短編 2

□ハニーサニーサイドアップ 3 (お隣のお嬢さん)
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     3



ビジュアルで判りやすい言い方をするなら、
某国民的アニメ“サ〇エさん”に出て来るイクラちゃんというところか。
背格好やら語彙などの幼さはあのくらいな幼児と化している敦ちゃんであり、
関心に任せてあちこちへとお顔を向けては、
寸の足らない四肢をパタパタとゆすって駆け回る姿はただただ可愛い。
おやつはビスケットが好きならしく、
ふくふくとした小さなお手々で握ってガジガジ食べる。
とはいえ、好奇心が旺盛なのか、虎の耳やお鼻が敏感なせいか、
何かへ気が向けば、美味しいお菓子からすぐに注意が逸れてあっちこっちへ手を伸ばすようでもあって。
すぐに飽きたり他へ目が行くのは幼児にはよくあることだが、
遊んで食べるんじゃあないと叱るんじゃないかと思ってた国木田女史が
困ったような顔のまま、小袋から出したものは全部食べなさいよと言いつつも
放置されたのはラップで包んで仕舞ってたのが意外。
ミルクで浸して柔らかくして、
ミルクレープみたいに生クリームを挟み込んで重ねてケーキ風にするといいと、
そこまで知ってたのはもっと意外で。
谷崎や鏡花がびっくりしておれば、そんなお顔をしたのが向こうにも意外だったようで、
酒も強いクチだが適度な甘いものも嫌いじゃないと言っていた。

「女史はもともと教師だったくらいで、実は子供も好きらしいよ。」

別に隠すことでもないのにねぇと、
中也嬢のセーフハウスの広いリビングに到着した途端、
きゃあとはしゃいで銀の髪を揺り散らしつつ駆け出したリトルタイガーちゃんを
微笑ましげに見つつ太宰嬢がすっぱ抜いていた。

「へえ。なんか堅物って感じだったのはそのせいか。」

言われてみれば教師というのは似合いだと、
オーナーとして皆に手洗いの場所などを教えつつ、そんな感慨をこぼした赤毛の女傑へ、

「判りやすいツンデレ。他の人の目がないとボクにも優しい。」

探偵社側の人間が太宰だけでは大きに不安だと、
選りにも選って中也から言われてついてきた鏡花少年がそんな風に付け足した。
人への慣れが薄いか口調がまだまだ硬い鏡花へも、小さな苦笑付きで接してくれるそうで。
それなら彼女の方がお守りには向いてそうなのになと中也嬢が小首をかしげたが、
職務の方でも頼りにされており、事務所から離れるわけにはいかないらしい。

「誰のせいとは言わないけど、報告書や何やが溜まっているらしい。」
「…ほほお。」

それで、幼児のお守りはこっちの顔ぶれへ任せ、
手際よく書類を片づける陣営に残った女史だということかと、
部外者なはずの中也や芥川に納得されている辺り…。

「あうだう、だぁvv」
「ああ、どうした敦。」

怪訝そうなお顔もあっという間にほぐしてしまう、
そんな美幼児さんのはしゃぎっぷりの愛らしさよ。
赤ちゃんというより幼児というお年頃で、
恐らくは記憶もないのだろう、いま一緒にいる顔ぶれはほぼほぼ初見という感覚らしいが
それにしては人懐っこくて、

「にこって笑ってくれる相手なら誰にでも付いてきそうでおっかないったら。」

この年頃で異様に用心深いのも考えもんじゃああるけれど、
この風貌でそれって危険極まりないでしょう?と
ソファーやらスツールやらへ たったか寄ってっては
ぺちぺち叩いたりお膝を掛けて乗り上がろうとするお転婆さんへ、
しょうがないなあと言いつつも…追いかけってては
ちょいと情けないほどのデレ顔を見せる包帯付きの才媛さんであり。
誰の采配かは知らぬが、この割り振りはなるほど正解ではあるらしい。

「で? 3日、いや2日か、ここで預かるってのは了解してやるが、手前らも一緒かよ。」

対立組織だぞ、しかも手前らからすりゃあ反社組織の幹部だってのにいいのかよと、
宙で細い指を振り振り、今更ながらな釘を刺す中也嬢だったが、

「だから、とも言えるんじゃないの。」

どんだけお馬鹿なの?それともこれ幸いにって何か企んでいるのかなぁ、蛞蝓レベルのオツムで?と。
こちらも喧嘩を売る気満々な語調でそういう言い回しをする太宰女史。

「ウチとポートマフィアが
 ヨコハマの危機レベルな大きい案件でこっそり共闘し合って来たのは
 公的機関でも反社系でも情報通なところじゃあとっくに知れ渡っているのだよ?」

