銀盤にて逢いましょう


□夏を前にして
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朝の目覚めもいつもと同じで、夢の残滓もないままの実に呆気ないそれで。
そろそろ昼間は蒸すというに、朝晩はまだちょっと油断は禁物な肌寒さを実感しつつ、
顔を洗いの、寝間着を着替えのと、通常通りの身支度をし。
ジョギングの習慣を続けるなら、
クラッカー1枚でもスムージー一杯でもいいから
何か腹に入れろと口を酸っぱくして言われているの、
ちゃんと厳守してとりあえずバナナを半分食す。
自宅周辺は、日頃もそれほど雑踏に埋もれる土地柄ではなく、
早朝で更に人影もないところを軽めのペースで一巡りして帰宅。
かつての身体であったら運動など気管支の弱さが邪魔をして不可能だったことを思えば、
毎日の基礎トレを欠かさないと筋力が落ちるという立場、
アスリートの一隅に身を置いているだなんて、
何と恵まれた今世かと こんな折だけにますますとしみじみ噛みしめて。
シャワーを浴びの、身支度を整え直し、
メールチェックと今日の予定の調整のため、PCを立ち上げる。
ネットでの懇親会が1件追加されていたのへ、
時間の確認をしていると、
エントランスからのインターフォンが来客を告げる軽やかなチャイムを奏で。
手近に置いてあったスマホの応対モードへ切り替えれば、

 【リュウ? ただいま〜。】

まだちょっぴり甘えたな調子が抜けない、
それでもホッとする甘やかな声。
液晶画面にはインターフォンが収録している画像も送られてきており、
まだ結構早い時刻、しかも強行軍で来訪した身とは思えぬ、
溌剌とした笑顔がそれはにこやかに映っていて。

 「…ああ。」

その目映さに気おされた格好で、もそりと応対を返し、ウチの中からの操作でロックを解除。
礼儀にうるさい中也姐が同坐していたらば、
なんだその返しはと頭を押さえつけてやり直しをさせられたかもしれない等級だったが、
挨拶や愛想を返すようになっただけマシというか途轍もない進歩だと、
銀や敦はむしろほこほこと喜んでいるくらい。
かつて置かれていた立ち位置を思えば、そのような振る舞いを知らなかったのはしょうがない。
傲慢や不遜からではなく、教わる相手が居なかったので言葉通り“知らなかった”のだし、
上下関係がうるさかったマフィア時代ではではで、
直属の上司だった誰かさんが自分へだけの礼儀さえこなせておれば良しとし、
下手に他の先達へ頭を下げでもしたれば、キミの言動はそのまま私の思惑と受け取られかねぬのだよなんて、
太宰にだけ察しのいい子になれとばかしの ややこしい脅しをかける格好で、
黒蜥蜴以外の他者との接触自体を巧妙に遠ざけさせていた傾向があったそうで。

 『太宰さん、やっぱりサイテー。』
 『だろう? こいつの人非人さ加減は “人間失格”どころじゃあなかったからなぁ。』
 『ええぇ〜? 敦くんはともかくマフィアだった中也までそんなこと言うの?』
 『だ、太宰さん、昔の話ですから お気になさらず。』

彼なりの思い入れやら遠回しな擁護策やらがあっての仕打ちだったらしいのだが、
さすがマフィアというか、頭が良すぎるお人の合理主義の恐ろしさというか、
まあまだ十代だったのだから賢くとも足りないものは たんとあった結果だろうとか、
やさしさの欠片もなかった点を衝いてのこと、今の今、散々な言われようをされて項垂れる師匠を、
当の被虐者の芥川が慣れないながら励ますという不思議な眺めになってたり。

 まあま、それはともかく。

慣れた間合いを待てば、エレベータを上がって来ての
廊下を速足でやってくる気配が…聞こえはしないが何とはなく察せられ、

 「たっだいまぁ。」

そちらは自分で開いたドアから踏み込んできた痩躯を、
あっという間にぎゅむと抱きしめている旦那様であり。
待ち構えているだろうなというのは予想のうちだったようだが、
ろくに顔も見ずのこの運びには、
自分の方が甘えん坊と自負していた敦でもさすがに わあと驚いたらしい。
それでも声は弾んでおり、その内心で思うのは、

 “う〜ん、ボクより細かったくせに…vv”

ちょっと久々だったせいもあり、
それでの言い分けのように今更な感慨を胸中にてつい零す虎の若ママ。
身長差が開いてしまったのは自分が女性として転生したせいもなくはないが、
それでも頼もしい懐だと思う。
一応は連続入賞を果たせている一線級のアスリート。
かつてのような “異能”なんて関係なく、
その身で実力を積み重ねて今がある人なのだ、頼もしくて当然で。
この年頃の青年らしいそれとして かっちり広い懐は微かにミントっぽいグリーンノート系の匂いがし、
上背のある身の腕をぐるぐると回して搦めとるようにきっちりと、
こちらの身を抱きすくめてという格好の再会の抱擁は、
随分と熱烈なそれでもあり。
南極やアラスカもかくやという日頃のクールさはどこ行ったんだと、
そんな溺愛対象になってる嫁の敦でさえ苦笑が洩れるほど。
自分の側だってこうしてほしいと思ってたそのままを実現されて否やが出る筈もなく。

