銀盤にて逢いましょう


□とかく伝説というものは
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妊婦となった奥方への過干渉というか、
旦那からの理詰めのマタニティフォローにそれは判りやすくご立腹した奥方により、
他の人へは そりゃあ気の利く寛容な人柄であるはずな中也から、
どこの反社会組織の姐さんでしょうかというよな過激な装いをされるという格好で
機嫌の悪さを提示され続け。
下手に気付きがいいというか察しがいいからこそ、
あんだ文句あんのかという彼女からの抵抗をはっきり理解したものの、
日頃の 人を食ったよな態度という行いの悪さが祟ってか、
謝り方が判らないらしい、そこもまた困った夫の太宰があちこちへヘルプを出した。
結果、一番波風が立たないだろう敦が 北国という遠方から子連れでやってきて
“お買い物に付き合って”とお誘いしたことで、
とりあえず…大阪はミナミの姐さんスタイル、
真っ黒なグラサンに濃い目の化粧、
マフィアコートにヒョウ柄ワンピという迫力過剰ないで立ちは中断され。
お買い物というのは口実で、ほぼ貸し切りのスイーツビュッフェに、
一緒に上京してきた与謝野女医や鏡花、
ヨコハマ陣営側からは樋口や銀も連れだっての
なかなかにきれいどころ揃いな女性らがそれは朗らかに出掛けたのを見送って。

 「太宰さんって奥さんには弱いんですねぇ。」

矢張り一緒に上京して来ていたナオミ嬢が、
他所の男衆には関心ないけど観察眼は鋭いところを発揮し、
怖いものなしな発言をズバッと吐けば、

 いやまあ奥さんへは甘くもなるものだろう
 そうそう、惚れた弱みってのも出ようしねぇと、

男性陣から取り繕うような言いようが出て。

 「中也さんのあの抵抗の仕方だって、
  コトを荒立てないってやり方で、なかなかツボを衝いてましたよね。」

実家へ帰るっなんて強硬なことを言い出されたら、
それこそ それを妨害せんと悪だくみ繰り出す智謀家の旦那と千日戦争になだれ込んでたかも知れぬなんて、
敦ちゃんサイドの皆様から、何ともありがたいフォローをされ、

 「…太宰さん、どういう信用のされ方をしておいでか。」
 「いやまあ、うん…。」

今の生でのプロフィールはまだあまり知らないままな芥川が
何とまあと双眸を見張ったのが、彼らのややこしい間柄の一端を物語っている。
人柄というか人性というかは かつての存在とさして変わっちゃあいないようで、
そうと把握して接していても大した支障は出なかったが、
実際に当人と出会ってからを数えればまだ数年ほどしか蓄積はない。
だというに、あんまりどんな経歴の人かを聞いたりしてはいなかった…というから、
傍からすれば奇妙珍妙な付き合い方かも。
それはともかく。(おいおい)
考えてみりゃあ あの折のような
命のやり取りが日常茶飯という殺伐とした環境にて生まれ育った人じゃあない。
だっていうのに、頭の回転や物事への勘のようなものが
当時と引けを取らないほど冴えており、
それを生かして 本人曰く“生きてる実感”を得られよう刺激のある世渡りをこなすうち、
素人には一生縁がなかろう裏社会の確執や何やにも詳しいというややこしい人になり果てている辺り、

 『そういう生き方もまた、奴の素養と言うほかないらしい。』

とは、そのややこしい筋で知り合ったという
今世では非業の死を遂げることなく健在な 織田氏からの即妙な太宰評であるらしい。
同じ案件が縁で知り合い直したという坂口氏も
横で うんうんと感慨深そうに頷いていたので推して知るべしで、

 「でもまあ、それを言うなら中也くんもまた、
  結果、お騒がせな人生を歩んで来とる訳だが。」

そうと言って苦笑したのは、
最初の一人としてこちら陣営の元チーマー崩れたちを叩き伏せては更生させてきた広津氏で。
ぱっと見はフランス文学なぞへの造詣も深そうな文系ロマンスグレイだが、
実はフルコンタクト仕様の格闘全般、マーシャルアーツの達人で、
元は砂漠地帯で傭兵だっただの、
いやいやインテリヤクザだったが組の腐敗に嫌気が差して
百人組手で組の若いの全員薙ぎ倒した末に堂々の足抜けしたお人だとか、
内緒にし続けるあまりそっちの詮索が尽きない御仁。
そんな彼の手になる成敗に目が覚めた顔ぶれが、
徒党を組むのじゃあない、素人さんへの迷惑かけんじゃねぇという自警団もどきを確立。
ヨコハマの裏社会に君臨する、反社会組織…じゃあないのだが、
むしろ一般人の皆様に迷惑かけるゴロツキやらチーマーに天誅食らわす側なのだが、
あまりに強く、警察方面でさえ 知っていて避けるほどという悪魔のような無頼の衆なため、
誰が呼ぶともなく付いた呼称が 泣く子も黙る“ポートマフィア”。
そこの特攻隊長を女だてらに務めていたのが中也であり、
その中也に色々と世話になって加入したそのまま、
のちにはフォロー担当となったのが芥川だったそうで。

