短編

□バトルバディ・ア・ラ・カルト
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通報からでも結構な時間が経っており、
気が動転してとか、追い詰められての暴発とか、どんな形で始まったそれであれ、
そろそろ当人の気力も体力も限界だろうとは思うのだが、

 “そうなると暴走しかねないのがちょっとね。”

そんな兆候さえなかった、それは大人しい真面目な子だったと、
親御さんも教師陣も口を揃えて言うけれど。
見物半分、遠巻きに事態を見守るクラスメートらしき制服姿の生徒たちの囁きからは、
ああとうとうか、いつ爆発するかって思ってたなどという、
憤懣の蓄積を思わす声も聞こえており。
そういうもんだよねと かっちりとした肩をすくめた蓬髪の美丈夫さん、

「敦くん、保護対象はどう?」

綺麗な所作が映える形の良い指先で
ちょいと押さえた格好の、耳元へ装着したインカムへ声を掛ければ。
様々な電波が飛び交っているせいでの雑音の中、
やや戸惑うような男の子の声が返ってくる。

【それが…特別教室の棟へ飛び込んだまでは追えたんですが、見失ってしまって。】

でも気配はあるので息をひそめていると思われますと、
それほど困り切ってはないような感触が拾え、
おや、途方に暮れてまではいないのだねと、そこは頼もしいものだと太宰の口許が小さくほころぶ。

「体力を大目に使うけど、異能は解かないで警戒して。」
【はい……っ、わぁっ!】

途中から語調が撥ねたインカムからの声と連動するように、
避難させた衆目の先頭位置に立って見守っていた校舎の一角、二階の隅の窓がパンっと弾け、
割れたガラスを皮切りに、
カーテンの端切れや破壊された丸椅子、実験用らしい備品の数々などなどが、
ここからでは黒々としてしか見えぬ室内から勢いよく吐き出される。
結構な破壊力で、まだまだ余裕の蓄えがあるのか、それとも破綻寸前の破れかぶれか。
赤々とした炎は見えないので、

 “火炎燃焼系ではないらしいな。”

揮発性の燃料みたいな匂いがするというのがコトの発端で、
自宅の傍に整備工房があるせいか、日頃からもそれをからかわれていた少年。
だがだが、そんな事情からの移り香なんかじゃあなかった、
実は本人さえも知らなんだ異能のせいで。
感情の高ぶりから恣意的に揮発性物質を生むことが出来、
しかも当人にはダメージがないというから、某 梶井基次郎のレモン爆弾のようなもの。
大人たちが言うように表向きは大人しい子であったが、
それを良いことに執拗にいじめを繰り返す馬鹿がいたのがまずかった。
他に熱中できるものがないのか、だったら其奴こそなんて詰まらぬ人間か、
毎度芸のない言い回しをしてからむのが日課、
ガソリン臭いの、もしかしてシンナーキメてんじゃないのかだの、
まとわりつくようにして囃し立てたのが、今日はとうとう我慢ならなんだか、
うるさいなっと手を出して払い除けたその動作に沿うて、
パンっという炸裂音と共に、自分より体格のいいクラスメイトが吹っ飛んだ。
相手の開襟シャツは引き裂かれていて、覗く肌には軽い炎症。
何か…そう、スタンガンか何か危険な武装を
とうとう持ち込んだかと周囲の生徒たちが悲鳴を上げて逃げまどい、
囃し立て仲間のいきがり連中が何だ生意気なと向かってきたが、それも難なく跳ね除けて。
最初は本人も何だこれと驚いていたが、周囲の恐慌状態に舞い上がった挙句、
校舎施設を破壊し始め、取り押さえようとした教師もねじ伏せて、手が付けられなくなったそうで。
場所と事案が事案なだけに、軍警が取り囲むのは剣呑だろうと、
たまたま位置も近かった武装探偵社へ初期対応が持ち込まれたのだが。

