銀盤にて逢いましょう


□閑話 〜リンクにて
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 “銀盤にて逢いましょう”
   コーカサス・レースが始まった? その後 その4

  “閑話 〜リンクにて”

ゆったりとした曲想に乗り、半身に構えていたその痩躯が緩やかに氷上を滑り出す。
あくまでも静かなビオラの奏では、だが 弦楽ゆえにやや官能的で。
その音色をまとうように舞う青年はといえば、
薄く目を閉じていて表情はないが、
そのなめらかな動きの中で弓なりに身を反らせたのに合わせ、
上体が仰のけになったため細い顎が浮いて。
髪がなびいてあらわになった白皙のお顔は、
微妙に恍惚な表情にも見えなくはなく。
リンクの縁、待機していた他の演者たちからまで “ほぉ”とため息が漏れた。
こたびはバラードを選んだ、黒の貴公子様のエチュードへ、

 「…エロくない? 何か…。」

白虎の姫こと、中島さんだけは
ううう"〜〜〜っと不貞腐れたような不満顔。
小さなリスのように両手を手すりへ乗っけ、そこへ口許を隠すように伏せている様子が、
ずんと小さい子供が拗ねているように見えもして。
そのくせ ジトリと眇められた目線は、ちょっぴり恨みがましげなそれだったのだが、
さっさとリンクから上がった当事者はといえば、別段言い訳を寄越すでなし。
自分の世話を焼いてくれるスタッフが待つ一角へ足を運ぶ。
敦のつぶやきなぞ聞こえていませんという素振りだったが、
ベンチに腰掛け、シューズを手慣れた所作で脱いでから、
ふと顔を上げると、聞いてる?と言わんばかりの剣幕で付いて来ていた敦を見上げ、

 「はしたない言葉を使うのではない。」

自分への評だからというよりも、
彼女がそんな蓮っ葉な言いようをしたのが引っ掛かったらしい芥川。
いかにもな叱責を返しつつ冴えた双眸をきりりと吊り上げたものだから、

 「ありゃまあ。」

なんてまあ噛み合ってないことかという失笑が周囲の仲間内からこそりと零れる。
いわゆるお年頃なため、繊細だったり大胆だったり、
はたまた幼かったりする敦ちゃんの機微に対し、
やや朴念仁な黒獣の君はたまにこんな応対をしているらしく。

  とはいえ、

一通り浚っただけという以上に丁寧に試走してきたため、
小汗をかいてた額を拭う彼なのへ、間近に貼りつき むうと見やっていた敦嬢の
まだ少々不服ですというお顔へちらと目をやり、
タオルに口許埋めたままでくすすと笑うと、

 「まさかとは思うが嫉妬か?」
 「う…。////////」

今宵開かれるエキシビジョンのための半公開練習の場。
マスコミはキー局のカメラクルーだけが入っており、
それでなくとも芥川と敦嬢の周囲は
有能なスタッフたちがさり気に壁を作っていて
部外者らの耳目を寄せぬよう取り計らっているので、
小声でのやり取りは洩れることはなく。
ちょいと微妙な睦言もどきを紡ぎ合っていても、
彼らの特異な事情を知らぬ外野から不用意に取り沙汰されたりすることはない。
とはいえ、

 「…しょってるんだから。////////」

頬が染まったの自覚し、せめてとプイっとそっぽを向いた虎のお嬢さんなのへ、

 「貴様は今少し自惚れるのだな。」
 「? どういうこと?」
 「やつがれはよそ見などせぬということだ。」
 「う…。///////」

やきもきするなんて無駄だと言いたいらしく、
ますます赤くなった敦へ 満足げにくすすと笑ったところは余裕か。
そんな初々しい二人をやや遠めに眺めつつ、

 “ああいうところは太宰に似たな、”

やり取りは何とはなく察しがついたか、腹立つと。
チッと舌打ちした赤毛のお姉さんだったのへ、

「舌打ちなんてしないの、せっかくの臈たけた風情が台無しだよ。」
「…っ。」

いつの間にと思うほどに気配なく、すぐの間近へ立っていたのっぽのお兄さん、
いかにもな苦言を呈してから、だがだが、それは自然な所作にて長い腕を伸ばすと
ファーの縁取りも暖かそうなフード付きのジャケット姿の女傑の肩を引き寄せている手際の良さよ。
そして、そんな扱いを取ったことを誤魔化すためか、

「敦くんがそわそわしちゃうのも無理はないよ。
 あんな色香含んだ振り付けなんて私も意外だったしね。」

そんな風に話を振ったが、
太宰からそうと来られるとは思わなんだか、
中也はキョトンとするばかりだ。

「そうか? イマドキあのくらいは普通だろうが。」

あくまでも“ジャンプや切ればかりじゃあない、柔軟性もありますよ”という誇示であり、
それほどしどけなくとまで意識しちゃあいないぞと、
言い返しつつ、中也の側からも身を摺り寄せるようにくっついてゆく。
リンク間際は実は結構寒いので、
頼もしい懐ろ間近へ引き寄せられるのはちょっと助かる。
シャツやセーター越しとはいえ、その存在感がはらむ温みを感じるし、
薄い肩に添わされた腕の感触も暖かで。
仔猫というにはやや艶っぽい、
寄り添われると とくんと来てしまうよなお姉さんがいやに素直にくっついてくるのへ

 「〜〜〜〜。///////」

おやまあ、珍しいものが見られるよ乱歩さん。
本当だね、あのしたり顔があんな複雑な含羞み顔するなんて、
こりゃあ明日はやりが降るかもしれない、なんて。
言いたい放題されていたチーフ様だったりしたのでありました。






     〜 Fine 〜    19.04.14.







 *世界大会のエキシビジョンがあったので
  こちらの面子にもちょっとはスケートさせてみました。
  何かいきなり夫婦してる人たちですものね。(笑)




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