銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 11
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     11



先程からいきなり日本語が流暢になっている男は、
そもそもは この地のごろつき連中から紹介された人間で。
異邦人だが日本での生活が長く、何よりこの土地に慣れているので扱いやすいと言われてはいたが、
淀みなく、ついでにこちらへの皮肉も込めた物言いをしている辺り、
実は最初から何かしら含みありな人物であったらしいことがありあり伝わる。
地味な灰色の作業服の上下に 薄汚れたキャップをかぶり、
髪ももさりとしたまま、伸びすぎた辺りを筆の穂先のように束ねている、
何とも身を繕わない態なのへ、
食い詰めている底辺の人間だろうと決めつけて、ようよう見もせずに対していたが、

 「標的の鏡花ちゃんは勿論のこと、
  お友達で、でも、実は手を出しちゃあいけないお嬢様な敦ちゃんにしても、
  どんな顔の子かを しっかと覚えちゃあいなかったんでしょう?」

いきなり渡された、しかもピントの合ってない盗撮写真の顔なんてそうは覚えられないし、
照合するのにいちいち手に持って掲げとくわけにもいかない。
なので、いかにも目立つ特長があればそっちを追うもの。
いくら髪を染めるのが流行だって言ったって、
ここいらでそこまで徹底的にやってる子はそうはいないから、
欧州人でもない面差しでそんな髪色をした女の子って覚え方をした方が早いと、

 「ねえ、そう思ってたんでしょう?」

にっこり笑った彼もまた、ようよう見やればこんな格好をさせておくのが惜しいほど、
どこぞかの舞台に立たせれば、女子供がキャアキャア言っていくらでも貢ぎそうな、
そこいらの安っぽいホストより威容があっての 格上の風貌をした美丈夫だと気が付いた。
中学生と高校生の他愛ない少女らだと思っていた面々も、
実は体術に心得があるような口ぶりをする少年たちであり。
いかにも少女らしい装いは勿論のこと、
怯えたように振る舞っていたのもこちらを欺くための演技らしいと来て、

 「な…。」

こちらこそ謎の存在としてせいぜい怯ませていたはずが、
すっかりと立場が逆転してしまっている。
何だこいつらと、状況の不可解さに混乱していたものが、
向かい合う相手の随分な余裕に圧倒されるうち、

 「まさか…。」

計画通り楽勝で運んでいたはずの段取りが、
翻弄していた筈が何もかもお見通しだった相手側の手の内で
こちらこそ いいように振り回されていたらしいとやっと気が付いて。

 「まあ、そんな程度だろうと踏んだ上で、私というこっち側の人間が混ざってたんじゃあ、
  全くの別人を“彼女らです”と引っ張って来られても
  疑う余地さえなかったってところでしょうか?」

相棒だったあの彼なんて日本人はみんな同じ顔に見えるらしかったんで、
いいように操作のし放題でしたよと、楽しそうにくつくつと笑う。
大方、まるきり別人の彼らを差して“あれが標的”と指示し、
昏倒させて拉致という凶行に向かわせたのだろう。
勿論、標的とされた側もそういう段取りだと判っていたので、
大した衝撃でもなかったスタンガンでの襲撃に、意識を失ったふりをした。

 こっちも追手がかかるという先行情報がなければ
 こんな手回しは出来なかったでしょうけれど、

もう変装の必要はないのでと、慣れないキャップを脱ぎ捨てると、
押さえつけられてた髪をバサバサと手櫛で梳きながら、

 「こぉんな危ない帳簿のデータ、幼い少女に持たせないでくださいな。」

何も持ってはなかったはずの、片方の手の指先に小さな5ミリ四方ほどのパーツを摘まみ、
もう片やの手にはさっきも車内で見せていたコピー用紙の束。
とっくに記憶媒体から情報は抜いてますよとプリントされたコピーを見せびらかした彼こそは、
言葉が怪しい異国の実行犯ではなく、
こっちにはバレバレな段取りだったほどに手を抜いた仕様、変装した太宰だったりする。
実をいやぁ、澁澤氏の洋品店で着替えた折、
太宰自身が潜入していた相手組織の動きを 掴んでいたそのままに伝えており。
きっと何らかの格好で鏡花ちゃんの身をかどあかすに違いない。
目当てがこのメモリとばれちゃあ何にもならないので、
子女誘拐、でも無事に解放って恰好でカモフラージュするらしい、と。

