銀盤にて逢いましょう


□宵の逢瀬の…
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肝が縮んだはずの端っこのロゴTの輩、
小汚いデコだが自分では気に入りか、
素早くハッとし、咄嗟に腰へ手を当てた そのタイミングに重なって、
液晶画面をタップされ、
先程仲間らと見せ合っていた浴衣姿の愛らしい少女の写メが呼び出されている。
お顔が明後日の方を向いていて、盗撮なのに間違いなく、

 「誰の許しを得て、このような無礼狼藉を働いた。」

マスク越しの低い声は、だが、まだ若い青年のそれで
ただ、何だ若造かとあしらうには重さと迫力が違う。
それこそ罵倒や啖呵に慣れのあろう、腹に力の入った声での一喝、
怒鳴られたわけでもないのに、聞かなきゃおれぬ 声の存在感というものが備わっており。

 「あ…。」

返答を待つ気はなかったか、薄っぺらなスマホがひょいと頭上へ抛られ、
メタル装丁がされていた角っこがちかりきらりと光を振りまいたその途中、
放物線から落ちて来たところでひゅんッと何か素早い一閃に薙ぎ払われ、
あっという間に傍らの壁へと叩きつけられている。
自分たちのやらかすやんちゃと変わらぬ、勝手で非道な扱いだったが、
それでもいきり立つより思うところがあったのか、
ハッとした他の面々の幾たりかが顔を見合わせあったのが

 「…まさか、こいつ。」
 「あの “黒の双刀使い”じゃあねぇか?」

さすが横浜、様々な国籍の住人が早くから居付いておいでなだけあって、
都市伝説もなかなかバラエティに富んでいるらしく。
中でも、謎の練達や使い手の話には枚挙のいとまがない。
半グレが隠れ蓑に立ち上げた自警団の凄腕の中に、
実は反社会組織で裏の仕事をしている “本物”が紛れているという物騒な話もあるらしく。

 「……。」

そんな下らぬ内緒話なぞ、聞こえはしても応じてやる義理はなし。
ただ、スマホを弾き飛ばした得物は逆手に握ったまま見せてやる。
両の手へそれぞれに握ったそれは、ぶんっと勢いつけて振り抜けば棒状に固まるちょっと特殊な代物で。
そうと見えたか、うあ、やっぱりかと立ちすくんだ輩どもだが、

 「…。」

再び振り抜けば、硬直が解けて蛇のようにしなう形態へと変化する。
実は特殊な形状記憶素材の鞭であり、
中距離相手でも巧みに御せる辺り、彼の“かつての異能”と重ならぬでない手技かも。
さすがに浴衣からは着替えた身、
夜陰から滲み出した黒衣は月の下にバックル部の白銀閃かせて軽やかに躍る。
噂の双刀使いは、ずんと若い青年で。
白い頬を冷たく凍らせたまま、
しなやかな肢体、潮風に乗せての舞うように躍らせて。
素早く駆けるその姿、何とか把握出来たとしてもすぐ目の前では為す術がない。
逃げようにも防御をしようにも手は遅く、
ひゅんッと繰り出された得物の先で脾腹や頚の血脈を的確に撫でられ、
あっと叫ぶ暇間もないまま、その場へ倒れ伏すしかなくて。
そんな彼が追い詰める役かと思いきや、

 「待てっ!」
 「てめぇっ!」

狙いから外れていたのをいいことに逃げりゃあいいもの
愚かにも遅ればせながら掴みかからんと追って来た雑兵たちを、
一つところへ集める“オトリ”役でもあったらしくて。

 「すまないね、充電に時間を喰う武器で。」
 「如何様にも。」

やはり気配無く佇んでいた長身の男が 搬入口にいつの間にか待っており。
逃げる素振りで数人ほどを故意に追わせた青年と
擦れ違いざまに短くやり取りする。
黒衣にマスクの青年は、そのまま壁に足を掛けると、

 ―― ざぁっ、と

生身でそこまで出来るかと、唖然とするほどの跳躍で、
風を撒いての宙へ高々翔ったのを、おおと見上げた隙だらけの賊ら。
下っ端も中堅の輩も入り交じっての、呆然としているのへと、

 ―― 哈っ!

