銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 4
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白銀に限りなく近い白髪に、色白な肌をし、
双眸はアメジストと琥珀が混ざった宝石みたいな、不思議な色合いを浮かべた玻璃玉のようで。
何処か神秘的な淡彩がようよう映える、繊細そうであどけない風貌をした少女は、
やや華奢ですんなりとした肢体ながら、
様々なスポーツをこなしてきた蓄積を生かし、銀盤の上でもそれは優雅に舞って見せ、
高々と宙へ跳ねるジャンプも鮮やかに決めては歓声を浴び。
ステップやスピンも新人とは思えぬ難度のものを安定感もて決め続け、
世界選手権やワールドツアーの常連であるかのように、
その手の話題に必ず名の挙がる選手として把握されるまでとなった。
そして、昨年の終盤から熱狂的なファン層抱えて台頭してきた漆黒の貴公子様も、
切れのあるスピンや優美なステップにますます磨きがかかってのこと、
孤高の愁いをおびた冴えた美貌にようよう映える、素晴らしい構成の演技を苦もなくこなしては、
会場を女性ファンの黄色い声援弾ける興奮の坩堝にするのみならず、
完成度の高さで各方面から絶賛されてはスポーツ紙の一面を飾るほどの知名度となり。
年齢が近いうえに突然現れた恰好までお揃いな新星同士、
どうやら当人同士も親しいらしいことからか、
インタビューなどでお互いを話題にされ、
いつの間にか割り込みの増えた芸能畑の記者から
熱愛中か?なんて 空気を読まない質問を振られることも増えたが、
そこはそれ、こなれた顔ぶれからの入れ知恵で、

 『さあ、素敵な方だとは思いますけど…。』
 『お互い 学ぶことの多い身です。』

微妙ながらも無難な言いようで応じてお終いというスルーで逃げるばかりだったりし。
そして二人っきりになったらなったで、

「そもそも “姫”が聞いて呆れる。
 結構利かん気だし、表情もコロコロ変わるお転婆だというに。」
「そっちこそどこが “貴公子”なんだか。
 口が重いの棚に上げて、す〜ぐ手が出る乱暴者なのに。」

おまけに寒がりで、変装だなんて言ってるけどそれ以上に着ぶくれるし。
言ったな、そういう貴様はどうだ。スカートが短かすぎると皆から叱られていただろうが。
相変わらずの偏食も治ってないし。
貴様こそ 痩せの大食いはそのまんまだな…と、
舞台裏ではこの調子の 容赦のないにぎやかさでもあって。

 「仲がいいからこその言い合いってやつかなぁ。」
 「つか、少なくとも熱愛中の間柄で言い合う内容じゃあないよな。」

例えるなら、一応クラス公認とのレッテルはついているが
どう見たって立派な喧嘩ップル止まりな委員長コンビというところだろうか。
それでも双方ともに、曾ての自身のありようとか周囲にいた人々だとか、
内容的には立場の差こそあれ、大体同じくらいを思い出しての把握をしており。
当初こそ偏った憎まれようなり恨まれようをしていたものの、
最終的には互いを結構理解し合っていたし、
荒事では背中を預けるまでの相棒として信頼もしていたと記憶して居たのだろ。
ふっと、何とも言えない空気感を醸すと、
無言のまま身を寄せ合ったり視線を絡ませ合ったりして、
こそこそぼそぼそ、内緒のお話なぞ取り交わしてもいる模様。
当時は気にしなかったが、今世ではきっちりと学齢で仕切られているせいか、
二歳という歳の開きはやはりあるようなと実感しもする。
ただただ甘えると辛辣なことも言われるものの、静かでいると“どうした?”と案じてくれて。
そのさりげなさが、らしくないよな らしいような。
知らない彼だと感じるような、いやそうじゃあなくってと、
自分の語彙力の乏しさのせいかな、そういうんでもないよなと、
時々、虎の姫を戸惑わせてもいる。

