銀盤にて逢いましょう


□寝言は寝て言え
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そんな騒ぎもあったねぇと、
何の話からか思い出しての、過ぎたことゆえの気安さで取り上げたところ。

 「何だと、そんな由々しき騒動があったなんて俺は知らんぞっ。」

昔の話だっていうのに、
聞いたのは今だと そりゃあ鮮烈に国木田が沸騰して怒り出したのが、
それから数年後の横浜某所に建つ、とらさん本舗のクラブハウス。
子持ちになった敦嬢が企画経営する、子供服関連事業の本拠でもあり、
すぐ近所に確保されている専用リンクでトレーニングを積む、所属選手らの合宿所でもあり。
かつてはリンクに立っていた敦や芥川が引退しても尚そちらの世界に接し続けているのに付き合ってのこと、
現役選手らの指導や活動支援、生活の管理を請け負っている面々でもあるがため、
今もなお 当時の顔ぶれがしっかりと健在で。
そんなため、昔話とはいえ
のっぴきならぬ事案じゃあないか なのに俺には伝達がなかったとは由々しきことぞと、
堅物な国木田が吠えてしまったのだけれども。
その辺りの機微というか呼吸というかも把握し切っている周囲の面々。

 「ああはいはい、すみませんね。」
 「ほら、あの頃って色々忙しかったしねぇ。」
 「あんただって、
  敦の日常とフィギュアのスケジュールや何やとの刷り合わせとか
  毎日大変だった身だし。」

そりゃあ目まぐるしい頃合いで、
情報の全部を万遍なく行き渡らせるには無理があったとかどうとか、
与謝野先生を筆頭に
まあまあまあと結構な頭数で丸め込んで。
さあさ、敦ちゃんプロジェクトの子供服 春の新作発表会のお話を詰めましょうよと、
スタッフ一同が会議室に移動してったその後へ、
ぽつんと居残っちゃったのが、当事者である太宰と中也の二人のみ。
相変わらずに正義の使徒である国木田で、
現実社会じゃあ正論通りにはいかないことも多々あるものだと判っていつつも
清濁合わせ飲めないところからの発露であろう激発をクールダウンさせるためにもと、
力技での場面転換なんて仕儀を構えたのに、
怒らせた事態の張本人らである彼らまでが同坐しては何にもならぬ。
そういったところまで申し合わせもなく遂行できるスタッフの皆さんの、
ただならぬ呼吸の合いように苦笑をこぼし、
居残りにさせられた格好の もう片やへと視線を向ける太宰だったが。

 「?」

落ち着いた色調のフローリングに、
今時には珍しい漆喰壁の醒めた白がシックに映えるフロアは廊下を兼ねた空間で。
皆が引き上げた会議室や資料室、談話室などのドアがフロアの片側やどん突きに並んでいる。
師走を間近にして、それでも足並みの遅かった秋のせいでか
窓の外、街路樹はまだまだ色づき切ってはおらず。
ここ数日やっと木枯らしが吹き始めた感のある風に、
半分黄色い銀杏の梢が躍る影が 時折日差しを遮ってはさわさわ揺れている。
柔らかな光が差し入る そんな窓辺に小さな背を預け、
癖のある赤毛を逆光にけぶらせて立つ小柄な彼女は、だが、
太宰と一緒になって 困った人たちへの苦笑を浮かべ…てはいなかったのが少々意外。
そういや昨夜からこっち、ちょいと仕事がらみの探索やら会合やらが長引いて、
中也と寝起きをしているフラットには帰ってないままここへ来た太宰であり。
そういった事情は連絡してあったとはいえ、
夫婦に準ずる間柄なのに、ちょっとつれなかっただろうか。
日頃あんまり自分から甘えて来ない相手だとはいえ、
だからこそ何か言いたい言ってほしいサインは見落としてはならないと、
そこはそれこそ付き合いの長い身、心得ていたつもりだったれど。

 「中也?」

声を掛ければ、顔を上げるが、そのまま何にか含羞みの気配。
綺麗な横顔を やや頼りなくもそわそわとさせており、
ちょっともじもじ、アーとかうーとか言葉に困りつつ、でも何か言いたそうな様子はありありと。
らしくもないほどの、ためらいや逡巡の気配満々でおり、
これはやはり何かある…とは、太宰でなくとも察しただろう有り様で。
そこへ、

