短編

□大好きなあなた、大切なキミへ
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4月29日は中原中也さんのお誕生日だと、
自分が属す探偵社の 頼もしき先輩である太宰さんから聞いたのは、
確か3月1日の芥川くんのお誕生日を前にして、
日頃はた迷惑なほど泰然としている彼が 珍しくもややそわそわしていた頃だったと思う。

 『案外と悩むものだね、贈り物選びってのは。』

これが他人へのアドバイスならば、
金額やクオリティではなく、おめでとうと祝う気持ちがあればいいのだなんて、
至極月並みな、でも結句それが一番の正解なこと、照れもせずに言えるのにね。
どうでもいい人からほど 何を贈られたって“なぁんだ”と冷めた目になる、
でもって所謂本命さんからならば、
通りすがりに頭をポンポンってされるだけでも忘れられないプレゼント…というよに、
所詮は貰う側が価値を決めるのだと、

 『…なんてことは ようよう判っているのだけれど。』

あああ、芥川くんは赤と緋色とどっちが好きだろうか。
私のが生成りだから赤というのは何だか紅白の揃えのようで、
共に歩くときなぞ微妙に滑稽かもしれぬ。
だがだが、彼の日頃まとう黒に緋色を合わせるのは、
何だかぼんやりとして冴えがないような気もするし…なんて。
ビクーニャとかいう最高級品の毛織物のストール、
あとは色だけという段階まで絞ったそこからを何日も迷っておいでで。
困った困ったと口で言う割にその実 たいそう嬉しそうな、
そんな矛盾した煩悶に心からにやけつつ。
敦くんも中也へ何やら贈るなら思う存分迷いなさいとばかり、
そんな早々とした頃合いに教えてくれたのだが…。
幸か不幸か敦には縁がなかったそれ、小学生の夏休みの宿題のごとく、
こうまでギリギリになっても何一つ決まってはなかったのが実情で。

 “だって中也さんが相手の場合、別な問題があるんですってば。”

何しろ相手は途轍もない目利きで、
家具や調度、身の回りの品々に至るまで、すべて一級品で揃えておいで。
マフィア幹部の収入とやら、詳細までは知らないが懐具合は潤沢ならしく、
それもあってのこと、趣味の良いシックなあれこれは、
詳しくはない敦にも高そうな品ばかりなんだろなと窺わせるものばかり。
何とか手が届きそうな小物にしても、
キーケースもフレグランス用のアトマイザーも、
手鏡や櫛、名刺入れにシガレットケース、
札入れにスマホケース、ハンカチに至るまで、
名のある専門店で買っているに違いない、質のいいもので揃えられていて。
よくは知らない自分なんぞが中途半端なものを贈っても、
調和を乱すばかりで却って困る彼かもしれぬ。
いっそのこと、ケーキやクッキー、若しくはワインといった
食べれば無くなる“消えもの”の方が無難かなとも思わないではなかったが、
1日お邪魔するときは必ず凝った食事の用意をしてくれるほどに、
自身の腕前も結構なレベルの彼だし、
何よりそんな誕生日プレゼントなんて味気ないにもほどがある。
だってだって、同じクラスのお友達レベルな人じゃあない。
お喋りが途切れた沈黙の中に相手の視線が何をか語り、
そこに孕まれた優しい熱に引き寄せられ、
含羞みに頬を染めたまま、そっと口づけ交わすほどにはあのその、
好いたらしくって堪らぬという恋情を抱く相手。
なので、大好きなの大切なのという想いを込めての贈り物、
半端な間に合わせなんかで済ませたくはないと思っても罰は当たらぬ。
そしてそんな想いが具現化したプレゼント、
出来ればいつも傍らに置いててほしい、
自分だと思って大事にしてほしいって思うものではないですか…。



「あの、あのこれ。」

思わぬドライブ、箱根の奥向きまでを正しくとんぼ返りで往復してきたという、
結構な強行軍までクリアして。
その途上にて、この存在を忘れちゃあ何にもなりません、
この愛し子と水入らずですごす春の宵をこそ楽しみに、
ただひたすら頑張った、中原中也、22歳。
彼の勤め先である探偵社へ寄り道し、
箱根でもいできた(笑) 漆黒の覇者を置いてくるのと入れ替えのように
昼間の電話で声だけ聴いた敦本人を手中に収めると、
やっとのこと心落ち着く自宅へゴールした今日という日の終焉。
好きなものは最後に食べる派です、
下ごしらえはしてあった晩餐、
オーブンで仕上げるスペアリブとシーザーサラダ、
鶏むね肉をボイルして作った自家製のチキンハムに、
パスタはナスとひき肉のポロネーゼをササッと炒め上げ、
丁寧に仕上げたコンソメスープに、
食後のスィーツはイチゴのモンブランという結構な品揃えを供してのち。
それらを美味しくたいらげてくれた虎の少年の、満足そうな笑顔にじんわりと至福を覚え。
使った食器は食洗器へお任せし、二人してリビングへ移って、
春色したモンブランをフォークの先で切り分けながら堪能中の敦くんのお顔をあてに、
そちらは社の方で部下の皆さんから貰ったというワインを開けて
グラスを傾けつつ、程よい疲労感をゆるゆると馴染ませておれば。
フォークの動きがややゆっくりだったのはタイミングを計っていてのことだったものか、
ちょっぴり惑うような上目遣いになった敦が、こそそと自分の鞄をお膝へ引き上げ、
そこから取り出した小さな包みを両手掛かりで中也へと差し出す。

