銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 16
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吃驚しただろ、いつもいつも要らんことばっかしやがって、
何でそうやって人ンこと振り回して、面倒ごとばっか増やしやがって、
手間かけさせるのいい加減にしやがれ、と。
曾ての付き合いがあったればこそ読解出来るようなグダグダさ、
ぐずぐずとせぐりあげつつ文句を並べ。
こっちの怪我も考慮してか加減しつつ、
しがみついたこちらの胸元やら肩近くやらを、
小さくなったこぶしで、ぽかぽかっと何度も叩いてくるのが切なくて痛い。

 “随分と変わったはずなのになぁ。”

男女という差異が出来たせいか、あの頃よりもずっと小さくなったキミは、
それでも…ああ言えばこう言う口調も、それを含めた息の合いようも昔のまんまで。
そんなせいか、それこそ昔そうだった名残りで、ついつい頭をポンポンしたり懐へ掻い込んだり、
ついでに今はあんまり帽子を載せてない頭へ顎を乗っけてみたり、
そういったボディタッチが自然に出てもいた。
曾ての場合は 子供時代から顔を合わせることが多かったせいでの名残りと、
望んでのことではないながら、異能の相性が良かったことから組んでの仕事が多く、
彼の異能が重力操作という物騒なものだったための、抑えも兼ねていたせいもあったけれど。
さすがに袂を分かつてからは、おいそれと接する機会もなくなって。
共闘する機会にだけ、相手を盾やオトリにしたり踏み台代わりにされたり、
カモフラージュ的な喧嘩を繰り広げたりと、
それこそぶっつけ本番でもそれが易々と可能な、
つい昨日まで一緒だったような感覚でこなせたところが、
口では胸糞悪いと言いつつ、実はこっそり嬉しかったのに。

 “…敦くんや芥川くんもこんな想いや情をはぐくんでいたのだろうね。”

天涯孤独な身の上や、油断すればそのまま命を落とすような境遇が、
明暗はありこそすれ似ていた彼らで。
身内と思っていた存在からさえ背後からの急襲を受けかねない、
孤立無援の立ち位置が常だった芥川くんが、
そうではなく、仲間から案じられているというに無茶をして飛び出す敦くんへ、
苛立った挙句に庇うような構いようをするまでになっていたのも、
その身を賭して“思うようにしろ”と相棒の背を押し、自分が難敵を請け負ったのも。
今生での再会を信じ、言葉足らずだったの弁明したくて探し回ったほど、
相手をそれは大事と思っていればこそだろうと。
しみじみ痛感していたその胸中をなぞるよに、

 「手前は最期までそうだったじゃねぇか。」
 「…。」
 「一際厄介なことで、窮余の策ってのが手前の頭でも割り出せず、
  その場で判断するしかなかったのは判るけど。
  何で一人で飛び込んだ。」

早逝した芥川を時折“敦をああまで悲しませて”とさりげなく詰っていたくせに、
自分もまた同じことをしただろうがと。
むずがるように続ける中也の声に、ああやはりと胸の奥でちりりと苦い痛みが走る。
それを思い出したからこその、
何でもない接し方へも及んでいたつれなさであったらしく。

 「最期までそうだったって、思い出しちゃったんだ。」

飄々とし、誰の助けも寄せぬまま、危機へ単身で飛び込んでその命を落とした。
異能のせいで治癒の異能も利かないと笑ったが、
それを何とか出来る術も実はあったのに、自分なぞへ人手を割くなと、
それでどれほどの者が悔やむかも判ろうとせぬまま、そんな残酷な別れをした。

 「手前はいつだってそうだった。」

多少はアテにしてか、企みの一端に触れさせて参与させても、
それでもその詳細の真なるところは語らない。
何なら気まぐれでしたまでと素っ途惚ける。
自分に寄ったって気遣ったってロクなことはないというスタンスを
どこまでも保って真意はこぼさない。

 「あん時だってそうだった。
  俺んことさんざん煽って、挙句に“放っておいたら部下たちが危ないかも”なんて一言添えて
  早く言わねぇかと焦らせる格好で別の現場へ走らせて。
  そうやって、共倒れるしか決着のつけようがないよな、
  誤爆させるしかないような装置を解除しつつ倒れやがって…。」

自分のことを“俺”と言っているあたり、間違いなく“かつての話”に違いない。
芥川が敦へ謝っていたのへ、微笑ましいとしながらも
太宰には“人のことは言えない”とずっと怒っていたその根底にあるのもこれだったらしく。

