銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 13
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     ◇◇


一応は幼稚舎から四年制大学まで一貫の女子校に通ってた。
特に名家の子女ってわけでもなかったが、学校法人関係者の一族に親の知己がいて、
貴女のところのお嬢さんなら人品に間違いはないわよねなんて、
微妙な言いようの 称賛だか勧誘だかされて幼稚舎に入園。
同じもも組のリーダー争いで
子供ながらにマウンティングして来た小生意気なお嬢さんを泣かすほど
お転婆っぷりを存分に発揮したにもかかわらず、
弱い者いじめしまくってた子を完膚なきまでやっつけたのだという事情が明らかだったため、
これはあっぱれな人性よと何故だか理事長に気に入られ。
その後もたびたび大暴れしては問題を起こすものの、
どれもこれもしっかとした理由のある 義侠心豊かだったがための騒動だと
多くの人が認める事案ばかりであったため。
さすがに称賛まではされなんだが、
叩き伏せられた側が立場を失くして自主的に去って行ったこともあり、
お咎めはないままに無事卒業。
途中、その美貌が引き寄せたものか、
繁華街でも似たような厄介ごとという火の粉をかぶったものの、
そちらは男衆が相手とあって容赦のない天誅を加え、
どんどんグレードアップしてゆく輩へも
怯むどころか鬼のような強さもて叩き伏せての気が付けば、
体育会系、素人衆には手を出すなかれが看板な 武闘集団の若頭的地位を得てしまい、

 「それがこぉんな華やいだことのスタッフやってんだから、判らねぇもんだよなぁ。」

クラブハウス内のリンクにて、
昨日のエキシビジョンで やっと放り投げ、もといツイストリフトをしてくれたと、
きゃっきゃ喜んでいた敦ちゃんを、おいおい落ち着け転ぶぞと、
放り投げた芥川が諫めるように声を掛けつつ、
これも基本重視の中也が課した宿題のコンパルソリー、
41種の中からチョイスした数種を真摯になぞり始める。
二人ともフィギュア界では新人ながら、他のスポーツで基本を叩き込まれた身なせいで、
ともすりゃあベテラン並みに体幹がしっかりしており。
結構な無茶ぶりとしか思えない規定ものも難なくこなせる。
バッジテストの3級相当、
バックサーペンタイン、ファアアウトループ、
フォアインループ、フォアアウトダブルスリー、フォアインダブルスリーを
右足スタート、左足スタートのそれぞれ3回ずつ。
氷上に刻まれるトレースラインがぶれぬよう、しっかとすべるもので。
結構難しいはずが、軽やかにこなせる二人じゃあるが、
互いのトレースを確認し合ってあーだこーだ言い合うところは相変わらず。
ただ、ここはちょっぴり変わったなと判る変化もあるこたあって。
大きな弧を辿る一連のシークエンスをすべったそのまま、
見学に回っていた芥川の傍まで戻ってきた敦嬢。
ふわふわとした笑顔だったものが、その後背にいた中也に気づいたか、
少々冷静になろうと表情を繕いつつ、

 「…別に、女になったことへ甘えてなんかいないんだからね。」

傍まで戻ってきたにもかかわらず、突拍子もなくという態でそんなことを言い出す彼女で。
大方、女の子だからと何かと優遇されようとか、守ってもらえようとか思っているわけじゃあない、
かつてと同じで対等扱いの方がいいとでも言いたいらしかったものの。
不意打ちすぎたか、言葉足らずからか、何だ何だと瞬きをした芥川、
ややあって、

 「ほほぉ。」

そんな声を発しただけだったため、
ツンデレのツンの方を発揮してみたらしいお嬢さん あっという間にたわんで弛み、

 「でもね、ちょっとは、あのね? 前より可愛くなれたかな、とか…。////////」

こうやって寄り添ってもちょっとは違和感ない身になれたかなぁって、と。
そりゃあ謙遜しまくった言いようをもにょもにょ自信なさげに口にする彼女へ、

 「以前も十分、愛い奴だと思っていたが?」
 「…っ、そういうとこっ!////////」

もうもうもうと真っ赤になって、小さな拳でポカポカ叩き始める愛らしさよ。
何だ何だと先ほどよりも慮外な反応だったか仰け反らんばかりになってる貴公子殿なのへ、

 「師匠からの要らん影響をしっかと受けてやがるのな。」

肩をすくめつつくつくつと笑っておれば、

 「師匠って誰の誰のこと?」

ややこしい言い回しと共に、響きのいい声がして、
リンクのコンディション保持のため冴えた空気の中、
ふわりと届いたのがラベンダーの香り。
ちろんと見やれば、
曾ても見覚えのあった砂色の外套姿の包帯伊達男が、
いつの間に現れたやら近くまで寄っており。

