銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 9
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     ◇◇◇


お出掛けにはちょうどいい晴れ渡った空の下、
クラブハウスに直近のバス停で鏡花と待ち合わせ、
仲良し3人でのお出掛けは割と長閑に始まった。
脚には自信の顔ぶれだったが、
何もトレーニングでなしとそこは無難にバスでお目当てのJR駅前へ。
一応は快速が停まる主要駅の周縁、
それに整備されたばかりとあって有名どころの新店も多く 結構なにぎわいだが、
帝都、もとえ東京や横浜なんてな商業地に比べれば、
せいぜいが地方都市の繁華街。
今日は週末なので割と多いめの人出だが、それでも人が街路を埋める密度は穏やかなそれで。

 「そんな凄いの?」
 「うん。びっくりしちゃったよ、横浜の会場での大会。」

横浜だと KOSE 新横浜スケートセンターってとこでしょか。
東京だったら 西東京市・ダイドードリンコアイスアリーナだそうで。
関西圏に住まうもーりんにはよく判らないのですが、西東京市というと武蔵野の近くじゃなかったか…。
アメフトの会場ならまだ何とか判るんですが。(富士通川崎スタジアムvv・こらこら)

 「会場もまだまだ新築っぽくてきれいだったし、大きな駅の近くでね。
  何かお祭りでもあるの? 万博の開会式?って思ったくらい、
  そりゃあ沢山の人が行き来してってね。
  何より大きなホテルとか周りに一杯あってvv」

凄いなぁ都会だなぁって上ばっか見上げてたら、太宰さんに口閉じなさいって注意されちゃったと、
恥ずかしそうに肩をすくめて笑っている敦嬢へ。
自分は近場にすら行ったこともないからだろう、
想像すら浮かばぬと、小さな妹御の鏡花が大きな双眸見開いて ふぅ〜んと驚嘆しておいで。
そんなお喋りも他愛ない、まったく似てはないが仲睦まじい姉妹のような二人の少し後から
そちらは黙々と付いて来る青年が、
無邪気な会話へ時々吹き出しかけては ンンっと咳払いしているのがまた、
彼らの仲間内が観ておれば何とも長閑な情景であったろうが。

 「…から、あれって。」
 「ホントだ。でも…。」

一応は私服、しかも深色濃色をわざわざ選び、平凡地味に作ったはずだったが、
それでも…キュートだったりクールビューティだったりと
それぞれに見目麗しい3人だったことと、
今や話題の人でもあろう ご当地の有名人含む男女が揃っていたがため。
堂々と胸張って歩いている姿へ、あれれぇ?という注目がさわさわと集まりかかっておいで。
視線とお声が結構届き、注目を浴びている側もなかなかに敏感なため、
ありゃまあ、もう?とちょっと閉口。

 「…そういや十代の人はみんな冬休みだっけ。」
 「アルバイトかスキーに行かんのか?」
 「まず私たちがそうではない。」

態度はさほど変えぬまま、
声だけやや緊迫感を添えたそれで 作戦タイムっぽいやり取りを交わす。

 せっかくの息抜きにと出て来たのにね。
 目的のウィンクは見せたけど。
 どっかで見たような顔だったがな。
 ああいうのは似てしまうもの。
 ちなみに、昭和の世代の人はあれを見て
 “ウィンクだったらもう一枚ないと”っていうのがボケになるんだって。
 ???
 太宰さんが言ってた。
 でも太宰さんって昭和の人じゃあないし、もしかして あの頃ここいらにも居たのかなぁ。

特に焦燥もせぬまま、何てことない会話を続けつつ、
若人らしい足取りでたかたかと歩み続ける3人で。

 あと、デートのたびに其処へ座ると
 必ず結婚できる伝説のベンチっていうのもあってね。
 そうそうvv
 下らぬ。
 あ、むくれた。
 話が通じないのは詰まんないって。
 じゃあ、全部教える。敦と私だけじゃなくあなたも通じるようになんなさい。
 〜〜〜〜〜。

