銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 7
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     7



不意なアクシデントにより眩暈と頭痛を起こすほどの体調不良を起こした敦嬢であり、
様子見をした方が良かろうという与謝野の見立てに従い、
その日はそのまま トレーニングも調整もなしの休養となった。
昨夜のうちにスマホで何処かへ連絡を取っていたらしい太宰から、
明けての翌日、朝食後のダイニングにて
芥川と中也、どっちかついて来てと声を掛けられた。

 「ついて来てって…。」

出掛けるのか?と目顔で訊きつつ、
トレーニングウェアとまではいかないまでも、結構カジュアルないでたちが多いものが、
今日は割とカチッとしたスーツに 曾てを思い出させる砂色の長外套という相手の恰好を見回した中也。
ちょっとそこまでお散歩にという雰囲気ではないようだったので、

 「だったら…。」

年長な自分がと、中也がついてゆくと言う。
一応は敦サイドの責任者のお声掛けということで、
だったらこっちも同じ格の自分が立った方がよさそうだと思ったし、
選手である芥川をひょいひょい連れ出されては困るという判断が働いた当然の流れ。
こっちも着替えてくるからと言って
まったりお茶していた席から立ち上がったついでのような口調で、
同じ場に居合わせた顔ぶれの中、まずは芥川を見やると、

「昨日からこっち 俺ばっか傍に居たからな。敦もお前に居てほしかろ。」

ややにんまり笑って こう付け足したのが何とも彼女らしくって。
途端に真っ赤になったのがやはり同坐していた敦嬢で、

「〜〜〜〜っ。///////」
「了解です。」

そこは手前も赤くなれやと、
妙に泰然としていて冷静だった芥川の頭をこつんと軽く裏拳でどやしてから、
女性に割り振られている宿泊スペースの棟へと足早に向かいかけ、

 「畏まったところへ行くのか?」

ダイニングの入り口辺りで立ち止まり、連れとなる太宰に訊くところはしっかりしたもの。
そちらはテーブル近くに居残ったままだった、背高のっぽの美丈夫さんは、

 「いいや。知り合いに会いに行くだけだよ。情報の刷り合わせみたいなもんだ。」
 「判った。」

じゃあ、さほどかっちり堅い恰好をせずとも構わないかなと。
北国寄りなので防寒にばかり気をとられたまま荷を詰めた
持ち合わせのお着替えアイテムを思い出しつつ、
あれとこれと…と頭の中でコーデュネイトを組み立てるお姉さまであったりする。



    ◇◇


ツイードの長外套にベロアみたいな生地のダボっとしたパンツは
幅広なサッシュベルトで締めたようなウエストも小粋な 腰高なシルエットのもの。
コーディガンでもよさそうなほどの気温だったのでマフラーやスヌードはなしだが、
その代わりのようなほど襟元がゆる大きいバルキーセーターを合わせており。
基本 ゆるくしゅモードがお好きな女傑は、
自分の 小柄とはいえ十分に蠱惑でフェミニンな姿態を重々理解している模様。
それでなくともコケティッシュな面差しは艶麗で、
その上、一応の身だしなみとしてうっすらながら化粧もしてきた中也だったのへ、
お…っと 何でだか意外そうに眼を見張った太宰だったため。
大きめのニット帽を赤毛の撥ねを押さえるようにかぶりつつ
何だその反応はと 双眸眇めて胡散臭そうな顔になった姐御だったものの、

 『だってキミ、再会してからこっち ほぼすっぴんだったじゃない。』
 『…? そうだったか?』

いやいやいや、この程度には化粧してた。
すっぴんなんて格闘技の鍛錬中でもない限り有り得ねぇと、
丸め込まれかかったのを振り払うようにかぶりを振れば。

 『♪♪♪〜♪』

ふふーと笑ってホントともウソとも何とも応じぬところが食えない奴で。
で、ちょっとばかり遠出になるよと云われ、
何処へ行くのか判らぬ中也の分まで スマホ決済でどんどんと支払いを受け持ったまま、
昔ながらのちょっと熱めの足元暖房が郷愁を誘う地方路線から出発し、
乗り換えを挟んでの最後は、東京寄りのとある駅まで新幹線移動した二人であり。
さほど急ぎもしなかったし、年末ではあったが時間帯の関係か さほど混んではなかった旅程。
指定席乗車でなくとも座席に余裕で座れたし、
日頃から鍛えている基礎体力もあってのこと、
ただただ引っ張り回されて予測つかずな道行きとなった中也だったが
疲れもせぬままに目的地とやらへ到着。そんな彼らを待ち受けていたのは、