 『なんて言うのか、少しもどかしい。』

思い出し切ってないことがあるみたいな。
あれ?こんな奴だったかなって思いつつも、それほど違和感ではないような。
もっと知ってたことがあって、でもそれはまだ思い出せてないからなのかな。
例えば、気を回されているのがらしくないなって不自然な気もするけど
不自然じゃあないってすんなり受け入れてる自分でもあって。
頭で思い出せてないことへ、でも気持ち? 感覚?
そういうところでは覚えてるらしくって、
やさしくされても疑問がわかない、伸ばされた手がむしろ嬉しい。
でも、どうしてだろう、たまに…ちょっと切なくなる。そんな感じでなのがもどかしい。

 『ボク、やっぱり馬鹿なのかなぁ。』

自分の感覚や感情が理解できてないなんて変かなぁと、
小首をかしげて困ったように微笑う敦嬢なのへ。
そんな風に考えちゃダメと、いつも言葉少なに諭してくれるのが、
最近紹介されて、そのままぐんぐんと仲良くなった小さな少女で。

 「あれ、鏡花ちゃん?」

丘陵地にあるクラブハウスの合宿所から最寄りの駅へ向けてなだらかな坂を下りて行った先、
新旧の戸建てが凸凹と立ち並ぶ住宅街から
ちょっとした店屋が立ち並ぶ少し賑やかな界隈になろう取っ掛かりあたりに、
生活道路と街道とが交わるところ
大河と交わる地点の三角州みたいな恰好で 小さな広場のような緑地公園がある。
その入り口に、夏はスムージーやフラッペ、今時分はホットサンドを売る路販車が出ていて、
通年で扱っているのがフルーツや生クリームを巻いた 手持ちのクレープ。
トッピングの種類は大して多くはないものの、それでも生地のもちもち具合と風味が格別と評判ならしく、
敦も行きつけとしているそのお店を取り巻く制服姿の女子らの中に、意外や見知ったお顔が居る。
いやいや、日頃一緒にご贔屓にしてはいるのだが、
今日のこの時間帯に逢えるとは思わなんだ。だって、

 「学校の帰り? でも、だったら少し早くない?」

並木や公園を縁どる茂みもこのところの急な冬らしい気候につられてかずんと冬枯れしており、
マッチ棒のような枝々がどこか乾いた冬の日に照らされて侘しい雰囲気。
そんな中の唯一の彩りのように、
お揃いの制服の上へ、
それぞれ色違いのマフラーやら手袋で精いっぱいにおしゃれしたお元気そうな集団は、
日頃なら敦も通っている某学園の生徒達らしく。
自分も常連、ゆえに寄り道を注意叱責できる立場じゃあないが
それにしたって中途半端な時間だのにと、そっちを怪訝に思っておれば。
向こうも意外なところで逢えたのへ、だが素直に受け取ったようで
いつもの冷静なお顔のまま、短く告げたのが、

 「期末。」
 「あ、そっかぁ。中等部はちょっと遅めなんだよね。」

敦と同じ学園に通う鏡花は、だが中等部生なので、
試験の採点に時間がかかるものか、早々とプレ冬休みに入る高校生と微妙にスケジュールが違い、
丁度 今が期末考査中であるらしく。
話す言葉が少ないのはそういう性分な彼女だからで、
買い食いを見咎められたと反発しての喧嘩腰でいるわけではない。
むしろ、意外なところで思いがけなく大好きな姉様と会えたのが嬉しいか、
色白な頬を仄かに赤く染めており。

 「はい、そっちのお嬢さん、ご注文は?」
 「あ、えっと、チョコバナナ、スプレー多めで。」

あいよと頷いたコック帽のおばさまが、続いて連れの青年へ視線をやれば、

 「…珈琲を。」
 「はいな。」

ぼそりとした言いようだが結構通る声なので、
ちゃんと届いたらしく 愛想よく応じて調理台のある奥へ引っ込んだ。
鏡花以外のお嬢さん方という他の顔ぶれも居合わせたが、
さすがに直接の知己同士ではないため気を遣われたか、
やや遠巻きにして様子を窺うという構え。
それへ神経質に意識を配るでもなく、
注文したものが手際よく渡されると邪魔にならぬよう、
少し離れた車止めを止まり木代わりに凭れかかって、さて。

