短編

□今日もお元気なボクたちは
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そこは手慣れておいでか、
謎の施設に詰めていた数十人はいただろう作業員の皆さんを、
そりゃあ鮮やかに10分足らずで薙ぎ倒した双黒のお二人。
そのまま次の作戦現場へと移動中なのと同じころ、
そんな施設のすぐ裏手に居並ぶ、レンガ造りの古風な倉庫へ
やはり資格なしという身での潜入を図ろうとする二人ほどが駆け寄っており。
ワークパンツに合わせたパーカーのフード、
顔を誤魔化す目出し帽の代わりのようにかぶった
銀髪頭の少年を少し下がらせ。
黒外套をまとった黒髪痩躯な青年が腰辺りのポケットへ双手を突っ込み、
彼なりの戦闘態勢に入る。

「…。」
「…。」

これでは何だか判らない。
片やが“行くぞ”と目配せで告げて、
もう片やが判ったと顎を引き、了解の意を呈したところ。
一見すると古びて乾いたセメントレンガを積んだ倉庫の戸口を封する煤けた扉。
素人が塗ったそれか、むらのあるペンキ塗りの鋼の扉には、
こちらもやはりそこだけ最新式の、カードスキャン用のボックスが寄り添っていて、
いかにも不整合極まりないお粗末さを露呈させており。
そして勿論、こちらのお二人にもそんなものへの鍵なぞ用意はないままながら、
黒髪の青年のまとう外套が、ざわざわざわと闇の中に澱のように蠢き始める。
後背辺りから昏くて赤い覇気を帯電させた異妖が鎌首をもたげ、
その側端を刃のように薄く鋭く研ぎ上げると、
ゆいんゆいんと中空へ揺れつつ持ちあがり。
頭上の夜陰の中に面妖な存在として浮かんだ次の瞬間、

 ひゅっ・か、と

風鳴りの鋭い響きと、堅いものへと何かが突き立った音。
寒気や風から身を守るための衣紋であるはず黒い外套が生気を宿し、
身にまとう主人の意を形にし、凶悪な牙を剥く“羅生門”。
人知を超えた異能という何物か、それが初夏の夜陰ごと古びた扉を一気に切り裂く。
どんっと夜気ごと膨らませた強い圧と共に鋭く切り裂かれた扉は、
半分が外の上空へ弾き飛ばされ、残りは内部へと飛び込む格好。
そこへ居合わせたのが、こちらも作業着姿の男衆が何人かと、
奥まった辺りには膝下まである白衣を着た顔ぶれもいるようで。
そんな格好の人々が、こんな時間帯だというに帰宅もせず通路を行き来しており。

 「な。なんだ、あんたら。」
 「此処は不良の溜まり場じゃねぇぞ?」

一見すると十代くらいの若々しい青年たちという二人連れ。
だがだが、現れようが尋常ではなく、
上からモノ言っていいのか、穏便な態を取った方がいいものか、
ちょっと混乱しちゃったおじさんたちだったようで。
最近の十代は破天荒だし、何より何か凄まじい火器でも持ってるような。
重々しい鉄の扉を一瞬で弾き飛ばしたのだからと、
こりゃあ単なる迷い込みではないと断じ、
非常ベルを鳴らした者があったようで。
鳴り響くけたたましいベルの音に、他の面々の意識も一色に統制されたよう。

