女性らには特に絶大な人気を博してもおいで。

 「そうそう、○○さんが卒制のモデルを頼まれたんですって?」
 「えー、それって抜け駆けじゃあ…。」

オーダーされたモーニング、厨房から運んで来たマスターさんの行儀のよい手際を観ていて、
“あ・そうだ”と思い出したよに訊いた一人へ、別の子が非難めいた声を尻すぼみに上げる。
だって此処では特別な枝垂れやおねだりは禁止だ。
明文化まではしてはないけど、lineで宣誓文を回すとかしてないけれど、
迷惑かけたらマスターさんが顔を出さなくなるかも知れぬからと、
何期前だかの先輩がこっそり取り決めたその伝統、
美大女子の皆様は健気にも守っているのだってのに。
暗黙の了解なだけに、ご本人へ言うのは筋違いと判ってか、
途中で抗議のお声が消えちゃったボア付きチュニックのお嬢さんへ、

 「勿論お断りしましたよ。
  いつも此処にいるってわけじゃあないし、
  卒業制作なんて大事へ私なんぞが関わるなんて出来はしないからね。」

一瞬の姿ならいざ知らず、作品なんて格好で形に残ってしまうなんて罪なこと、
到底お引き受けしかねますなんて、
お嬢さん方がひやぁあvvと声なき嬌声挙げたほどに意味深な声色で、
ちょっと芝居がかって言ったその間合いに重なったのが、

 「太宰、アタシちょっと実家帰るから。」
 「えっっ!」

バックヤードにあたろうドアから、大きなマザートートを肩に掛けて出てきた女性のお声へ、
そりゃあもう焦りに焦った様子で駆け寄る太宰なのが、
美男子であるから余計に滑稽で何だか可笑しい。

 「何だよ、何か疚しいことでもやってたのか?」

そこは慣れておいでなのだろう、そちらもすこぶるつきに端麗な風貌の女性、
お互いのこなれ具合から ああと察しもつこう奥方が、
バッグを抱えた方でない もう片やの側の腕に抱えた小さな姫を揺すり上げれば、

 「たーた、メッ。」

そんな小さな子供からも察せられたか、お叱りらしい声が飛ぶ
実はうら若きお父さんの太宰さんだったりし。
乳児にまだ入りそうな幼さながら、親譲りかふわふわの髪は愛らしく、
うるうると大きな双眸に 淡い緋色の頬もふくふくと柔らかく、
まだまだ寸の足らぬ四肢を納めたポンチョ型のコート姿なのが何とも愛くるしい、
そんな我が子からの叱責へ、

 「治美ちゃん、つれない〜。」

わざとらしくも口許に手を添えてパパが非難して見せれば。
ママも負けてはおりません、鋭角な面差しをますますよ尖らせる。

 「つか、手前はそろそろ女の敵だっての自覚しろ。」

また女性客に目尻下げやがってというアタリを付けてはいたらしいお言葉に、
太宰の側が たははと笑い返して一応の決着はついたらしく。
治美の検診があるから、実家に預けてくるんだよ。
あ・そうなの? それはそれで寂しいなぁと、いかにも夫婦らしい会話を交わし、
パパが長い腕をおいでと伸べれば、嫌ってまではいないのか、
イヤイヤもせぬまま父上の腕へと渡されて、あやされるまま きゃっきゃとはしゃぐ素直さよ。

 「そうそう、芥川んとこ、次は女の子らしいってよ。」
 「え? 生まれるまで聞かないって言ってたのに?」
 「大御所様が強引に訊いたのがぐるっと回って伝わったらしい。」

いかにも夫婦らしい会話が紡いだのは、知己の別の夫婦のお話で、
大じぃじ様ったら勝手なことをって 敦が抗議に行ったってよと中也が笑う。
隠居の身でありつつもまだまだ強固なその威勢で北国の裏社会を締めておいでの正しく“大御所”が、
曾孫の出産事情にやきもきし、その曾孫嬢に叱られているというのが
何とも平和すぎる話で可笑しいのだろうて。

 「既に双子を育ててるんだ、どんと構えてりゃよかろうに。」
 「そういう問題じゃあないさ。」

 敦也も龍也も手が掛からないが それはそれ。
 女の子ってなると別な意味でそわそわしているらしくてな。

 「とりあえず名前を考えにゃあと、芥川が落ち着きなくなってるらしいから、
  戻ったら締めといてくれや。」
 「オーケイ♪」

そりゃあ朗らかに、イマドキの夫婦ですという会話を交わす二人であり、
再びお嬢ちゃんを抱っこし直した奥方、キーケースをポケットに確かめると
じゃあ行ってくると店のドアから表通りへ出てゆく。
それは華やかな見栄えのする母子へ、
お客の皆様も“行ってらっしゃい”と揃って手を振る朗らかさよ。

 “…夫婦かぁ。”