会話を続けつつ、背後に少しずつ集まりつつある一団にも しっかと気づいてはいる。

 都会じゃ いちいち反応しないと聞いた。
 そうだね、でも芥川は目立つって中也さんが言ってた。
 何だと貴様も十分目立っておろう…と、

仲間内でちょっと揉めちゃうほどに、顔が差すのはさすがに面倒。
でもね、一応、対策の方でも慣れてはいて。

 「こっちだよ。」

虎の姫が先導する格好で サササッと素早く飛び込んだのは
広々とした敷地内に様々なテナントを納めたファッションマート。
ちょっとしたアーケード街みたいに
長い一本道が通っており左右に様々な店舗が向かい合って並んでいる。

 さてと、と
 さりげなく目配せし合って…。

派手ではないながら、人を撒くテクも身に着けておいで。
さすがスポーツに長けている3人なだけあって、
そうは見えないが競歩ばりの速足でどんどんと追っ掛けとの距離を稼いでゆく。
向こうも多少はさりげなく振る舞っているつもりらしいので、
こっちを見失ったわけでなしと駆け出してまでは来ないうち、
ぐんと距離を稼いだ直線コースから、いきなり路地へ飛び込んで。
裏口からお邪魔しますと駆け込んだのは、
品揃えは若い人向けながら、実は老舗が試作品用に始めた姉妹店でもあってのコト、
基本になろう定番商品の価格設定が微妙にお高い衣料品店。
在庫置き場や店員用の小部屋が並ぶ通路を突っ切り、
店内へ逆方向からの乱入を果たせば、

 「おや、敦さんではないか。」
 「こんにちは、澁澤さん。」

敦嬢とは親子だろうかと見まごうようなお揃いで、
そちらも年寄りでもないのに白銀の髪を背まで伸ばした男性が、
従業員へと指示を出し、ウィンドウ傍に飾った洋裁用のマネキン“トルソー”に、
木製ビーズや羽根など通した 少々ボヘミアン調のアクセを提げさせていたところ。
随分と長身で、中性的、いやいや年齢不詳というよな風貌をしており、
何処の民族の正装かと小首をかしげたくなるような、
パリッとしておりながらも ちょっと奇抜な型のジャケット上下をまとって立っていて。

 「こちらは…。」

目下や年下からという礼儀にのっとり、
まずは芥川を紹介しようとしかかった敦へ、ふふと小さく笑った男性、

 「知っているよ。芥川龍之介くん。
  横浜で活躍中のフィギュアスケートの選手だ。」

赤みの強い双眸といい、それを取り巻くやや長い睫毛の白といい、
もしかせずとも敦と同じく、色素異常という体質を持つお人であるものか。
ともすれば病的と思われそうな要素だろうに、敦と同じほど朗らかに笑ったお兄さんであり。
先んじて言われて ありゃりゃあと小さく笑った白のお嬢さん、
そのまま芥川の方を向くと、

 「こちらは澁澤龍彦さん。
  ボクの母の兄のお嫁さんの妹さんのお婿さんの従兄の、
  えっと、お嫁さんの弟さんなんだ。」

優雅に手を伸べて紹介したものの、
…長いわ ややこしいわで、
芥川が途中でその系譜を見失ったのも無理はなく。

 「?????」
 「敦、従兄ではなく はとこでは?」
 「え? あれ? ボクなんてった?」

なんかややこしい間柄らしいが、つまりは、

 「親戚ではあるけど血縁ではない、と?」
 「うん。」

お嫁さんたちが3人挟まってましたものねぇ。
でも物凄く近い親戚じゃないのってよく言われるんだなと、
屈託なく笑ったお嬢さんだったのへは、

 “それはそうだろう……。”