「畳んじまえっ!」
「此処を知られたからには出すわけにゃあいかねぇ。」

やはり手に手にパイプだのモップだの、
実験用なのか金属製のトレイとか
手に手に何か持って押しかけんとする人たちが迫っていたが、

  羅生門、と

芥川が唱えた一言が、薄暗い通路に非常ベルの音と重なって鳴り響く。
あああと ついつい肩を縮めたのは、
まだちょっと自分へのそれなんじゃあと混同しちゃって身がすくむ敦だったからだが。
すぐ傍らにいた自分をもくるんで囲うようにし、黒獣はこの空間を一気に統べる。
物騒な得物を振り上げたおじさんたちを視野から覆い隠しての外側へ押し出し、
その切っ先を何本も飛び出させると、一人ひとり目指して飛び掛かる恐ろしさ。
そして、そんな格好で大半の襲撃をねじ伏せた兄弟子さんの、
ポッケへ両手を突っ込んだ姿勢の傍ら、
おとうと分である敦も目を閉じ異能を目覚めさせると、
ぐんと頼もしい筋肉と毛並みの宿った四肢が現れる。
そんな形で舞い降りた異能の膂力で足元のセメントの床をへこませるほどに踏み込むと、
中空へと身を躍らせ、そのまま一気に通路の遠くまでを跳躍し、
そこでリフトの前を守っていたらしい、こちらは安っぽい背広の男に
ガバリと掴みかかってネクタイ巻いた野太い首元を、ゴツイ爪の出た虎の片手で掴み取る。

「早く開けて、リフトのナンバー。知ってるんだろ?」

そう。ここの地下に用がある突入で、それにはこの専用エレベータに乗らねばならぬ。
だが、警備の男が立ちふさがっており、
しかもしかも、ドアを開けるのにテンキー操作が必要と来て、
そこでと仕立てたのがこの作戦。
一緒に突入してきたのだ、間違いなくお仲間だろうに、
やや逃げ腰で“開けて、助けて”と懇願する、見ればまだ幼い少年。
はて、何でまたこんな幼い子がこんなところへ現れたのかと、
此処は目いっぱい動揺してもらいましょうという策を、
今の今という思い付きで敢行した敦だったりし。
当然のことながら、

「そ、そんなこと出来るかっ。」

眉を歪め、何だこやつと困惑し見下ろしてくる黒服のおじさん。
でも、ここは無難に真っ当な手順で開けてもらわにゃいけないポイントなので。

「早く早くっ、羅生門が来るっ、
 ボクがいたってお構いなしに薙ぎ払われるっ、
 おっかないのが飛んでくるんだ、早く開けてっ!」

自分まであの切っ先鋭い異能に刻まれるんだと、そりゃあ怖がって。
それと同時、相手の首に鋭い爪の切っ先を当てて、ぐいぐいと揺すぶり急かしたのが効いたようで。

「わ、判った、判ったから、首を離してくれっ。」

いやいやそんなわけにはいかぬ、聞こえないかのように焦燥したまま、

「早く、早く開けてっ!」

恐慌状態になったかのよに言いつのれば、
首を動かさぬよう、顔を引きつらせ、
警備役のおじさん、テンキーを操作し、
ポケットから出したカードキーをスキャンしたので。
そこもずんと真新しい鉄鋼のドアが、ががぁと複雑な音立てて横に開いて。
中はごくごく普通のエレベータだった昇降機なのを確認したのとほぼ同時、
一見すると赤い光をまとった黒い布が、ちょうど真横から凄まじい勢いで突撃して来て、

「わぁぁあっ!」

鍵を解除してくれたおじさんがあっさり奥の壁へと叩きつけられており。
うわぁ、痛そうだなと、
自分は突き刺された方が多かった、
この異能の威力、思い出しちゃった敦くんだったりし。
そこへ、

「人虎…。」

なんか真ぁっ黒な声が背後からするんですけど。(笑)
自分を取り巻いていた輩をあっさり平らげてから、こちらへコツコツと歩み寄ってきた誰か様。

「さっき聞き捨てならぬ言いようを聞いたが。」
「ありゃ…。」

どうやら“ボクがいたってお構いなしに薙ぎ払われるっ”という部分が
この喧噪の中でしっかりと耳へ入ったらしく。
いくら可愛いおとうと弟子の所業でも、
さすがにこれは腹に据えかねた天然さんだったようだが、(おいおい)

「だって、ここが開かぬようなら、羅生門で割り開けるつもりだったでしょう?」
「いかにも。」
「太宰さんが言ってたじゃないか。
 コンピュータ制御されてる個所は出来るだけ破損させないでって。」
「…これもなのか?」
「そう。」