 「……。」
 「……。」
 「えっとぉ。」

寡黙なのが二人もいると、
特に剣呑な間柄でもないというに空気が重いというかぎこちないというか。
鏡花と芥川もまた、曾ては殺伐とした間柄だったものの、
そんな当時も、ただ単に暗殺を命じ命じられる“上司と部下”だったわけじゃあなく。
思いやりというほどではないながら、それでも…日の当たる世界で踏ん張る鏡花へ
その瞳に張りが戻ったと、よかったなと言ってくれるだけはあった芥川へ、
人も気持ちも顧みない非情なばかりな男ではないのかも知れぬと。
自身のうちへ呑んだ芯のようなもののある、それなり自負もった存在らしいのは認めてもいたらしく。
今は今で、邂逅ののち出来るだけ白の姉様の傍らに居ようとする彼なのへ

 「…今は敦を大切にしているようだから。」

敦への気遣いや態度とか、まま合格ということなのか、
特に険悪な感情は向けてないと言いたいらしい鏡花の所存は
この端とした言いようでも通じた敦としては、

 「大切ぅ〜〜?」

あのね鏡花ちゃん、こいつの何処がそんな紳士だっての。
スパルタだし口も悪いしさ、
人の心持ち抉るような物言いするし、すぐ抓ったり叩いたり……

 「それは敦も悪い。」
 「う…。////////」

口許のチョコソース、左右から伸びてきた二人分の手で拭われて、
うううと頬を赤らめて、面目次第もないと肩を縮めた虎の姫だったが、

 「きゃっ。」
 「ヤダ何ッ。」

不意に、アブの羽音を何十倍にもしたような、得も言われぬ轟音が飛び込んできた。
すぐ真横の幹線道路を、とても制限速度とは思えない勢いでやって来て去ってったバイクがあり。
それも立て続けに数台ほどとあって、
物理的な攻撃のような爆音に少女らが悲鳴を上げつつ耳を塞ぎ、芥川や鏡花も警戒気味に眉をしかめる。
今の世にあって、自分たちに何か直接の脅威を加えるような心当たりはさすがにないが、
ならならで、ああいう手合いには直截な不快を覚える。
わざとマフラーに細工をし、他者に不快を与えてせせら笑い、他者を見下す下賤な連中。
心根が矯矮な連中はいつの世にもいるのだなと、ふんと鼻を鳴らして視線を戻せば、

 「ふにゃぁあ。」
 「…敦。」
 「先程の爆音か?」

食べかけのクレープごと両手でしっかと耳を塞ぐ敦の姿にハッとする。
曾ての異能はもうないはずだが、
それでもスポーツに親しむ中で研ぎ澄まされた感覚の良さが仇になったか、
鼓膜を叩くよな痛いほどの爆音だったようで。
これは一大事と、鏡花がポッケに入れていた使い捨てカイロを差し出すやら、
芥川が自分の耳へと装着していたの、
今は首へ引っかけていたヘッドフォンタイプのイアーマフをつけさせるやら。
二人がかりで過保護に世話を焼く辺り、
恋愛模様云々はまだ先の話なのかなぁなんて、
通りすがりの与謝野さんと乱歩さんが苦笑した一幕だったらしいのだけれど。


  街路樹の根方、固めておかれてあった学生鞄やレッスンバッグが、
  残り少ない葉のモザイクみたいな影を躍らせていたのが、
  まさかまさか、大騒ぎの導火線となろうとは………。




to be continued.







 *鏡花ちゃんと芥川って、
  そういや遺恨というか殺しを無理強いされる関係にあったけど、
  共食い篇でちょっぴり払拭されたはずなのに
  劇場版ではまだそれが残ってるみたいな、意味深なこと言い合ってましたな。
  それは踏まえてなくてってことなのかなぁ。




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