銀盤にて逢いましょう


□目に入れたくても入らないほど
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小さな体に宿した小さな命は、妊娠中はうら若き父上をハラハラさせたものの、
実のところ何の問題もないままに健やかに育ち、
周囲がワクワクと見守る中、それは元気に生まれてくれて。
父の名から治を取って治美と名づけられた。
両親が微妙な名だったので関係ない字でつけても良かったが、
そこは中也が譲らず。
次に生まれる子には也美とか付けると言ってたが、
男の子だったら “〜也”とするつもりなようで。

 そうなったら芥川家の双子の弟みたいじゃないか (龍也と敦也)
 何だよ厭なのか? 二人ともいい子じゃねぇか
 いやそういう問題じゃあなくてだね、と

今からそんな先の話も出ているとかどうとか。
先の話はともかく、当の治美ちゃんはというと、
髪や瞳は鳶色で一見すると父親似だが、
目許がやや鋭角なので これは将来お母さん似の凛とした美人になりそうと評判で。
活発で8カ月になるかならぬかで、もう這い這いも始めており。

 「治美ちゃん、こっちだよぉvv」
 「きゃうvv」

視線を際限まで近くしたいか、上背のある肢体を床の上へ伸び伸び横たえ、
腹ばいになっている のっぽの父上。
そんなパパが甘いお声で呼び掛ければ、
それはご機嫌そうに笑って、ぱたぱたと手足をばたつかせ、
スチロール製のクッションパネルを敷き詰めたフローリングの床を這い這いで駆け回る元気さよ。
早い子はお誕生日前に掴まり立ちもしてしまうと聞いてか、
重心が定まってないまま仰のけに引っ繰り返っては大変と、
後頭部を守るためのベビーヘッドガードとやらを早くも背負わせておいで。

 「ベビーヘッドガード?」
 「あれだよ、ごっつん防止リュック。」

指差された先で、小さな天使ちゃんを背負ってる治美ちゃんなのへ、ああと敦も納得したらしい。
他にも、赤ちゃん転倒防止リュック とか、乳幼児用安全リュック とか
頭保護クッション、よちよちリュック なんてな名称もついている平たい縫い包み。
重たい頭から てーんッと後ろへ倒れやすいことへの対処が要るとはいえ、
防災ずきんをかぶらせるわけにもいかぬのでと、
頭部付きの座布団を背負わせるアイデアが生まれたようで。
通販会社のCMで広く世に知れ、ハチやらパンダやらの後ろ姿のが出回っている。
勿論のこと 真っ先に揃えたのは親ばかなパパさんだそうで、

 「まだ寝返りも打てないうちから 5,6セット買ってきやがっててよ。」
 「ありゃまあ。」

ほんの数カ月ほどしか使わないもの、
敦んとこのお下がりを借りる予定になってるって言ったが聞きゃあしねぇと、
小さな姫御の専用ドッグラン、もとい這い這い広場と化しているリビングを見渡しつつ、
こちらは キッチンカウンターに並んで座してるうら若き母御二人が
くすすと苦笑を見せている此処は、太宰と中也と愛娘が暮らすマンションフラットだ。
相変わらず、北国と横浜を行ったり来たりが絶えない夫なので、
セキュリティ的にもこの方が至便だろうと新居として構えたもので、
今日は敦だけが遊びに来ており、
そちらの夫の龍之介氏と双子の坊やたちは とらさん本舗近くの自宅でお留守番。
スタッフのうちの古株の面々は育児のサポートも請け負ってくれているので、
こうやってママが一人でお出掛けなんてことも出来てしまえる環境ではあるが、

 『坊やたちより旦那さんの方が落ち着かないのが微笑ましいですよね。』
 『そうそうvv』

いつも一緒に居られる身じゃあない。
特に坊やたちが小さかった折はずっと北の実家に居た敦ちゃんだったので、
あの冷静透徹、クールな銀盤の貴公子様をして
極力 上京へ休みを合わせ、一緒に居られるよう取り計らわさせているというに。
奥方の方はと言えば、横浜に来たら会いたい人もいるからと、
夫の気も知らないでか “龍がいるならその間に”なんて言って
ひょこッとお出掛けしちゃったりするものだから、

 “振り回されてるよなぁ。”

そういや かつては逆じゃあなかったかと、ふと思い起こした中也が くくくと笑う。
この虎の姫と芥川といやぁ、
出会いが最低なシチュエーションだったらしいのは話に聞いてもいたし、
あの頃は不器用が過ぎたからもあってのこと、
誰からも好かれる朗らかで気立ての良い敦だったのへ、
判りにくい接し方をしちゃあ喧嘩になりの、結果 疎遠になっていたらしいのを覚えている。
同性同士だったからと 当人もどういう感情かは判らずじまいだったのだろうが、
ただの知り合いや友人と呼ぶには固執の強いそれ、
誰かに気を逸らされるとムカムカしたし、仲良くしているところなんざ見たくもない。
そうかといって単純に好き好きと愛想も振れないややこしい関係…というのは、

 「……。////////」

身に覚えがありすぎて、中也としてはそれ以上の深掘りは避けたいところ。
いやまあ、自分のは好きとかいう固執じゃあなくってだなとかどうとか、
誰へのそれか言い訳まで出かかっておれば、