 「言っとくけど、
  芥川くんにはへりくだられるばっかりで、
  口説き方やナンパ術はおろか、
  女性のエスコートの仕方だって仕込んだ覚えはないよ?」

遠回しにどっかの素敵帽子さんが叩き込んだんじゃあないの?とでも言いたいか、
だが、それにしては厭味ったらしい貌でも口調でもなくて。

 「私自身、社交術としてのいなし方しか知らないし。」
 「…だあ、重いって。」

おふざけの延長というつもりか、
いかにも当然という歩調で残りの間隙を詰めると、
こちらの背後に立ち、肩へと腕を回しておぶさるように凭れかかって来る。
かつては此処まで馴れ馴れしいことされなんだ…とむっかりしつつ
払い飛ばす理由にと思い出そうとしたものの、

  いや待てよ、と

その記憶を掻き回しかかったところへ するりと浮かび上がったものがある。
身長差は同じ男同士だった前の生でも結構あって、
何かにつけて揶揄われたし、臓腑を抉るような言いようもされた。
人を怒らせたり傷つける物言いなぞ、
呼吸するよに紡ぎだせる悪魔だったから、そこはもうしょうがなかった。
ただ、それにしては そこまで嫌いなら寄らなきゃいいのにとアタシ(俺)自身が思うほど
しつこいくらいちょっかい出して来やがったし、こんな風に懐へ入れることも多かった。
触りたがりってわけでなし、腕力封じだったのか、それとも異能封じだったのか。

 そんな要らんことばっかしやがったお陰様。
 奴の匂いや肉づきみたいなもんを知らず覚えちまっていて、
 傍に居るって気配や空気感を観なくとも嗅ぎ取れるようになっていたのは
 誤算というか不本意だったよなぁ…。

そんなこんなを想う小さな板額御前の様子をどう受け止めているものか、
背高のっぽなかつての相棒、小さな美貌の君を掻い込んだまま、
それは楽しそうな表情を隠しもせず、
口許へ大きな手をかざし、練習中のお二人へ声を掛ける。

 「二人とも、敦ちゃんが大学出るまでは清らかなお付き合いにとどめなさいよ?」
 「承知。」
 「なっ、太宰さんっ。//////////」

いきなりの問題発言へは、
やはり練習のフォローにと居合わせていた谷崎や樋口辺りをギョッとさせ、
何より敦がひゃあっと真っ赤になったほど。
そんなやり取りにはさすがに呆れて、

 「何をオヤジみたいなこと言い出すかな。」

冷やかすにしたって釘を刺すにしたって
その言いようはなかろうよと、顔をしかめて見上げてきた中也だったのへ、
問題のチーフ殿、形の良い双眸をゆるく伏せた睫毛で霞ませるほどたわませて、

 「そうは言うけど、敦ちゃんは一族の長老格の方々からそりゃあ可愛がられているからね。」

けろっとした貌でそうと言い返し、

 「特に大御所様なんて、
  敦ちゃんへの不埒な話を聞くや否や、
  備前長船引っ提げて成敗に駆け出しかねないほどなんだから。」

 「…それは怖いな。」

確かに愛らしい子だし、性格もほんわかと朗らかで、
世間知らずな天然娘だが、かといって すぐにも もにょる意気地なしじゃあない。
スポーツのあれこれだって、最初からすぐさまこなせたわけじゃあないものも当然あって
なかなかコツが掴めないものでも、なにくそと根性見せて頑張ったとか。
ほくろ一つないように見える白い肌だが、実はあのねと恥ずかしそうに教えてくれたのが、
脇腹に謎の痣があって、皆 気にしなくていいよって言ってたんだけど、
何度か合宿とかしてるうち、皆も、勿論ボクも思い出したの。

 『一杯怖い目にも遭ってた、虐められてもいた。
  この痣はあの時の火傷の名残りかも。
  今がそれを我慢したご褒美とは思ってないけど、
  上手に言えないけど、思い出せてよかったなって思います。』

世間知らずな深窓のお嬢様、
でもそういう世界もあるのだと知って、それを素直に受け止めている前向きな子。
誰もが惹かれるのは、そういうところなのだろうとしみじみ思いつつ、

 「……。」
 「? どうしたの?」

低められた声で間近から訊かれ、
うわっと仰け反ったらますますと相手の胸元へ埋まってしまったの、
ふんわりと受け止められて、

 「〜〜〜〜〜。/////////」

ますますと赤面しきりとなってしまった姐御だったそうな。




to be continued.





 *何か、まとまりのないままだらだら書いちゃったら字数がそれなりになっちゃいましたよ。
  騒動も収まっての、やっとこ次は太中のお話書きたかったんですがね。
  あ、ちなみに
  板額御前というのは、平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した女性武将で、
  弓の名手でしかも美人だったとか。
  大河ドラマにもなった 井伊直虎なんてお人がいたように、
  武家が生まれたての時代、
  女性しか嫡子がない場合、そのまま当主になることもなくはなかったようですし、
  実力優先な時代だったということでしょうね。



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