銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 12
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保持している異能力者やレベル的にはさしたる敵ではなかったものの、
事情や背景をようよう知らぬ者まで無尽蔵に抱え込んでいた大所帯、
学生崩れのチーマーやチンピラ、地回りなどなど、
一体 誰への義理で加わっているやらな手合いを山ほど、
ただただ薙ぎ払って突き進むしかなかった総力戦で。
事情が錯綜していて相手陣営が大混乱しており、
とっとと降伏すればいいものを、意味のない消耗戦と化してしまって。
そこを叩けば文句なく関係者全員が結末を知ることとなろうとばかり、
武器庫でもあった廃坑跡、地下要塞へと攻め入った作戦中、

 自分から逃げ場のない最深部へ駆け入るとは、自爆する気か?
 だが放置も出来まい、周辺への被害が甚大すぎる。

そんな無謀な鬼ごっことなった終盤。
十束ひとからげな雑魚は他へ任せ、
最も先んじて敵の首謀者を追っていた敦と芥川という前衛二人。
周囲から飛んでくる銃弾やら、崩れ落ちる岩盤やらから受ける外傷もおびただしく、
ことに…敦の傷の治りの遅さに先に気づき、
いよいよ手間のかかろう幹部格が立ち塞がったのを前に、
自分も体力が尽きかけていた芥川が それでも平静を装って先へと行かせた。

 『説得は貴様の取り柄だろうが。
  どうしても無理なら自爆に付き合ってやればよい。』
 『言ったな。』

どうせこやつは時間稼ぎという輩、
大した異能は持っておるまいよと、自信満々に宙空に身を躍らせた彼に先手を取られ、
敦は最奥の大型電算機の前へ辿り着いていた頭目と相対した。
半分持論に陶酔したまま狂いかかっていた相手が、制止も聞かずに凶悪な装置を起動しかかったので、
俊敏な働きで、それでもすんでのところだったが起爆装置をざくりと両断。
爆薬の量よりも、あちこちの機関のネットワークへ異能でつながっていたがための脅威だったので、
白虎の爪にてその接続が切断できたのは思ってもみなかった大団円だったという顛末だったが、
どうだ、ちゃんとやりおおせたぞと、進撃してきた道を戻った敦が見たものは………


  先日の夢に出て来た 真っ赤な構図
  身にまとう黒衣をてらてらと濡らして余り
  その痩躯の輪郭以上にあふれ出ていた鮮血に囲まれて
  とうに息絶えていた漆黒の相棒


「…何で、庇ったの。」
「……。」

「どんなに呼んでも返事してくれなくて。」
「……。」

「何も言い返してくれなくなってて。」
「……。」

「あれからずっと一人だった。
 ずっとずっと隣には誰もいなくて、背中も寒くて。
 どんな声だったかも忘れてしまって、それが悲しくて寂しくて。」

泣きたくはないがそれでも込み上げるものに声が震える。
怒っているのだ、哀しいんじゃなくて許せないのだと言いたいか、
金切り声になりかかるのを必死で抑え込もうとしつつ語る彼女なのが痛々しい。
掛ける言葉が見つからず、

「…人虎。」

ついのこと、名を呼べば、もういいと制されたように思ったか、
曾てに比すれば随分と小さくなった手をぎゅうと握り込み、
腹の底から、胸の奥底から絞り出すように叫ぶ敦で。

「もう独りにしないでよっ。
 やっと…やっと独りじゃないんだって思えるようになりかけてたのにぃ。」

恐らくはあの時に言いたかったのだろう、そんな文言が容赦なく響き渡る。
抑えが利かぬか、叫ぶように言い放った声が、
風にも撒かれず胸へと届き。
泣くものか涙なんて零すものかと大きな双眸を見開く強情さと、
だというに、今にも決壊しそうな潤みが揺れたのが、これ以上はなく切なくて。

 「……済まぬ。」

短く言えば、愛らしいお顔をくしゃくしゃにして
白くて可憐な風貌になった、それでもあの相棒と同じ魂もつ君が、
両腕開いて駆け寄って来て、ぎゅうとしゃにむにこちらの胸へと縋る。
小さくなった、けれど同じ温もりが愛おしくてならぬ。
ああそうさ、

 “自分も同じだった。”

