短編

□あいまいミーイング♪
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何かしらの式典などというお堅い席への護衛についている場合など、
それはそれは引き締まった表情や態度でいる時は、
さりげなく、されど外套の裳裾の先へまで神経が行き届いているほどに、
立ち居振る舞いもそれは洗練されていて。
しかもそれが相応しいほどに華やかな面差しをした佳人であり。
切れ長な双眸は、極上の宝玉を芯に繊細な青玻璃で囲ったような綺羅らかな瞳を宿していて、
色白な頬はまだまだ頬骨が立たぬすべらかさを保ち、
線の細い鼻梁の下にほころぶ表情豊かな口許は、
ちょっとした淑女に負けぬ瑞々しい柔らかさで笑みを絶やさず。
目の覚めるような赤い髪をこじゃれたシャギーで決めているのが、
案外と捌けた性格をしている言動に これまたワイルドに似合うものだから。
目許をやや伏せて睫毛の影を瞳へ落とせば、艶に婀娜っぽく意味深な風情をたたえ、
さりとて口を真横に引いてにっかと笑えば、何か悪戯な企みごとでもあるよな雰囲気となる不思議な御仁。
まだ22といううら若さで、港湾都市ヨコハマの裏社会を牛耳るポートマフィアの五大幹部の座に坐す男。
まだまだ青年と呼んでいいだろう、この柔軟華麗な風貌と、
だのにざっかけない性格をし、武闘派として群を抜く戦歴を持つことから下からの人望も厚く、
組織への忠誠も揺らぎないところからは目上年長からも可愛がられておりと。
人の輪の中にあって伸び伸びと振る舞うのが似合いの、何とも頼もしく暖かそうな人物だが。

 その異能の凄まじさから究極レベルのそれは禁じ手とされているほどに
 実は最も殺傷能力の高い御仁でもあって。

場末の倉庫街でも深夜の操車場でも、人里離れた山腹でも、
抗争だ討伐だとかいった戦場にひとたび立てば、
その強靭に絞られた身が、ようようしなう鞭のよに鋭く閃いては
蹴撃一閃、敵陣営をサクサクと切り刻み、
舞いのような軽やかさと手並みで振るうナイフが、容赦なく敵将の懐ろ脾腹を掻っ捌く。
たった一人で特別仕様の一個師団並みの戦闘力を誇り、
なればこそ、余程の重大事にしか投入されぬ“箱入り幹部”と

 “…そう呼んでんのは あんただけだかんな#” (あっはっはっは・笑)

書類へ書き込み中、ふと手を止めてペンを持ったままの手で頬杖ついて
何ごとか考え込んでいるお顔は妙に真摯にして清廉で。
そうかと思えば、廊下なんぞでこちらを見つけると 来い来い来いと手招きし、
近寄ったこちらへ“ナイショだぞ”と声を殊更低め、
ただの飴玉をさぞ大事なもののようにサササッと握らせるお遊びに
付き合わせたりするお茶目な人でもあって。

 「おう、今日は遅かったんだな、芥川。」

お前にもやろうと、フルーツドロップらしい個包装の飴をほれと差し出す手へ手が触れて。
おやと目線が揺れたのは、

 「どうした。今朝は妙に温ったかいぞお前。」

熱でもあんのかとそれは手際よくも片手で頭を捕まえてしまい、
こちらのおでこを自分のおでこへこつんと合わせるところなぞ。
本人はごくごく自然なこととしているのだろうが、
居合わせた女性職員の皆様が全員口許を手で覆い、
声なき歓声を上げ倒していて、こちらの頬の紅潮を尚のこと煽るよう。

  かくのごとく、
  本当に罪な人なのだ、中原中也さんというお人は。


      ◇◇


実は実は、元ポートマフィアの幹部だったそうで。
その身に宿した異能は“人間失格”といって、どんな強力な異能でも掻き消してしまうアンチ型。
そうは言っても、では自身の武装としての異能はないも同然なわけで。
護身術としての格闘技をたしなみ、
銃を扱わせればその巧みで精密な技能と大胆さでは群を抜くそうだけれど、
荒くれ揃いの裏社会ではそれだけでは足りない。
ので、それを補うのが抜け目のない権謀術数を構築する叡智と、
どんな錯綜も紐解く斬新な思考だそうで。
様々な危機を相手に、時には身一つで飛び込んで呆気なく生還してしまう恐ろしき能力を買われ、
歴代最年少で五大幹部の座に就いた伝説の猛者だそうだが。

 今はといや、武装探偵社というマフィアの敵対組織で
 たまに正義の使徒にもなる毎日を、悠々自適に送っておいで。

社屋にいる時はどちらかといやルーズで怠け者っぽく。
遅刻はしょっちゅうだし、ちょっと目を離すとソファーで寝そべっていたり、
営業でもないのに“外回り行って来ます”と飛び出してってしまったり。
自分のデスクにしっかと坐して書類を作ってるところって
そういや滅多に見ないなぁという話で。
だっていうのに、その風貌と来たら、聡明透徹、精緻にして雅。
素顔を晒したくはないものか
額や頬に影落とす長髪は、印象的な目許へ艶な翳りを滲ませ。
やさしそうな鳶色の瞳が愁いの影を含んで伏し目がちになれば、
一体何があなたをそんなに悩ませているのかしらと
居合わせた女性陣が揃って胸を騒がせてしまうだろうほど。
品があって引き締まった口許は、低められると罪な響きとなる甘い囁きを紡ぎ。
そのように端正な顔容のみならず、
上背もあって背中は広く、それはそれは精悍な肢体を持してもおり。
携帯電話を肩口で挟んで頬に当て、何通かの書類を両手に掲げて確かめていたりすると、
いかにも出来る男ですという格好で絵になるからちょっとズルい。
相棒なのだかお目付け役なのだか、国木田さんからしょっちゅう怒鳴られて、
それでもからかうのを辞めない懲りない人だが、
困りごと抱えると、何故だかすぐにも気づいてくれて。
時間や相手次第、自分ではどうしようもないことであっても、
大丈夫だよと肩や背をポンと叩いてくれる。
何か企んででもいるものか、悪戯っぽい眸になって何かしらを見やる横顔とか、
おいでおいでと手招きし、意味深に内緒話を持ちかけてくるのが、
実はそれもやっぱり誰かを振り回すための采配の一部だったりと。
綺麗な人なのにルーズを極め、頼もしいのに悪戯も忘れない困った人で。
でもねあのね、それって何か、
素顔や胸のうちを無防備なまま覗かれたくはないからかなぁと思えなくもなくて。
そうそう、何でこれが最後になるのか、それくらい慣れてしまうほどのことなのか、
かなりの頻度で実演へ走るほどの “自殺マニア”でもあって。
川へ飛び込んだり 枝ぶりのいい樹へロープ掛けたり、
ビルの屋上には一人で行かせちゃならぬが常套となってもいて。
それで遅刻したと聞けば “またか”と呆れる茶飯事になっていて、
けど、でもやっぱり勝手に逝かないでほしいというのが当然の本音で…。

  かくのごとく、
  本当に罪な人なのだ、太宰治さんというお人は。



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