 「? どうした?」

驚きの声以降黙ったまんま、
笑いをこらえているのに気づいたか、怪訝そうに覗き込んでくるので、
誤魔化しても何だと思い、思っていたままをつい言い返す。

 「昔はよく“羅生門”でこんなされてたなぁって。」

最初は当然攻撃で、のちのちはうっかりすること多かりしだった相棒を庇う格好で、
喰らったり切り裂いたりという攻撃異能だったはずの黒獣で
コケるぞぶつかるぞと、敦の胴やら腕やらを引き留める マジックハンドもこなしていたもので。
思い出しちゃったと笑うと、一瞬 “え?”と虚を突かれたような貌になったものの、
こちらがにこにこ笑っていたため、くくッと笑い返してくれて。

 「間が空いていたのだ、仕方あるまい。」
 「そうだね。なんか嬉しいかな。」

相変わらず他人のご機嫌を窺うようなことはしない人だが、
それとは別次元の話として寡黙で寡欲で。
そんなこの彼が離さないぞと欲を出してくれているのが素直に嬉しい。
玄関近くにいつまでも突っ立っているのも何なのでと、やっと離してくれると二人してリビングへと進む。

 「こっちに着く直前で敦也も龍也も転寝始めちゃってね。
  初めての飛行機で興奮しちゃったみたいで。
  しょうがないからって中也さんと銀ちゃんが本舗の方で見ててくれてるの。」

旦那の方から話題に上らせる前に自分から、何で一人なのかを説明した奥方が、
ソファーの前でちらりと相手を見上げて来て、

 「会いたかった?」
 「…何も今生このまま会えないわけでなし。」

大事な息子らのこと、案じないわけではないけれど、
間違いはないからこそ こうやって単身で先乗りした敦なのだろうとそこは理解も及ぶところ。
ただ、

 「だが、大祖父殿は相変わらずだな。」
 「そだねぇ。」

手短な言いようで通じる“ちょっととんでもない手筈”を改めて口にする若夫婦だったり。

 「そろそろパパの居る横浜までって大移動にも慣らさせようかって話が出ただけで、
  ではってチャーター機を手配しちゃうなんて。」

ママと一緒に北国の実家ですくすくと育てられていた芥川さんチの双子ちゃんたち。
保育園だの幼稚園だのはまだ先の話、
とはいえそろそろ遠距離夫婦でいるのは幕とした方が良かろうということとなり。
大じぃじも逢いたくなったら自分が飛んできゃあ良いのだと豪気な見解でおられ。
反対はしなかったどころか、
まだ幼児なのでまずは新幹線かなと、のんびり構えていたのだが、
いやいや、そもそも親子がそうそう離れているのはよろしくない。
よんどころのない事情では仕方がないが、縮められない距離でなしと、
何だか妙な理屈でこういう運びとなったそうで。

 『実は敦ちゃんこそが芥川くんと離れて暮らしていて寂しそうにしていたの、
  七夕伝説じゃああるまいしと気を回されたのかもだね。』

と言ったのが太宰さんで。
もしかして自分の実情も含ませてたのかなぁとは
後日みんなでついつい深読みしちゃった話だが…それはさておき。
とりあえずは、乗り換えもなくの一気に向かえとばかり、
特別にチャーター機なるものを仕立ててもらったものの、
とはいえ、一般機の飛行計画に割り込む格好となるのでそうそう自由な時間に離発着できるものではなく。
昨日の今日というほど急だったこととGWにかぶったこともあり、
所謂 “格安航空(LCC)”並みの時間帯に割り込む格好となった結果、こんな早朝に到着と相成ったらしい。

 「まあ、早く会いたかったのは違いないから、嬉しい采配だったけどvv」

うふふーと相変わらずの素直廉直に胸の内をぽろっとこぼした奥方の天真爛漫さに、
すぐ傍へぽそんと座ったそのまま見上げてこられた旦那様の方はと言えば、

 「〜〜〜〜〜〜〜〜。////////////」

うわ、何で相変わらずなんだこやつはと、思わせぶりも何も弄さぬからこその最強な天然ぶりへ、
気の利いた返事も出来ぬまま、真っ赤に顔を熟れさせて、
もうすっかりと負け負けな身なのを露呈しただけだったりする。

 「どしたの? リュウ。」
 「誕生日だから、負けてやる。/////////」
 「何それvv」

リア充さんたち 爆発してもらっていいですか?(笑)


 HAPPY BIRTHDAY! TO Atushi Nakajima!




     〜 Fine 〜    20.05.06.






 *ちょっと微妙なお誕生日のお話になっちゃいましたね。
  中敦推奨サイトですが、こっちのシリーズで芥敦もの、
  敦ちゃん、ご亭主におのろけるというお題でした。(笑)
  あと、現実の状況はあえて入れてません。
  そんな渦中だったら、周囲の手際のいい皆様から
  問答無用で親子ごと完全隔離状態にされてそうですしね。
  (何だかんだ言って皆さん過保護だから…)
  チャーター機の手配もよく知りませんので、
  時間への融通が付けられなかった扱いにしておりますが、
  実際 余程に突貫で依頼しない限りもうちょっと儘は利くものと思われます。
  きっと従来の航空会社の機ではなく、
  大祖父様自前の飛行機での移動だったのかも知れませんね。
  かつての大親分 空を覇す時代。(おいおい)





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