 「どうしました?」
 「…っ。いや、何でもない…。」

急に何かへ思いを馳せたかと思ったら じわんと赤くなった先達だったのへ、
不審を覚えたか 小首を傾げた敦ママ。
忘れちゃあいけない、この子は人の感情の機微などへの感性もなかなかに豊かで、
自分への好意にだけ鈍感という困った子だったりする。
今日は顔見せと乳幼児向けや子供用品を扱う企画への
新商品のモニターになってもらいたいというお願いに上がった女社長さんでもあり、
そういった話も一段落して気が緩んだのかなと、
素直な感慨で自己完結しつつ、

 「太宰さんたら子煩悩ですよね。」

共に見やってた美丈夫さんへと話題を移す。
日頃の笑顔はまだ、イケメンオーラがなみなみしてましたが、
今はもうただただ甘いばっかりですものね。
どうせ胡散臭い笑顔だったんじゃね?
う〜ん、否定はできませんが。

 「そもそも、昔のあいつは滅多に笑いなんてしなかったからな。」
 「あ、それは龍も言ってました、」

敦にしてみれば、そこがまず噛み合わなくてと、
随分と意外そうに“当時”のことを持ち出して。

 いくらカモフラージュが要る身だと言っても
 人当たりのよさそうな笑顔で常時いるなんて考えられないって。

若しかせずとも、笑顔で励ましたり頭をポンポンなんていたわったり
やさしい対処ばかり受けている敦くんだったことへもお腹立ちな禍狗さんだったに違いなく。
まだ素人も同然で、気性も弱々しかった敦ではそうせざるを得なかったのだろし、
今にして思えばそうやって芥川の “やる気 (向上心、若しくは殺意?)” に油を注いでいたともいえて。
其処らへも薄々察しがついてた中也には苦々しいばかりな態度でしかなかったが、

 「ボクにしたら、
  いつも優しいか ちゃらんぽらんかな太宰さんしか知らなかったから、」

落差が物凄かったですと、困ったように苦笑をする敦には罪はないなと、そこもようよう判ってはいる。
それに、この子らに見せていた笑顔もまた恐らくは仮面のようなものであり、
マフィアに居たころよりは人へ寄り添おうとしもしたろうが、
それでも自分のうちへ踏み込ませぬよう、境界線のようなものは頑なに築いていただろう。

 「人を駒みたいにしか思わず、馬鹿にしてた頃よりかはマシだろうがな。」
 「えー? 太宰さんは優しかったですよぉ。」

そりゃあまあ、普段は国木田さんとか谷崎さんとか困らせるようなことばかりしでかしてましたが、
…と、そこは印象強いか まずはそうと言い出したのへ、
離れたところで愛娘をあやしていた太宰当人も思い当たりはするものか、こそりと苦笑を浮かべたが、

 「手前らの前では皮かぶってたんじゃね?」
 「…は?」

マフィア時代はただひたすら冷血な野郎で…と続ける中也だったので、
敦ママちゃんは何か言い間違えただけだろうなとしか思わなかったようだったが。
切り替えの素早いオツムをお持ちで 色んな事をご存知なことが災いしたか、
うぐっと息を詰まらせた太宰だったため、

 「???」× 2

二人揃ってキョトンとしてから、

 「………あ。////////」

さすがにどう言い間違えたかに気付いたらしい中也が真っ赤になったところは
いろんな意味が推察出来てなかなかに可愛らしい。

 “ただ単に “言い間違えた〜”と恥ずかしがってるだけじゃないね。”

そこは敦ちゃんよりは世慣れた大人だし、
脳筋と揶揄されちゃあいたが、
あれほどの規模を誇ってたマフィアの五大幹部は馬鹿には務まらない。
それより何より 太宰が何を拾って噴いたのかくらい想起できなくては、
油断のならぬ策士殿の嫁は務まらぬ。
大方 どういう意味に解釈できるかを素早く察知してしまい、
真っ赤になったんだろうなと、こちらもこちらで拾い上げ、
そんなところがただのお馬鹿じゃないよな、うんうん 可愛いなぁと内心で鼻の下を伸ばしておれば、

 「あ、えと。羊の皮をかぶってただけで。」
 「元マフィアだからですか? そっか、それはあったかもですね。」

何とか絞り出した言い足しへ、ああそっかと敦の方でも素直に頷く。

 「猫かぶりとか言いますものね。」
 「そうそう、それ。」

そっかぁ、女性にデレデレしてたり、ちょっと情けないところも見せてたけど、
あのポートマフィアの幹部まで上り詰めた人だもの、
実はおっかないところも出せる人だったんでしょうねと。
ひまわりみたいな笑顔付きで それは素直に納得したらしい白虎のママさんが、
帰宅してから旦那様へそれらを話してしまい、
現今では呼吸器も健康な芥川さんだのにもかかわらず、
大きに噎せさせ過呼吸未遂まで至らせかかったのはおまけである。




     〜 Fine 〜    19.12.31.






 *大みそかに何を書いているものか。(笑)
  子煩悩な太宰パパと愛娘のエピソードを書きたくなって、
  黒の時代の冷徹な太宰さんを、敦くんとか知らないんだろうなと思ったら
  何か方向性が逸れそうになったんで、
  微妙な力技でオチをですね。…芥川くん、出番があんなで本当に済まない。



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