風貌造作は似てないけれど、
髪の色や肌の色が“そっくり”を通り越して同じにしか見えぬのだ。
それでなくとも珍しい色合い、親子かと思われたって不思議じゃあなかろ。
微妙な取り沙汰をされているのもこれまた慣れているものか、
澁澤氏はただただ微笑ましげな表情で少女らを見やっており、

 「確か、合宿中ではなかったかい?」

遠縁でも親戚は親戚、しかも結構近場に住まう人ならではで、
敦嬢の近況も知っておいでならしく。
シーズン真っ只中だろうにと、のんびりと訊くお兄さんなのへ、

 「う…ん。ちょっと息抜きにって出掛けて来たんだけど。」
 「ははぁん。また尾行が付いちゃったのだね。」

敦の手短な言いようから状況をそりゃああっさりと把握したお兄さんは、
小さく首を傾げて ふふーと微笑むと、
まあ任せなさいと店員を二人ほど手招きして呼んだのだった。



ニット帽で誰かさんが白銀の髪を隠せば、
結構どこにでもいる十代の少年少女といういでたちへの早変わりも可能。
すっかりと違う姿への変身なら なお良しで。
手ぶらだった身で、なのにすっかりと着替えられたのは、
此処が敦嬢の親戚縁故な店だから。
実は何度か同様の騒ぎになりかかった前科もあり、
お店側でも手慣れておいで。
ただ、鏡花ちゃん曰く、
敦嬢を相手というのが初めてとは思えない手際だそうだから、
もしかして太宰辺りが頻繁に利用しているのかも知れないが…。(う〜ん)
着替えた私服の方は店員さんがクラブハウスまで届けてくれるので、不自然な大荷物にもならぬ。
不審な所作は却って人目を引くのでと、
1人と2人に分かれ、さりげない様子で颯爽と店から出てゆく3人連れのいでたちはというと。

スエードのブーティに、レギンスぽいスリムパンツという軽快なボトムに
トップスはスタンドカラーのシャツとちょっと大きめのニットを重ね着て、
ざっくりしたミリタリ調モッズコートでマニッシュに仕上げた虎の姫に。

ポンチョ型のボアコートが愛らしい、
首元がレース調の飾り編みになっているカジュアルなニットと
タータンチェックの巻きスカートに同系色タイツ、
バックスキンのショートブーツという足回りで決めた鏡花ちゃん。

顔が差すならと帽子とサングラスに、
シャープなシルエットのストレートパンツと編み上げのブーツ、
縄編み模様のセーターとデザインシャツを合わせ、
ウェストを絞っているところがかつて着ていたのと似ている
チェスターコートというスタイルを選んだ漆黒の貴公子様だったりし。

どこかの民放の鬼ごっこバラエティ番組の追っ手の如く、
若しくはオリエンテーリングのポイントを探しあぐねる民のよに、
曖昧な情報を口にしつつ右往左往する若いお嬢さんたちの姿を遠目に見やり。
とりあえず離れようと、中心通路をさかさかと遠ざかる。
モールの端が見えて来て、はあと誰ともなく胸を撫で下ろしたその間合い。

 「……っ!」

横合いから伸びた手に二の腕を掴まれた鏡花が、だが、声を上げる間もなく昏倒し。
ハッとした敦や芥川も、そんな不意打ちへ驚いたほんの刹那の隙をつかれて、
次々に地に伏せてしまい。
随分と無慈悲にも、冷たい地べたをずりずりと引き摺られ、
薄暗くて狭い路地へとその身を隠されてしまったのだった。


to be continued.






 *誰か適任はいないかと登場人物を浚って、出て来たのが澁澤さんな辺り…。
  劇場版では ほんの一夜の出来事だったので、
  こちらの子らには忙しかった頃合いのこと、
  首謀者の貌なんて思い出せもしないのでは?ということで。(う〜ん)
  だって、谷津さんはポトマ側の人だし、花袋さんだと柄じゃあないしで
  消去法でこうなりました、サーせんでしたっ!(こらこら)



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