 「……?」
 「あ、えっと。あとでいいです。」

最寄りの自宅からやって来たのだろう、
階下のロビーから通じている階段を軽やかに上がってきた敦が そんな二人に気がついて。
腕の中へと抱えていた、ご主人によく似た男の子ともども挨拶しかかったものの、
だがだが素早く何にか気づいたらしく。
共に来たのだろ、そちらはかつての敦くんそっくりな銀髪の幼児をやはり抱えていた芥川を
急かすようにぐいぐいと押しつつ、“では”と別室へ立ち去ってってくれたのを
察しが良くなったもんだなぁと感心しつつ見送っておれば。

 「…おっと。」

ぽすんと背中に貼りついてきた存在に、ついのこととて大仰な声が出る。
らしくない態度に “なんだ何だ”と思い当たることが…ありすぎて。(おいおい)
下手に口火を切って不利になってもなぁなんて、こちらも内心でどぎまぎしておれば。
すっかりと小さな手となった赤毛の君は、太宰の着ていたセーターにしがみつくと、
そこへと口許埋めたまま ぽそりと小さく呟いたのだが。

 「あんな?」「うん。」
 「えっと…アタシの全力かけて守りたい奴が出来た。」
 「え?」

注意深い性分だし、耳だって相変わらずに精度はいい。
相変わらずの地獄耳だと今でも仲間内から怖がられているほどだし、
ましてや大事な人の声、一言一句だって聞き漏らすなんてとんでもないと、
平静を保ちつつも実は大層真剣に耳を澄ましていただけに、
モゾモゾした言いようでも ちゃんと拾えはしたものの、

 “アタシの全力かけて守りたい奴…?”

芥川くんとか敦ちゃんじゃあないよね。
というか、それって何?
こんなにも逡巡した末に思い切って この私へわざわざ言うほどの人って誰?
そりゃあ、はっきりくっきり一番好きとか言われたことはないけどさ。
この子がこうまで、ああまで嫌ってた私に甘えてくれてるんだもの、
いくらなんでも もはや底辺ではないよね、間違いなく。
むしろ矜持の強いこの子がかなり頼りにしてくれてる時点で、
ちょっとは自惚れてもいいくらい、あのその “好き”な対象だよね?
…と、随分と腰の引けた自己評価を立ち上げつつ、

「…私、今の生活では自殺とか心中とかに励んでないよね?」

顔を見られないのをいいことに
大きに視線を泳がせまくりつつ、背中の君へと恐る恐るそんなことを訊いてみる。
かつてはともかく、今の生の中では、当時のような自殺嗜好なんぞにひたってはいない。
裏社会で随分と命知らずな真似をしちゃあいるが、
死への覚悟というか価値観の順番がかつてとは違う自覚はありありだし、
その辺りは中也にも伝わっていよう。
なればこそか、

「? おう。」

こちらの態度を怪訝に感じたか、
いきなり何言い出した?という気色のこもった声が返ってきた。
だがだが、それはこっちの台詞、

「それなのに、私より大事な人が出来たの?」

素直じゃあないところは相変わらずかも知れないけれど、
唯一無二のレディを得たことへの忠心は本物で、
守りたいとの心情に従い、むやみやたらに女性へ声掛けたりしてないし、
今こんなに動揺しているのがその証のようなもの。
言ってることが言葉足らずで随分と破綻しているが、
それこそそこは虫食い部分も拾い上げてくれたらしく。

「だからっ…出来たっつったら、判んだろ?」
「………出来た?」

繰り返しつつ、やや強引に振り返り、
その回転に一緒について来かけた身を捕まえて向き合えば、
リンゴやトマトもさにあらん、普段は色白な頬を真っ赤に染めたキミがいて。
青玻璃の視線を逸らしつつ、不貞腐れたようにぼそりと、

