銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 8
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氷上のバレエと呼ばれもするフィギュアスケートは、
氷の上という特殊な舞台で舞う競技であるがため、
結構な加速をつけた助走からの高さのある跳躍や高速回転を為すスピン、
翔び上がった宙で幾重にもその身をぶん回す
トリプルだのアクセルだのといった離れ技を生身でこなせもするわけで。
だが、逆に言えば大地の上で駆け回っているわけでなし、
世界一滑りやすい氷の上でのあれこれだけに、総身の各所にかなりの無理をさせてもいる。
旋回状態からの安定した着地や 揺るぎのない連続ステップなどなど
流れるように織り上げ紡がれるシークエンスに破綻を来たさない演技を保つためには、
バランス感覚や表現力も要るが、それ以上に体力や持久力も勿論必要になる。
着地の折に襲いかかろう途轍もない荷重を上手に逃がしたり受け流す経験則も要る。
軽快に優雅にけろりとこなしているように見せているだけで、
バレエだってかなり過酷な代物なのであるのと同じく
フィギュアスケートもまた
華やかなだけでは済まぬ、壮絶過酷な鍛錬あっての成果の結集なのである。

 「…あの痩躯でよくも。」

とは、久し振りに練習を見学していた鏡花ちゃんの一言で。
まだ中等部生のお嬢さんは、だが、
お姉さんと呼びなさいと言われている父方の叔母さまから薙刀を学び、
免許皆伝 師範級という肩書を仮免の恰好で持っており。
(まだ年齢が足りないから正式なそれではないため)
小柄で華奢で、かてて加えてお人形さんのような愛らしい風貌をしておりながら、
良く言って物静か、実のところは寡黙だが 言うときはずんと凝縮された物言いをするがため、
大好きな敦おねえちゃんと仲睦まじい男衆である芥川への評価もかなり辛辣だったりし。
折しも、合宿練習に滞在中のクラブハウス内リンクにて、
昨日はすったもんだがあってお休みとした練習を
身体がなまると再開していた黒の貴公子様とスズラン姫だったのだが、
さほど難易度の高いものはせず、
サルコウやフリップなどを数回試し、キャメルスピンを試しと、
氷面とエッジとの馴染み具合や
体幹のバランスを確かめてみただけというスケーティングで押さえた敦嬢だったのに対し、
芥川の方は、それで基本のルーティンなのか、
かなりしっかと構成されているプログラムを一通り、
練習とは思えない完成度と集中でもって遣り込んでいる。
鏡花や敦という観客がいるからという訳でもないようで、
武道仲間から始まったコーチの中也さんが、
そちらのトレーニングと同様に、集中しろ・気を抜くなと厳しくあたる人ならしく。
そんな中也と同じお姉さまから武道を学んでいる鏡花としては、
フィギュア自体は大きに畑違いでそれへの鍛錬も未知の領域なことながら、
向かい合い、研磨する姿勢はさほど違いはせぬだろうと、厳しい検分を向けてたらしく。
よって、

 『…あの痩躯でよくも。』

の一言はそこから出た感慨。
態度の真摯さは合格と見たうえで、
屈強強靱な肢体を持つでない、マッチ棒体型な身のくせに (…辛辣)
氷面をエッジという刃で掴まえての鮮やかなジャンプやステップへ
どれほどの粘り強い馬力や鋭い勘があっての妙技かと。
これでも彼女なりに感心した言いようだった模様。
ついつい凝縮されまくった挙句の辛辣な言動になりがちなお嬢さんが、
ああいう言い回しながら称賛していたのだよと言いたかっただけなのへ
こんだけかかる相変わらずに冗長な筆者でございます。はあ、長かった。(こらこら)

 「きょ、鏡花ちゃん?」

冷然とした口調だったのへ “何か怒ってない?”と、
何故だか敦の方が 細い肩を竦めて伺うような声を発したほどだったが、
言われた対象ご本人は、意外なほど深い洞察ですべて浚った上だろう、

 「別に、貴様に認めてもらわずとも構わぬ。」
 「…。」

保温性の高い素材のジャージの上下にレッグウォーマと手套、
そのすべてが漆黒という
練習用のシンプルな装備をまとった痩躯が、
軽快な足取りでリンクを渡って来、昇降口にあたるステップまでを戻って来て、
そこに立っていた敦や鏡花に歩み寄る。
涼しげな澄まし顔でいたものの、そこはそれなり運動量はあってのことだろう、
きちんと防寒装備していなければそれなり寒い空間だというに、
毛先の色が抜けている相変わらずの色合いした横鬢の髪が、
汗のせいでかしっとりし、よくよく見れば頬におくれ毛が貼りついてもおり。
ベンチに腰かけた彼がシューズを脱ぐのを見届けてから、
これもいつもの呼吸か、
ベンチに出してあったタオルを はいと敦ちゃんが差し出すところなぞ
なかなかに甲斐甲斐しい。
うんと小さく会釈して、ついでに相手のお顔をちらと見てから受け取り、
口許をタオルで覆う辺りが、かつてよく咳き込んでいた彼の見慣れた仕草と微妙にかぶる。
続いてミネラルウォータのペットボトルを手渡ししておれば、