ヘタレなところや考えの甘いところなぞ、腹が立つことも多かったが、
それ以上に、気になってしようのない存在で。
庇いきれなんだら自分の落度になるから…と思い込んでいたがそうじゃあない。
笑ってくれると胸の底がそわそわしたし、
口惜しそうな顔で睨まれると、少しは落ち込みつつもこちらを向いている分には高揚した。
挟撃を目的にした作戦などで一旦離れ、のちに無事合流できた折は、
怪我をされれば腹が立ったし、無事と判ればそれは安堵したものだった。

 かつての記憶が少しずつ鮮明になって。
 そんな中、一番に思ったのは、かつての相棒をきっと探し出すということで。
 勘違いをしてはいないか、自分のせいでと思ってはいないか、
 それがどうにも気がかりで。

 人が傷つくのが嫌いで、腰抜けのくせに いつだって何だって背負いたがって。
 自己評価が低い奴で、自分には誰も期待していないと勝手に思い込む失敬な奴で。
 
 だから、言ってやらねばならぬと思った。
 共に逝ってやれなんだことを謝りたかった。
 いつも楯になろうとする貴様が歯がゆかった。
 自分もまた、貴様を守りたいのだと………

 「死んでしまっては言い訳が出来ぬこと、うっかり忘れていたのだ。」
 「……ばか。」

もうもうもうと、駄々をこねるよに重ねて非難の声を上げつつも、
しっかともぐり込んだ懐から離れるつもりはないらしく。
頬を伏せている胸元のそれなりの頼もしさ、不器用そうに髪を撫でてくれる手の感触へ、
甘い吐息をつくばかり…。




遅ればせながらというか、これもまた手筈があっての駆け付けた警官らへ、
共に此処までを運んだらしい敦陣営の総務担当の国木田が
拉致誘拐を企んだ凶悪犯らを引き渡しており。
谷崎から実情を訊いているのを背後に聞きつつ、
お互いに普段とかけ離れたいでたちなの ちらと眺め合う太宰と中也で。
時折吹きつける北風に、双方とも やや伸ばし気味の髪を遊ばれながら、
見やっているのは かつての後進にして今は可愛くってしょうがない後輩の二人。
自分は芥川と出会ってから記憶が紐解かれたという順番だったし、
他の面々にしてもそうやって影響が及んで思い出してた筈だのにね。
あの二人はそうじゃあなく、
会う前から、居ると知る前から、互いが気になる存在だったよで。
それほどまでに、かつての絆がそれは強かったということか…とおもっていたが。
さにあらん、納得のいかない死に方をしたのへ物申したかったから、
片やは弁明したかったからというのだから恐れ入る。

 「知ってたのか?」
 「中也こそ知ってたの?」

喧嘩ばかりしつつもそれは堅い信頼をはぐくんでいたこと、
だのに、それが仇になったか、芥川が敦を庇うように逝ったこと。
今の今、二人が交わし合った言いようで
ああそうだったなぁと思い出したという順番なのは、どうやら同じだったらしく。

「誰がどう逝ったかなんてのは思い出そうとも思わなんだからな。」
「ふ〜ん?」

情に厚い中也にしてはと、意表を突かれたよな感慨ででもあったのか、
ちょっぴり意外だというよな声になった太宰なのへ、

「……手前がそういう声出すのは間違ってる。」
「うん。」

後輩たちの情熱あふれる告白が弾みになったか、思い出せたのは、

「どうやら自殺の成功というよりも自殺的行為ってので死んだらしいからね。」

鮮明に覚えているわけじゃあないが、
それはくやしそうな貌でこっちを覗き込む誰かさんの顔が最期の記憶らしかったから。
そうかどうやら君より先に逝ったらしいねと、
しょっぱそうに苦笑をし、

「今の今、思い出したんだけどもね。」
「…アタシは もちょっと前だよ。」

何が腹立たしかったものか、プイっとそっぽを向く中也で。
そうかそれでいやに噛みついて来てたんだねぇと、
こちらも風に遊ばれている茜色の髪、飽かず眺めやる太宰だった。


to be continued.






 *(ちょっとネタバレあり。)
  安吾さんの“堕落論”の内容が明らかになったそうですね。
  モノに残った記憶を読み取る記憶抽出能力だそうで、
  でも、それって公的な証拠には使えないのでしょうね。
  あくまでも対処向けというか、異能は全部そういう扱いなんだろな。
  公判で 何でそうなると判ったのですか、何か書面でもありましたか?と問い詰められて
  異能で…とは返せないというか。



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