短編

□バトルバディ・ア・ラ・カルト
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     終章


さて翌日。
梅雨入りしたばかりの薄い曇天という空模様の中、
大昔の落盤事故への慰霊祭とやらが例年通りにそれはしめやかに執り行われ。
開放型の会場にぎっちり並べられたパイプ椅子席へは、
さすがにお歳を召した方が大半を占める、遺族や関係者といった参列者の皆様が着き。
白菊やその他、この時期の淑やかな風情の花々で清楚に飾られた壇上を前に、
主催者からのご挨拶や来賓らのお言葉がそれは真摯な文言として述べられる中、

 「え?」
 「なに、この音。」 

不意に耳障りなハウリングが場内へと響き渡ったのは、式も半ばに差し掛かった辺りだったろうか。
マイクの調整は特に不手際もないままだったし、
今更 何か新しい音楽なり音響素材なりを挿入する予定もなく。
だというのに “きぃん・ひんひぃーん”とばかり、
甲高い金属音が結構なボリュウムで場内を塗りつぶすような勢いのまま鳴り響き続けて。

「何だなんだ、どうしたんだ。」
「おかしいな、誰もいじっちゃいないのですが。」

数名ほどの担当業者の男性たちが、大慌てで舞台裏の関係装置へすっ飛んでゆき、
変だな妙だなとマイクやBGM用の装置や接続へ手を伸ばそうとしたその時だ。

 【いやもう参りましたよ、実際。】

きぃんひぃんという雑音にかぶさるように、
誰だろうか、やや気の抜けたような声での一言が、ぽんと無造作に会場内へと放り込まれる。
どうやらスタジオみたいに防音を配慮されてはいない、
開けたところでの会話の録音であるらしく、
わははという笑い声や、○○何丁〜なんていう注文を通す声などが
遠い背景に ぼやけて滲んで聞こえてもおり。

 【ああ、表沙汰にならなんでよかったですな。】
 【まったくですよぉ。
  まさか20年近くも経った今頃 蒸し返されようとは思いませんて。】

はっはっはと、しわがれた声が同意同意と応じて、
周囲の賑わいに吸い込まれてから、

 【大体、あの廃坑は毎年ちゃんと慰霊祭を行っているんだ。
  ちゃんと注目されているし、
  お祓い?供養か? ちゃんと坊さん呼んでお経も上げてるじゃないか。】

心無い仕打ちを忘れないからと言われてもねぇと、
何やら憮然とした言いようをする片やへ、

 【まあまあ、そこまでは○○次官も気がついてないようですが。】

現場に残されてた“脅迫文”には、
政治向きへの不満しか綴られてなかったらしいじゃないですか、
まさかに事故をもみ消した私らへの怨嗟こそが発端だってことは誰にも判りませんて、と。
またぞろ “だははは…”というダミ声での笑い声がかぶさり、
いかに上手に誤魔化しおおせたか、隠蔽はこうでなきゃあなんて、
とんでもない事実への自画自賛の会話が始まるに至って、

「20年ほど前?」
「毎年ずっと慰霊祭してるとこって、此処ですよね。」
「なんか事故とかあったんですかねぇ。」
「慰霊祭前後しか人の眼は集まらない土地だからねぇ。」

誰かが握り潰した話があったってこと?
そのくらい昔なら、やれそうな時代だったんじゃない?と、
選りにも選って記者席でそんな会話がこそこそと始まり、

「何だね、これは。」
「早く収拾させないか。」
「それが、館内放送の回線からのものではないらしく。」
「放送席の機器は全部オフになってますっ」

主催陣のブースでは、それは泡を食うているのだろ、
現地職員と担当の官僚サイドから派遣されていたらしい係官らが
ごちゃまぜになっての大慌てで、
飛び出したり駆けつけたりと蜂の巣をつついたような様相になっている。
こんな失態は珍しいとばかり、
招待された顔ぶれではないマスコミの席でもざわざわというざわめきが上がって、

「関係筋のOBらしいぞ、これ。」
「今も関係財団の結構な地位にある爺さんだってよ。」

耳のいいのがははぁ〜んと誰なのかに気づいてか、そんな言いようをしていたりもし。
そんな聞き苦しくも見苦しい混乱の中、
公営放送での中継は、唐突にスタジオからの映像へと切り替えられ。 

