銀盤にて逢いましょう


□無自覚な天然に勝るもの無し
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通り抜けてく風を孕んでちょっと膨らんだシルクのシャツが、
そのままするりと肌の上 落ち着けば、
やさしく女性らしいラインに添うのが何とも魅惑的でついつい目が剥がせなくなる。
これ見よがしに露出しているのより、よほどのこと強烈に、
後ろ髪引かれまくりで こうまで惹かれるのは、それが愛しいキミだからだろうか。
擦れ違って離れつつありながらも まだ見やってた
そんな視線に気づいてこっちを見やり、口許の形だけで判るよに、

 ばか、と

可愛らしい憎まれを告げるところがまた、なんて可愛いんだと思えるのだから、
やっぱりこれは

 “病膏肓だねぇ。”

初夏の木陰、木洩れ陽がちらきら目映い下で
我ながら らしくもないとの苦笑が止まぬ。
隣りにいたかつての教え子くんが 不思議そうに小首を傾げていたっけね。



     ◇◇


大概の人が第一印象として華奢だなと思うだろう痩躯である。
盛り上がる筋肉が必要なジャンルでなし、
バネや持久力も必要なフィギュアスケート界の
現在のトップクラスと呼ばれる顔ぶれに余裕で在籍しているだけはあって、
体幹もしっかりしているし、体力も同世代の一般青年らに比すればずんとある方。

 「まあ、最初は格闘技の方で、教えてくれって食いついて来てたからなぁ。」
 「あ、それ聞いてます。」

ごくごく一般の中学生だった彼が、
寡黙な割に落ち着き払っていた態度が生意気だと
上背のあるクラスメートらに因縁つけられて取り囲まれていたのを見かけ。
すわ小学生を虐める卑怯者めら覚悟せよっと
女子高生だった中也嬢が 天誅じゃあとばかり勇ましくも飛び込んでったのが
芥川との出会いだったとか。
当時はかつての記憶なぞ欠片ほども持ってはおらず、
自分のことも まるで覚えていなかった中也だったので、
接点がなさ過ぎて、だが、ではとそのまま別れるのは何だか居たたまれなかったので、
本当に咄嗟のこと、自分のようなものにも護身術など覚えられるでしょうかと
だったら世話になりたいのですが…と随分と強引に懇願したそうで。

 「中学の制服だったってのもあるが、
  本当にひょろっとしてて 格闘技なんて畑違いもいいとこだと
  アタシがまず思ったんだけどもね。」

そん時は、女に庇われたのがよほど堪えたのかなって。
今にして思やえらく的外れなこと思ったもんさと、
くつくつと笑った中也だったりし。
今日はちょっぴり蒸すのでと、
クラブハウスのロビーの一角から丹精された庭を望める大窓にも
陽除けにと更紗のカーテンが掛けられていて。
薄布がめくれ上がらぬようにとところどこに提げられた
チャームのようなタッセル飾りは翡翠や瑪瑙といった軟石を連ねたもの。
風を受けて更紗が煽られ揺れるたび、擦れ合ってのシャララかしゃりと涼しげな音を立てている。
その音を愛しみながらの語らいは、取っ掛かりこそどこか笑い話めいた回想だったが、

 「でもね、芥川って以前から結構 手が大きいというかしっかりしてたんですよね。」

L字に置かれたミニソファーにそれぞれ腰掛け、
ローテーブルにはスリムなグラスにそそがれたアイスティー。
申し合わせたわけでもなさそうながら、
今日の装い、柔らかそうな生地のフレアスカートを膝下まで優雅に流しているところがお揃いで。
片やは癖の強い赤い髪に利かん気そうな鋭角な風貌の姐で、
片やは絹糸みたいに癖のない白銀の髪の おっとり大人しそうなお嬢様。
似ても似つかぬ二人だというに、くすすと笑う笑顔や声のトーンは似通っており、
分け隔てなく育てられた仲睦まじき姉妹のよう。
他愛のない話で和んでいた二人だが、
唐突な話題を振られて、