 『その方がいいと入れ知恵しといたから。』
 『こらこら。』

相変わらず、影のフィクサー役が呼吸するよにこなせる男なのはともかくも。
それが該当の対象かどうかは太宰が見分けて実行犯への指示を出したので、
それでなくとも見分けなんて出来なかろう異国の人が間違えたのもしょうがなければ、
大したレベルにならないようゲージを細工したスタンガンだったにもかかわらず
あっさり昏倒した“彼女ら”だったり、
一人は置いてけと人数減らす横槍を挟んだり、
拘束したと見せかけて結束バンドを両手へ別々に巻いて誤魔化しも出来たのであり。

 『敦くんと鏡花ちゃんはここに居残ってて。
  出来れば芥川くんも下がってほしいんだけど…。』
 『いえ。中也さんに鍛えられておりますゆえ。』

そこで敦の身代わりにと銀髪のかつらとニット帽をかぶっての偽装を担当。
一番危ない鏡花ちゃんの身代わりは
こちらも幼い風貌に見合わぬくらい 実家での牧童仕事で鍛え上げた身の賢治が担い、
芥川の身代わりは、谷崎が買って出た。
曾ての異能が使えないのが悔しいねと、
使えればあの“細雪”で安全圏内に隠れたまんま
どうとでも幻影見せて操れたものをと言う彼だったが、
まま、それは言わない約束よと皆で苦笑をし。
大した突発事態に邪魔されることもないまま、
太宰の指示が利く運びだったので出来るだけ小人数が拉致されるよう持ってったが、
万が一全員攫われても問題のないような貌で固めていたという
恐るべき大作戦はほぼ成功を収めつつある模様。
ちなみに、
乱歩さんが離れたクラブハウスにて口にし指示を出したNシステムによる情報集め云々の方は、
あとあとぐうの音も出ないよう“関係した”顔ぶれを締め上げるのに使う予定だったりする。
騙し討ちを仕掛けられたのは自分たちの側だったと
やっと気づいたらしい 安背広の二人組。
頭数では二倍という陣容に囲まれて 悔し気に歯噛みしつつ、

 「車にも細工しやがったのか?」

ガソリンへの引火はどうやら免れたらしいものの、
正面バンパーが凄まじく凹んでの、前面部分がどえらく凹んでおり。
特に障害物が落ちてたわけではない以上、
そんな脅威もあってのこと 破れかぶれに暴れることも出来ぬまま
何か爆発物でも仕掛けてやがったのかと言いたい彼ららしかったが、

「まさかまさか、そこまでなんでも出来るわけじゃあない。」

太宰は板についた素振りで肩をすくめるとかぶりを振る。
そうして、それは自然な流れのように口にしたのが、

 「これでも すさまじい突貫作業だったもんでね。
  一番守らねばならない対象までもが出ておいでだ。」

 「え?」

そんな一言へギョッとしたのは、誘拐されかけていた黒の青年。
実は芥川もまた、一体どうやって脱出する機会を作るかまでは聞いていない。
走行中の車を止めるとかどうとかいうくだりは
てっきり あの煽り運転を仕掛けたオートバイが担うと思っていたのだが。
太宰のこの言いように

 “まさか…っ。”

はっとして顔を上げ、進行方向を見やれば。
それはそれは遠い先にて、逆巻く風にボブヘアーを掻き回されつつも、
ためきひるがえる白銀の髪のその隙間から覗く、
まじろぎもせぬ鋭い視線も恐ろしい、
無表情のまま長い和弓をその身の前へと構えて立つ敦嬢の姿がある。
遠目でもそれと判るほど、それはそれはかっちりと凛々しくも美しい立ち姿。
既に一矢放たれた後なのだろう、
弦の中央、鹿革を巻いた握りを手に、“残心 (ざんしん)”の型へ入っていた彼女は、だが、

 【 …よくも私の大事な人たちを怖い目に。】

その全身から怒気をほとばしらせておいでならしく。
太宰との打ち合わせをしていたらしい、直接通話用のインカム越しに
絞り出すような低い声でそうと唸ったものだから、

 「わあ怒ってる。」
 「ホントですね。」

太宰はややふざけているよな口調だったし、
賢治の言いようも緊迫感はなかったけれど、

 【 何を悠長なっ。】

通話に割り込んで来た、そちらも無事だったらしい谷崎の声が 何だか切迫した言い方で。
え?と、味方陣営にもかかわらず芥川のみが意味が通じないか キョトンとしたが、
それへのフォローをくれた太宰が言うに、

