銀盤にて逢いましょう


□名もなき反抗?
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本州のうちでは雪深い地域といえるのかもしれないが、
極寒となる冬場は集落の皆で身を寄せ合い、
春までの間 助け合って生活し、
そんな不自由を強いられるのがいやで人口が流出し、
結果として過疎化したような山村ほどじゃあなし。
いわゆる平野部に住まう人々は、
電気などのインフラも充実した近代化の中、
親族縁戚の絆をこそ何より最優先するような
その反動で排他的となるほどの そこまで閉鎖的な思考は持たぬ。
とはいえ互助精神は厚いだろうとある地域に、
秀でて辛抱強く義侠心の厚い一族、これ在りて。
苦しい時はお互い様と惜しみなく手を伸べ、
気候風土的な困難のみならず、
帝都近辺から傍若無人な山師が訪のえば それを撃退するにも力を貸し、
そういった仕儀が重なった末に列伝上の勇者に数えられるまでとなり、
結果、裏社会で知らない者はないという一大勢力になってしまった一族が、

 「こぉんな可愛らしい子らを見守っているのだから、時代も変わったのかねぇ。」

庭の萌え初めの芝草の上、覚束ない足取りでてとてと歩む小さな坊や二人を、
世話役の女性以外にも数人ほどが立ったり座ったりして遠巻きに見守っており。
よいちょと大儀そうに身をかがめ、足元の枯葉を小さな手で摘まんで掲げて見せれば、
大人ならひょいで済むそんな所作に掛かった数秒を息を詰めて見守り、
どうだと微笑むお顔へ拍手喝采が生じるほどの甘やかしよう。
その傍らで、もう一人の童がたたらを踏んでこてんと転げたが、
表情が固まったことへまたしても周囲の空気が微妙に固まる。
わっと案じて駆け寄ったなら、それへこそ刺激されて泣きだしはしないか。
そんな微妙な空気の均衡をつついたのが、

 「やあ、敦也くんに龍也くん。どうしたんだい?」

小さな和子らからすりゃあ
見上げるだけでころんと後方へ転がりそうな長身のお兄さん。
勿論のこと、すぐさま長い脚を折りたたみ しゃがみ込んでくれて、
だが助け起こしはしない。
いつものポーズで、外套の衣嚢へ手を突っ込んだままという態度で見守れば。

 「あう、だーだ。」
 「だーだ?」

喃語を紡ぐ幼子二人、お気に入りのお兄さんへと手を伸べる。
片やは芝草に落としたお尻が重たそうながら、それでもパタパタ手足を揺すり、
とうとうコロンと背中までもが後方へ転げたが、
それで横を向けたところから、よじよじ頑張って立ち上がる辺りは根性もあって。
黒い髪の龍也坊と共に、敦也坊が起き上がるのを待ってた太宰が、

 「よーしよく頑張ったね。」

そちらは白い髪の小さな坊やを双碗の中へと迎え入れ、
双方ともに頬擦りをしつつ、軽々と抱えもってひょいと立ち上がる様子が頼もしい。
枯草まみれな小さな背中を、傍らで見守っていた乳母係の女性がそおと手早く払ってやって、
それの邪魔にはならぬよう、ゆっくりと向かった先の縁側には、

 「こんにちは、太宰さん。」

当家の令嬢が淡いピンクのセーターと濃灰色のフレアスカートといういでたちで
にっこり笑って立っており、

 「まー。」
 「まぁま。」

途端に小さな王子たちが紅葉のような手を伸べ、
抱えられたかいなから落ちそうなほどに身を乗り出して
“早く早く”と急かすのが何とも判りやすい。
若木のようなという表現がようよう判る、
それはほっそりしなやか嫋やかな肢体のご令嬢だが、

 「遊んでもらってたの?よかったねぇ。」

伸ばされた細い腕へ あんよを始めた年頃の幼児二人を受け取ると、
特に苦行でもなさそうによ〜しよしと揺すってあやし始める強わものだったりし。
むしろ周囲がオロオロとしており、
ついのこととて手を伸ばし、落としたら受け止めますという態勢になるのが、毎回太宰を笑わせる。
そんな皆様を落ち着かせるべく、

