銀盤にて逢いましょう


□宵の逢瀬の…
1ページ/6ページ



なかなか気温も上がらず、梅雨も明けずだった日々はいったい何だったのやらで。
長らく続いた冷夏もどきの日々があっさり終わった途端、
体温を追い抜く数値の気温と サウナレベルの湿気を併せ持った蒸し暑さが
東日本を文字通り急襲した。
ここ数年の異常な夏よ再びで、
テレビからは「命の危険を考えて、躊躇なく冷房をかけて」と分刻みでテロップが出る有様。
閑古鳥が鳴いていた水辺にも人があふれ、
そうかと思えば現地へ辿り着くまでが難儀ということか
それとも砂浜の灼熱が堪えるものか、
海水浴場はそこまで大入り満員とはなってないらしいと、

 「中也さんから訊いたけどホント?」
 「ああ。」

まま、どんな現状であれ、自分たちには関係のない他所ごとだけどねと苦笑をし合った、
それは見目麗しきうら若き男女が、
シンプルなデザインのスポーツウェアで柔軟体操をこなしておいでの此処は、
空調管理のなされた結構な広さのトレーニングルーム。
くるみ色のフローリングへすらりとした脚伸ばし、
そりゃあしなやかな上体を余裕でぐいぐいと床にくっ付けんばかりに倒しつつ、
近況報告なぞ こなしているのは、果たして余裕と言っていいのだろうか。

 「こっちでも雨が多かったから海水浴にはなかなか出掛けられなかったらしいけど、
  もともとボクは 夏の水泳ってトレーニングでってのが多かったからピンと来なくって。」

何しろ温室育ちだしなんて冗談めかして言い、アハハと苦笑する白虎さんへ、
自身も似たようなものだからか芥川もやんわりと笑むばかり。
文字通り“ウィンタースポーツ”のフィギュアスケート界で、
まったくの無名だったところから
いきなりデビューしたそのまま 次代を担う期待の新星などと呼ばれ、
世界選手権などへの もはやレギュラー陣という扱いまで受けている
学生フィギュア界の急先鋒二人。
折れそうな痩躯を、なのにそれはダイナミックに躍動させて、
伝説の騎士から、牡牛を仕留めるマタドールまで、
切れのいい冴えたスケーティングで見事に再現してしまう
漆黒の貴公子こと芥川龍之介くんと。
生まれつきの白い髪に玻璃玉のような透き通った双眸と、
どこか儚げな印象のする風貌とは裏腹、
それはダイナミックにも難度の高いジャンプやステップを軽やかにこなし、
その薄い背に翼でもあるのではないかと思えるほど身軽に宙を舞う
白の姫こと、女子高生の中島敦嬢の二人には

 世間様にはナイショのプロフィールがあったりし。

実は実は、今の生より遡る“前世”にて
命かけてという過酷な日々を、なればこそ真剣真摯な想い込め、
共に殺されるならお互いにという物騒な誓いの下で、
人知を超える巨悪と戦っていた無二の相棒でもあった彼らであり。

 もしかすると一番早くに覚醒したのが芥川で。

今にして思えば悪夢のようなあの日々を、
誰とも共有できぬまま独りで抱え。
奇想天外な記憶を持ったまま、
心に深く刻まれた片割れを想い、焦燥していた日々だったれど。

 今や同じ境遇の顔ぶれなら周囲にたんと居る現況。

前世と現世の価値観の落差や、過去の重さへ思いつめ、
のたうち回りたくなるような葛藤や虚しさを孤高の中で噛みしめずともいいのだと、
先達や仲間から諭されて、その上
出来ることなら一番会いたかった、
もしかして自分の方が約束を破った恰好のあの彼と

 そりゃあ劇的に(何せ女の子に転生していたので やつがれ仰天) 再会も叶い、

ある意味 途轍もなく恵まれた環境下にある今日この頃。
しばらくほどは生きる目標を見失い、腑抜けそのものという風情でいたの、
人虎から “ほっぺポンポン”で叩き起こされ今に至るというのは
太宰さんにはナイショである。(笑)

 閑話休題。

昨年の全国区デビューとなったシリーズで
上位へ余裕で食い込んだ 白虎の姫こと敦ちゃんとのペアが評判となり、
取材や宣伝用のスチール撮影でも自然なこととして一緒に呼ばれることが多くなった。
当人同士だけじゃあなく スタッフ同士でもどこか親し気なやりとりをするところを
マスコミやら取り巻きのファンの皆様に目撃され、
実は “昔からの”知り合い同士だったことが皆々様へも知られるころには、
学園ドラマの委員長カップルででもあるかのごとく
共に行動していても さほどやっかまれることはなくなり、
単独での取材の終わりあたりで、今日は一緒じゃあないんだねなどと聞かれてしまうほど。

 『何せ 美男美女だから、
  肩書を知らない層にだって目を引いての注目されるの請け合いだし。』

太宰や乱歩といった北国チームは
敦嬢が中学生だった辺りから 追っ掛け含むファン層に取り巻かれることも少なくはなかったため
そういった事態への対処にも慣れており。
この上、芥川というイケメンが増えたとて動じはしないという構え。

 『東京や横浜じゃあ、
  そんなあからさまな “追っ掛け行為”はダサいからか自制も効いてるらしいけど、
  地方じゃあそういうところ もの凄い近視的だからねぇ。』

ちょいと特異な風貌だということもあり、
著名人だからという事情がなくとも、ちらちら注目されるのも致し方なく。
したがって、人が集まって来て取り巻かれることが予想されよう外出は
ドアからドアを徹底して完全に車で移動するか 本家の警護担当の方々による立ち入り規制を張るか、
または…与謝野せんせえやナオミちゃんが奮闘してくれての完璧な変装で誤魔化すかが、
もはや当たり前の段取りになってたらしく。

 「完全素人、ただの学生だったころよりも、
  ああ あの二人だね…って恰好で全国区で有名になった今の方が、
  いっそ遠慮してくれる人が増えてるみたいだよねって谷崎さんが言ってた。」

ふふーと笑った無邪気なお嬢さんなところが、皆にも微笑ましいなという感慨を与えてやまぬ。
横浜チームのスタッフもまた “手慣れている顔ぶれ”が多いため、
危なさそうな手合いは先んじて取っ捕まえ、引き剥がしてもいるらしいが、
そっちの事情は敦ちゃんへまでは伝わってないらしいし、
大人の皆様にしても わざわざ教えるつもりもない。

 そういう防御の陣が完璧だというのが図らずも実証できたのが、
 浴衣姿で打ち上げ花火を観に行った、先週末の宵のことである。


to be continued.





 *夏と言えばなネタが止まらなくなったのですが、昼間の暑さに討ち死に中。
  今日のところは此処までで。



次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