銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 10
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     ◇◇


乱歩が口にした追尾システムというのは、
それも勝手にハッキングしているらしいもの、本来は警察が使うNシステムのこと。
スピード違反者摘発のためのオービスとは違い、通過する車はすべて撮影されており、
犯罪が起きた場合などに、撮影された当該車(ナンバープレート情報)データを収録されたデータの中から検索し、
どのカメラで姿を押さえたかを数珠つなぎにして逃走経路を弾き出すという手法が取れる。
刑事ドラマなどで車種や塗装といった姿型まで押さえられるかのような描写があったりするが、
それは付近の防犯カメラ情報を手早く収集してのことで、
それも犯罪じゃああるが プレートを盗難物件のそれと差し替えられていたりしたら
データ上での所有者追跡は困難を極めるかもしれない。

  それはともかく

あくまでも民間人のグループだというに、そんな格好で結構高度な追跡を図られている当該車は、
そんなやばい付け馬がついたことを知ってか知らずか、
冬枯れした芒だろうか 寸だけはある亜麻色した雑草の目立つ、
やたら乾いた印象のする寂れた高架下で
同型だがそちらは漆黒のボックスカーと並んで停まっており、

「すまなかったねぇ、お嬢さん方。
 この兄さんはちょっと南の方の外国の人なんで
 あまり日本語は得意じゃあないんだよ。」

一旦は気を失ったが、何処かしら損傷するほどの強い衝撃でもなかったか、
とうに意識が戻ったらしい攫われた少女らは、だが、
いつの間にか見知らぬ車に乗せられていることと、
手首をまとめて結束バンドで拘束されている身なことへ愕然としたらしく。
ひッと短く悲鳴を上げ、先に起き出した少女がもう片やを揺すり起こして以降、
恐怖からか俯いたまま身を寄せ合っている。
二人いたはずの誘拐犯は今は一人だけになっていて、
窓の外では白い方のボックスカーが動き出しており、どうやら攪乱のために先にどこかへ去ったらしく。
それを見送っておれば、そんな彼女らへ不躾にもそうと運転席から声をかけた男が、

「なに、あんたたちに何かしようってんじゃあない。
 こっちもな、こうまで顔が差す子らだとは思わなんだんだ。
 追手の目ェ逸らしたかっただけだから。ちょっと預けたもんを返して貰うだけだ。」

ひょいと顎をしゃくり、助手席にいた男が此処までを一緒した男へポケットから警棒のようなものを渡す。

〈 これをこの子らにかざしてみろ。〉

ちょっと炸音の多い言葉で指示を出し、
言われた男がその通り、取っ手の付いた棒のようなものを
少女らの頭から腰辺りの傍でかざして上げたり下げたりすると
途中でピピピという反応が。

「持ったままか、都合がいいねぇ、このまま帰してあげられる。」
「おいおい、此処で解放ってのは証拠残し過ぎやせんか?」

助手席にいたもう一人が、まだ刷り合わせてないことだったのか意外そうにそう訊いて、

「まあな。もうちょっと離れたところがいいか。」

自分たちは事情が判っていようが、攫われた側には何が何やらという“状況”。
恐々としつつもそちらを見やるニット帽の少女へと、

「大したもんじゃあないんだが、
 預かってもらってたのは発信器をつけた小さなアクセサリーでね。
 見た目は携帯用のツールってやつで、ただ、中に小さい小さいメモリ媒体が組み込んである。」

そこまでを話したところで、車のエンジンをかけ、
何処かもっと人気のないところへ向かうのか、
ボックスカーはそりゃあ無慈悲なほどなめらかに動き出し、
金網フェンスを抜け出た窓の外には殺風景な街道の風景が見えるだけ。
世間的には年末・年の瀬と言っても まだ押し迫ってまではないせいか、
それとも帰省や何かに使われる主幹ルートではないからか、
行き交う車はさほど多くはないようで。
左右に見えていた店舗もすぐさま一般の住宅やら個人医院のようなそれへと変わってゆき、
畑にしても今は枯れ果てた空き地やら、手入れの悪い雑木林のようなところが望めるような、
まだまだ手付かずな土地が散らばる場末へと向かっているのが判る。
どうなるのかと怯えてでもいるのだろう、
お嬢さん方がいよいよ無言のまま身を縮めている気配を苦笑交じりに察し、

 「なぁに怖がるこたぁないぜ。」

助手席の男が顔だけ振り向かせ、そんな言いようをする。

 「調べてて判ったが、あんた結構な大物の親戚なんだって? 
  俺らもここいらを騒がせたいわけじゃあない。
  だから預けたもんを取り戻したら、無事に返してやるよ。」

ちょっと○×組の連中の目を逸らしたかっただけなんよ。
大ごとになっちゃあ そっからアシが付くから意味がねぇ、
とっとと東京の方へ出てくから、と。
ハハッと鼻で笑いつつ、何とも勝手な言いようをしていたが、

 「預けたもんってのはこれですか?」

不意に、まるで返事のような間合いで帰ってきた声があり。
は?と間の抜けたような顔になった助手席の男へ、にやりと笑ったのは
少女らを連れ込んだ異国人の男。
いきなり日本語が堪能になっていて、それだけでも不審なものか、
何が起きたか判らぬといったご面相になってキョトンとしていたところ、