 「お誕生日、おめでとうございます。」

まるで殿様への献上品でも差し出すように、
両手をぐんと伸ばすと頭をふかぶかと下げて突き出す彼で。

「…あ、うん。ありがとな。」

一瞬キョトンとした中也だったのは、
あまりに色々あった一日だったため、そういうお題目をすっかり忘れていたものか。
だが、頭を下げたままだった敦には拾えなかったようで。
深い緑の包装紙を丁寧に剥がし、黒い化粧箱の中から出て来たのは
ビロウド張りのアクセサリーケース。
ぱかりと蓋を立てるよにして開ければ、

「…お。」

中の台座に鎮座ましましていたのは、
琥珀色の石を柄へのアクセントにし、
剣の形にデザインされた銀色のピンブローチで。

「虎目石だな。」
「はい。」

金褐色の石の中、トラの眼のように縦に黒い筋が入っている天然石で、
貴石ほど煌びやかではないが、なかなかに落ち着いた良い柄目のものが座っていて、

「悪意や邪悪を弾き飛ばす、浄化を司るパワーストーンだそうですよ?」

それは強固な効果を古来より謳われており、
ローマ時代ほども大昔から神聖な石とされ、武運を祈ってお守りにされていたそうで。
あと、決断力や行動力を支えるとされてもいる。
中也にはもっと華やかな貴石の何かの方が映えるかなと思わないでもなかったが、
自分の異能とかぶっている“虎”というフレーズが無性に気になり、

 「ボクの代わりに少しでも中也さんを守ってくれたらなぁって思って。」

恥ずかしそうにもにょりと付け足せば、
聞いているのかいないのか、唐突にソファーから立ち上がった赤毛の兄人で。
ああやっぱり詰まらないものだったかなと、
胸元へきゅうと冷たいものを感じたのも束の間、

「此処に付けてくんないか?」

バタンバタンと扉を開けたてして戻ってきた中也は、
ポートマフィアとしての身分証でもあろう
…にしては勝手にウエストカットという丈へ改造しているそれだが、
中空へパンと鮮やかに広げた黒衣のジャケット、
颯爽と腕を通して羽織り直しており。
両手で襟元を引いて整えると、左側の襟をやや手前へ引いて此処と敦へ示す。

「あ、いいんですか?」

言ってみればサラリーマンの背広のような衣紋だろうに、
こんなアクセサリなんか付けてってもいいのかなとたじろぎかかったものの、

「かまうこたねぇさ。」

お守りなら問題なかろうと、
いつものにやりという不敵な笑い方ではなく、
自分たちだけの大事な秘密を囁くような、静かな笑みを口許へと上らせる。
敦のすぐ隣という間際へ腰かけ、差しやすいように向かい合う彼なのへ、
ブローチを受け取ると、やや斜めに、バランスのいい見栄えとなるよう慎重に留めてやれば、

「うん、こりゃあカッコいいな。」

顎を引いてまじまじと眺め、次には襟をぴしりと身に沿わせて引き整え、
向かい合う敦に“どうだ?”と訊いてくる。
ちょっと地味だったかなと思わないでもなかったけれど、
勤め先にして行くとは思わなんだので、
だったら大人しめのにしておいて正解。

「似合いますよ。」

手前みそかしらと照れ臭さ半分、ふにゃんと笑う敦なのへ、
中也が不意にその身をぐいと寄せてきて、虎の子の小さな肩先へぽそんと頭を乗っける。
不意のこととて、わぁと驚き、間近になった彼のいい匂いに頬がたちまち赤くなった敦だが、

 「一昨日の夕方、○○通りの三星堂の前に居たろ。」

そんなお声がして、え?と不意を突かれたような声を出す。

「ショーウィンドウにクリスタルのチャームやカッティングされた動物の置物が並んでる。」
「あ、はい。居ました。」

店の名ではピンとこなかったが、クリスタルの…で覚えがあって。
そうそう一昨日の会社帰りに寄り道しましたと、素直に認める。すると、

「キラキラしていて綺麗だから、ああ敦もああいうのが好きなのかなって思ってな。けど、」

立ち止まっていたのはほんの1分ほどで、そのまま隣の皮革小物の店へと入ってゆき、
次にその隣の文具店のウィンドウを観。
華やかなスカーフが広げられた雑貨店を覗きと、
まるで女子の人のような“ウィンドウショッピング”をたった一人でこなしているのが、
なんか妙だなとさすがに中也としても気づき始めて。