 『たった二人で何とか出来るのか?』

依頼した所轄の担当が怪訝そうな顔をしたのも無理はない。
徒歩でやって来た顔ぶれが、
片やは目許や耳を覆うほどに伸ばしたまんまの蓬髪に
ジャケットも羽織らねばネクタイも締めぬ、
中衣にシャツとループタイという趣味人のような格好の
包帯まみれで やたら愛想がいい美貌の若い男と、
もう片やに至っては、当該対象と変わらぬ年頃の、
しかもほっそりとした体躯に色白の、何とも頼りなさげな少年と来て。
転校生とその父兄のような組み合わせ、
本当にこれが署長が依頼した荒事専門の探偵たちかと
まずは彼らの身元を疑ったほどだったが。
もはや校舎内の何処にいるやら判らぬが、
相当気が立っているのは間違いなさそうな、異能の少年が暴れているのだろう
どがんずがんと派手な爆発が時折起きる、現場となった校舎内へ
少年の方が恐れもしないで駆けてゆき、
外に居残った青年と、時折インカムで会話を交わしている模様。

『いや、私のような大男が近づいては怖がらせるだけでしょうからね。』

そうとだけ言って説明としたこちらの男は、終始余裕で安穏とした態度のままであり、
爆発の方も、少年が突入してからは
追手ありと認識してのことだろう、進路が定まったか小さい規模のものが翔るように立て続き、
それが今、特別教室の並ぶところへ追い込まれたようで。

 「敦くん? ……うん、判った。
  待機しててもらうから心置きなく。」

今さっきパンっと弾けた窓のほう、不意に青年が駆け出して、
その動作に合わせ、後方への指示だろう腕をあおるように振ったのへ、
呼ばれて控えていた消防隊がそれは大きなクッション台を抱えて追従する。
窓の真下かと思ったら、それより少し離れたところへと
目顔と形よくキレよく働く大きな手での的確な指示があり。
そこで待ち受けておれば、

 どがんばん、っと

慣れぬ者では身をすくめたくなるような炸裂音がして。
窓どころかそれを縁取る壁ごと爆ぜた爆裂の中、
真っ赤な顔して泣きじゃくる少年を懐に抱えて、
銀髪のちょっと変わった髪型をした探偵の少年が、
気のせいか“毛並みのいい防護服”をまとった格好で背中から落ちて来て。
2階の窓というちょっと高さのあったところから、
しかも爆風に押し出されてという脱出ではあったが、
上手な受け身で何とかクッションの真ん中へと無事に収まった模様。
そんな彼らを目がけて、すわ確保と駈け寄りかかる関係者たちだったが、

「待って待って、まだ異能が解けてないので。」

特に後半部を低めた声でくっきりと言い足し、声だけで抑え込まんとしたのが太宰であり。
途端に はたと皆さんの動きが止まったのは、
“異能”という性質がこたびの騒動の核だとようよう判っていればこそ。
そんな大人たちを“よしよし”と満足そうに見まわし、殊更ゆっくりと見まわして、
その中に見知った顔を見つけたのだろう、目顔で会釈をしつつ、
まずはと自分だけがクッションの上へひょいッと上がる。
そこでは、泣きじゃくる制服姿の少年を宥めているお仲間がいて、

「もう大丈夫だからね? 怖かったよね?」

訊けば、実験室が破壊された折、ガス管が破損していたらしく。
自分の異能の爆破では無事でもそっちへ引火しては只では済むまい。
そこでと、混乱状態にあったのを何とか説き伏せて、
最後は文字通りの体当たりで抱き込んで助けたらしい虎の子くんの、
よしよしと宥めておいでの様子のお兄さんぶりに、
まったくもって重畳だと、和んだように目を細める太宰だが、

 “こんな状態の子へ大人が殺到して力づくで取り押さえていたら、”

