銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 14
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     14



うっそりと伸ばした前髪の下、
涼しげな双眸が知的な清廉さと深色をもって瞬き、
表情豊かな口許は、嘘笑いでも甘く端正に映えて。
すらりと伸びた四肢は、華奢でなく かといって武骨でもなく。
弓なりに伸ばされた広い背中やかっちりした肩、案外と頼もしい胸元など、
若々しいなりの精悍さをたたえてもおりながら、それなりの色香もあってのこと。
若い身であっても油断のならぬ、百戦錬磨の色事師が揃ってる裏社会の女でさえ、
ほわんと見惚れたままあっさり釣れるほどの別格素材。
それは朗らかでお調子者、軽佻浮薄を絵に描いたような 飄々とした態度が多いところから、
とっつきやすくて垣根も低そうと思わせといて、
だがだが深みへは踏み込ませない罪な人。
何かのはずみ、物思いに耽っている横顔の、憂いを含んだ玲瓏な麗しさを目撃してしまい、
ああ、実はとても奥深い人なのだ、
寂寥をたたえた何か切なる過去を負っている人なのだと気づかされても、
こちらから気遣おうと寄り添いかかれば、
え?何の話?と 軽妙な態度をそそくさとかぶって素っ途惚けてしまうだけ。

 “…けどそれって、別に善意から構えてるってわけじゃねぇしな。”

おおう、辛辣な一刀両断来ました。
クリスマスも、お正月も過ぎ、
いよいよ真冬の到来かと構える身をせせら笑うかのように、
今季の冬はいつまでもいつまでも穏やかなまま。
さすがに北海道や北国地域では積雪も見られちゃあいるが、
関東や中部辺りでは
スヌードやロングマフラーなんてな重装備が荷物になるよな
まったりした冬が節分を過ぎてもまだまだ進行中。
その北国での遠征から戻ってすぐ、
今度はご当地での大会があるがための調整に入った芥川を支える
若いスタッフらを束ねるチーフ格である赤毛の姐御が、
何故だか たった一人で街の雑踏の中を歩んでいたりする。
何も全員が四六時中くっついている必要はないとはいえ、
明日にも公開練習に入りの、翌々日には本戦が始まるというに。
芥川のスケーティングも統括している御仁が何でまた、
それを他人任せにするほどの所用でもあるものか、
やや急ぎ足でカツコツとヒールを鳴らしつつ、
横浜の港沿い、冬枯れの街路樹が透かす石畳の街路を歩んでおいでで。
フードの縁や前合わせへファーの付いた、やや丈の長いモッズコートに細い肩をおおわれ、
複雑で手の込んだ縄編みが特徴的な大きめのセーターと、
この時期の彼女には珍しいプリーツスカートに、
レギンスだろうぴったりしたスリムなパンツを重ね着ており。
カジュアルないでたちながら、足取りがいやに速足なので、
何か用向きがあっての歩みなのだということを重々窺わせていたれども、

 「……。」

そんな中也が何の拍子かふと思いが至ったのは、
昨日も顔を合わせたところの、背ばっかり高い伊達男。
こちらに来ていたこと自体は、
敦嬢もまた自分たち同様、同じ大会へ参加するのだ、
先乗りしていたって特に不自然ではなかったが、
それ以前にもチラチラとこちらで顔を見かけたし、
こっちが気付けば どれほど向こうを向いていても何が届くか気が付いて、
やあと気安く寄って来るのが疎ましい。

 “それもこれも隙のなさから やってることだろうにな。”

人懐っこく寄って来るくせに、誰彼構わず愛想を振るくせに。
踏み込ませぬなら いっそきっぱりと背中を向けていればいいものを、
何でそうも柔和な顔をするのだ、懐へ掻い込んだりするのだ。
どうせ胸の内なぞ腹の底なぞ明かしはしないくせに、
味方とし、守らんと引き入れた者へだって そこまでで、
引き寄せたのも素の顔を見せないためだったりするくせに。
そう、自分に関わるのは危険だと遠ざけるためだなんていう、
殊勝な心持ちからじゃあないに決まっている。

