銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 6
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前世の記憶は人によってまちまちで、
皆 その通りに なぞらにゃならんとまでは思ってないようながら、
それでも、ああ知り合いだったのかとか、こういう奴だったよなというよな、
前世の忘れ物的記憶が今の生にもついて来ている風ではあって。
例えば、まださして話もしていないのに、曾ては殺しの任務を指図されてた間柄だったというの、
芥川を前にして 朧気ながらも思い出していたらしい鏡花にしても、
それはそれだ、今という現実とつながってることではないと、冷静に判断している模様。

 『それに…。』

さほど極悪非道ってこともなかったような…と、
そんな接点もあったらしいこと、思い出してるようで。
今はといえば、大好きな敦おねえちゃんを守ってくれているのならそれでいい、
お姉ちゃんに相応しい、カッコいいカレ氏でいてくれないなら
その時は改めて考えるという順番になっているのだとかで。

 “何をどう考えるんだろう…。”

はてと小首を傾げた中也に視線を抛られ、
困ったように苦笑した敦嬢だったのは、

 「考えるなんて言ってるけれど、鏡花ちゃんたら芥川と結託してるんですよ?」

今日だって、小姑みたいに口うるさいし練習ではすぐ手が出る乱暴者だしって抗議したらば、
それはボクが頼りないからとかどうとか、二人揃って言い返すんですよ?と、
相変わらずの抗議を持ち出す。だがだが、そこは中也とて同意見なところ。
手が出ると言ってもそれはトレーニング中のみに限られているのだし、
説教くさいのは敦が子供じみたうっかりを連発するからで。
あれでも気にかけておればこそで、
どうでもいい相手なら “せいぜい他所で恥をかけばいいのだ”と無視して良いよなことばかり。
そこのところをやんわりと指摘すると、そこはやはり意固地な性分ではないお嬢さんで、
道理は判るのか うううと口ごもり、うつむいてしまう。その上で、

 「…こんなじゃ嫌われちゃいますか?」

それはイヤなのか、どうしようと思ったらしく、
起き上がって座っていた体勢の薄い背中を丸くしたまま、
中也の方を上目遣いで見やって来るから、
うわ可愛いじゃねぇか…とやはりやはり困ったような苦笑が洩れる姐様で。

 「対等に扱ってほしいって気持ちは判るがな。」

彼らの噛みつき合いは、仔猫のじゃれ合いのようなものと判っちゃあいる。
誰よりも本人同士が言わずとも判っていよう、ある意味 なれ合いのような空気感もある。
けれど、そういう関係というのは、
察し合いという曖昧なつながりゆえに、案外と詰まらない齟齬で思わぬ破綻をすることもある。
何で言ってくれない、ちゃんとはっきりしといてくれてないのだと、
相手を責める方向に傾き出すと修復が難しい。
別に凶器マニアじゃあないし、かつてのようにそんなものもってる意味もなく。
単なる果物ナイフをリンゴの盛られてある籐籠に戻した中也は、
細い顎を引き、少々眇めるよな恰好で双眸をやんわりとたわめると、

「あんまりしつこいと面倒くさいなぁって煙たがられるぞ?」

すらりとした脚を組み替えながらといういかにもな動作に紛れさせ、
男女間の拗れにさも造詣がありげな言いようでの忠告をズバリと落とす。
すると、

「う…。」

痛いところではあったらしく、スズラン姫様、ぐっと言葉に詰まったようで。

 覚えはないのか? そういうの。敬遠されてもいいんか?
 それは…イヤかも。

もじもじ もにょもにょと口ごもるような女は、中也も実はあんまり好かないタイプだが、
このお嬢ちゃんの場合、
実の姉ほども信頼し、凭れてよしとこちらを見込んでいてのことという
付帯条件があっての甘えだというのも痛いほど判るので。
突き放すのではなく、むしろ手を伸べる格好で
やや辛辣かも知れない言いようをしたまでなのであり。

「女ってのはッて俗な言いようで括る奴じゃあないとは思うけど、
 アタシもそうだが、向こうは男でこっちは女だ。
 むしろ向こうの方が戸惑ってるんじゃないのかな。」

そればっかは当人にだってどうしようもないことゆえに、女だてらになんて今更言うまい。
女のくせにと上から見ているわけでもなかろ。
どうしても改めないことへご立腹なら、そもそも実世界じゃあさして縁もないのだ見切ればいい。
それをしないで敦との距離もそのままでいるのは、今の敦へも憎からず思う彼奴だから…だと思う。

「ただ、女だってことへの、ジレンマみてぇのがあるんだろうな。」
「ジレンマ?」

そこは自身でも歯がゆいとかやれやれとか思うところなのか、
中也はため息交じりに頷くと、

 「ちょっと極端だがな、
  アタシも “自分が男だったら、そんで相手が女になってたらって置き換えてみれ”って言われて
  やっと理解したことなんだけど。」

頼もしい性格とか、体術を使える身じゃああっても、かつてほど腕力も体力もなかろうし、
それ以前に、事情が通じてねぇ輩からすりゃあ
ちょいとひねりゃあ意のままになるとか そんな勝手を構えられて
卑怯千万な策を講じられて、襲われかねんとまで案じられているのかも知れぬ。

 「え…?」
 「まあ、これは極端な話だけどな。」

極端という言いようを繰り返しつつ、撥ねの多い自分の赤い髪をもさもさとまさぐった中也が、
ちょっとばかり目許をしかめて しょっぱそうな顔をしたのは。
自分で言ったように…なかなか理解が到達しないため
物凄く極端な、ドラマか小説かという設定を持って来て納得させられた身だったからなのだろう。