【 、あの。はいっ、
 あ、慰霊祭の会場からカメラは一旦スタジオへ戻ってまいりましたが、
 あのですね   】

スーツ姿の男性アナウンサーが戸惑ったように視線をきょろきょろと泳がせながら、
耳朶へ添わせる格好でさりげなく装着しているイヤホンへ懸命に耳を傾けており。
隣席に坐した女性アナウンサーは
引きつったまま固まったのだろう笑顔を、困ったように晒しているばかり。
何だ何だと半笑いの顔で、居合わせた人々のほとんどが
店内に据えられた大きめの液晶画面へ関心を向ける中。
素晴らしく開けた眺望が売りの食堂の中、
ヨコハマ港を望める窓辺の席でランチの注文を終えたばかりの 男性二人連れの客もまた、
何やってんだかという、やや関心があります的な顔でそちらを見やっていたものの、

「太宰、お前昨夜どっか行ったよな、芥川を俺らに一旦預けて。」
「うん、ちょっと差し入れにね。」

腹黒いおじ様たちへ、安定剤と自白剤をミックスした吟醸酒をプレゼントしたんだと、
悪びれもせず嗤う。

「問題のフラッシュメモリは、コピーを取らせてもらったけど、
 そんな手間使わなくとも大体のアタリはつけてたからね。」

あの青年たちのお身内を死に至らしめ、なのにそんな最悪な不手際に蓋をした黒鼠たちが誰なのか。
当時までをさかのぼり、ちょちょいと人事の動向などなど探れば、
どの辺りの顔ぶれの仕業かなんてあっさりと判ったらしく。

「なんの確証もないことだけれど、マスコミはざわめこうし、
 司法が取り上げたとしても、既に時効が成立しているのだろうけれど、
 TV中継されてた式典だから、国民の皆様の胸へも引っ掛かりは残したと思うよ。」

こんな顛末となった今の状況に対して、
事情を知ってる者にしかできない小細工じゃああることから、
そこから誰の仕業の混乱なのかを辿られたとしても、

「依頼されたのは異能を持つ脅迫者の逮捕だから、
 そこへの抵触はないと思うのだけれども。」

首元や腕へ巻かれた包帯が痛々しい、上背のある方がけろりと応じ、
早々と運ばれてきた結構なボリュウムの生姜焼き定食へ、
わあと目を見張って見せ。

「ま、ウチの上層部も似たようなこと言って澄ましてたしな。
 接触を取りすぎりゃあどっちが痛い目見るかは明らかだから、蒸し返されはしなかろうさ。」

向かい合うこちらは小柄な連れは連れで、
そんな応じを寄越し、いい気味だといわんばかりにへッと鼻で笑ってから、
もうそちらへは関心ありませんと背を向けてしまい、
お、こりゃあいい味付けだなんて料理の方へ集中する。

 そもそもそんな不始末を放っておいたから
 恨みを買って噛みつかれたような事態だったのだし、
 今後にまた同じような騒ぎにならぬよう、
 腐った根ごと剪定しちゃった方が手っ取り早いと、
 上ツ方もそうと考えるんじゃないのかな、と。

何処の何への評なのか、やや曖昧に口にしてから、
そのお話はもうお終いということか。
いいお日和な窓の外を見やった二人、
こっそりテーブルの下にて、
それもまたフラッシュメモリに封入した、
今回のあれこれに浚った資料を交換し合っていたりする。
そんな窓の縁を七色に弾いた目映い日の光は、
やや離れた川のおもてもキラキラと光らせており。

「太宰さんはそう言ってたから、
 公にせよこっそりにせよ、この混信騒ぎで対処が始まるんじゃないかな。」

手元に少し大きめのスマホ、ミニタブレットを据え置いて、
先程の中継を民放でも扱っていたのを眺めつつ。
川べりの雨ざらしになってたベンチへ腰かけ、
暑くなる前の食べ収めだとばかり、
蒸し饅頭を半ダースも買って昼食としている虎の子の少年の食欲には、
さすがにたじろいだ連れも、

「ああ。中原さんもこの件は終結したと。」

非番だからか黒外套ではなくの私服姿、
濃灰色の中衣とトラウザーパンツにシャツを合わせた、この彼にしてはぐっと軽装で。
こちらはそれのみが昼食なのか、
紙パックの野菜ジュースを手に、淡色のサングラスをかけた芥川が同意と頷く。
昨日の活劇の立役者だから、というより、
万が一にも現場となった付近の所轄署が何か嗅ぎつけても
大人たちで相手するからということか、
敦も休みじゃあないが外で好きに過ごせと言われており。
人の少ない川べりの一角で何とはなくぶらぶらしていたら、
そういう散歩の仕方を把握されていたか、
やはり昨夜の修羅場で一緒だった兄弟子さんが姿を現したという流れ。
こちらの中継も、何だか収拾がつかない場面ばかりでは埒が明かぬからか、
画面がスタジオへ切り替わったのをキリに、
電源を落としてしまうと食事へ戻る虎の子くんだったが、