おやと目を見張る彼なのへ、
やっぱり判ってなかったらしいの何とか制せて良かったと。
はあと吐息をついた敦くん、がっくりしたそのまま兄弟子さんの薄い肩口へと凭れかかる。
気絶させる程度とはいえ、それでも
十数人はいた手合いを一瞬ですぱすぱと切り裂いた異能が宿る外套は、
ほのかに鉄っぽい血の香がしなくもないが、そんなの今更。
そういう荒事には、いやってほどの身に覚えがある敦であり。

「…。」

ぽんっと頭に乗っかった手があって、
お?と目線だけで見上げれば、
間近になった芥川の顔が穏やかな表情で見下ろして来ている。
睫毛長いんだな、いつも眉の間にしかめジワがある顔ばっかり見てたけど、
それがないだけでこんなスッキリ綺麗な顔なんだ、なんて。
まじまじ見ておれば髪をくしゃくしゃと掻き回されて。
ああ、これって中也さんのクセじゃないの、
そっか、芥川はボクよりずっと長く一緒にいたんだものな。
もっとたくさん、こんなしてもらえてたんだろななんて、
急に羨ましくなったりもしたけれど。

「…vv」
「…♪」

だから、これでは何だか判らない。
片やが“大丈夫か?”と目配せで訊いて、
もう片やが平気と口許ほころばせ、ふふーと屈託なく笑ったところ。
ちんっと軽やかなベルの音がして目的の階層についたよとお知らせしてくれるので、

「きっと連絡受けた警備の人が駆けつけてるね。」
「うむ。」

気持ちの用意はいいか?と、
時々しか立ち回りはしない敦に比して、出動のほとんどが切った張ったな芥川、
再び自分の後背へ敦を庇う姿勢を取って。
スティールドアが開くのをじっと睨み、
ががぁと開くのと同時、外へ向けて黒獣を一気に飛び出させたところ、

「はい、よく到着しました。」

何かに当たって切り裂けばそれなりの反動が手ごたえとなって返るのに。
それがないまま、するすると引きずり出されて
根こそぎ引き抜かれるような嫌な感触が両の手を襲う。
何だ何だとギョッとしたが、ポケットから手を出せない恰好の漆黒の覇王さんなの、
ちゃっかりと引き寄せて懐へ掻い込むお人が立っており。

「あ…。」
「太宰さん、中也さんもっ。」

どうやら、このフロアで落ち合うこととなってたお兄さんがたの方が
とうに到着していたらしく。
段取りの通りならこれで降りてくるはずと、待ち受けててくれたらしい。
もう一戦あるのだと身構えていたのが、
ゲージから出れば、通路には累々とこちらの関係者が倒れ伏してる惨状が広がっており。

「……まさか全部死骸とか。」
「それはないから安心なさい。」

きれいごとを言うのではなく、
これは探偵社への依頼も半分あっての作戦行動なので、
当たる端から千切っては投げ…まではいいとして、片っ端から切り殺してはまずい。

 “まあ、どうしても降伏しない場合は、
 それなりの緊急措置を取ってもいいという許可、一応いただいているけれど、”

そこまで粘るよな気丈な気概の相手ではないようなので、
だったら問題もなかろうと、年少ながら頼りになる敦を連れて来たという順番だ。

 「さて、ここからが正念場だ。」

上のフロアにいた皆さんは、
あくまでも資材搬入や機材設置へと集められただけという、いわば嘱託な人々で。
ここから先のフロアにおわす存在こそ、
軍警や異能特務課を手古摺らせている困った輩ら。
ぺろりと唇を舐めたのは、お楽しみを前にしている感覚らしい中也で、
太宰も不敵なお顔を隠さない。
さてどんな段取りでどんな顛末になりますか…。
その前に一体どういう事態かといいますと、ああああ、もう時間がないっ。







 *ううう、タイムアウトでございます。
  続きは明日か明後日か。ちょっとお待ちを。


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