短編

□語るまでもないこと
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あまりに唐突に幹部の座を捨て太宰が失踪してしまった事態は、
当時のポートマフィアを上から下まで騒然とさせた一大事であり。
さすがに首領とその周辺の存在は動機などなど薄々把握もしていたらしく、
単なる逐電であり、
公安や敵対勢力へ飛び込むといった裏切り行為ではないと判ってもいたようで。
そのせいか、彼の周辺にいた人物らへの処断はさほど厳しく下されはしなかった。
トップにいた太宰本人の能力がずば抜けていはしたが、
派閥として特に結束が固かったようでもなく、
あっさりと解体されて他の幹部や部隊の下へ再配置されてゆき、
特別待遇で年少ながら末席に居た異能の少年は中原の預かりとなり。
教育係を仰せつかったわけでもなく、
とはいえ噂に聞いていた独走癖はやはりやはり聞きしに勝ったので、
余程に余裕があって中也自身が手綱を取れるような任務以外には連れて行かず、
その代わりに“宿題”を出して地道に鍛錬を積ませた。
体が丈夫とはいえず、また引くことを知らぬ強引無謀な戦法をなかなか書き換えぬ暴走から、
毎度少なくはない怪我をしもする困った駒なためのやむを得ぬ処断だったが。
何につけ教えてみれば頭はちゃんとついて来たし、
噛んで含めるように説けば飲み込みも悪くはなく、応用へのひらめきも明るい。
体の耐久性がないことを自覚していればこそ、
実戦ではどこか短気で力押しな戦法をついつい取ってしまうのだろうなと、
そこまでの解析を進めたうえで、

 「今日の宿題は、異能を封じる術を持つ相手への対処だ。」

力押しの異能者にとって、避けては通れぬ筋だと、
言いづらいものではあったがそれと少年へ告げれば、

「…っ。」

やはり顔色が変わり、何とか懐いていた中也へ戸惑うような顔をして見せた。
置き去りにされたことへ心傷めつつ、
それでもとその尊敬をまだ置いているうら若き師匠がその異能で名を馳せていたからで。
自分へと稽古をつけてくれた折も、
その異能で黒獣を無効化しては散々に打ち据えられてきた。
絶対に覆らない相性だと言いたいのか、
それともそんな師匠を打ちのめせと言われたような気がしたものか、
答えなぞ出しようがないという戸惑いを昏い双眸にたたえる彼なのへ、

「何だよ、そんな顔して。」

こういう反応になろうと判っていながら、だがだが意外そうに応じた中也は、
見目のいい、だが結構な悪戯っ子がそのまま青年に育ったような、
端正なそれながら利かん気そうな顔をやや尖らせると、

「いいか。そういう異能は何もあいつだけの専売特許じゃねぇ。
 現に俺も先だって、見据えた相手の異能を無効にできる奴と相手した。」
「……。」

そんな人がいるのかと、
今度は見るからに唖然として見やって来たのへ大きく頷いてやり、
嘘だと思うなら報告書を綴ったので確かめればいいとまで付け足してから、

「俺はまだ格闘へ持ってってねじ伏せられるが、
 お前のようなタイプは封じられたら手も足も出なくなるだろうが。」
「…。」

太宰からの指摘などで心当たりがあるものか、
しおれるように項垂れてしまう少年へ、

「それでも、それが手前の異能であるからには、
 何とか切り抜けにゃあならねぇよな?
 何か小道具を使いこなすとか、攻撃様式を幾通りもこなせるようになるとか。」

ちなみに、あの太宰は銃の扱いが天才的だったとか言われてやがる。
異能封じの異能しか持ってねぇんだ、
そのままじゃあチ―トどころか丸腰も同然なんだから、何か防御の切り札とか持ってねぇとな。
そんな風に、彼に判りやすかろう例えを出して説いてやっておれば、

「…なんで。」

ぽつりと。力なく呟く芥川であり。
んん?と訊き返した中也へ、すがるような眼になり訊いたのが、

「何故、そのように言ってくれなかったのでしょう。」

中也からの指摘はそれは判りやすく頭に入る。
いつもいつも言葉を惜しまず、面倒くさがりもしないで
根気よく説いてくれるからでもあるが、
太宰もそれは聡明な人だったのだ、
同じように説いてそそぐことなぞ容易かったのではなかろうか。
そうしてくれればもっと着実に成長も出来たかもしれぬと、
今更ながら、何故どうしてと彼の師匠ではない師へと訊いた少年だったのへ、

「自分で気づいて自分で身につけたものの方が、深く身につき使い勝手もいいからだ。」

中也もそれへは一縷の躊躇も狭まぬまま、それはあっさりと応じている。
え?と目を見張った黒髪の少年へ、

「防御の、確か“空間断裂”だったか、
 あれは自分で引っ張り出した代物なんだろ?」

黒獣を、敵を食らうものとだけ使うのではなく、
自分へ向かって来る害意や敵意の込められた弾丸や刃を食らう楯として
1日でも早く制御できるようになれと言うばかりで、

太宰は具体的な要領は教えなかったと聞いている。
立ち上げも素早くて、不意打ちにも遅れを取らぬ、
そうまで使いこなせているのは、自力で達しての目覚めだからだと中也は説いて。