 「? そうだったっけ?」

覚えてないものか、異能の印象ばかりが強かったのか
え〜? そうだっけか?と
それこそ敦より供にいた期間は長かった中也が、
切れ長な目許を細めて思い出そうとする。
それへ、

 「意外に思いました、ボクも。」

今の性に相応しく、やわらかな印象のお顔をふにゃんと笑みに綻ばせ、
白虎のお嬢さん、それは嬉しそうに続けたのが、

 「人のこと支えるのまで羅生門でぐるぐると縛り上げてって恰好でが多かったですし、
  あの無敵凶悪なの、気力で発動してるんだろうなって思ってたから。
  太宰さんも危惧してたけど
  その異能が使えなかったら たちまち殴り飛ばされちゃうんじゃないかって。」

そんなせいでお風呂が嫌いだったんでしょうし泳ぐのも苦手そうでしたしと続けてから、

 「でもね、疲れ切ってて引っ繰り返ったときとかに、
  迎えが来るまで寝ていろって目許にかぶせてくれた手が、
  すっごく頼もしかったんですよ。」

 「おや。」

ちょっぴり含羞みつつも、それでいて口にするのが誉れか自慢であるかのように
えへへぇと甘く笑ったお嬢さんの白い頬に桜色がさっと広がる。
自分から言っておきながら、ヤダヤダと照れてしまう敦なのへ、

 「ああ、でもそういうのって判るな。」

微笑ましいことよと苦笑したのも束の間で、姉様の方にも思い当たることがあるものか、
う〜んとちょっぴり口許をたわませたものだから、

 「中也さんもありますか?」

忌々しいと思ったらしい表情の変化さえ、何とも彼女らしいと感じたか、
や〜んと両手で頬を押さえていたはずがパッとお顔を上げた虎の姫。
あまりにメリハリついた反応だったが、
それが気にならぬほど何かしらの想いを胸の底にまさぐっておいでな姉様らしく、

 「うん…っていうか、
  以前も なんて頼りねぇ青二才かって決めつけてたんだけどよ。」

出会いも最悪だったしその後も折り合いは悪いばかりで、
背ばっか高くて、性根の悪さがそのまま滲み出す鼻持ちならない ヤな奴だって。
そんな風に思ってたせいか、
良いところなんて有りっこないと決めつけていたけれど、

 「ただ ぬぼーッとのっぽなだけじゃなくってさ。」

その風貌もどこか繊細で、よって優男という印象が強いものの、
調子のいい腹黒野郎だと思っておれば、
ただの最適解だけじゃあない彼奴なりの情というのも持ち合わせている。
何に接しても感情移入できぬ身の置き処に困っているだけ、
何だ ただのガキじゃねぇかとその本性みたいなところに気がついて。
いちいちちょっかい出してくるのも、
気に入らないなら放って置きゃあいいものをと思えば、そう見方を変えれば何だか笑えた。
あの知恵者が、どう運べば中也が一番地団太踏みそうかなんて あれこれ考えたのかと思や、
何故だか笑えてくるから不思議で。

 “まあ、ちいとも可愛げはなかったけどな。”

可愛げなんぞはない代わり、
荒っぽく引き寄せられたり 勘が悪いと言わんばかり懐へ庇われるたび、
こちらを余裕でくるみ込んでくれる懐が 思ってたより深いのを知って。
疲労困憊するとたまに負ぶってくれることで
意外と広いのに気づいた背中とか、
繊細そうな横顔の稜線、なのに精悍で男らしい肩の線とか、
仄かに届くラベンダーの匂いとか
行儀の良い所作が映える手が伸びての
頼もしい双腕でぎゅうと掻い込まれて触れたシャツ越しの堅い胸板なのへ
図らずもときめいてしまったり…。

