銀盤にて逢いましょう


□夏が来たっ
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そういえば平成最後の夏も結構散々なそれだったが、
令和初年度の夏も結構な波乱の様相で。
春が駆け足で去ってったはずがなかなか梅雨に入らぬままで焦らされた末に、
騙し討ちみたいな酷暑を挟んで長雨が続いた散々な始まりを呈し。
西も雨による被害は凄かったが、東は太陽自体が顔を出さない日々が続き、
20度ちょっとという肌寒さが延々と7月中盤、夏休み直前まで居座った。
台風までやってきた辺りは昨年の写しのようだったし、
各地で夏の始まりだと言わんばかりに予定されていた花火大会が
豪雨や強風を恐れてのこと、軒並み中止や順延となっていたのは気の毒な限り。
そんなお祭りもしかりだが、
夏のお楽しみであり、暑さしのぎの娯楽でもあるプールや海水浴が
気候のせいで取り上げられてしまうのはもっと口惜しいと思うだろう若い衆揃いなものだから。
それが仕事のようなもの、チームスタッフとして主軸選手のトレーニングの補佐やら、
協会からの通達や遠征予定などというスケジュール調整や情報収集、
体調管理に必要だろう物品の補充などなど、強制されちゃあいない進んで手掛けていた彼らではあったものの、
何とか晴れ間も覗き、途端にむんとはち切れそうな湿度を孕んだ蒸し暑さがやって来たのをうんざり仰ぎ、
ちょっぴり苛立つような顔をのぞかせていたのも致し方のない反応で。
それでなくともやや遠出をして北国へやって来た顔ぶれには
移動の疲労だってなくはなかろうところへ、急な気候の変化に襲われちゃあ堪らぬだろうからと、

 『あくまでもトレーニング用ですが。』

そうという前置きつきながら、
それでも結構な広さと清潔で明るい水辺という場を披露され。
一応はと用意して来たリゾートウェアや水着装備になって案内されてきた面々は、
あっという間にお顔をほころばせた。
ご立派な観葉植物の配置された ちょっとしたアトリウム風のガラス張り空間はそれだけでも癒しの場であり、
そんな空間の堂々たる主役、
肌に優しくややぬるめに設定された全天候型温水プールを見やってわっと歓声が上がる素直さよ。
用意されてあったビーチベッドに横になる、タンキニビキニ着用のレディもあれば、
さすが運動神経のいい面子が多いだけあって 鮮やかな泳ぎっぷりを見せる面々も多数。
一応は腰まで水に浸かりつつ、小さめのビーチボールを弾き合ってはしゃぐ顔ぶれもあり、
人気の全くなかった温室然としていたところが、一気にレジャー系の朗らかな水辺へと塗り替わったのが微笑ましい。
陽が出ているくらいなので外気温も結構高めらしく、
それでもこの辺りではまだ水遊びには少々足りぬか、地元組にも今年初の水遊びと相なっていて、

 「横浜もまだ水泳は早いかもってお天気続きでしたわよ。」

日頃の清楚な制服姿では判らなんだ、
結構メリハリのある肢体を白地のバンドゥビキニで主張させたナオミ嬢が
楽しげに笑って言う。
つややかな黒髪は頭に添わせるようにして珍しくも編んでおり、
健やかな白百合のようで愛らしい。
身内しかいないというに、日頃と違う格好の妹が心配か、
兄の谷崎が いつもとは逆な按配で傍らに常にいるのが何とも判りやすくてまた可愛い。

 「リゾート地のホテルのプールみたいですよね。」

水底には波が風で作っているそれだろう、
網目のような淡い陰がゆらゆらと落ちているのが外からも望めて、
それは管理のいいすっきりと透明で綺麗な水だというのがありあり判る。
まるで光を弾くほど白い砂浜がそのまま連なる美しい浅瀬を思わせて。
沖の方はエメラルドグリーンなのに近場の浅瀬は透明度の高い、
モルジブ辺りの海岸のよう。
スケジュール管理などを担当している樋口さんの うっとりしたよなお言葉へ、