余程に少人数で、直接のやり取りしか接点が無いよう計らってでもない限り、
今どきの情報社会では隠し事なんてどうあがいたって無理というもの。
何の関係もない無辜の市民が大勢巻き込まれたあれやこれやの騒動は、
進行中こそ大混乱状態だったれど、方がついてからは秘密裡ながらも大々的な情報の収集が為されたのは当然で。
実行者らからの聞き込みも含むところの、それなりの状況証言が事実に添うて精査され、
その結果、実力や気概が高度に合致していた二大組織が手を組んで、
錯綜していた状況を掻い潜り、暗き牙剥く真の敵、紛うことなき巨悪を叩きのめしたという事実が
それなりの格や等級の者らには広まっている。
なので、ますますと恨みを募らせる者や警戒する者も居るこた居るが、
角を突き合ってるはずじゃあないのかという間柄ながら、
共同で何やら構えていたところで “さもありなん”と納得しかされないのが現状だ。

「こっちとしちゃあ、
 反社組織の構成員であるキミたちが
 されど この子へ危害を加えたり何かしらの人質にと構えないだろうという
 厚き信頼を寄せているのだよ。そこを誇るといい。」

さあ平伏したまえと続きそうなお言いようへ、

「〜〜〜っ、(怒)」

それは判りやすく眉を吊り上げたのが中也嬢なら、

「だから、どうしてそういう言い回しをする。」

敦ちゃんの身の安全を優先したいと思えないからだろう、
鏡花くんが胡散臭いものでも見るような半目になって、
一応は職場の先輩女史をきつく見据えていたりする。



     ◇◇


時々物騒な物言いが高じては喧嘩腰なやり取りになりかかるものの、
それをも口真似した敦ちゃんに「○〇にゃ、▽▽ぱいぴーお?」なんて
攻撃的な抑揚だけ真似て口にされると、
激高もあっさり摘み取られての、ああごめんごめんとあっさり鎮火。
まだ活舌も怪しいお年頃で、
それでも口が達者な面子に囲まれているからか、
何とか声を出して覚束ない言い回しのまま、だぁだぁと話しかけて来るのが
これまた何とも愛くるしい。
鏡花はきょんちゃ、太宰姐はだーしゃと そもそも呼んでいたらしいが、
ちょんちょんと服の裾を引っ張ったりして見上げて来て
宝石のような透いた双眸を瞬かせつつ
中也へは“ちーや”、
芥川嬢は“アーちゃ”と呼び、
にゃはぁと笑ったりした日にゃあ、

「……か、可愛すぎも反則だぞ、敦ぃ。/////」
「なっ、やっ、それって…。//////////」

呼ばれただけでふみゃふみゃと、
あるいは聞こえないんだからねと耳を真っ赤にして
それぞれあっさり撃沈するヨコハマ裏社会最強たちだったりするから
ある意味で他愛ない。
ちなみに、おむつの方はというと、

「ちーちーって、ちゃんと言って来るんだよね。」

慣れのない面子だらけの探偵社ですでに
トイレまでとてとて歩んでってドアを小さなお手々でパンパンと叩いて見せたそうで。
一応のお手伝いにと、
村で小さい子のお世話もしていたらしい賢治ちゃんが同行したところ、

『此処へ座りたいと身振りで教えてくれて、
 おむつも下ろしてあげれば自分でしっかり済ませてましたよ。』

さすがに等身の関係で
後始末などなどは手が届かなくって無理だったようだけれど、

『あーッとって。ありがとうってちゃんと言ってもらいましたしvv』

ぺこりと頭を下げてでしたよ、お利口さん以上に賢いですよねぇと、
にこにこ笑ってご報告いただいたとか。

『あれだね、
 敦くんの理性というか自制というかがギリギリで残っているのかもだね。』

乱闘や荒事のさなかでは無茶しまくりだけど、
そういうの離れたところでは、
迷惑かけるのとかお手間取らせるのとか、物凄く恐縮する子だから、
後退幼児化で封印されてる自意識の中、そういうことだけは何とか頑張ってるんじゃなかろうかと。
小さい子は面倒がるけれど敦ちゃんは別か、
小さな虎っこちゃんをお膝に抱えてお愛想振って見せつつ、乱歩さんがそんな風に言っていたらしく。

「よって、私が外へと連れ出したのも、
 仕事にならなくなりそうだからっていうのを見越したからだし。」
「それは嘘だな。」

太宰女史の発言へはだが、調子に乗ってんじゃないとばかり、
中也嬢に即答され、鏡花少年がうんうんと大きくうなずく始末。
どうせこんな事態でなくとも仕事はしなかろう太宰なのでと、
お守りという大義名分貼りつけて
日頃はフォローされている敦ちゃんの世話を請け負えと命じられたという順番なのだろうて。
現に、こうやってヨコハマで一番かもしれない堅牢なガードという心当たりへ紛れ込めている調子の良さだし、
はさみと人は使い様とはよく言ったものだ。

 “おいおいおいおい。” (笑)

幼女を囲んでの何とも長閑な昼間どき。
長閑すぎてついつい同じようなやり取りに終始していたものの、
そろそろ飯にすっかとキッチンへ立って行ったマフィアの幹部様。
それを視線で追った虎女ちゃんだったが、