 「敦ちゃん、ボクって言わないときはてっぺん来てるからね。」

確かに、能面のような表情で仁王立ちする敦嬢は鬼気迫る迫力があり、
そうまで怒っておればこそ、走って来るボックスカーに射程を定め、
此処を射抜いてネ? そうすれば大した被害は出ないからと指定されてた“的”を
ピンポイントで見事 射貫いての “引き留めた”らしいから恐ろしく。

 「敦。」

傍らにいた鏡花へ弓を預けると、
代わりに渡された格好で手にしたのがラクロスのスティック。
ネットの部分へボールを掬い入れ、
そのままいきなりこちらへ駆け出して来たから

  “え? え?” と、

芥川が思わず焦る。
拉致せんとした犯人も共にいるのに、
危険だってのになんでこっち来るのあの子と、
困惑する芥川の見ている前で、

 「てやぁっ!!」

結構な加速に乗って翔った肢体が 勢いつけて宙へと飛び上がり、
ぶんと思い切り、その身を弓なりに反らすほどの力込め、
大きく振りかぶって全力で投擲すれば、
まだ結構な距離があったにもかかわらず それと確認できるほど
ボールが煌々と発光して飛んでくる。

「花袋が何か仕掛けたな。」
「は?」

すっかり傍観者のようになっている太宰の言いようへ、
体よく振り回されるまま “なんですて”という気色の視線を芥川が向ければ。
よくぞ聞いてくれましたとばかり、
楽しそうな喜色の乗ったその横顔をややこちらへ向けて来て、

 「敦ちゃんが格闘技や武道関係に手をつけなんだのはね、
  怒りのパワーが加わると、
  通常の球技でさえあれこれ禁じ手になったほどの荒技を繰り出すからなんだ。」

いや、そんな楽しそうに語られても。
花袋って誰、
もしかしてウチにいる梶井と並ぶ技術力を駆使してた、あの電子の天才ですか?
格闘漫画などにいる、説明しようッと解説する役回りではないでしょうに。
表情は穏やかなままながら、
目許が少年のようにキラキラしておりますよ、太宰さん。
こんなお顔はかつても今も見たことないと、
ちょっと引き気味の黒の貴公子殿、それでも口を挟まずにおれば、

 「私が、若しやして異能を持った存在も転生しているかもと思うのは、そんなところからでね。」
 「…そんなことからだったんですか?」

根拠があるよな無いような。
常人の思考では及ばぬ級、それは深く錯綜させた思考を纂す智将、
そんな太宰らしいといや らしいのかも知れないが…。

「おおお、出た“ホワイトインパルス”!」
「あれってテニスコートが穴ぼこだらけになるんで禁じ手になったんですよね。」

だから楽しそうに解説しているんじゃありません。
太宰さんも賢治くんも、メッ。

 「うわぁああぁぁああっっ!!!」

スティックの先から器用にも投擲されたボールは、信じられない加速で飛んでくると、
やや触れた格好のボックスカーのルーフを見事凹ませ、
その先にいた怪しい男衆二人の頬をも掠めて、アスファルトを抉って着弾。
その折のチッという接触がかなりがところ熱かったか痛かったか、

 「ななな、なんなんだっ、あの小娘はっ。」
 「あんな おっかねぇの、誰が攫うんだよっ!」

一応はその手の筋の人間だろうに、得体の知れないものは別腹か、
大の男を文字通り ひゃあっと飛び上がらせて、加減のない尻もちつかせたから恐るべし。
そして、

 「…何で敦も参加しとるんだ。」

実は仲間内だとバレぬよう、
頭ごと覆うフルフェイスのメットと
ワイルドなライダージャケット&パンツを身にまとい、
やや後から追って来た大型バイクのライダーこと
芥川陣営の責任者たる 中也嬢もまた。
停車させた愛機ドゥカディにまたがったまんま、
ヘルメットを手にあんぐり口を開けたのは言うまでもない顛末だったそうな。





to be continued.






 *お嬢様 御乱心の巻。
  …じゃあなくて、実はこれほどにおっかない存在だったから、
  太宰さんもその他のスタッフの皆様も、
  関心引かれたのかも知れないという順番だったらしいです。
  もうちょっと迫力出したかったですが、
  私の筆力じゃあ この程度、くすん…。



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