銀盤にて逢いましょう


□コーカサス・レースが始まった? 2
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毎シーズン新しい新星が現れては世間様の注目を掻っ攫うほどに、
新旧交代が激しいフィギュアスケート界において、
今季大注目なのが、どちらも初々しい学生という若手二人。
女子高生の中島敦ちゃんもなかなか奇抜な登場だったが、
芥川青年のほうも これでなかなか面白いところ出身で。
現在 大学生の彼は、履歴的には昨年からの注目株だったが、
シーズンも終わろうかという頃合いに大きな大会まで勝ち上がって来たため
随分と遅ればせながらでテレビなどで扱われる露出を果たしたクチ。
俗に言うジュニア時代の年頃は、
彼もまた畑違いな格闘系の体術方面で名を馳せていて、
太極拳やら剣道やらの諸先輩から、
随分とまあ畑違いなこと始めたなぁ
思わぬほうから名前が聞こえて来て、
今時分に気が付いたぞなんていう苦笑交じりな激励が来ることがあるらしい。

 「それって、やっぱり
  そういう勘が黙ってなかったから、そういうのから始めてたとか?」
 「どうだろうな。」

他意なく訊いてきた敦の銀糸の髪を指で梳きつつ、
こちらも率直なところを応じた芥川で。
前世では物心ついたころにはもう貧民街に妹と二人で過ごしていた身、
大人になっても親は知らぬままだったが、
今の生ではごくごく一般人のサラリーマン家庭の長男として生まれ、
家庭もまあまあ、いつまでも新婚所帯みたいな雰囲気ではないが、
かといって冷めきった家庭内離婚中というものでもなくの、
会話は結構多い方な親御に 時々揶揄われたり励まされたりしつつという
きわめて平凡な育ちをして来ており。
勉学や読書も嫌いではなく、武道だの格闘技だのへは幼い頃はさほど関心もないままだったが、
よくある話、すまし顔が気に入らないとかどうとか同じ学校のはぐれ者らに難癖をつけられ、
こちらからは名も知らぬ輩たちから絡まれた末に、
拳が飛んできたのへ…何の心得もなかったのにそれは手際よく躱せた。
運動なぞ、せいぜい体育の授業でこなす範囲、
見た目そのまま 殴り返せるような膂力もない身だったが、不思議と暴力への恐れとか萎縮は湧かず。
怯えもしないまま 飛んできた何かを避けるような自然な感覚で身を躱し、
いつまでも当たらぬことへ向こうが焦れたか、勝手にたたらを踏んで自滅。
少々衆目もあったため、このままではバツが悪いと思ったらしいお仲間が殴りかかって来たものを

 『手前ら、ガキ相手に何人がかりだ。』

腹の底からというしっかとした怒号付きで 見かねて庇ってくれたのが、
女だてらにその辺りのごろつきを〆ていた中也だったそうで。
よくよく見れば中学生の制服姿だったが、あまりの痩躯に小学生に絡んでいるのかと思ったなんて大笑いされ、
ますますと面子が無くなった連中はそそくさと退散。
奴らが万が一にも逆恨みとか仕掛けて来たらアタシを呼べと、連絡先を教えてくれたのへ、

  __ 自分のように何の心得もないものでも強くなれますか?と、

さっきまであれほど落ち着いてたものが、妙に急くよに訊いていて。
だって、結構な速さのあった拳をひょいと横から掴み取って捩じ上げた女傑のお顔、
あっと声が出そうになったほど、思い出してた“記憶”にあった人と同んなじで。
ああでもそんな珍妙な話をしたって信じてはもらえまい、
だって今の今、こちらが誰か判らない中也なようだし。
何より、何処から見ても立派な女性だという点が大きく違う。
とはいえ、この縁を切るのは忍びなくって、咄嗟にそんな事を訊いており。
アタシのは我流だし、どっちかというと体術だからなぁと 少々謙遜しつつも、
ぱっと見 理系か文系という初見の子、何だか切実そうな顔なのが気になったか、
じゃあ、気が向いたらアタシらの“溜まり”へおいで、
そこで喧嘩半分の組み手や鍛錬してるからと誘われ、
それが 格闘方面の知己の一人として仲間内へ引き入れてくれた切っ掛けとなった。

 「あ、それじゃあ 中也さんのことナンパしたんだ。」
 「何故そうなる。」

妙な方向に解釈したよな言い草へ、だが、ムキにはならず、ふふと笑えば、

 “こういう顔、したっけかな? ////////////”

完全に全部を思い出したわけじゃないのではあるが、
こうまでソフトな笑い方するような奴だっけと、やや怪訝に感じつつ。
そういう態度も気に入らないか、だが、それにしては立ち上がって去るでなし。
もうっと言いつつも凭れていた懐へますますと擦り寄って来る敦嬢なものだから、