 『だって私たちも例の大会に招聘されてるし。』

こっちはまだまだ暖かいねぇ。
向こうはさすがに雪も降っているのだよ?
乱歩さんが寒いの苦手で、先乗り隊に割り込んじゃって、と。
屈託ない話を振ってきた朗らかさが何でかムカつく。

 「………。」

何をさせても周到で、
こちらが不器用なりに懸命に神経を張りつめさせて綾を解き、
それなり気を遣ったのが馬鹿々々しくなるよな呆気なさで、
もっと格上の手配を余裕でこなしていたりするのだ、あの野郎はと。
もの思う中也の眉が長い前髪の下できゅうと寄せられる。

 “あの時だって。”

例の騒ぎの 思えば根回し段階だったのだろう、
いきなりの運びだった公安関係との顔合わせの場にて。
中也(か 芥川)を 坂口安吾や織田作之助にわざわざ逢わせようとしたのは、
まさかとは思うが万が一にも
あちこちへの根回しに暗躍中の太宰と連絡がつかない状況になった折、
こちらからでも向こうからでも
融通の利く連絡への“代理”として話を通しやすくするための面通しのようなものだったらしく。
ほぼとんぼ返りだった遠出の意味が判らなかった中也が
遅ればせながらそれと気が付いたのは、総ての“実働”が済んでからだ。
そこまでの周到さを敷いたら敷いたで話しておけばいいではないか、
結果、何もどんでん返しは起きなんだから、
中也が代理で連絡を受けるというよな すったもんだするよな展開にはならなんだものの。
そういった布石に後からあれこれ気づいた中也としては、
過ぎるほど万全なその措置へ 人を馬鹿にするにもほどがあるとむかついた。
いまだ何も知らずのままな敦や鏡花よりは裏事情も覗かせてもらえた、
片棒担ぎもしたにはしたわけだが、

 “……っ。”

何か納得がいかねぇと、
相変わらずにムカムカもやもやしてしまうのだ。
協力させたい根回しならば、何で始めから全部話しておかない。
自分ほどには頭も回らぬ相手だと、信用ならないと思うからか?
下手に機転を利かして勝手に動かれちゃあ困るということか?
危険だからにせよ、作戦への破綻を避けたくてにせよ、

 “だったらいっそ、全部を隠密行動にしちまえばいいものを。”

ちょこちょこと愛想よく声をかけて来るのが、
ちょっかいを掛けてくるのが どうにもイラつく。
他の女たちと同じならならで、
どうせ信用していないのなら、いっそタッチさせるな 気を引かせるな。
力量やら技量やらまでアテにしちゃあいないのならば、
案じずとも近寄りゃしないから、協力してねと愛想なんか振るなとイライラする。

 鬱陶しいのだ、実際。

それでなくともあんな風貌、愛想のいい社交術も心得ていて、
人目を引くこと請け合いの存在で。
今日だって実は待ち合わせと約しており、
雑踏の中での待ち合わせとなったのは本意ではなく。
向こうから指定された時も、判りやすそうなところという把握しかなかったものの。
人通りがある場所で、あの風貌の彼が“誰か待っております”という風情で佇んでおれば、
成程 人の目も集まろう。
そしてそんな人物と共におれば、何だ何だあの存在はとこっちまで余計な詮索をされる。

 『先だっては雪国美人たちに取り囲まれたぞ。』

あなた太宰さんの何なの? 敦ちゃんのチームの人じゃないよね。
確か横浜の男子選手のスタッフじゃなかった?と。
いつぞや登校途中の敦嬢が芥川の過激派ファンに取り囲まれたように、
あちらに滞在中、何度か見知らぬ女性らに声を掛けられた。
どうやら太宰にもそういう過激派ファンがいるらしく、
お膝元だったからか、結構な人数の色白なリンゴ娘らにロビーの一角で取り囲まれたと
ご当人へ苦情として言い置けば、

