銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 16
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     ◇◇



一山いくら、創作世界でモブなんて呼ばれそうな存在。
相手側の手勢のうち、誘導班にいた女性の一人が、
護身用にと勝手に持ってたらしいレミントン・デリンジャー。
人差し指と中指だけ伸ばして、手でピストルの形を作って見せたよなデザインの、
どちらかと云やアンティークものみたいな、
2発しか打てない小型の拳銃。
それでも22口径ではあったらしく、至近から撃たれりゃ命だって摘まれよう凶器だ。
表向きはずぶの素人な振りをして、
その実、そういうものにも馴染みのありそな怪しい男。
よって、それをそれだと認識したのだろうに、
だからこそ、あれほどくっきりと驚きに目を見張りもしたのだろうに。

  何で逃げ出さないで、
  中也を身をもって庇うだなんてそんな無謀をしたものか

撃った奴が撃ってしまったのは、そこが素人の浅慮というやつで、
こうまで本格的な乱闘の修羅場に居たのも初めてだったため、
このままでは自分も殺されるかも知れないとか思ったらしく。
ただただ震えもって敵対者である存在を撃ったら、的が大きかったので見事に命中したという按配。
命中さして倒したにもかかわらず、今度は人を殺しちゃったと震え上がり、
きゃああぁぁあッと凄まじい大声あげたので、
太宰が撤収用に配置しておいた公安関係の人たちへも、
太宰当人が動けぬ危機に、此処ですよという呼び出しの合図代わりになってくれて、

 『太宰っ!』
 『中原さん、無事ですか?』

中也にしがみつく格好、それでも覆いかぶさることで追撃から守るようにして
頽れ落ちるように倒れ込んだ、長身の伊達男。
曾てと同じ胡散臭い髪型の、うっそり伸ばした前髪の影から
やせ我慢してだろう苦笑を覗かせ、開口一番

 『…やあ、安吾。防弾チョッキ着てても結構痛いねぇ。』
 『当たり前です。』

頭や首にでも当たってたらどうしたんですか。
そうと説教しつつ、だがその懐ろでガタガタと
この女傑には珍しくも震えている中也なのに気づいて口を噤む。

 血の匂いがした?
 ああそれはあそこに引っ繰り返ってる人が結構な出血しているからでしょう。
 自分で言ってるように念のためにと防弾チョッキを着てもらってありますから、

中也自身も途中から察していたらしいこと、
あくまでも自分が青写真を引いた筋書き通りの策の中で生じた
ちょっとしたアクシデント…とするには火薬が大きすぎる突発事態であり。
おびき出しての大半を “正当防衛”で薙ぎ倒した相手方の輩どもを移送車へ収納しつつ、
取り乱す中也を坂口が引き受け、
背中を撃たれた太宰は 織田が担ぎ上げて万が一のために呼んであった救急車に乗せ、
こんな場末でもさすがに此処までの騒ぎ、野次馬が集まりそうな気配を察し、
そりゃあ慌ただしく、だがだが、騒ぎの痕跡は残さぬよう周到に後始末を心がけつつ、
ものの数分という手際の良さで、撤収完了。
そのまま公安の収監施設と負傷者の方は病院とへ移送するべく
それぞれが車を走らせて……。

 「何であんな無茶をしたっ!」

一応は “絶対安静”という札を提げ、
見舞客に制限を掛けた特別室に、鋭い怒号が鳴り響き。

 「まあまあまあ。」

怪我を負った相手へそれはいかんよと
ネコ目の青年がどうどうと宥めつつ窘めたのは、
後ろ髪を一房ほどだけ伸ばした、結構おしゃれな国木田氏だ。
彼や太宰、乱歩さんに与謝野女医は、敦の両親の依頼を受けて彼女自身へ仕える身。
フィギュアスケートのチームスタッフでもあるけれど、その前に
彼女の身を守り、活動の補佐をするというのが本道だというに。
どうもこやつは その身を裏社会へも潜ませちゃあ、
大御所様の耳目や手足にもなれる融通の方を存分に発揮する傾向にあるため、
危険なことはくれぐれも避けよというお館様からのお達しをこそ優先して護らぬかと、
こんな風に雷を落とすのが常となりつつあって。

 「国木田のお怒りも判るけど、
  今回ばかりは、放置するのも危険のタネとなっただろう案件だしねぇ。」

それに一応、単独での暴走じゃあなかったのだから、
ケアへの措置をしいてたことを進歩と褒めてやろうじゃないかなんて、
まるきりの他人事のように評してから、

 「その敦くんが詳細知りたくて案じていようから、
  ボクらはホテルへ戻るとしよう。」

国木田本人が言ったことを優先しなきゃあねと、
本当はそんな言いようの影で仲間の負傷をこそ案じていた不器用くんを
とりあえず落ち着かせるべく、
ふふーと朗らかに笑って、じゃあねと病室を出てった二人。
鬼を払ったばかりの如月の空が、
近づきつつある春を思わせてそりゃあよく晴れ渡っているのが望める大窓の傍に、
ずっと無言でいたもう一人。
コートも脱がないままの呆然としているお顔なのが痛々しく、
乱歩も国木田でさえも声を掛けるのは忍ばれて、触らぬようにしていた人物が、
日頃はそりゃあ生気に満ちている冴えた美貌をぼんやりと浮かせたまま、
自分も彼らに続こうとするものか、凭れていた窓枠から身を起こすと歩み始める。
それを寝台から見やっていた太宰、

 「中也?」

平生となんら変わらぬトーンの声を掛けたところ、

 「……。」

焦点の合わぬような、ぼんやりした表情を載せた顔を持ち上げ、
一応は病院から出された病衣をまとった相手を見やったが。
にこやかに笑っているのを見やるうち、
だんだんと意識も冴えて来たものか、
ふいッと顔を背けると、小さな声で呟いたのが、

 「…何で、庇ったりなんかしたんだよ。」
 「何でって…。」

あの間合いで後ろ向いてたキミでは、避けるのさえ間に合いそうになかったし。

 「ほら、私ってこれでも一応敦くんの護衛も担当してるから。」

スタッフの数が増えたんで指揮統括の方を担っているけど、
本来は身を呈すのが基本だし…なんて。
型通りの、用意してあったような言い分けを並べかけたところ、

 「…っ。」

いきなり、弾みが付いたよにつかつかと歩み寄ってきた赤毛の女傑。
被弾したというより細身の鈍器で突かれた扱い、
それでも怪我は負ったその背中を養生せにゃならない身なのでと、
円座クッションを背に敷き、斜めに寝かされていた寝台の際までを歩み寄る。
案じていた相手がやっと動きだし、
こちらの届くところまでへと近寄ってくれたのへは安堵したものの、
その様子がいやに重いので、真摯なお怒りが降るかもとついつい萎縮気味に構えておれば、

 「あんなちゃちい銃なんぞで死ぬもんかよっ。」
 「……うん。」

現に私もこうして無事だったしなんて、茶化すような言いようは差し挟めない。

 「手前はいつだって、俺んこと上手にいなして使ってたじゃねぇかよっ。」
 「……うん。」

だって昔はキミ 男だったしなんて、混ぜっ返すなんて出来ない。

 「口ばっかで肝心な時ほど動きもしねぇ、
  ずぼらで腹立つばっかな奴だったくせに。」
 「………うん。」

だってキミに任せる方があっという間に片付いたし、
そうしないと機嫌悪くなったじゃないのなんて、揚げ足も取れないまま。
だって、

 「〜〜〜〜〜〜。」
 「中也、声出して泣かないと苦しいだけだよ?」
 「泣いてねぇっっっ。」



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