 「いつもいつも傍には居られねぇんだ。
  だから、自分がいないときどうすんだろうってそりゃあ心配してての裏返し。
  しっかりしてくれよと切実に訴えたくての、説教じみたキツイ物言いってとこじゃないのかね。」

大切な相手なのに いつも居てやれない歯がゆさ。
か弱いというのは極端だが、大人たちに守られている敦は、だが、
例えば学校では? 移動のためのちょっとした外出先では?
幼い子供じゃないのだから、誰もついてない間合いだってあろう。
知名度が上がり、やや顔の差す身となった彼女が
そんな隙をつかれて何に遭遇するか判ったものじゃあないと思うと、落ち着けぬ芥川であるらしく。

 “…まあ、ただの過保護とは思えない何かを隠してやがるようでもあるんだがな。”

今にして思えば、自分との縁つなぎに躍起だったからでもあろうが、
かつてはともかく現今ではさほど喧嘩だ格闘だなんてスキルなぞそうそう必要ではないはずなのに、
どうして柔術やらマーシャルアーツやらを身につけたがった彼なのか。
この子を守れるような身になっておきたかったからというのもあったのではなかろうか。

  敦はどうなんだ?メールやラインですぐにも話せはするだろうが、
  傍にあいつが居ない時はすっかり思い出さねぇのか?

  ……そんなことないです。

いつもたくさん人がいるし、やらなきゃいけないことも多いから、
ぼんやりしてる暇なんてあまりないけど、
何してるのかなって思うことは多々あって。
遅い時間だとメールも迷惑かなって寂しくなる。

 「だから、たまに逢える時は優しくしてほしいって…
  思っちゃいけないのかなぁって。あの…。///////」

言いながら真っ赤になって細い肩をすぼめてしまうのは、
さっきから何か恥ずかしいこと言ってると、今になって自覚したからだろう。
膝に掛けていた布団、持ち上げてお顔を埋め、隠すようにする幼子の愛らしさへ、
冷やかしては大人げないかなと にやにや笑うだけにとどめておれば、

「……アタシもそうだってのは?」

もしょりと言い返してきたのは、
先程の言い回しの中にあった一節で、中也にしてみれば口がすべったフレーズでもあり。
は?と玻璃玉みたいな双眸を見張ってから、頭の中にて何だっけと後戻りして…。

 「…あ、ああいや、えっと。////////」

敦が芥川から案じられているのへの同類項であるかのように
ついつい並べてしまった“アタシもそうだが”という一言は、
果たして誰からの想い入れへの “アタシも”なのかといえば……。

 「あー、まあこっちの話はいいんだ。」
 「良くないです。もしかしてだざ…。」
 「いいったらいいのっ。////////」

途端にわやわやと挙動不審になって、色白な頬から耳から真っ赤になる辺り。
いかにも年齢相応な含羞みようがまた
日頃の頼もしい姐御肌とのギャップがあって可愛らしいというか。

 「中也さんたら、ハードもソフトも完備ってところですねvv」
 「あーつーしー。////////」

つか、ハードとかソフトの使い方間違ってないか、それ。(苦笑)




     ◇◇


鏡花のレッスンバッグに紛れ込んでいたおもちゃのようなミニポーチ。
彼女と敦が通うそこは私立の中高一貫で、結構 校則が厳しい学園なので、
指定されていない私物は許可なく持ち込んではいけないらしく。
さほど汚れてもないが新品でもない代物で、小さい小物が好きな女学生にウケそうなものではある。
終業式まで学校には行かないというので、気味が悪いだろうから私が預かろうと、
太宰が受け取ったブツを、何てことなく手遊びの道具のようにクルクルと回しておれば、

 「太宰さん?」

ロビーで手持ち無沙汰にしているように見えたのか、
通りかかった宮沢くんが、彼もまた学校の帰りだったか学生服のまま声をかけてくる。
彼も鏡花と同じ学園生で、帰ってゆく彼女と擦れ違いでもしたものか、
太宰の手元を見やると ああという顔になったから、ちらりと話をしでもしたのだろう。

「それって何なんでしょうかね。」

ウチの購買でも見たことありませんしと、鏡花と同様のことを言う。
高等部と共同の学生生協があって、お財布だとか裁縫セットという小物も置いてなくはないらしく、
だが、それならならで校章がでかでかとプリントされているらしい。

「うん。ただの取り違えならいいんだけれど。」
「はい?」

ふふーと笑った背高のっぽなスタッフチーフ様、
樹脂製の目の細かいファスナーをじじっと開けると、
中から小さな細い金属棒、
犬笛かレーザーポインター風の小物が付いたキーホルダーを取り出した。

 「スマホや i-padに使う、ミニサイズのスタイラスペンみたいだけれど。」

小指ほどの長さのそれが 軽く引っ張れば1.5倍ほどに伸びるギミックになっているものの、
それ以外にはどうといって特長もない。
だというのに、太宰はその向こうに“何か”を既に見つけているらしく。
本当に不明だったらもうちょっと深刻そうな、若しくは怪訝そうな顔をしなと、
さっきも与謝野から“しょうがない奴だねぇ”と困り顔にて笑われたそうな。




to be continued.







 *平i沢進さんが 映画『パプリiカ』のテーマ曲として発表なさっている曲に
  『白虎i野の娘』というのがあります。
  実は前々からお気に入りで、敦くんの異能と何か語呂が合うのが妙に楽しいvv
  それはともかく。
  何てことないポーチだったはずが、何かありそうですが。
  そしてそれをどうしてくれようかなんて
  頭の中にてこねくり回しているらしい太宰さんですが。
  長いお話になるのは困るなぁ。
  集中力ないと繰り言まるけになるんですよね、年寄りは。



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