 「砂浜かぁ。それもいいな、今度検討してもらおうかなぁ。」
 「でも、砂だと手入れに手間がかからない?」
 「此処ってトレーニング用だし。」

一番年少さんの鏡花に言われ、あ・そうだったと愛らしく舌を出した敦嬢。
ラベンダー色のフレアトップタイプのセパレートな水着の上へ、
パイル地のパーカーを羽織っており、
濃い目のグレーで縞模様が入っているのは ゼブラではなくのホワイトタイガー仕様だとか。
かつての記憶が戻って以降、自分の守護のように虎にまつわるものを選ぶようになったそうで、
スズラン娘だとか白の姫だとか可愛らしい愛称もある身でそれは問題ないのかなと、
谷崎や春野さんが額を寄せ合って案じたそうだが、
愛らしいデフォルメにしたイラストをマスコットにしちゃえば大丈夫だろうとは、
参謀役の乱歩さんの太鼓判…なのは ともかくとして。

 「合同合宿って恰好にしてもらって、本当に助かるよ。」

広々とした庭に池があるのとは別口で、
真冬でも泳げるよう温室の中に温水プールがしつらえられている別邸もあるという
美味しいお話を合同合宿の場で持ち出したのは、他でもない敦ちゃんだ。
彼女のためにと作られた代物で、
水泳の方へも関心が向いたからじゃあなくて、
他のスポーツの基礎トレのためのものだったので、本格的な競技用ではなく、
長さも25mだし幅も5コースだけのそれ。
…とはいえ、プールサイドは広々としていて、
足に優しい柔らかい目の人工芝が敷き詰められており。
アールヌーボー調の仕様となっている装飾もセンスのいい天窓からは
晴れていれば燦燦と陽も降りそそぐ、なかなかに行き届いた施設でもあって。
彼らの寝起きの場でリンクも併設されているクラブハウスからも遠くはないし、
夏場の水中トレーニングは当然組み込む予定でもあったので、
今日のところは此処までの道案内とそのおまけの水遊びと相成ったものの、

 「…今日はままお遊びの日になっとるが、
  明日からは手前も此処に放り込むからな、芥川。」

ハイビスカスの意匠も華やかなパレオを腰へ巻き、
ホルターネックタイプのやはりビキニ姿で
敦らのビーチボール遊びに加わっていた中也が、
山なりのサーブを放ってやったそのまま肩越しに振り返ると
プールサイドのデッキチェアに座ったままな合宿主人公なはずの青年へとドスの利いた声を掛ければ、

 「…よしなに。」

微妙に力ないお返事が返される。
一応は黒地のサーフパンツを履いちゃあいるが、
そこも敦ちゃんとのお揃いか、
漆黒のパーカー…きっちりとファスナーを顎まで上げて着込んでいる辺り、

 「熱中症にならないかな、あれ。」

せっかく練習はお休みなのに、
遊ぼうよと腕を引いてまで誘ったの 曖昧な態度で断られちゃったとお冠だった虎の子ちゃんが、
今は今で別な方向から案じ始めていて。
やはり気になるんですのねと微笑まし気にくすくす笑ったナオミが、

 「もしかして泳ぐのは苦手なのかもしれませんね。」
 「…そうなのかなぁ。」

ヨコハマっ子だからとか武道を嗜んでいるのにとかいう背景は
だから泳げるとは安直につながらぬことくらいは判っている上、
かつての記憶も戻った敦嬢としては、

 「前の時に、ボク、あいつのこと海へ叩き込んだことあるんだよね。」
 「あらあら。」

もともと水辺ではしゃぐような余裕なんてなかった境遇だったらしいその上、
ずんと痩躯で咳もしていた 体力もなかった身の彼だったろうし、
その異能というのが外套を媒体にする代物だったため、
水に浸かるなんて選択するまでもないことだったようだしと。
その名残で今現在も苦手なのかな、だったら悪いことしたかなぁなんて、
ちょっと寂しそうな顔になるところがヲトメたるところ。
そんな一方で、

 「風呂嫌いだったのは知ってるが、泳げないとは気づかなかったなぁ。」
 「…太宰さん?」

そちらさんは、水着ですらないのだろう七分パンツに、
シックな柄ながらもアロハシャツといういでたちで、
さほどに筋肉質でもない脛をあらわにした 此処まで砕けた恰好でも
長い脚をひょいと組んでゆったり座せばあっという間に女性向けのグラビアと化す恐ろしさ。
もしかして青いどうらん塗ってゾンビの仮装をしたとても、
にじり寄られたご婦人は瞳孔をハート形にして身を投げ出すよな展開になるやもしれぬ。
どんな格好をしても絵になる二枚目ってと、周囲は乾いた笑みを投げてきた、
白虎の姫の“参謀その二”様であったが、