 「俺の重力操作や、何なら“汚辱”で押しつぶしたってよかっただろうが。」
 「圧力センサーも起爆装置についていたのだよ?」

しかも、正規の方法で解除しない限り、
他所へばら撒かれてあった子爆弾も同時にはじける仕様になってた。

 「それでも…っ。」

言いつのろうとする中也が顔を上げたの見やりつつ、
いとし子を愛でるように目許を細め、

 「私が身勝手なのは、そしてそれが責められる傲慢な所業なのは重々承知だ。」

そこは譲れないと、譚として言い放つ太宰であり。

「あの頃も今も、何も正義の徒のように自己犠牲を選んでいるわけじゃあない。」

だって、それって却って残された人へ傷を残すと知っている。
こっちはただただ君に痛い思いや何やしてほしくないだけなのに。
それでも、その死こそが負い目になるかもしれないと、
薄情で身勝手が多い中、そういう人も少なくはないと何とはなく知ってたし感じてはいた。

 ただ、自分たちの間柄に関しては妙に憶病でもあって

それこそ思い上がるのも甚だしいと、
いくら義理堅いキミだとて、
最後まで厭味なことをとしかめっ面されて終わりかなって思ってた。

 「強いて言やあ 嫌がらせかな? 忘れることが出来なくなるように。」

わざとらしく、嘲笑うような言い方になる。
自身へ言い聞かせているのだ、我慢してよ。
そうなる相手くらい選ばせてくれたっていいじゃない。
物凄く残酷かもしれないけど、そのくらいの我儘許してよって、
つれなかった相手への最後の嫌がらせ。
そんな意を込めて言い放つ。

 「な……。」

君を一人にしちゃったね。でも私だって一番いてほしかった人といられなかった。
織田作もそうだけど、キミだってそう。

「腐れ縁ってやつだったでしょ? 私とキミとの間柄って。
 でも、そういうのも心地よかったよ。
 普段は脳筋のくせに、
 真剣な言い合いするときとか、もんのすごく頭使わないとキミって感情的にならないじゃない。」

 それは懐が大きくて、何でも飲んだし我慢もしてた。
 こっちも負けん気が強かったか、
 しれッとした顔しつつ、鼻を明かそうと結構躍起になってたほどで。

「だっていうのに、いざってときは
 ぞくぞくって震え上がるほど、こっちの反射とか反応とかしっかり把握しててさ。」

何なのキミ、何でそんな…私なんかへも真っ向から接してくれるの。
便利な奴だって体よく利用してりゃあいいじゃない。
素直じゃないとか言って ムキになってくれなくたっていい。
人を振り回しやがってって、嫌いだって言いながら案じてくれなくてもいい。
何で何で…何でそうまで、

 「太宰…?」

ああもう、鉄面皮や演技力だって自慢だったのにな。
そんな。案じるような顔しないでよ、さっきまでの勢いはどうしたのさ。
人を馬鹿にすんなって怒ったままでいてよ。
じゃないと私、

 「これ以上、余計な本音とか、言わせないでよ…。」

平然として見えるよう、うすら笑いを浮かべていたはずなのにな。
欲しいと思っちゃあいけない、
ちゃんとしたお家のお嬢さんなんだから巻き込んじゃあいけない。
私には独りがお似合いだから、せいぜい厭味なことして愛想尽かせなきゃいけない。
そう思いつつも、目が追うし未練もたらたらで。
そんな情けない奴なのを窘めたいのか、やっぱりなかなか見放さないキミで。

 「太宰…。」

女の子の手が伸びて来て、親指でごしごしと目許や頬を拭ってくれて。
何でそんなそっと出来るの、昔のキミはもっと容赦なかったでしょうに。
あっという間に水の膜が張って見えずらくなった視野の中、
ああと慌ててボックスティッシュ探してる、そこじゃないこっちのサイドテーブルだよ。
見つからないかタオルを掴むと、それを顔へと押し当ててくるところへ、

 「……うん。やっぱり諦められないな。」

甘い香りをぎゅうと抱き寄せ、懐の中へ掻い込めば。

 「……バカやろ。」

真っ赤になったが逃げだそうとはしないまま、
曾てよりは やさしくなった小さな幹部殿、
ふわふかな髪と頬ををこちらの懐ろへ擦り付けて
小さな身を任せるように、かつてないほど甘えてくれたのでありました。





to be continued.






 *うわぁ、何かただただ長くなっちゃったけど、
  雰囲気ってものが全くない告白し合いっこですいません。
  なんでもっとこう、甘く切ない話が書けぬのか。
  要、精進ですね、はい。



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