銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 16
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     16



実は この拉致未遂や乱闘が降りかかって来た物騒な仕儀、
先の “メモリー勝手にお預けしてくれやがった事件”関わりの 一斉摘発の続きで。
帝都、もとえ東京に本拠を置く組織の末端側、
勝手に北方の新進組織と手を結ぼうとしていた小物らの
逃げ延び組を残らず一掃するべく、
太宰がこうなるようにと仕組んだようなもの。
本拠がこっちではない彼が 足しげく運んで顔を見せる中、
必ず逢っていた美人さんがいるという様相を構成し、
故意に隙を見せることで残党どもを誘い出し、
返り討ちによって一網打尽にせんとしていたようであり。
中也嬢が見破って不快そうに言い捨てたように
いわば、中也をもダシにした作戦だったということになる。
敦の活動のマネージメントを担当している身でありながら、
自分たちの“曾て”の記憶が紐解かれてからこっち、妙に馴れ馴れしさが増しており。
その“曾て”において こちらを格下に見る奴だったという先入観からか、
いつもつんけんして接していた中也であったにもかかわらず、
懲りないままに“暇なら会わない?”と連絡を取ってくる彼であり。
鬱陶しいとは思ったが、こちらも芥川のサポートという形でフィギュアに関わっている以上、
そのつながりは無下にも出来ず…というスタンスで、
連絡が来れば待ち合わせの場所まで出向いていたのだが、
今のところは、
『こっちに来たのでついでに』だとか、
『元気してた? 君が寂しがってると思って』だとか、
ふざけた理由しか言って来なくて。
この忙しいのにと沸騰しかかり、じゃあなとそのまま帰ったケースも多々あった中、
今日の待ち合わせこそ、何かしら実のある用件かと思って出向いたらこの始末。

 「…人を勝手に使ってんじゃねぇよ。」

激昂することさえ不愉快だと、声を押さえて呟けば、
こちらへ向かって来かかっていた太宰が おやと立ち止まり。
中也が暗に何が言いたいか、あっさり拾ってのことだろう、

 「君は守られるよりもアテにされる方が喜んでくれると思ったのだが。」

これでも一ひねりしたのだよと朗らかに言うものだから、
そんな“わざわざ”など嬉しかないと突き放す。

 「面倒ごとは嫌れぇだよ。」

それに、と。
そのままの勢いで言いかかり、だが、怒っては負けだと息をついて、

 「こっちがある程度は読めるだろうって策を敷くのも腹が立つ。
  体よく利用されて喜ぶほど間抜けじゃねぇんだ。」

見覚えのない女らが馴れ馴れしくまとわりついて来て、
太宰と一緒だったろうと仄めかされたことで、
ああ成程なぁと 色々なことがつながっての紐解かれ。
そういう呼吸になっている自分へもあらためてムッと来た。

 「こないだの騒ぎの残り滓を一掃する おとりにする気満々だったんだろうがよ。」
 「いやだなぁ、そんな詮索は。」

軽やかに躱そうとし、そのまま何か続けんとした声へ強引にかぶせるようにして、

 「この程度は読めねぇと付き合い切れねぇ奴だってのを失念してた。」

飄々とした訳知り顔でいるのも気に入らない。
本来だったらこんな危険なことへ、しかも女性を巻き込みはしまい。
目立つフラグとして利用するにしても、その取っ掛かりから同坐したはずだ。
そうしなかったのは、中也が並みの女ではないからで、
あの程度の雑魚が相手なら、それが突発事態であれ、
咄嗟に身を躱していなせるだろうと、そこまでしっかと織り込み済みだったのだろう。
それへ応じたように動いた自身さえ腹立たしくって、
貌では笑いながらも臓腑が煮えるほどに沸々とした怒リがたぎり立っており。
胸倉掴んで、無駄に高い位置にある顔を引き下ろし、凄みを利かせて睨めつけてやれば、

 「敦くんの方へ襲撃がかかるのは困りものだったからだよぉ。」

わざとらしく泣き言っぽい声でそんな風に言う。
そんな薄っぺらい言い訳なんざ信じるものか。
ふんっと勢いよく突き飛ばし気味に振り払ってそっぽを向く。
ああ、こんなガキみてぇな憤懣ぶりしか発揮出来ねぇってのも腹立たしい。
赤子の手をひねるって感じであしらわれてる。これだからこいつは苦手なんだ。
八つ当たり半分で ひと暴れしたんで少しはムカムカも消化されちゃあいるけれど、
この程度の連中を伸したくらいじゃあ すっきり爽快とまではいかねくて。
ムカムカの元凶でもある青鯖に、出来得る限りの不愉快顔を向けておれば、
へらへらっと笑っていた太宰もまた、小さく息をつき、やれやれという雰囲気になる。

 「大体さ、中也ってば今の私に取っちゃあ一番扱いづらいって判ってる?」
 「ああ"?」

だからと、改めて口にしたのが、
がっちがちに守っても怒るだろうし、
懇切丁寧に策を説明しても阿保の子相手みたいな扱いなんてって怒るだろうし、という
微妙に図星なお言いよう。
ちっ、即妙な言い回ししやがってよ。

 「だから、いくらかは察してもらおうって恰好にしたのに、
  やっぱりそうやって馬鹿にしてるって怒り出す。」
 「だから…っ#」

うるせぇなと振り払うべく、
噛みつくように振り返り、何か言いかかった中也を、

 「……っ!」

困った奴めとあくまでも宥めるような貌で見やっていた太宰が、
だが、凄まじい瞬発で はっとするとこちらへ腕を伸ばして来、
え?と、その表情の劇的なまでの変化に翻弄される。
何かとんでもないものを視野の中に見つけたという反応で、
その方向は自分の背後。
それこそ武道で研ぎ澄ませている勘が働き、
中也の側でも不穏な流れへ はっとしはしたが、
振り向く間もあらばこそという俊敏さで二の腕や肩を掴まれ、
立ち位置を入れ替えるように頼もしい懐へ掻い込まれ。

 パーンッという乾いた音が破裂する。

テレビドラマなぞで聞かれる、バァンとか ズガガガガ…ってのは
演出目的で強調されすぎか、マシンガンレベルのそれであり、
実際はタイヤのパンクのように あっけらかんとした乾いた音。
それを太宰の懐の中、ぎゅうっと抱き込まれつつ聞いた中也は、
法外な種の凶悪な暴力を素早く察してのコト、
本能的に一瞬その身が撥ねたものの、それよりも
潮風どころじゃあない濃くて強い鉄の匂いを感じ取り、
覆いかぶさりつつも力が入らぬか、こちらへ縋るようになって
両腕の輪を絞る太宰に 必死になって呼びかける。

 「  太宰っっ。」
 「ちゅ、や、」

苦しそうだが、それでも大丈夫と取り繕うような、
そんな絞り出すような声で名前を呼ばれ。
馬鹿やろ離せ、アタシが楯んなった方がと、
苦しげな顔がどんどん水の膜で曇ってゆくの、必死になって見上げてた。




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