銀盤にて逢いましょう


□甘えられたいの
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文字通りの乳児という時期は、
授乳も数時間おきなのでどうしても夜中に起きなければならず。
長じればそこへ夜泣きも加わるので、結句 母親は睡眠不足となりがちで。
大昔なら、それも母親の義務とばかり言われ、
そんな難関乗り越えたのだから強くなりもするという順番だったろうに、
昔の母親は強かったなどと、
順番考えず、ましてやその子供自身だった男どもが
共働きの甲斐性なしのまま奥さんを罵ったり嘲ったり、
偉そうに言うのは許しがたくてもいいと思う。
職場でさほど重要なポストでもないらしいのに育児休暇も申請出来ん甲斐性なしが
某大臣の育休発言へ偉そうに言うんじゃねぇ、とね。

 偉そうな余談はともかく

かつての生でのような、世間の目を避けての物騒な夜働きをこなしている身じゃあないが、
今の生では夜の街を自警団として警邏している身、そんなせいか夜更かしはさほど苦じゃあない。
とはいえ、昼もずっとオン状態で世話をしているので
24時間体制ははっきり言って大変な負荷であるのだろうことが容易に偲ばれるし、
周囲に気の利く仲間内がいるといっても、彼らにも彼らの生活はあるのだから凭れるにも限度がある。
かてて加えて、格闘万能という身なせいか乱暴者に見せて実は人一倍 気の付く人で、
他者を思いやる懐の深さも人一倍と来て、
そんな感性から 相手へ迷惑を掛けるんじゃないかと思うのか、
頼ってくれないのがいっそ寂しくなるほど どれほど大変でも平気だとタフな貌をする中也なので、
微妙な遠慮のし合いになってるの、見かねて垣根の向こうから敦の身内が手を貸した方が早い場合もあるくらい。
さすがにそれでは進歩がないとばかり、
察しがいいのは他人へだけという困った奥方を相手に、
夫の太宰が噛んで含めるように言い諭したこともあったらしいが、

 『あのね、中也。』

要領ばかりよくて怠け者だった私が言うと説得力ないかもしれないけどさ。
甘えてほしいって形の“甘え”もあるのだよ?
子供がお母さんのお手伝いしたがるのはさ、背伸びとか いいとこ見せたいってのもなくはないけど、
大変そうなお母さんを助けたいって、甘えてほしいっていう格好の甘えなんだよ?
きびきびしている人が自分にだけリラックスしてくれるのってすごいご褒美なんだよ?
身内へは遠慮なく気を抜いてるとかいう だらしないのは論外だけど、
そういう存在とは真逆な、そりゃあ頼もしい人から
少しでも頼られてるなんて、子供からしたら最高のご褒美なんだから。

 『…? だから、何が言いてぇんだ?』

惜しむらくは…というか、そこまで微に入り細に入りと説くのは却って怒らせないかと思ってのこと、
“だから存分に甘えたまえ”という、肝心なところまで言わなかったものだから。
こうまで言ってもピンとこない、
自分への好意にはとことん鈍ちんなところも、ある意味では相変わらずな女傑であり。
揶揄えば素晴らしい反射で火が付いて怒るほどなのだから自己評価が低いっていうんでもなし、
何でそうなるのかなぁ、じゃあお言葉に甘えて任せるからよろしくって何でならないのかなぁと、
奥方の罪深き朴念仁なところ、お仲間らへ時々惚気半分に零していた太宰でもあって。
勿論、嘆くばかりじゃあ芸がないのは重々承知で、

 「……おっと。」

お転婆ながらもごくごく普通の日向育ちな中也とは違って、
一般人でありながら現世での経歴が前世のとさほど変わらぬ所業をたどっていた名残り、
妙に気配にさといところから、愛娘のぐずりの気配にもなかなか敏感に察知できている。
褒められない経緯で身に着けたそれへ、思わぬ効用だと悦に入るのは
横浜に戻っている折は出来る限りの育児参加をと構えておいでの美丈夫パパ。
広い寝床で寄り添い合って眠る奥方を起こさぬよう、だが、出来るだけ素早く寝台から抜け出すと、
照明を落としたリビングを突っ切り、カーテンの合わせ目から差し入る月光のリボンを踏み越えて、
愛娘を寝かせている子供部屋へと足を運ぶ。