「……ふ?」

不意に動作が止まり、周囲がどうしたのかと視線を向ければ、
ぴくくとふんわりした銀糸の髪の間から生えたのが虎の子の耳。
三角なネコ耳と違って丸っこく肉厚なそれが、
だが動きは猫系か、ふるるっと何か引っかかっていたものを振り払うように震えたかと思えば、

「ぐるるるr〜〜〜。」

ちょいと眉根をしかめ、そのまま 何へか威嚇めいた唸り声を上げ始める。
ネコではないのでニャんとか みぃとかではないところがお流石だったが、
そんな童女が見やっていたのは、リビングの出窓の方。
さすがにマフィアの幹部嬢が住まいにとした物件だけあって、
テラスへの吐き出し窓もあるにはあるが錠がきっちりかかっているし
傍には寄らないようにするべく、ルームライトが1つあるだけ。
居場所がそうそう突き止められるような下手は踏まぬとはいえ、基本として警戒は怠らぬ。
何故なら、

 「敦っ!」

ハッとした全員が幼女を庇うようにとその身や腕を伸ばしたが、
それらを掻い潜った敦ちゃんであり。
何への反応か…より
その先に はっとさせる気配を全員が察したところがおっかない顔ぶれで。

「敦っ。」
「人虎っ!」

まるで凶悪な任務中もかくあらんという鋭さにて、
鏡花が夜叉を、芥川が黒獣の異能を呼び出し、
せめてものガードにと飛ばしたが、
夜叉の長太刀も、黒獣の幾重にも重ならんとする障壁も掻い潜って
外から疾風の如くに飛び込んできた何かがあって

「……っ!」

小さな身が一瞬叩かれたように弾けて後ずさったものの、
パンッとお顔をはじかれたその口元にはがっつりと噛みしめた“弾丸”が。
どうやら…どこからか飛んで来たらしき銃弾が、まずは強化ガラスにひびを入れ、
それも計算のうちか、続けざまに撃ち込まれた2発目が飛び込んできたらしく。
そしてそして、そんな物騒な凶弾を鮮やかに歯で食い止めてしまった恐ろしい幼子だったりし。

「あ、あつしくん?」

さしもの太宰嬢も真っ青になり、細かなひびの入った窓を睨みつけ、
その傍らを駆け抜けた中也女史が外をちらりと流し見るが、

「ペッしなさい、ぺって。」

傍では太宰が…そういう簡単な話でもないが、
とりあえずがっつりと噛みしめている弾丸を吐き出させており。
歯は大丈夫なのかと“い〜してごらん?”と言って覗き込んで確認したが、、
必死な表情で見やって来る皆へ「??」とキョトンと小首をかしげたので何の不備もないらしい。

「なんでここを狙う輩が?」
「あたしを狙ったって線はないと思うぞ。」

名義は確かに自分だが、
買ったばかりのフラットだし、今日来る予定ではなかった場所だ。
それに、あえて言うならば、裏社会の手合い相手に真っ昼間に狙撃だなんて無謀はすまい。
現に窓辺には寄らぬという心がけもあるその道の常識は心得ている幹部殿。
本拠の出入りを調べて外での行動途上を狙った方が成功率も高かろう。
そんなこんなは太宰やほかの面子にもようよう通じており、

「狙撃手は…。」
「もう把握したさね。」

そういうと窓の向こうを睨みつけていた目許に力がこもる。
その視線の先、隣のブロックになろう別のマンションの屋上では、
何ともシュールに、黒ジャージ姿の男が宙に浮いてじたばたしており。
さすがだねぇとにやりと笑った太宰な辺り、こういう手筈は昔っからの慣れがあるのだろう。

「芥川、スイーパーA班を呼べ。」
「はい。」

ポートマフィアの後始末班なのだろう、そういう人員を呼び出す彼女らで。

「ここいらは低層マンションが多いし、
 そのほとんどがメゾネットや部屋数の多いフラットが多くてな。」

人の出入りを制限したいような、されど狭い家はごめんだっていうよな、
別宅レベルの広さが売りの隠れ家タイプのフラットが多いそうで。
そういう住まいを好む要人などが、恐らくは紛れており、
それを狙ったはいいが窓を間違えた鈍臭い狙撃手だったというのが顛末なのだろう。

「…それにしても。」

幼女になってしまったその身を守るべく…と大人がついてたはずの虎の子ちゃんだが、
それは鮮やかに凶弾を防いでしまった野性の反射と異能の力の物凄さを見せつけられ、
だっていうのに、

「みゃvv」
「わ。こら、よさぬか。//////」

案じてだろう、いい子いい子とまだどこか慣れない手つきで紙をすいてくれる黒狗の姫へ
にゃは〜っと笑って飛びついてたじろがせている強わものでもあり。
これが主人公パワーかと、改めて感じ入った一同だったりするのであった。



  〜 Fine 〜

    22.08.20.〜22.11.22.





 *書きたいところだけ書いてみた、幼女になっちゃった編、
  やっと完結です。
  夏のお話がここまで掛かってすみませんです。
  虎の子ちゃん、女の子の方がお元気になるのは何でだろう…。


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