 「ほら、部屋の中へ入ろうか。」

そうと促し自分も沓脱石に靴を揃えて上がらせてもらえば、
子供らの育児部屋か、明るく広い畳敷きの部屋には継ぎ合わせ式のクッションマットが敷かれてあり、
縫い包みや絵本が数個ほど散らばっているのは、
片づける暇がないほど所望されるお気に入りだからだろう。
ふっくらした座布団を勧められ、外から回って来た身の太宰にはヌクヌクしたおしぼりが差し出され、
お子様がたも甲斐甲斐しくお手々やお顔を拭われ、
傍らの丸い卓袱台にお茶が供されてのさて。

 「戻って来られてたんですね。」

ふわりと広がったスカートの上、ママのお膝にちょこりと落ち着いた双子をあやしつつ、
大人二人が親しげに語り合い始める。
戸籍の上では 横浜で後進の教育を担う仕事に就いた芥川のところへ嫁に出た恰好の敦嬢だが、
こちらが活動拠点だったこともあり、実家一族皆様の総意を受け入れ、
育児にフォローが万全なようにという建前の元、奥さんだけがこちらへ腰を据えたままの状態。
平日も週末もない職なので休暇がアトランダムなご亭、
それへもきっちり対応できるこの態勢はむしろ助かると、
新幹線開通ありがとうとばかり、
結構な距離をものともせず、飛行機や新幹線を駆使してまめに帰って来る若主人は、
寡黙なところは物静かと解釈され、こちらでも受けがいいらしい。
それとは逆に、こちらが本拠なはずの太宰はといえば、
奥方がどうしてもヨコハマから離れたくないらしいとあって。
太宰本人の決済が要りような、もしくは
裏ごとで当人の顔を利かせにゃならない余程の難事に当たっている時以外は、
芥川とは逆な行動、横浜にいるよう心掛けており。
特に今は、

 「本当は今日中に戻る予定じゃああるんだが。」

今回もまた、太宰本人が顔を通さにゃならない難事で呼ばれたらしく、

 「ボクはあんまり大じぃじのお仕事には詳しくないんですけど。」

そうやって頼もしいいところを見せるから、いつまで経ってもあてにされるのでは?と。
苦笑交じりに敦ママが言って、
お膝から見上げて来る自分とそっくりな敦也くんに“ねぇ”なんて相槌を求める。

 「まあ、そこはしょうがないと諦めているさ。」

今日はそんな話じゃあない来訪らしく。
んんと咳払いをしてあらたまると、

 「敦ちゃんからも中也に言ってもらえないか?」
 「大人しくしてろってですか?」

紅葉に陳情しただけでは足りす、あちこちへフォローを呼び掛けている彼らしかったが、
いかんせん、周囲を固める女性陣は、
頼もしすぎるか まだ未成年かという両極端な顔ぶればかりなため、
なかなか判ってもらえないようで。

 「ボクの時も芥川がそれはハラハラしていたらしくて、
  ノイローゼ一歩手前だったって銀ちゃんに言われましたが。」

何せ初産で双子、しかもこの痩躯に身ごもったとあって、
頼むからじっとしていてほしい、何なら寝たままでいてほしいと真剣に懇願されたほど。
だがだが、何を言うか だからこそ体力や筋力をほどほどに付けないと
生むとき地獄だぞ、産後の肥立ちにもかかわるぞと窘められ、
こうまでの頭数でのフォローもあるのだと何とか落ち着き。
無事に生まれて以降は、
敦でも大丈夫だったのだから、もっと頼もしい中也に何の憂慮がいるものかと、

 「そうなんだよね、あの子ってばあっさり裏切っちゃってまあ。」
 「太宰さん、何か目が昏いから怖いです。」

見ちゃダメっと双子の目許を両手で封じ、
ひしっと抱きしめつつ抗議する白虎の奥方に、吐息付きの苦笑をこぼした太宰、

 「まあ、誰が言ったって、
  こうと決めたことはそうそう引かない子なのも昔っからだし。」

むしろ、私以外の説得に折れたらたらで、それも何か収まりつかないかもだけどなんて、
よく判らない愚痴をこぼす彼なのへ、

 “これも甘えているってことなんだろうか。”

こうまで判りやすい駄々というか抗弁をつづける太宰というのも珍しい。
有無をも言わさず、何かしら搦め手打つとかしないなんて。

 “ボクがカポエラやりたいって駄々こねた時だって、
 節々がごつくなるよ、大じぃじ様みたいな頼もしい手になっていいの?なんて
 今思うとそれはこじつけだった説得して誤魔化したもんねぇ。”

カポエラは…そうだよね、拳と拳をぶつけ合う競技じゃないものねぇ。
ダンスみたいな格闘技で、足技主体なのにねぇ。
そんな風に即妙にあの手この手が繰り出せるよな策士の太宰が手をこまねいているのは、
ひとえに中也が屁理屈を寄せない女丈夫だからで、
それと、

 “嫌われては元も子もないから、かな?”