 「おお、よしよし。どうしたんだい? おむつかな?ミルクかな?」

ぐずぐずと夜泣きしかかってた治美ちゃんを
本格的に泣きだす前に気づいてあやす太宰なのも このところは常のこと。
穏やかそうな笑み浮かべ、パパが小声で尋ねたあれこれから不快なのではなく、
夢見でも悪かったか “あう・うう”と可愛いお顔をやや歪めている愛娘をそおっと長い腕で抱き上げると。
懐に掻い込むように抱き上げて、オイルヒーターを付けたリビングのソファーへ落ち着くことにする。
長身な彼でも肩が落ちてのダボッとしていて大きめの、それは暖かいカーディガンを羽織っており、
ブランケットで そおとくるんだ治美ちゃんも寒くはなかろう完全防備。
黄昏色に灯したルームライトの明るみの中での寝かしつけは
まだ未明とあって さすがに多少は眠かったが、
こちらで敦ちゃんの起こした事業にも助言をしつつ
武装自警団やスケートの後進の指導などへも尽力している奥方の、
真っ当なものだからこそ地力のいる忙しさに比すれば大したことじゃあないと、
小さな小さな姫君の、あうブぅウという覚束ないお声へ
“うんうん何だい?”と根気の要る相槌打っては まだ夜中だよ寝直しなねとお付き合い。
自分の男性らしい大振りな手とは比較にならぬ、
指先だけで手のひらごと摘まめてしまいそうな それは愛くるしいお手々をよいよいとそっと揺らすと、
不機嫌そうに下唇を突き出していたお顔が 少しずつとろけての再びのおやすみモードへもぐってく。
皆は甘やかな風貌が父親似だというけれど、
ふわふかな頬に淡い影を落とす睫毛も愛らしい目許なんかは 今から微妙に力みがかっており。
これは間違いなくの母親似、きっと凛とした美少女になろうよと、
与謝野や紅葉から気の早いお墨付きをいただいている。
それを胸中で反芻しつつ、可愛い我が子の微睡むお顔を見下ろす うら若き父も、
その印象的な目許がついつい和んでおり。

 “美人さんになるのはいいとして、
  要らぬ騒ぎを招きやすいところまで似ちゃったら困るなぁ。”

不埒な虫は片端から駆除する所存だが、
当人が跳ねっかえりな中也がそうだったよに、
その美々しさから悪目立ちした挙句、言いたいことは言う強気の性格まで継いじゃったらどうしよう。
昔のように反社会組織にいるならともかく、一応は一般人の女性なのだのに、
与太者に付きまとわれたらどうすんのと。
愛娘への言なのか、はたまた背後の寝室で白河夜船な奥方への本音の案じか、
どうとも取れそうな言いようを胸の内にて転がしておれば、

 「…………。」
 「おお、びっくりした。」

油断しまくってたところへの不意打ちも不意打ち、
何の気配も感じぬまま、突然 片側の二の腕を掴まれてギョッとする。
座ったまんまで跳ね上がりかけたが、抱えていた治美ちゃんの寝入りを妨げるわけにもいかないし、
何より、太宰には取り違えようのない温みと重み、手加減された掴まりようから、
誰の悪戯かもあっさり把握できており。

 「…何しているの? 起こしちゃった?」
 「ん〜〜〜。」

まだ半分ほど寝ているものか、
パジャマ代わりのTシャツの片側の肩を肌脱ぎしつつというなかなか危ない恰好で、
それでも捕まえた夫の腕にスリスリと頬を擦りつけてる奥方が、何とも可愛らしくってしょうがなく。
どうしたの?と小声で訊けば、一呼吸ほど間をおいてからもしょりと返ってきたのが、

 「……戻って来ねぇから。」

共に寝ていた相手が居ないのに気付き、
何とはなく察しは付いた上で、戻って来るのを待ってたのに、
長らく戻ってこないと焦れたらしい中也ママ。
業を煮やしたわりには、目覚め切ってないままらしいのが何ともいとけなくってパパさんの苦笑を誘う。
やっと捕まえた旦那様の頼もしい腕やらいい匂いの肩やらに懐く彼女へ、