「うわっ。」

いきなり車体が急な動きに横方向へ揺さぶられる。
運転者が唐突にハンドルを大きく切ったらしく、

「な、手前、何してやがるっ。」

助手席男が目立つ行動はご法度だろうがと声を荒げたが、再び車体は大きく揺れて、

「それが。…だぁっ、くそっ。」

ドライバーにも不測の事態か、必死な様子でハンドルにしがみついている。
外を見やれば、伴走するよに並んだりやや遅れたりしつつ1台の大型バイクが追走しており。
フルフェイスのヘルメットをかぶっているので顔も何もわからぬのが不気味な存在が、
巧みな間合いで寄ったり離れたりを繰り返すので、絶妙な制御下に置かれつつある格好ならしく。

「あっ、どこ行こうってんだ、手前。」

今や重大な犯罪行為としてやっと日の目を見ているそれ、
大型二輪での煽り運転を仕掛けられ、
蹴散らそうとすれば巧みに逃げられるのを繰り返すうち、
已む無く 予定ではなかったバイパスへ入らされた模様。
予定外な事態に焦ったか、助手席男が相方を怒鳴りつけるが、
もはやUターンしても利かない距離を進んでいて後の祭り。
大型バイクはそれで満足したものか、どんどんと距離を離してゆき、
ミラーの中で小さくなりつつあったれど、
Uターンすれば行く手を阻まれよう位置関係となっており。

「しょうがねぇよ。この先で降りられっからそこまでこのまま…。」

そうと言った彼らは知らぬ。
実はこのコース、工事中になっており。
注意喚起と車止め代わりだった看板を撤去されていたので、
彼らのみ事情も知らぬまま進入も出来たが、看板は素早く戻されたので後続車もないままで。
自分たちの計画通りにならぬことが畳みかけ、何だこりゃと舌打ちした助手席男、
文字通り襲い掛かった格好の攻勢に翻弄されたため、
追いやられた格好になった最初の不審を思い出したか。
急に口が達者になった異国人の連れを振り返ってみれば、

「二人とも身を縮めて。」

何を見てだか何が根拠か そんなことを言い、
並んで坐す恰好になってた誘拐対象の少女らを促しており。
彼女らもまた、怯みもせぬまま“うん”と素直に頷くと、
いつの間に手許が自由になっているやら、
片方の手は前の座席の背もたれへ着く格好になり、
何か衝撃が来るのに備え、首をすくめて背を丸める。

 「…え?」

何ともテキパキとした避難行動なのが何への予測か判らずに、
呆気に取られていたところ、

  どがっっ、だぁんっ、と

凄まじい轟音付きの何かが何処かから衝突したらしく。
車体が大きな衝撃を受け、
停止せよという有無をも言わさぬ力が不意に掛かった反動でだろう、
がんっという堅い衝撃と共に、路面を噛むような大きな擦過音が足元に沸き立つ。
ハンドルをとられたか車体が大きく振り切られてぐりんと旋回し、
車内が大きな遠心力に翻弄されて掻き回されたが、
大型車の頑健なフレームに助けられたか、横転するよな事態にはならず。

「やれやれ。小型車だったら失速した挙句大きな事故になってたかもしれないね。」
「これだって十分事故事案ですよ。」
「痛たたた…。」

予測があって、しかもクッションを頭に添えて身を縮めるという行動もとったため、
怪我なぞ全く見られぬ後部座席の少女らが、
やれやれと身を起こしたそのまま
監視役だった異国人らしい男がとっとと開けたスライドドアから外へとのがれる。
何とも適切なコンビネーションではあるが、
拉致犯にしてみれば、いきなり寝返ったとしか思えない行動としか見えなくて。

「ちょ…何勝手なことしてやがる。」
「勝手も何も、危ないでしょう、このまま車内にいては。」

ガソリン洩れてないですか?何か揮発性の匂いしますよと、
日本語が不自由なはずの男がそうと言い、
おわっと慌てて出てきた幹部格らしき背広姿の二人連れ。
正に逃げ出すように 浮足立っての飛び出しの、
何かに躓いたか たたらを踏んでアスファルトへ顔から突っ込みかかりのと、
さも心得のある重厚なワルぶってたものが台無しなほどに無様な体たらくだったものの、
それを取り繕う間もなく、次の衝撃に襲われておいで。

 「……あ?」

それは手際よく外へ出ていた誘拐対象だった少女二人は、
特に拘束されてなかったものか う〜んと背中を伸ばしており。
そういえば先程の途轍もなく手際のよかった脱出前も、
衝撃が来るよとの忠告に合わせ、その身を守るべく腕を突っ張って身を支えたり
拘束されていたはずが、何のお話?と言わんばかりに自在に動いてなかったか。
結束バンドで手首を縛り上げてなかったか?と見やれば
それぞれの手首に撒いてはいたがそうしていただけ。
しかも、

「…ちょっと待て、こいつら二人とも…。」

伸び伸びと屈伸運動なぞ始める少女二人。
ニット帽を可愛くかぶり、モッズコートにレギンスパンツとブーティの方も、
ポンチョ風のコートに巻きスカート、タイツ姿のチビちゃい方も、
その所作動作がやけに雄々しいというか男の子していたからで。
そんな二人へ、作業服姿の異人の男性が歩み寄り、褒めたたえるように肩を叩く。

「さすが受け身は万全だったね、芥川くんも賢治くんも。」
「武道は基礎トレで毎日こなしております。」
「ボクも、体育で柔道選択してますvv」

それぞれに頭へ手をやり、ニット帽に押し込んでいたり振り分けにした髪をぐいと引けば、
ごそりと外れたそれらの下から、それぞれ逆の髪色が現れて…。





to be continued.







 *鏡花ちゃんも別人でした。
  年恰好が合わせられる男の子投入ですよ。
  さあ、次の章でのどんでん返しをお待ちくださいませ。




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