「……言わせんな、馬鹿。///////////////」
「いやあの、ホントに?」

いやもう、いくらなんでも、どれほど混乱していても、
この子のこうまでの含羞みと向かい合っては もはや恐れている場合ではないというか。
これをそう解釈するってのは自分に都合よすぎない?という、
日頃の鷹揚さはどこへ行ったかってレベルの恐れも頑張って振り払って

 「……もしかして、私とキミの子供、かい?」

え?え?という態度へじわじわと、赤面ぽい照れとまさかまさかという喜びが滲みだす。
二度目はなくってよじゃあなくて二度と言わせんなという口調から、中也自身も照れているのが察せられ。
それでも、自分にしか出来ない断言だからだろ、
ホントにホント?と、ついつい繰り返して訊き続けたものだから、
うう〜〜〜っと唸ってから、えいッと思い切ったか
それにしてはやや浮わついた抑揚になっていて、

 「おお、ホントだ。」

どうだ参ったかと言わんばかりのどや顔なのが、でもこんな愛しいことはなく。
どんな窮地でもこんなに震えが起きたことはなかったほどに、肩やら腕やらが落ち着かない。
途轍もない重労働の後に関節が笑っているかのような、そんなおこりのような震えが襲う。

「うわー、何か、、どうしようか、顔が引き締まらないよ。」

落ち着けないよと口走れば、かつてないほど挙動不審に見えたのだろう。
あらまあと先に落ち着いたらしい中也がこちらの腕をがっしと掴み、

 「…しっかりしろ、とーちゃんだぞ? 治。」

そんな風に窘めたから、

  …………え?え? なんて?


「…え?」
「だから、手前がとーちゃ」
「じゃあなくて。」

治と初めて名前で呼ばれた。
当の中也は、こっそり独り言段階では呟いていたか、
それとも子供が出来たら太宰呼びはおかしいと紅葉あたりから注意されたか、
何より、太宰本人のあんまりな動揺の仕方に気を取られてしまい、
自分の発言へまでは気づかなんだらしくって。

 「え? ……あ、いやあの、だから。」

何を問われているのかに遅ればせながら気がついて、再び真っ赤になりつつも、

 「こ、こうなったら太宰呼びはおかしいだろうがよっ。////////」

ワンテンポ遅れて大きに照れまくったのがご愛嬌。
自信の塊みたいに何がどう動いても余裕な男が 見るからに狼狽える様子に驚いて、
それで一応気を張って構えてた名前呼びがするっと出ていたらしく。
重大発表の後の嬉しい呼びかけに、
身が震えるほどだった驚きも素直な喜びへと馴染んでくれて。

「うわぁ、何か今日は二つも善いことあったなぁvv」
「2つって…。」

妊娠の報告はともかく呼び方が変わったくらい何てことなかろうにと、
もじょもじょ言い返す奥方へ。
身長差にももう慣れたか、身を屈めると狙いは外さず
前髪の影、こめかみ辺りへ小さくついばむようにキスをした二枚目なダーリン、

「願わくばずっととそう呼んでほしいな、奥さん♪」
「…考えとくよ、だ…おさm。」

尻すぼみなところがまた可愛いと、
素直に真っ赤になった奥方の含羞みへデレまくっていたものの、


  あまり日を置かずして
  (子供が生まれるからだからか) 気の早い父ちゃん呼びやら
  照れくささが嵩じての “おい”呼びになってしまい、
  人目がある場所では太宰でいいよと折れたというおまけ付きだったそうな。(笑)




   〜 Fine 〜  19.11.16.〜12.02.







 *小栗旬さん主演の実写版だけじゃなく、
  あの「攻殻機動隊」みたいな近未来社会が舞台のアニメまで作られたそうで。
  今年って何でこうも “人間失格 year”なの?って思ってたら、
  太宰治さんの生誕110周年記念の年だったんですね。
  知りませんでした、すいません。
  マモさんも大忙し?みたいで、いやもう もはやあの方の声でしか想像できないもんなぁvv

  それはともかく、
  何と言いますか、つまりは此処へ持って来たくってのお話だったわけでして。
  お付き合いくださりありがとうございました。お疲れ様でした。(おいおい)
  なんて長い前振り、なんてややこしい段取りが要るお二人か。
  こんな手に余るキャラになんて……惚れちゃった自分が悪いんでしょうね、うんうん。



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