銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 10
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     10



不意を突かれた。
武道やスポーツをたしなんでいるからという以上に、
過去の、いやさ“前世”のそれとはいえ 随分と過激な襲撃への記憶もあり、
並みの十代よりは警戒心も反射も鋭いつもりだったが、
まさかに普通の生活を送る身なのにここまでの魔の手が襲い来ようとは思ってもない。
ましてや、可愛らしいパパラッチもどきたちという尾行を
無難に撒けたと安堵したばかりだったこともあって、
若しかせずとも他へは注意が散漫になっていたかも知れない。
不意に襲い来た不吉な空気感へハッとしたときはもう遅く、
スタンガンでも使われたか、痛みを伴うほどの衝撃に叩かれ、意識が弾けて、
3人ともがあっという間の次々に、アスファルトの上へと倒れ込んでしまう。
そんな彼らを見下ろしていた輩はといえば、

 「……。」

随分と手際よくかかったものの、
相手が人事不省になるとまでは思わなんだのか、
ややもすれば躊躇の気配を見せて立ち尽くしていたが、

〈 何をしている。〉

別の人物からの声掛けにハッとし、それでようやく我に返ったような様子を見せた。
ちょっと炸音の多い言葉で、
英語でもなければすぐご近所の半島や大陸の言葉でもなく。
作業服といういでたちなせいもあって、
清掃か配達か、何かしらの業者だろうとあっさり関心が逸れはしそうだったが
その言語だけでも結構記憶に残りそうな人たちではある。
洋品店やら雑貨店などが並ぶモールの脇に停車中の
薄汚れた白いボックスカーのドアががらりとスライドして、
そこから降り立って来たのは、
やや伸ばした深色の髪をちょろりとうなじ近くで筆の先ほどのくくり髪にした男。

〈 とっとと運べ。人が来る。〉
〈 判ってる。〉

後から現れた方が格は上か、
乱暴な命令口調で指示を出しつつ、辺りを見回して見られていないかを警戒しており、
実行犯の男が小柄な少女ら二人を順番に担ぎ込み、最後の一人を抱えかけたのを見やると、

〈 ああ、そいつはいい。〉
〈 ああ?〉

意外な指示だったか、実行犯男が疑問符たっぷりの訊き返しをしたが、
そうと言い出した男は動じもせぬまま、付け足すように言い返す。

〈人数多くても扱いが面倒なだけだし、
 肝心な子と逆らえないよう脅すためのもう一人で十分だからな。〉

ぼやぼやするな、急ぐぞと。
急き立てるように車に乗れと指示を出し、
運転席に回った其奴とは別、
何かごそごそした末に車外へ何かをポイッと放り出す。
後部ドアはなめらかにスライドされ、
あっという間にボックスカーはその場から立ち去ってしまったのだった。



     ◇◇


サポートする対象である敦や芥川が不在の丘の上のクラブハウスは、
スケジュール調整やプログラムの精査を担当する顔ぶれ以外は
自然とすることも無いまま お休み同然という空気が流れており。
これまでの大会の演技を録画したものを見直す面々や、
自身のトレーニングにとアスレチックルームを使う者など、
一つ所に集まるでなく、それぞれがばらばらに過ごしていたけれど。

 ぴ、ぴぴぃ〜〜〜っ、と

不意に鋭い警報音が鳴り響き、事務方の面々が顔を見合わせる。
警報はテーブルに開かれてあったノートパソコンと、
棒付きのキャンディを舐めながらそれと向かい合っていた人物の懐ろから、
ほぼ同時に喚き始めたものであり。

 「乱歩さんっ。」
 「ああ。」

ドアを開放してあった廊下からもスタッフらが駆け込んできた中、
懐からスマホを取り出した青年が、その画面を確認し、PCの液晶に展開されている地図と照合。

 「鏡花ちゃんの携帯からの信号だ。」

敦と鏡花ちゃんの携帯には、一応の防犯装備としてとある仕掛けが為されてあり。
ちょっとぶつけたくらいでは例外だが、
落としたり何処かへ叩きつければ その衝撃でこちらへ警戒信号が飛ばされる仕様になっている。
鏡花の方はまだそこまでの使用は必要ない身だが、
今日は目立つ姉様と しかもやや繁華街へ出るという行動を共にしているがため、
用心のため同じアプリを入れておいたのが、
幸か不幸か作動してのこの顛末ということならしく。

「場所は?」

「えっと…駅前繁華街のちょっと外れた辺りです。」
「防犯カメラの映像来ました。」

白いボックスカーへ少女二人が担ぎ込まれている。
うつぶせに倒れたままのあと一人は放置された模様で、
手際のいい仕事はほんの1分かかったかどうか。
その末に場末方向へ走り去っており、

「スマホはその場へ捨てられたようですね。」
「周到だね。GPSを警戒したのかな。
 でも、これで彼女ら目当ての誘拐じゃあないってのも窺える。
 家や知人といった周辺の情報は要らないんだろうからね。」

不敵な笑みを浮かべ、スズラン姫サイドの頭脳派ブレインがそう呟いたのを追うように、
防犯カメラの映像を拡大して確認していたナオミが忌々し気に眉を寄せる。

「ナンバープレートは読めませんね。故意にでしょう斜めに傾けていますわ。」
「ああ、こないだの暴走族のはどっちも拾えたが。」

帝都、もとえ東京寄りの組織が付いて、何か入れ知恵したかなと、
乱歩がちらッと一瞬だけ目許を眇めたが、

「この型の車種を追尾システムで検索と追跡。
 まだ直後だ、振り切られるな。」

そうと指示を出すと、
視線だけをモニターに貼りつけたまま
パイプ椅子の背もたれへ自身の薄い背を預け、
何を想うか無表情のまま、ふうと小さく息をついたのであった。



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