異能という点でも、この子の精神状態という意味でも
どうなってたかと胸のうちにて吐息を一つ。
こういった事態への対処だ何だを徹底させるためには、
異能というものへの正しい理解を広めるという意味から公言した方がいいかも知れぬが、
何せ人がかかわるもの、
思い違いからの差別や何や、少なくはない混乱を招くのも必至だから、
その点はいつまでも痛しかゆしだなぁと。
そういう悲喜こもごもも判る、やや大人の側に分けられよう太宰が苦笑をしておれば、
先程視線が合った、背広姿の男性がクッション材の傍まで来ておいで。
そうそうと対処の続きを思い出し、

「ちょっとごめんね。」

くっつき合って座り込んでいるのが歳の近い兄弟みたいな二人へ
不安定な足元なのに苦労しつつもわしわしと近づき。
間際でしゃがみ込んで目線を合わせると、
涙でくしゃくしゃになった制服の少年の方のお顔を覗き込み、その額へ指先でツンと触れる。
特に何ていう反応が出たわけでもないが、太宰には何らかの手ごたえがあったのだろう、
やさしい美貌のお兄さんがにっこり笑い、

 「さ、お迎えのお兄さんが来ているからついてってね?」

他の人々を再び遠ざけ、通り道を開けられた中、
一番間近に立っていた背広の男の人がやはり柔らかく笑い、
覚束ない足取りでいる少年へ手を伸べると抱き留めてやって、
移送車が待っている方へそおっと導いてゆく。
そんな彼らを見送ってから、

「お疲れ様、敦くん。」

煤だらけで、小さな火傷や怪我も負っていように、
よかったよかったと満面の笑みを浮かべておいでの、こちらは探偵の少年へ
太宰がよしよしと頭を撫でてやれば、

「いやそんな。大したことでは…。」

悪辣卑劣な何か犯罪の容疑者との対峙に比べれば、
楽勝…とは言えぬがそれでも気持ち的にはマシだったと言いたいか。
照れ隠しみたいにもしょもしょと何やら言いつつ
童顔なお顔を真っ赤にするのが相変わらず可愛らしい。
とはいえ、移送車が出るのに気がつくとその表情もやや曇り、

「あの子、これからどうなるんですか?」
「そうだね。
 私のような異能封じの能力がある人たちの詰めてる更生施設に収容されて、
 いろいろと学ぶことになろうね。」

何と言っても突発的な事態だ。
前々から判っていた異能力の発現ではなさそうなので、
校舎を破損したことなども
学校側がどう届けるかによるが、さほど大きな罪には問われまい。
未成年が対象という事態だったので、
同い年くらいだろう敦が説得も兼ねる近接担当に駆り出されたのだろうと
当のご本人は思っているようだったが、

「いやいや。
 このところは本当にしっかりと
 様々な対処をさばけるようになってきて頼もしい限りだよ。」

後片付けにと駆けまわる方々を避けるよにして校舎の陰へと身を譲りつつ、
少年の煤の付いた頬をハンカチで拭ってやり、
掻き乱された髪を梳いてやる、濃色の中衣姿がなかなかセクシーなお兄さん。
頼りにしているよというお褒めの言葉のすぐ後へ、

「あんまり危ないことへ連れ出すなと、約2名ほどから言われているけど、
 だからって過保護にされるのはヤだよねぇ?」

「あ、えっと…。////////」

思い当たるその2名とやらのお顔を思い浮かべたか、
ますますと恥ずかしそうに肩をすくめてしまうのが何とも可愛らしく。
そんな敦くんの様子へと目を細めた長身のお兄さんが、さあ帰ろうかと小さな肩を叩く。
職員の人に指示されて、裏門の方へ廻ったのは、
鼻の利くマスコミが集まりかかっていたのを避けるため。
今日も武装探偵社はお忙しい模様です。



  
  to be continued.(17.06.02.〜)






 *甘いお話が続いたので、ちょっと気分転換に活劇ものを。
  ああ生き返るっ。(こらこら)
  


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