いかにも周囲からの祝福のこもった中で営み紡いでいる家族であり夫婦のようだが、
この至福に辿り着くまでには、それなりの葛藤なり結構な苦労なりもあったよなと、
柄にもなく しみじみと思う旦那様。
今の生での出会いからして複雑でややこしい再会であったし、
その出会いを“再会”とする下地、かつての間柄がまた、
意地っ張りと根性悪という微妙な組み合わせであったが故に。
相手のこと、深読みできる技量が邪魔をして、
素直になれぬまま、
憎まれ言い合っての永劫の別れとなってしまい。
互いに愛しいと想う心に封をしての別れだったことまで覚えてた再会は、
やはりやはり素直になれぬままの迷走をしかかり、
片やが死んだかもしれぬという展開を見てやっと、
素直に想ってたこと吐露し合って結ばれた…のだけれども。

 『ねえ中也、結婚しないかい?』

結構思い切って告げた折、
それはそれはいかがわしいものでも見るかのように ぎゅうッと目を眇めての、

 『あ"〜〜〜〜〜っ?』

という、地を這うような低音の疑問形で返されたのはちょっと傷ついた。
だがまあ、心境は判らないでもない。
だってそれを告げたのは、件の銃撃騒動にて負傷した太宰が退院してきた日のことで、
ほんの数日前に 告白したばかりも良いところという日の詰まりように、
なんてまあ軽い求婚かと呆れられたようだった。

 『大体、逢ってまだ何カ月もたってねぇってのに…。』

しかもほぼ遠隔地にいた同士で、いわゆるお付き合いというものも皆無という段階。
だっていうのにと怪訝そうな顔で言い返す中也だったのへ、
(それもまたすこぶるつきに愛らしかったけれどもねvv)

 『何を言っているんだい、互いにようよう知っている間柄だろう?』
 『な……。』

そりゃあ、今のキミがどこの女学園へ通っていたかだとか、
3年周期くらいで喧嘩沙汰の大騒ぎに巻き込まれたり巻き起こしたりしていたとか、
今の格闘集団に縁を結んだのが ひったくりを捕まえたことが切っ掛けで、
武器といったらボール紙で作ったハリセンくらいの ほぼ拳一つでのし上がったこととか、
実際に傍で見聞きして得た話じゃあないから 曾てと同じ縁とは言い難いけれど。

 『…何で既にそんだけも知ってやがるのかな#』
 『そういったことを直接共に体験するべく、
  デートや何やという直接的なお付き合いも
  勿論のこと堪能するつもりは たっぷりあるけれども。』

人の話を聞けよとフルフェイスのメットを振り上げる細腕をしっかと受け止め、
器用にも痛くはないようメットを落とさせ、手だけにしてから大きめの両手で包み込むと、

 『今のキミへの取っ掛かりが私には無さ過ぎるのが不安なのだよ。』
 『はぁあ?』

男同士だったら腐れ縁でも縁は縁で済んだのに、
キミったらこぉんな愛らしい女性になっているじゃあないか。
曾てと同じような心持ち、頼もしい相棒でいるだけじゃあ嫌だ。
君がいつかどこの馬の骨とも知れない男と結婚してしまうなんて、
考えただけでも半径10mを陥没させたくなるほどの憤怒に見舞われるのに気がついた。

 『………そんな重いのイヤだって断ったら?』
 『何度でも求婚するだけだよ。』

君しかいない、こうまで大事にしたいし頼りたい存在はいないのだ、
小さな手を取ったままでそうと紡げば、
たちまちの反応があまりに鮮やかで。

 『……中也、真っ赤だよ?』
 『うるせっ!//////』

今度こそフルフェイスのヘルメットでごつんと殴られてしまったものの、

  ___ 中也さんたらね、
      太宰さんから“頼りたい”って言われたのがキタって言ってましたよ、と

先に貴公子殿の妻となった白虎の姫から、そんな風に内緒で教えられ、
自身の式にて大きに挙動不審となったほど 時間差の報復受けたのが
何とも自分たちらしいなぁと やに下がる、
今もまたヨコハマ随一の頭脳と人脈誇る、
希代の策士、もとえ、美貌の仕事師様でありました。





  〜 Fine 〜

    18.12.14.〜19.02.26.







 *何か間を置きすぎて、ごちゃっとした終わり方になっててすいません。
  芥敦の方は絶対結婚させたるぞと思ってたのですが、
  (芥川くんも存外けじめとかそういうこときっちりしてそうな人だし)
  くっつけるのに手を焼いた太中の方、
  丁寧に書きたいなと思っていたらばこの体たらくです。
  このシリーズはこれにて終了です。長らくお付き合いありがとうございました。
  でもでも、何かあったらまた書くかもです。(おいおい)
  マフィアじゃあない女性の中也さんとか書くのが凄い楽しかったのでvv




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