 「…水辺には行かれないのですか?」

それは華やいではしゃいでいる女性陣もいて、泳がないまでも楽し気なのにと、
そういう場に交じって気の利いたことを語っては盛り上げるのもお得意な彼には珍しい行動へ、
素直に疑問を覚えたらしく、小首をかしげる元部下へ、

 「う…ん。」

微妙に言葉を濁しかけたものの、鳶色の双眸がちらと泳いだのも一瞬のこと、

 「近くへ寄ってしまっては、
  あの均整の取れたプロポーションを愛でられないからねぇ。」

大きめで頼もしいと評判のお手を衝立にし、こそりと囁いたのは恐らく本音に違いない。
そうと判ったのは、

 「キミと同じだよ。
  傍へ寄ったりした日にゃあ、きっと落ち着けなくなること請け合いだしね。」
 「う…っ。」

敦嬢に至っては
リンク上にては結構 脚やら出しまくり、体の線も見せまくりな出で立ちもするし、
大会ごとにあるエキシビジョンでは、そんな格好の彼女を
手取り足取り、場合によっては腰まで抱えてエスコートして来た黒の貴公子様なはずだというに、

 「何であんな際どい水着をお許しになってるんですよ。」

判っているなら注意してと、何か妙な抗議を言い返して来た元教え子くんへ、

 「何を言うか、
  あの年頃で遊びの場でまでスクール水着とか着ていたら
  それこそ危ないってもんだぞ?」

ロリコン趣味やら制服フェチの亜流とかいうややこしい層に盗撮されまくって、
ネットで拡散でもされたらどうするね…とは、
そっち方面へのアンテナが鈍い乱歩に代わって、
中島家の大御所様へと釘を刺した折の言いよう再びではあったれど。

 『まさかにあの頃みたいな自殺嗜好からじゃああんめぇが、
  伊達で巻いてる包帯じゃあなさそうだよな。』

いつぞや時代と同様に
どれほどの酷暑でも首やら腕やら足にまで痛々しい包帯を巻きまくっている策士殿なのへ。
現今では…元は素人だったくせして危ない世界へ首突っ込んだその挙句、
要領は確かに良かったけれどそれでも余計な怪我もたんと負った名残りだと
本人は言わなんだが、周囲や中島家の関係者などなどからさりげなく聞き出していて。
呆れつつも仕方ないかとあっさり飲んで、
それ以上は無様な格好だと叱ることもないままなその上、
自身もあまり水遊びには行かなくなったしねだりもしない中也だそうで。
そんな心遣いをされている以上、
こういう嬉しい機会でもなけりゃあ、彼女の艶姿も拝めなかったと思えば、

 「てぇ〜い、やらしいんだよ視線がっ。」
 「あた…っ☆」

軽いはずのビーチボールにはあるまじき加速付きで
ぶんと飛んできた似非スイカに頭を直撃された水辺のイケメン様。
椅子ごと引っ繰り返らんという勢いだったの、何とか踏みとどまったものの、

 「わあ、いつの間にパレオ脱いでんのさ、キミ。///////////」

のしのしとやって来た女傑様、
腰からマキシスカートのように巻いてたハイビスカスのパレオが無いものだから、
柔らかそうで形のいい胸乳や細いウエストとのバランスもよく、
しかも蠱惑的な肉づきも嫋やかな腰が、見慣れてない身には衝撃だったようで。
真剣本気で眩しくて居たたまれなかっただけだのに、
日頃のレディファーストぶりがあっては信じてもらえようもなく。
魔物でも寄ってきているかのよに手のひら開いて目許を隠し、
いかにも逃げ腰、身を反らしている態度がムッとしたらしい赤毛のお姉様から、
二発目のビーチボールアタックを受けたのは言うまでもなかったのでありました。




     〜 Fine 〜    19.07.29.







 *急に暑くなりましたね、暑中お見舞い申し上げます。
  五月から掛かっているお話がなかなか終わらないうちの夏の到来とあって、
  ついついこういうお話も書いてみたくなりました。
  芥川くんの方も、目映い水着姿の敦ちゃんの傍になんて寄れないと、
  含羞みが出てのこの態度で、さすがに泳げないからではないらしいです。



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