 『ええ〜〜、それって私って名指しだったの?』
 『おうよ。』

治くんがあんたみたいなチビちゃいのに本気になるとは思えないってよと、
相手の口調の真似だろう やや甘ったるいが棘のある言い方で言われた通りをなぞってから、
小さな美人インストラクター様が忌々し気にふんッと鼻で息をつけば。
太宰としては微妙に眉を下げながら、

 『…うわぁ。』

そんな諍いがあったというのは意外だったか、
しかめっ面の元相棒へ何とも言えぬしょっぱそうな顔になった美丈夫さんだったけれど、

 『まあ、本気も何もアタシは有段者だから、
  素人の手前へ手ぇ出せるはずねェんだが。』

 『……中也?』

もしもし?と、突っ込まれたのをスルーして、
一応報告しといたからと、その場からとっとと立ち去ったっけ。
勿論のこと、そういう意味じゃあないことくらい承知している。
思わせぶりだと思うのは自分が悪いのか?
これも立派な思い上がりという奴なのだろうか。

 「……っと。ねえ、聞こえてる?」

思いの外 物想いに意識を沈めていたものか、
不意に二の腕を捉えられ、はっとして振りほどく。
邪険にしたつもりはなかったが、咄嗟に警戒が立ち上がったか、
多少は乱暴な所作になったようで、

 「何よぉ、そんなしなくたっていいじゃない。」

吃驚したらしいが非難するというほどでもない、間延びした女の声が返って来て。
顔を上げれば、そりゃあきっちりと化粧した女の4,5人連れがこちらに添うようにして立っている。
いつからどこから湧いて出たか気づけなかった自分にこそ
やれやれと小さく吐息をついて見せれば、
相手が一瞬、ムッとしたように表情を尖らせたものの、
急ぎ足で再び歩き出した中也を付かず離れつという距離で追ってくる。
追いつつ話しかけて来て、

 「アンタさ、こないだ此処いらでモデルみたいなチョーイケメンと歩いてたよね。」

ああそれでと、うんざり顔を隠さない。
結構その筋で名を馳せちゃったので、
地元近辺でも呼び出しやら因縁付けには縁があったほうという自覚はある。
むしろ、名を馳せすぎたせいか最近は無くなっていたので、
グループだろう数人に行く手を阻まれ、にやにやしつつこんな風に声を掛けられたのへも、
おお久し振りじゃんと内心で思ったものの。
相手がややケバい装いながら、それでも せいぜい20歳前後の女性ばかりだってことと、
挑発気味なその文言を聞いて “今までこういう系統の因縁付けはなかったなぁ”と、
ちょいと華やか、色恋がらみかどうかはともかく、
男女関係ぽいものへも関わる身となったかと、そこにうんざりしちゃったが。

 「……。」

馴れ馴れしく話しかけられても肩で風切る歩調は弛まず、
たったかと気丈に歩み続ける女丈夫さんへ、
縋るように数人がかりで追う彼女らは、この辺りの土地勘に通じていたらしく、
撒こうとしてか足早だったその足がはたと止まったのは、
進行方向の先、いつの間にか場末のちょっと開けた空間へと足を踏み入れていたから。
気づかぬうちに誘導されていたらしく、
何かあって撤去されたか、それとも一時的な資材置き場のようなところか、
一斗缶やらシートが掛けられた木材らしき横に長い小山やらが
煤けた壁際に添うて散らばった空間に出ており。
入ってきた路地方向以外を低層ビルに囲まれていて、
日当たりが悪いのと同様、ちょっとやそっとの騒ぎじゃあ人も駆けつけてはくれなさそう。
そして、やられたかなと立ち止まった彼女の肩を掴み取り、羽交い絞めにした存在が……
 






to be continued.






 *何だか長くなってきたので一旦切ります。
  ついついこのお話じゃあ中也さんが女性だというの忘れかかります。
  男前だという刷り込みが思ったより強すぎ。(笑)





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