深夜の暗がりごと まとめて絡げたは、随分と長身な男が振り上げた何かしら。
さして特殊な大物の得物とか、ましてや刃物とかじゃあない。
細い細いただのスライド式の差し棒のようなものだってのに、

  その一閃のすさまじさ、雷鳴なきイカヅチの如く。

ぶんと振られた一閃の圧が途轍もなく重く、
それが振り下ろされて生じた剣戟のような衝撃は
思わずのこと、吹き飛ばされぬよにと踏ん張ってしまう種のそれで。
しかもそこへ、
一体どういう仕掛けか、恐らくは静電気関係のそれだtろう、
ばちぃっという音もすさまじく、一瞬小さなプラズマ光もとんだ一撃が降り落ちる。

 「うわぁあぁっっ!!」
 「ぎゃっ!」

得物と腕の尋を足しても到底触れないという距離があっても関係なく。
暗がりのあちこちに転がるがらくたごと、パンと弾かれ飛び上がる。
単なるこづき合い以上の修羅場を幾つもこなしていよう、本物のつわものの迷いなき一閃であり。
チンピラ同士の諍いでは自慢だったのだろ腕っ節とやらも、
こうまでの手際の良さと超人的な身ごなしを前にしては、
素人同然にたまげるばかりか、萎縮しきっての固まっているばかり。

 「ま、こんな “とうしろ”連中ごとき、畳めなくってどうするかだよな。」

あっさり搦め捕れなくてどうするかとばかり、
頼みもせぬのに先鋒を務めた赤毛の女傑がふふんと笑った。
そんな中也へは、

 「何でキミが掃討組に混ざっているかな。」

その代わり…というつもりじゃあないが、
麗しき我らが女性陣へよこしまな視線向けてたいかがわしい連中、
どうせ余罪もあろうから、自警団の討伐活動の一環として容赦なく畳むぞと、
ハマで随一と評判の“ポートマフィア”が出動と相成ったのへ、
勝手にもぐり込んでいたのが太宰であり。

 「キミだって狙われてたうちの一人なんだよ?」
 「あ"? 手前こそ、勝手に一員でございって顔して手ぇ出してんじゃねぇよ。」

まあまあまあと、古株のお兄さんがお転婆な特攻隊長をなだめるのも、いつもの流れだとか。
ものの数刻にて 良からぬ企みに顔を合わせていた半グレやチンピラを掃討し終え、
あとは…風になぶられる梢のさざめき、時折沖合のそれか船の汽笛くらいしか聞こえぬ、
森閑とした静けさが満ちるばかりの旧埠頭前。

 「そういや、さっき手前が振るったのって、何だったんだ?」
 「人体にさほど害はない代物だけど、スマホのデータはお釈迦になっちゃっただろうね。
  済まなかったがこれもしょうがないよね。」

これで済んで感謝してほしいよと適当なことを言い、

 『ついでに言やぁ、
  北の中島の大御所の箱入り娘に何かありゃあ、
  こっちの○○組とか××会とかが責任をなすくり合って抗争になりかねないよと、
  公安方面へも囁いてあったしね。』

 『おいおい…。』

けろりと言ってのけた二枚目さんへ、
赤毛の浴衣美人が閉口したのもいつもの流れ。
姉さんからの仕込みも行き届いており、汚さぬようにと着替えたそれら、
怪しまれないよう脱出したいでしょなぞという口車に乗せられて、
するすると手際よく着付け直した中也に惚れ惚れ見惚れつつ、
そのような後始末の段取りを語った太宰。
何だそりゃと呆れる美人さんへ、

 『だってホントの話だし。』

うっかりじゃあ済まない話だよ。
安吾や織田作に告げ口するより手っ取り早く怖い目見ることになる。
中島さんとこのお嬢が怖い思いをしたんだとぉ?!
何処の組のバカがちょっかい出しやがったっ!
思い違げぇしやがったバカを草の根分けても探し出せ、素人でも引っ張ってこいっ

 『……ってね。』
 『うう…。』

理屈が判るだけに二の句が継げない、中也さんの薄い肩を懐へと引き寄せて、

 「それを防いでやったんだから感謝してほしいくらい。
  勿論、キミらの頼もしい成敗があってこそのおまけだけどね。」

芥川くんたら、引き渡しも待たずに あっという間に居なくなったねぇ。
さては敦くんとどこかで待ち合わせているのかな。
夜歩きは奴こそが許さんから安心しな、と。
互いの保護するプレイヤーさんたちを両親然という言い回しで案じつつも、
憎まれ言うのも照れ隠し、実は愛しい存在の温みや視線を間近にし、
ついのこととてほころぶ頬を、夜風がくすぐる夏の宵…。





  〜 Fine 〜    19.08.07.〜08.26.






 *結局なかった盆休み以降、
  妙に忙しくって筆が進みませんでしたすいません。
  そして、ついついドカバキ、ケルナグールが入る荒くたいおばさんです。
  タイトルのロマンチックな逢瀬はどこ行ったやら。(とほほん)
  





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