 「此処へ来てからどこか出掛けた?」

鏡花ちゃんがそんな事を訊く。
退屈だったのか、それとも
二人を指導している中也や太宰が出掛けているので、
今日の練習はこのくらいで切り上げようかという雰囲気を読んだのか。
そちらもやはり、こっちの様子を窺っていたらしいタイミング、
リンク整備しますよ〜という常駐の職員さんたちのお声掛けに追い立てられるよに、
温度管理用の分厚い扉を押し開けてロビーの方へ移動しつつ、
チームの顔でありながら最年少構成員な少年少女ら、年齢相応な会話を続けることにする。
前庭に向いた側が天井近くまでガラス張りになっている
明るいロビーのその窓辺まで歩み寄れば、
窓の外に望めるのは丘陵下に広がる街並みを背景に
随分と冬枯れの進んだ裸の木立と常緑の茂みというありふれた風景。
ただの宿舎という感覚だったからか、それはそれで良しとして、

 「このクラブハウスの周りくらいだよね。」

鏡花ちゃんはともかく敦と芥川は “合宿”に来ている身。
それに、大会がらみではなくという格好でお互いに逢えたことで結構心躍る状態でもあったので、
毎日お顔を見られる声が聞ける、
ちょっと意地悪な彼が叱ってくれる、天然な彼女の愛らしいボケを間近に聞けると、
…何か後半は “それでいいの?”と聞きたくなるよなバカップルらしい感慨も込みで
たっぷりとリア充を堪能していたらしく、
この上、どこかへ遠出なんて考えもしなかった様子。
この辺りは敦や鏡花にとっては学園の周縁エリアでもあり、
風致地区も同然なため、特に何か面白い施設だの見どころスポットがあるでなし。

 まあ横浜の人なんだから繁華街もそっちが賑わいもトレンドも上だろし
 しかもこの時期だから、百花園も紅葉はとっくに終わってて
 さして観るものなんてない田舎だけれど

 「でも、面白いものはある。」
 「ウィンクの陶板とか?」

鏡花と敦と、地元の二人がそんな言いようを掛け合いし、ぷぷーと吹き出す。
当然、地元民ではない芥川には中身の見えないやり取りであり、

「??」

何だ何だと目許を眇めたのに気づいて、
敦がくすくすと笑いつつ説明したのが、

「土地の出身の前衛彫刻家の作品で、
 大阪の太陽の塔みたいな、デフォルメされた顔のレリーフなんだけど。」

それが、最寄りのJR駅の壁に設置されているそうで。
駅前広場を向いた位置にあることから、
近隣住民にはちょっとしたランドマーク扱いになっているらしい。

 ちょっと横向いてるって表現らしい、糸目の配置がウィンクしてるみたいなんで、
 その広場で待ち合わせる子たちには
 “ウィンクの下”とか“ウィンク広場で”とか言って通用するの、と

白と黒の少女二人、くすくすと愛らしく笑って見せるのが、
カナリア…というより もっと小さな小鳥のジュウシマツみたいで愛らしい。
とはいえ、二人だけで判ってるなんてつまらないよねと、
意味不明とばかりに放り出されているのが 想い入れのある相手なだけに
そこは敦も気も回せるようで、

 「エキシビジョンショーは、クリスマスの後って話だし、
  日はあるから、太宰さんや中也さんに言えば、
  半日くらいは自由時間もらえるかもしれないけど…。」

そんな風に遊ぶこと言い出しちゃあいけないかなぁと、
ちょっと尻すぼみになって言うスズラン姫御だったのへ。
そうまで堅苦しい、風紀委員みたいに思われているものかと、
そういう方向での溜息をこぼした芥川、

 「太宰さんが戻ったら聞いてみよう。」
 「やたっ♪」

わぁいとはしゃぐヲトメ二人だったのへ、
微笑ましいなとの苦笑がこぼれたのでありました。




to be continued.






 *ちょっと短くて“幕間”ってとこでしょうか。
  旧双黒がお出掛け中の新双黒プラス鏡花ちゃんです。
  まだ年が明けてない、ともすりゃあクリスマスも来てない頃合いでしたね。
  間が空いたこともあってか、相変わらずの冗長癖が出て、
  ちょっと間延びした展開となりましたが、
  実は此処からどう持っていこうか、ちょっと迷い中。
  ネタは定まっているんですが、どうしましょう、う〜ん。



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