かつてはそれは忌み嫌い合ってたと芥川からも聞いているが、
それでも認め合ってはいたらしいし、
今生ではそりゃあもうぞっこんに惚れているのが、身内にはこそりと知れており。
その点は中也も同様らしいのだが、
それでも我は曲げぬと頑張っておいで。
先日も敦の方が横浜へ出向いた機会があって顔を見に行ったのだが、

 『…何です?その格好。』

天然素材を配した自然派っぽいレイアウトのカフェの中、
カウンターに凭れて立ってたマスターならぬママさんのいでたちが何か浮いていた。
袖を通さない黒外套に、腰まで垂らした長いストール。
タイトなスカート…は妊婦の身には無理なので、
スタンドカラーのワンピースをゆったりと着付けていたものの、
胸元にはそりゃあリアルな豹の顔がプリントされており。
黒いストッキングに真っ赤なエナメルのパンプスはいて、
首回りにはごついゴールドの鎖も重たげなネックレス。
知ってるクチにはお懐かしい、
漆黒のポーラーハットを柔らかいくせっ毛の上へ斜にかぶり、
ちょっと尖った口許に真っ赤なルージュも毒々しいわ、
真っ黒なサングラスもおどろおどろしいわという、
どっかの極道の姐さん風ないでたちでいた中也であり。

 『青鯖のあんぽんたんが大人しくしていてくれとうるさいから、
  反抗期引っ張り出してグレてやってんだよ。』

何でも “大人しくしていて”と言いつつ進呈してきたのが、
敦に似合いそうなエプロンドレスにパフスリープの白いブラウス。
アタシはメイドになるつもりはねぇぞとロマンチックなそれらを放り投げ、
一体いつどこで着ていたやら、
文学青年風なご亭主に相応しくなかろう風体で身を固め、
嫌がらせの真っ最中だったとか。
それを聞いた太宰が、はぁあと肩を落として深々と溜息をついたのは言うまでもなく。
ちなみに、今も似たような格好で徹底抗戦の構えだそうで。
せめて暖かい恰好してくださいと、太宰の側がゆるゆる譲歩しているところらしい。

 「ところで、敦ちゃん、いまだに芥川って呼んでるの?」
 「だって向こうが “人虎”って呼ぶのやめないんですもん。」

 そかー、でもそれって恥ずかし隠しだと思うんだけど。
 でしょうねぇ。
 このまま行くと子供らと一緒くたに “ママ”って呼ぶようになるのが先かもですよね。

それも何だかなぁと、口許尖らせる うら若きママさんだが、

 『敦と呼ぶとそれは真っ赤になって此方をポカポカ叩くのですよ。』

イヤだってんじゃあない、照れ隠しと判ってはいるけれど、
毎回それでは落ち着けないだろと、ついつい人虎呼びに戻しただけ。それに、

 『…こちらも芥川と呼ばれる方が、まだ。』

恥ずかしくないなぞと、あの不敵さはどこ行ったのキミと訊きたくなるよな
似たもの夫婦な言いようを聞かされて、
太宰が中也と共に砂を吐きそうになったのはそう昔の話じゃあない。
何だかだ言って、それは幸せに日々を紡いでおいでの皆様らしいと、
生け垣の沈丁花が 間近い春と共にほのぼの笑った昼下がりだった。




    〜 Fine 〜    19.03.19.







 *芥川くんといえばと持ってくにはやや苦しいネタですが、
  某ぱなそにっく社の“プライべートビエラ”の宣伝動画にて、
  執事役のキャラクターの声を小野賢章さんがやっており、
  たまたま観ていて噴いたのなんの。
  何処の女子ゲーだ。




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