「今俺が教えているのなんて比べものにならない、一対一での訓練を続けていたのだろ?」

なので尚更、長期計画みたいなものを据えての気の長い養育だったのかもしれん。
自力で気づけとそこへこだわっていたんじゃねぇかなと。
天才気質にのっとった息の長い教育とやら、構えていたんじゃねぇかと語られ、

「あ……。」

何かがはらりと枯れ落ちて、その分 頭上の空が晴れたような気がしたのだろう。
呆気にとられたような顔をする少年であり。

「確かに、こうやって言葉を積んで言やぁ良いことでもあるよな。」

偉そうなんだか不器用なんだか、
誰もが察しの良い奴ばっかじゃねぇんだ、
言わにゃあ判らねぇことはたんとあるんだっての、と。
居なくなった存在への罵声を放ってから、
すぐ目の前に立ち尽くす少年の猫っ毛へ手をやり、
やや乱暴にぐしぐしと掻きまわすと、

「ほら、そんな泣き方はすんなって言っただろうが。」

まだ少しは自分よりも小さかった少年の顔を引き寄せ、
こちらの懐ろへと伏せさせて、
たちまちこぼれた小さな嗚咽、誰にも聞かせぬように構えてやった中也だった。



     ◇◇


なぞということがあったのも今は懐かしいばかりの遠い過去。
様々に紆余曲折を経てのこと、
懐かしい顔、新しい顔が一つところへ集い、
今はしばし歓談の刻を味わい深くも噛みしめている彼らで。

「さっきから彼を君付けで呼んでいるけれど。」

大ぶりの手に縦長のグラスがなかなかに様になっている、

嫋やかな顔をして実は酒はいくら飲んでも酔わぬザルな太宰が、
この輪の中で一番歳若な敦へと告げたのが、

「此処は今まで通りの呼び捨ての方がいいと思うよ?」
「え? でも…。」

これまでの殺伐とした緊張感漂う間柄が嘘のように、それは親しく接してもらい、
実のところはちょっぴり天然な人性だと判った(笑) 歳の近しいお友達。
本来ならば “さん”付けで呼ぶべきかもと思ったため、
どう呼びましょうかと訊いていたらば、そんな合いの手が挟まって来たのであり。

「二つも年上ですのに?」

このくらいの年頃は半年でも上は上で先輩扱いするところらしく。
新人社会人でもある敦としては、そこのところは基本だろうと抵抗が出るらしかったものの、

「僕もお前を“人虎”と呼ぶのはあらためない。」

他でもない芥川本人がそんな風に言い、その上で、

「探偵社の他の顔ぶれがいる場でも、僕を“くん”や“さん”をつけて呼べるものか?」
「あ…。」

成程、それは微妙なところであろうとやっと敦にも合点がいった。
敵対関係に停戦という札がかかっている今なればこそ、
こんな風に和やかに顔を合わせていられるが、
どんな形で再びの対立関係が復活するかは判ったものでなく。
気持ちは変わらねど態度はやはりそれなりに変えねばならぬ事態だって起こりうるだろうから。

「命のやり取りをするわ、
 強大な相手へ共闘を構えるわして、情が深まったのは判るけど。」

哀しいかなそれぞれの立ち位置はずんと遠い間柄。
いつか何とか出来ればいいが、今のところは自分の許容と相談して振る舞わねばならぬ。

「勿論、内緒話できるほど間近に二人きりなら、その範疇じゃあないけれどもね。」

ふふふと笑って、不穏当な話を振った本人様が責任取って場をまとめ、

「ああでも、キミら二人が小鳥のように身を寄せ合って内緒話してる図なんて、
 周りへ良からぬ刺激を振り撒きかねないから、滅多なことではしない方がいいのだが。」

なので、少しでも相殺されますように、
年嵩の我らとこそ共にあった方がいいのだよと。
そちらさんだとてさして歳の差はない上に、
やはりやはり見目麗しい顔ぶれだから
周辺へ与える破壊力は大差なかろう実態が判っているやらいないやら。
愛し子を引き寄せ、ご満悦に微笑い、

「あ…えと。///////」

おや、あんなに落ち着いた人でも、
含羞に口を塞がれ、拙くも可憐に物が言えなくなるものかと。
無邪気に小首を傾げた虎の少年へ、
彼らの複雑で不器用で、やるせない四年間のお話、
いつかは話してやるべきだろかなんて、
こちらはこちらで、ふと思った中也さんだったりするのである。





  〜Fine〜   17.05.10.





 *GWの集いのおまけというか、
  和やかな談笑の場を一席と思いましたが、
  後半、ちょっと湿っぽい話になっちゃいましたかね。
  結構壮絶で複雑な太宰さんと芥川くんのかかわり、
  敦くんだけ、何とはなくの経緯しか知らない身なので、
  当事者で大人でもある周囲の方々も
  少年へこそ気を遣ってやっているのかもしれません。


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