 「よお。」
 「…太宰くん、その方は?」

商業施設らしいガラス張りの小じゃれたビルへと入ってすぐ、
ずんと高い最上階まで吹き抜けとなってたロビーフロアに、
観葉植物の鉢をラティス代わりに多めに配置し、
南仏風を気取って展開していたカフェテラスにて。
先に着いていたそのまま それぞれ珈琲を堪能していたらしき
どちらも背広姿の、若いが自分らよりはちょっとばかり年嵩だろう男性二人。
片方は線の細い学者肌な印象のする人物で、
もう片やはそんな彼とは畑違いなのがようよう判る、
現場担当だろう骨太そうな武骨さや精悍さを感じる男性だ。
中也には当然 初見で、逢った覚えのないはずな人物たちだったが、

 「やあ、久し振りだね、二人とも。」

此処まで先導してきた太宰がにこやかに挨拶するのは判るとして、
それへ応じた相手側が、連れの中也へも視線を衒いなく向けて来てから、

「こんな関係で顔を合わすのも何ですね。あ、中原さんには久し振りでいいのでしょうか。」

真ん丸い眼鏡をかけた、
いかにも文系という雰囲気の男性の方がそんな風に話しかけてくるに至り。
え?と目を見張ったのも束の間、

 「……教授眼鏡か? それと、確か織田とかいう…。」

こういう会見だとさえ聞かされていなかった中也が唖然と眼を見開いたのも道理。
現今の生では全くの初対面な二人だというに、
記憶の奥底にあったあれやこれやの中から、
ピントがぼやけていたもの、ぱちりと合った瞬間に、
かつての記憶というか彼らに関して知っていた色々が
どこからか浮かび上がってくるあの感覚がまたぞろ訪れる。
自分はさほど直接接す機会はなかったが、
片やは確か坂口安吾といって、専属情報員としてあの世界のポートマフィアに籍を置いており、
抗争などで命を落とした構成員たちの素性や死因などを精緻に記録していた変わり者。
もう片やは織田作之助といい、暗殺者として射撃の腕を買われていながら、
何を思ったか人を殺めるのは辞めたと宣言し、最下級構成員として雑用担当に階級を落とした男で。
そんな彼らが歴代最年少幹部だった太宰の気の置けない飲み仲間だったことは随分と後から知った。
覚えている限りでは、織田は外国から潜入していた傭兵部隊の長と相討ちになって亡くなり、
また、坂口の方は、その一味を調べ上げるためにと相手組織へも潜り込んでいた、
内務省異能特務課の二重スパイだったと聞いており。
そういったあの頃の肩書はともかく、
こんな格好で落ち合ったということは、完全に太宰の側のコネであろう。
その辺りがするすると飲み込めたらしい顔つきになった中也嬢を、
はいお利口さんとでも言いたげな胡散臭い笑顔にて見やってから、

 「紹介するよ。
  警視庁捜査…何課だったっけ? に勤めている織田作と、
  警察庁公安課の 9課だったっけ? に勤めている坂口安吾だよ。」

 「警視庁に警察庁?」

ちょっと待てと、
またまたその切れ長な眼を張り裂けんばかりに見開いた中也であるのも無理はない。
まだ先行きなど決めかねていよう
中学や高校あたりでクラスメートだったという間柄ででもない限り、
似たような呼称、似たような組織でありながらも、
実は畑違いも甚だしいほど接点の少ない、ともすりゃあ敵同士な所属の二人だし、
そんな彼らが、北国で敦嬢の傍づきを任じている太宰とどうやって知り合えたやら…
と怪訝に思ったものの、

 “…こいつの権謀術数や何やを駆使すりゃあ、それほど難しいことでもないかもな。”

あの頃だって歴代最年少という年若な身で
裏社会の雄、ポートマフィアという犯罪組織の幹部の座にいた存在だ。
資金や人材以上に“情報”がものを言う現代社会にあって、
ずば抜けた記憶力と駆け引きの才を兼ね備えた頭脳を同じように駆使しておれば、
出来ないことを探す方が難しいという順番かも知れぬ。
様々なコネや伝手を掻き集めるうち、
やや遠隔地の そういう畑で異彩を放っていた彼らとも “再会した”ということなのだろう。
そういう彼らの馴れ初めを、
当たらずとも遠からじな範囲で自身の中にて想定している中也には構わず、

「ちょっと相談に乗って欲しいのだけれど。」

可愛らしいエプロン姿の初々しいウエイトレスさんへ
珈琲とロイヤルミルクティーをオーダーし、
おもむろに相談案件を切り出す太宰で。
遠路はるばるやって来たのだ、
ちょっとした融通の話ではないことくらいは想定内だったのだろうが、

「太宰君の相談事となると、陸州の虎のお孫さんの話でしょうか?」
「おや。そこまで細かく話しちゃいなかったのだけど。」



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