 「ほら、此処へお入りよ。」

Tシャツにスエットパンツだけという格好では風邪を引くよと案じてのこと、
治美ちゃんは片側の腕だけで余裕で抱え、もう片側へと誘導するべく“空いてるよ”と脇を開いて見せれば、
ん〜〜っ?と頭の中でゆっくり咀嚼したらしい間が挟まってから、
導かれたまま身を寄せると、亭主殿の片膝にちょこり腰掛ける奥方で。
ラベンダーの匂いがする懐にぽそりと凭れると、
寝やすい位置でも探しているかのようにモゾモゾしてから、ふと呟いたのが、

 「あんな、この前面白いもん見てよ。

そんなことを言い出す。

 「面白いもの?」

訊き返すと“ああ”と頷き、

 「芥川ってさ、」

と、何とも唐突な名前が出てきた。

 「芥川ってさ、
  言いたいことは言うが、それでも無口というか寡黙なのは相変わらずじゃね?」

何を思い出したやらと怪訝に思ったものの、親しい知己には違いなく、
うんと肯定の意を返せば、そいでな?と話は続いて、

 打ち合わせにと「とらさん本舗」に向かった折のこと。
 二階のフロアで双子を遊ばせている敦だったのを見かけてな。
 床に一緒になって座り込んでの、何か歌を唄ってやってあやしていたのを、
 芥川の方はベンチに腰かけて何をするでなく見やってて。
 キャッキャッとはしゃいでいたのが少しずつ大人しくなり、眠ってしまいかかるのを見越すと
 そこでやっと立ち上がって敦也の方を抱えれば、敦は龍也を抱えて共にソファーへ移動をし、

 「二の次にされてたの、なんか不憫だなと思ってたんだが、
  とんって凭れかかった敦だったの受け止めて、
  見上げて来るのへ小さく微笑っていいムードになっててよ。」

玲瓏透徹とか言われてたがその実 独占欲強くて、
敦が手前やアタシと話していても微妙な顔してた奴だのに、
さすがに子供は可愛いか、二の次にされてもじっと我慢していて
父親になったからかなぁなんて感心してたんだが。
敦の堂々とした甘えっぷりとそれへ笑い返した彼奴の貌を観たら、

 「こないだ手前が言ってた、甘えてくれるのが嬉しい甘えってこのことかって。」
 「おや、やっと判ってくれたんだね。」

いきなり何の話をお披露目かと思っておれば、
不器用にも実例を浚ってという拙い言い回しで、
それでもこれを言わなきゃあ通じまいと思ってだろう長々と語ってから、
自分がやっとこ納得がいったのだと言いたかったようであり。

 “これだから♪”

大人の許容を周囲から頼られつつも、実はまだまだ幼いところが多い赤毛の奥方、
もしかしたら前世の彼の方がもっと錯綜した内面持った大人だったのかも知れぬ。
そして、そういう可愛らしいところがあると気づいてからこっち、
かつてほど怒らせるような物言いはせぬよう、これでも気を付けている太宰でもあって。

 「ン…。」

くるりとくるまれたご亭主の、温みと香りに安心したか、
自分が語った敦ママと同じよに相手の懐へ凭れたまま寝入りそうになっており。
素直に甘えられ、太宰としては 可愛いなぁとやに下がったものの ちょっと悪戯心が沸き上がる。
小さな奥方を掻い込む格好で背後から大外回りに回した腕の先、
頼もしい手で小さな顎を掬い上げると、
力の入らぬままなのをちょいと持ち上げ、顔を寄せて そおと唇重ねてみる。
やわやわ瑞々しい唇は摘まみ取るには柔らかすぎて、
それでもやや斜めに重ねることで深々と咬み合わせ、
チュッという小さなリップ音が立ったほど堪能すれば、

 「…………。////////////」

伏せられた双眸はそのままながら、
じわんと頬が赤くなったのが、可愛い狸寝入りだなぁとの苦笑を誘う。
何だかんだ言って ちゃんと甘えてくれる奥方へ、
ああよかった一方通行じゃなかったと、妙なところで臆病なご亭が安堵して。
暦の上どころでなくこれからが寒さも本番だけれど、
そんなの何するものぞで軽々と蹴飛ばしそうな、
甘い甘いご夫婦なようでございます。




     〜 Fine 〜    20.01.18.







 *何書いてんだかですな。
  ベッタベタに甘いの書いてみたくなったんですが、
  理屈言いなところはなかなか治りませぬ。
  中也さんと敦ちゃんが可愛い奥様に書ければそれでいいですvv




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