 「何でだろうな。
  ヘラヘラしてっか、腹立つ物言いするかしか接点なかったはずなのに、
  思い出してからこっち、くっついてると落ち着くようになってよ。」

別に人性はそれほど変わっちゃあないみたいなのに
不思議だなぁという口調だが、腹に据えかねる事象ではないらしく。
う〜んなんて腕を組んで考え込んでしまう姉様へ、

 「別におかしなことじゃないですよ。」
 「そうか?」

もしかして 女になっちまったから、
何てのか要らねぇ迎合性が強くなっちまったのかなとか思ってたんだが、などと。
さすがは年長さんで、深いところまで考えもしたらしい見解へ、

 「そういう難しいことはボクもよく判りませんけど。」

あっさりと一蹴しちゃった白虎のお嬢さん。

 「だって好きだって気持ちは曲げても折っても振り払えないのでしょう?」
 「んん?」

だから。こっち向いてないとむっかり来たり、
でもでも じいって見られてると落ち着けなくてそわそわしたり。
こっちばっかり落ち着けないのが癪だけど、
じゃあそっぽ向けるかっていうと、それも何だか難しくって。

「ナオミちゃんが言ってました、
 だって好きなんだものって思えば
 その手の不可解な気持ちは大概ストンって落ち着くでしょう?って。」

「…☆」

何だかちょっと乱暴な論な気もするが、
まだちょっと幼い敦にはそれで納得がいったのか、
ふふーと満足そうに笑っておいでで。

 「中也さんたら照れてか負けん気のせいか ちっとも惚気とか言わないけど、
  早く降参してしまわないと…」

ますます気おくれしてしまうのではとかどうとか続けかかった敦だったが、
そっと立ち上がるとすぐ傍へと座し直し、
身を寄せてきた姉様が、何やら耳元でぼそぼそと囁けば、

 「……え〜〜? わあ、それは盲点。////////」

何を説かれたものなやら、
たちまち真っ赤になって、大好きな姉様へ称賛めいたお顔を向ける。
さすがは年長さんだ、凄い凄いと感心しきりな愛らしさなのはいいとして。





  「……あのお嬢さんたち何とかならない?/////////」

おうふと口許を称賛された頼もしい手で押さえている
グレーシャツにチノパンなんてな砕けた軽装のご同輩へ、
こちらも頼もしいんだよなと讃された腕の先の行儀のいい手で
同じようにお顔の半分ほどを覆いつつ、赤面を隠したくってしょうがないらしい包帯の兄様だったが。

  「やつがれらとしては耐えるしかないです。」

何と言っても双方ともに相手を置き去りにした不義理がある身。
それに もしやせずとも向こうさんだって不慣れらしい様子で、
だからこそ こそばゆくなるほど一途で拙いままに、
自分の気持ちというものを爪繰っておいでなのだから。
先に目が覚めた身だったり、ちょっとばかり駆け引きや何やに長けていたところで
それを持ってって翻弄して良い相手じゃあないのは重々承知。

 「今頃にこぉんな純朴な恋愛させられようとはねぇ。」

前の生でも今の生でも、年齢相応のあれやこれや嗜んでた身だってのに
何で今更とぶうたれつつも、
こちらに気付いた中也嬢から “ばぁか”なんて口パクされちゃあ
やはり真っ赤になって何とか誤魔化さんとしている純情っぷりよ。

 「そんなに槍とか降らせたいかね、彼奴ってば。」
 「こないだなんて、竿竹販売のトラックが敷地へ突っ込みましたものねぇ。」

どこまで本気か、そんな突発事を招いた実績持ちの誰か様。
心ある周囲からほのぼの見守られておいでならしかった。



     〜 Fine 〜    19.06.05.







 *何か急にラブい話を書きたくなりました。
  つか、何でウチの敦嬢は天然ひなた娘になりがちなんだろか。
  どっちも両想いが通じた身だからか?(笑)
  そして太宰さんが さりげに負け負けです、楽しいvv



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