 「…庇われるのはいやか?」

さあさあと静かに耳鳴りのような音がするのは、
眼前の広々とした川の流れか、それとも遠い沖から届く潮騒か。
それへ紛れさせるような小さな声で訊いた芥川だったのへ。
何がどうというのが随分と省略されていたものの、

 「当たり前だろ?」

短く答えた敦は、そのまま3つ目の肉まんをもぎゅと大きく頬張った。
昨夜の正念場にて、この少年が勝手な運びを敷いたことへ
何でそんな危険な段取りを組んだとお怒りだった芥川だが、
それはすなわち、共闘を構えるとしても
単独でオトリとなって身を張るにはまだ早いと思われていたからでもあって。
それどころか相手からの攻勢がかかるたび、黒獣の楯でしっかと守られていた手際へ、
芝居とは思えぬ苛立ちのお顔を見せていた敦だったのが、
こちらの兄弟子さんには こそりと堪えてもいたようで。

 「自分の身へ置き換えてみなよ。
  そんな扱いされて、納得いくはずないだろ?」

ちょっと不機嫌そうなままむくれているように見えるのは、
目一杯に頬張ったふかし饅頭のせいだけでもあるまいが、
ああそうだなと感じたか、何とも返事が返せない黒の青年なのへ、

 「…けど、そんな偉そうなこと言えないのが現状でもあるよな。」

自分からそうと言い、
傍らに置いていたスポーツドリンクを口にすると、ふうと大きく息をついて、

 「この有様だしさ。」

自分の身を見回す敦なのへ、そこは判っているものか芥川も特に何も言わなんだが、
頬やら手の甲やらへは絆創膏、
シャツの下の腕にも恐らくは太宰のように包帯が巻かれているらしい彼だと知っている。
マシンガンの掃射は結構至近へも迫ってたそれで、
ほとんど羅生門の楯で庇ってもらっていて大事には至らなんだが、
その庇い立てを振り切ろうとしたものだから、そんな隙に何発かは掠めたし、
弾き飛ばされた石の礫や何やを浴びてもいて。

 『まあ、何もかもが突貫になっちまったんだからしょうがないか。』

同じ場に居た芥川は完全無傷だったのに対し、
いつぞやの異能者の少年確保の折と変わらぬほど、
細かい怪我や傷をあちこちへ負って石室から出て来た敦だったの、
ちょっぴり眉をひそめて出迎えた中也だったのが、
どれほど力不足だったかをしみじみと思い知らせてくれもして。

 “やっぱりキャリアの差って大きいのかな。”

自分は荒事へ身を投じるようになってせいぜい1,2年ほどだし、
最初の辺りは思いもよらない格好のが降ってきたという代物ばかり。
ただただあたふたして巻き込まれ、太宰さんや鏡花ちゃんに救われていた感が強い。
一方、目の前で日頃平生となんら変わらぬ澄まし顔でいる青年は、
今の今 それは唐突に何者かが凶刃を掲げて向かって来ても、
恐らく冷静に対応出来よう手練れのお人で、

「対等に扱ってっていうのはまだ早いのかなぁ。」
「当然だ。」

にべもないお答えへ“う〜〜〜っ”と膨れつつ、
次の肉まんへと食らいつく横顔の幼さへ。
ほのかに苦笑交じりのお顔を向けると、
実をいやぁこちらの彼にも初めてできた “守る対象”、
本人の心情までは考慮してなかったなぁなんて、
自身への新たな伸びしろへ感慨深そうに双眸を細めた、
黒獣の覇王様なのであった。



  〜Fine〜   17.06.02.〜06.14.
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 *何か後半がこんがらがってしまってすみません。
  今回のお話は、そもそも前半の2シーンだけの予定で書き始めたのですが、
  またしてもMMDの “新旧/双黒で ECHO”を拝見して
  勢いよく枝葉が繁茂しちゃった代物です。
  広々とした図書館が舞台の、途中の活劇風なところがもう萌え萌えでvv
  中也さんが重力操作使うところとか、
  ああこうなるのかと、うっとり拝見しておりましたvv

 *そして、なんですか YA本誌では芥川くんと敦くんの対決が?
  え?何それ? 芥敦も実は秘かに好きなんですがvv (おいおい)
  

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