「そしたら、シガレット専門店へ入っていくから、
 ああこれって…って、そこで初めて気がついてよ。」

そうか、自分の楽しみであちこち見て回ってる彼じゃあなくて、
中也のお誕生日の贈り物、あれこれ迷っている敦なんだと、そこで初めて気がついて。

 「今の敦の頭ン中には俺が居るのかと思ったら妙ににやけて来てな。」

中也のためのお買い物。
中也が喜ぶものって何かなぁと生真面目に考えあぐねている横顔なのだと、
そうと判って無性に照れ臭くなって。
顔を上げない彼なのは今も同じような心境になってでもいるものか、

 「こんな顔見せらんねェと思って、声もかけねぇで帰ったんだが。」

まるで彼の方が年下の子供なように、敦の肩へ預けた額をぐりぐりと擦り付けて見せる。
敦にしてみれば、真ん前から凭れかかられた格好、
羽織りなおしたジャケットに覆われたかっちりした肩口がやはり目の前に来ており。

 “わ〜〜〜。///////”

手持ち無沙汰になってたか、
遅ればせながら両手をそれぞれ敦の肩へと引っかけた中也だったため、
ゆっくり手順を踏んだ恰好でがっつりとホールドされたようなもの。
大人のスーツって何でこうも頼もしい見栄えなのだろ。
髪からもいい匂いがする中也さんで、
大きく頭を前へ倒しているものだから髪の隙間からうなじが覗いていて、
ジャケットの堅そうな襟へ吸い込まれてく白い肌が妙に印象的で。
顔を伏せていても綺麗な人なんだなぁと、ついつい見惚れていたものの。

「〜〜〜〜っ。////////」

肩に載せてただけだった手がそのまま背中へすべり降り、
胸元がこちらの胸板へぎゅうとくっつくに至って、
いつの間にやらしっかと抱きしめられていることに気がついて。

「図々しくもお誘いを待ってたって言ったのは、
 敦の中にいてお前を占領してる俺に、とっとと本人が入れ替わりたかったからなんだ。」

妙なこと言ってるよな、でも、何かそんな心境になっちまったんだ、本当に。
そうと囁く低い声が、耳から聞こえるのとは別、くっついている胸板からも直接伝わる。

 “そういえば直接会うのは10日ぶりじゃないかなぁ。”

全然平気だったってわけじゃないけど、
電話もなしっていう離れ離れだったから、昼間の電話、ああまで緊張したのかな?

「……中也さん。」
「んん?」
「今日は中也さんのお祝いをする日ですよ?」
「みてぇだな。」

だっていうのに、なんでこうも、

 「何でボクのことばっか、全力で至れり尽くせりしてるんですよぉ。」

寂しかったけど仕方ないもの、
それに独りぼっちだったわけじゃないし。
ただふっと、寝る前とかに胸の奥に何かがつきんって撥ねて、
それが微かに痛かったりしただけで。
ジャケットの広い肩へ頬を寄せ、すりすり擦って懐いておれば、
大きな手のひらがこちらの頭に乗っかり、わしわしって撫でてくれて。

 何でこうも、なんでこんなに、やさしい人なんだろかって。
 それもこの人から教わった “切ない想い”で
 胸がいっぱいになっちゃった敦くんだったのでありました。

   HAPPY BIRTHDAY! TYUUYA NAKAHARAvv




 *芥川くんへの贈り物云々という展開がのっけに出てきておりますが、
  よくよく考えたら、ウチの太芥の間柄が修復されたのって4月に入ってからだったなぁ。
  まま、何でもかんでも“パレードが…”がらみにするこたないかな?
  ちなみに、中也さんのお迎えがなくとも
  何とか今日中に戻ってくるつもりの芥川くんだったようで。

  「そうですか、人虎と過ごすおつもりで。」
  「いやあの、ごめんね。」

  でももしかして焼きもち焼いてくれたなら、それって嬉しい私って変だろうか?
  ……知りません。

  なんていう太芥のおまけを書くつもりでしたが、さすがに精根尽きました。(笑)


 *自分のお誕生日だってのに
  敦くんに寂しい想いさせてるなぁと、そっちが気になってた世話好きのおうし座さん。
  お人よしで意志が強く、勤勉で、根気があり、
  難しい仕事も請け負うことができ、そのため意志が固いのだとか。
  寛大で人間関係を大切にし、スキンシップが好きで、あと、結構根に持つタイプだそうで。
  …凄いな当たってる。(笑) でも、敦くんもおうし座だよねぇ。


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