 「…あれって自覚あってやってるんじゃないから困るよな。」
 「あ、やっぱりそうなんだ。」

ウチのスタッフはほぼ敦ちゃんが小さい頃から周りにいた人ばっかなんで、
ああいう甘え方も当たり前でね。
まあさすがに男性相手だと、他所の人がいる場所では控えているけど、
太宰さんや賢治くん辺りへ飛びついてハグしたりは当たり前だから、と。
自分の妹さんから似たような愛情表現をこれでもかっとそそがれている谷崎さんが苦笑をし、
一緒に買い出しに出ていた外から帰って来たばかりで、
いきなり 件の二人がソファーに半分寝ころびかけという態勢で睦まじくしているところを眺めることとされた
横浜陣営の立原さんが “それはまた難儀な”というか それで馴れているのかそっちの顔ぶれはと、
ちょっと呆れたような顔をする。
彼もまたかつての記憶を取り戻しているものだから、
あのような世界、状況下で、浅くはない関わり合いがあったことを思い出せばこその
随分と途中式をすっ飛ばした くっつきようなのだろというのは何とはなく判るものの、

 「でも、恋人同士って意識はないみたいなんだよね。」
 「え? そうなんすか?」

いくら敦嬢の側に警戒心がないらしいからとはいえ、
だったらたら、芥川の方でそれを抵抗なく受け入れてる辺り、
その筋の、いやさ、そういう傾向の告白とかなんとかあった末じゃあないのかと思っていたらしい、
男女の間柄へはあくまでも一般人としての感覚でいた立原をギョッとさせたのが。
何処からこっちの会話を聞いていたのやら、
一応の距離はあるロビーの向こう端、窓辺の陽だまりにての甘い甘い睦みを眺めやってた、
スズラン娘班のイケメンチーフこと、太宰氏で。
私たちの芥川くんに馴れ馴れしくしないでと突撃かましてくる、過激派ファン“羅生門”の jKたちへ、

 『おやおや、さすがは都会のお嬢さんたちだねぇ。
  あか抜けてて綺麗なもんだ。』

銀幕から抜け出て来たよな絶世の美貌をやんわりたわめて微笑みつつ、
甘くて響きのいい魅惑の声音で褒めたたえ、矛先をあっさり鈍らせる手並みも鮮やかな、
そういった駆け引きなり手管なりには百戦錬磨っぽいお人がくすくすと笑い、

 「公言するのは大仰だけれど、
  さりげなくペアのリングするとか、お揃いのスヌード使うとかで 仄めかせば?って言ったらさ、
  芥川くんから“何のことです?”って本気でキョトンとされたもの。」

どう見たって、でろっでろに甘い睦み合い中の恋人同士風な二人だが、
あれは調教中の虎の仔を 腹に乗っけて甘やかしている程度のそれだそうで。

 「敦ちゃんのビールマンスピンが雑だと芥川くんが手本を見せれば、
  確かに丁寧さは判るのか、
  柔軟性で男子に負けるなんてと悔しそうに膨れて睨んできた挙句に
  キャメルスピンは自分の方が早いぞって胸張るんですよ、なんか変ですよね、なんて。
  いかにも競争してますって感じなことを言ってくるしね。」

ビールマンスピンというのは、
直立姿勢で後背から頭近くまで高々と上げた片脚を手で持って支えつつのスピンのことで、
軸を保ったままスピンするには背中や肩が柔軟でないと難しく、
ジュニア以上の男性で出来る人はなかなか居ないとか。
(羽生くんのは凄い綺麗vv)
キャメルスピンというのは、
倒した上体と片脚とを氷上と平行に保ち、T字型になって回るスピンのことで、
空気対抗がかなりかかるので早く回るのは難しい。
どっちも“どうだ”なんて言い張ってる辺り
もっと小さい子供みたいなんだもん、ウケる〜っと、
何とも愉快だと言わんばかり、楽しげに笑ったお兄さんなのへ、

 「…そういうもんっすかねぇ。」

黒と白の仔猫同士か、あるいは
猫好きな青年が人見知りしない仔猫をあやしている図にしか見えてないらしい
向こうっ側の皆様の余裕に小首を傾げたものの、

 「勿論、敦ちゃんを困らせたなら容赦しないけどね。」
 「ええ。そこは相手が誰でも変わりませんて。」

 “…おおう。”

暗黙の了解というか、一皮むいたらそりゃあ恐ろしいモンペモードの潜む、
底冷えしそうな恐ろしい安寧ならしいと、今の今ほんのり気が付いた、
曾ても現在も、割と標準仕様なままの立原青年。
そかー、そうだよな。
あの探偵社だし、あの芥川の兄人の上司だったお人だもんなと、
妙な格好で納得に至っている自分だという自覚がないのがまた、何ともはや…。



to be continued.







 *そういや、立原くんって意外な人物だったよで。
  でも、当方はコミックス派で、本誌知らないのでどれほどの能力者か判りません。
  探偵社サイドへ特に遺恨はないという描写で進めます、すいません。




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