 「確か幼稚舎から四大までの一貫教育を謳っている女学園に通っていたと聞いているけれど。」

太宰への当てつけ攻撃でなかなか過激ないでたちでいた中也だが、
本来あのような格好で威嚇するよな人性じゃあない。
見目の麗しさそのままに、フェミニンなファッションを好むお嬢さんで、
切り盛りしている喫茶店も、本来は自然派系の落ち着いた趣きの店としており、
そこへマッチする清楚でさばけたスタイルでいるお人なのにと、
馴染みの客らがそりゃあ驚いていたらしい。
学生時代も、学業的素行的にはそりゃあ真面目で優等生であり。
ただ、時々頭のわいたお馬鹿が
“学園の女王の座はわたくしのもの”と突っかかって来たり、
横浜という場所柄か、よこしまな企みもつ身勝手な輩が花園を荒らしに手を出してくるのへ
なにを考え違いしてんだと矢面に立って仕舞う姐御肌だったため、
誤解も山ほど買ってはいたらしく。
あの赤い髪は生来のそれで、
それでも上の学部へ上がる折いちいち生徒指導とひと悶着あったらしく。
そのたびに学園の理事で遠縁の女傑が、赤子の頃の写真とともに乗り込んできて、
生まれつきの髪だと事情を滔々と説明したその上で、

 『そういえばこの学校は先々で欧米の有名校との交換留学も計画しているらしいが、
  では招聘した金髪のお嬢さんたちへ
  その髪は校則違反だ黒く染めろと強制するつもりなのか?』

そうと追求してから、
きちんと調査もしないまま通り一遍のお馬鹿な言いようを金科玉条のように振り回すんじゃないと、
キツイ叱責を叩きつけ、学園改革にも一役買ったとか。
いや、それはそのおばさまの手柄なのだが、
中也自身もその存在感は突出しており、
風格の添うた頼もしさは学生時代から発揮されていたらしく、

「そりゃあ迫力あったっすよ。
 特に痴れ者メイクしてたってわけでもない、
 ギラギラファッションだったわけでもないのに、
 ボール紙で折ったハリセン片手に疾風のように駆けて来て、
 観光客に無理からナンパしてたヤンキー張り倒したり。」

そんな得物に油断した相手を、隙のない蹴りや殴打で薙ぎ倒す 疾風の板額御前。
むごたらしくぼっこぼこにしたわけじゃあなく、
それは鮮やかに薙ぎ倒した手合いを、恥ずかしくも地べたへ突っ伏させてから、
頭数が多かった場合は残りの面子へ歩み寄り、
何やらぼそりと背中が凍り付くよな脅し文句を告げて、追い払う格好のスマートな対処が主だったそうで。
そうは言っても最初の一人を楽勝で蹴倒すだけの実力はあったし、
一団へ加わったばかりな頃は まだ女子高生だったのでセーラー服だったが、
染めたわけじゃあない生来の赤いくせ毛が
大人っぽくもグルグルと波打ったまま首周りにファーのようにたわわにまといつき、
それはご立派なトランジスタグラマーだったので、
きゅうと締まったウエストの上、
こぼれんばかりな胸元がなかなかの対比で迫力あったらしいし。
しかも気概の鋭い、雌豹か狼みたいな威容のあった女傑だったので、
きりきりと切れ長の三白眼を眇め、表情豊かな口許へ酷薄そうな笑み浮かべ、
殺意満々に にたりと笑えば、大概のチンピラは腰を抜かしたという。
他人の殺意なんてそうそう読めるもんじゃない、読めたらそれはそれで達人じゃね?とか思うかもだが、
そうと感じたらしい太宰だと読んだか、広津氏がくつくつ苦笑をし、
それは響きのいいお声で紡いだのが、

「小動物は危機察知能力が過敏だからねぇ。」
「ああ成程…。」

視野には入ったが注目まではしちゃあいない段階で
そういうのがぴこんと働いて “危険だ除けろよ”と警戒警報を鳴らすような、
本能へ訴えかけるよな級の不穏な気配を鋭く発揮できてたお嬢だったということか。
お出掛けしたママから愛し児二人を任された芥川、
相変わらずに童顔痩躯ながらも
父親らしく余裕で抱えた坊ちゃん二人を時々ゆすってあやしつつ、

 「僕が知り合った折も、特に恐持てな風体でいらしたわけではありませんでした。」

むしろ、だったので ああもしやして中也さんではとすぐさま判ったほどだったそうで。
懐かしそうに微笑った 元部下で今は後輩の夫くんへ、
ふうんと感慨深そうに吐息をついたものの、
窓から望める街路にちらつく何処から飛んで来たか桜花の花弁へ気がついて、
自身こそ花王のごとく瑞々しく微笑んだ、蓬髪美形のご亭主だった。






     〜 Fine 〜    19.04.05.







 *ちょっと突貫、
  花見日和になって来たなぁ…というのとは関係なく、
  先日の夫婦喧嘩がどう収まったかをちょこっとご報告。
  今生であらためての自己紹介し合ってない顔ぶれも多いかも知れないなと思いましてね。
  平和な世でも怪しいところへ首突っ込んでる太宰さんと、
  女だてらに喧嘩三昧だったらしい中也さん…。
  いい勝負だ、あんたたち。



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