短編

□今日もお元気なボクたちは
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いよいよと季節は溌剌と汗っかきな方へ向かいつつあり、
緑の木陰をすり抜けてきた風の涼しさも足りないほど。
陽も長くなってきて、ちょっと前ならとっくに真っ暗だった時刻になってもまだまだ明るく。
夜が来ないうちにと急ぐよに、子供たちはバタバタとアスファルトを蹴って塾へと向かう。
そんな長閑な黄昏どきがやっとのこと退場し、
駅前や繁華街がネオンや店内照明に明々と照らされた眠らぬ夜を迎えた頃合い。
こちらへも藍色の暗幕にくるまれた宵のしじまが訪れたばかりな、
港湾地区のちょっとばかり奥まった辺り。
屋根の低い、いかにも大時代のそれなのだろうレンガ積みの古びた倉庫長屋を従えて、
随分と昔むかしは何か信号塔かやぐらだったらしい、
石造りの灯台のような建物が侘しくもひっそりと佇んでおり。
間近まで寄れば結構な大きさで、近寄りすぎると全体が視野に収まらないくらい。
年代物なだけに崩壊の危険性があって立ち入り禁止とされているものか、
昼間ひなかも使われていないことを窺わせ…るにしては、
耳を澄ませば何か稼働している機器があるような響きが
夜陰の中、潮騒の音にも紛れず聞こえており。
何より、くすんだペンキが剥げかかった鋼の重たそうな扉には、
それとだとちょっと釣り合いの悪そうな、
いかにもイマドキの錠前、テンキー付きのカードキーシステムが寄り添っていて。
自然崩壊を待っているばかりな廃棄施設なんかじゃない、
どうやら現役で稼働中らしいそんな似非ロートルな魔窟の入口が、

 ぎちり、と

何かしらの圧迫に襲われたような軋みを立てる。
内側に居合わせ、そんな気配へ気づいた作業服の男が、“んん?”と怪訝そうな顔になって鉄扉へ近づきかかったのと、

 ガシャン、めきめきガララ・どさん、と

それはもう重々しい破壊音を砂埃もうもうと舞い上げてご披露し、
重々しい扉は向かい側の壁へすっ飛び、その縁どりとなってたやはり鋼の枠がよじれて倒れ込む。

 「あーあ、相変わらず乱暴なんだからキミってば。」
 「うっせぇな。見かけ通りに古かったから蝶番が脆かっただけじゃねぇかよ。」

錠前の部分を抉るつもりでチョイと蹴っただけだと、
その蹴った凶器なのだろう、片側の脚をバランスよく中空に留め、
なかなかのポージングで片足立ちしている男とそれから、
そんな彼を相手に減らず口を利き合っている長身の男という、
随分と乱暴な訪問者が扉を失った戸口に姿を現して。

 「な…。」
 「誰だ。」

此処への真っ当な来訪者なら、カードキー持参でもっと穏やかに入ってくるはず。
あまりの突拍子のなさに唖然とし、ついつい何者かという誰何をしかかった作業員たちだったが、
ハッとするとそれぞれに身構え、早く警報を鳴らせと警戒態勢に入る。

「やっちまえっ。」
「叩きのめせっ!」

一体何者なのかは取っ捕まえてから訊けばいいと、
徒に恐慌状態にならず冷静な対処へ移行する辺り、
結構ちゃんと組織だった連中であるようで。
手に手に鉄パイプを構えるのは手近なもので武装したクチ、
鳴り響く警報を聞いて駆けつけんとしている陣営は
MK3だろうか、サブマシンガンのような物騒な銃器を下げてやって来るのが望めるが、

「で? ここの地下まで降りるのか?
 何だったらコンクリ剥いで近道作ってもいいが。」
「そんなことをしたら進路が判らなくなって迷子になるだけだよ。
 これだから脳筋は付き合い難い。」
「なんだとぉ#」

招かれざる客らは一向に身構えもせず、
そんな好き勝手な言いようを交わしながら建物の中へ無造作に踏み込んでくる。
片やはやや小柄でダンサーのような強かに引き締まった肢体をし、
目の覚めるような赤い髪をアーティストのように奔放にキメた上へ、
ウエストカットにした漆黒のジャケットスーツに帯巻きの付いた帽子を装着していて、
ちょっとしたお茶会かパーティーからの帰りのような小じゃれたいで立ち。
もう片やは何故だかあちこちに痛々しい包帯が目立つ身、
スポーツ選手かそれともモデルかというほどに背が高く、
若い女性にはウケそうな、やや手入れの悪い蓬髪を耳を隠すほど伸ばし、
袖をまくったシャツに濃色の中衣、
ティラード仕様じゃあるが随分と穿きならした感の強い
生成り色のトラウザーパンツという、連れに比べるとやや砕けた格好、と。
何から何まで対照的な二人連れだが、
それでも共通している処を数えれば、
相手の迎撃態勢とか自分たちとの頭数の対比だとか
圧倒的に不利だろう周囲周辺の状況に全く注意を払っていないらしい鷹揚さとそれから、
片やは苛烈にして華麗に、片やはミステリアス淑やかに、
随分と印象に残りそうな二枚目だったりするところ。
後ろ暗いところがありありな作業員の皆様、すわ侵入者だ畳んでしまえと意気込んでいるというに、
そちらを一瞥もしないでただただ自分たちの段取りや相手への不平を並べ、
口喧嘩に勤しんでいるばかりというイケメン二人。
ふざけんなよとの激昂も厚いまま、
一斉に飛び掛かりの得物を振り下ろしのと襲い掛かったものの、

「あ〜あ、どうせなら芥川くんと組みたかったなぁ。」
「はぁ? 馬鹿か手前は、後衛同士で組んでどうすんだ。」
「だって彼の攻撃力は大したものだよ?
 それに今回私の異能はあんまり意味ないようだしさ。」

 ダメなら敦くんと。
 馬鹿やろ、いつも振り回してるっていうじゃないか。
 今夜は別だよぉ、そりゃあ優しくエスコートして…

憎まれやはぐらかしばかリ言うのっぽの相棒へ、
この野郎という憎々しげな怒号を載せた鋭い足蹴りが飛び。
それをすんでで躱した蓬髪の貴公子が、
懐から掴み出した自動拳銃をぱぱぱぱんと容赦なくの軽快に乱れ撃って応戦するから、
結構過激な喧嘩へ発展しておいで。
その弾丸の軌跡を風でもやり過ごすような軽やかさでお見事に躱した帽子の君は、
そんな動作の末のところで高々と足をぶん回し、再度の蹴りを伸ばしたが、
余程に呼吸を知られているものか、やはりサササッと長身が身を躱す。

「相変わらずの一つ覚えだねぇ。
 蹴りのアラカルトはたまには流れを変えないと、同じ癖で来られてもあくびが出るよ。」
「うっせぇな。手前こそ、そのMk.22 、殺傷性ばっか高くて効率悪いんじゃね?
 S&WといやM39だろうが。」
「おやおや、銃よりナイフ派のキミも関心が沸くほど、そろそろお疲れなのかい?」

片やが煽れば煽られた側が何だとと揮発性を高めて、鋭いがやや大ぶりな攻撃を繰り出し。
そうかと思えば、躱したつもりが壁に後を取られてしまい、
チッと舌打ちするとそこを踵で数十センチも駆け上がり、
向かってきた相手の懐へ逆に頭から飛び込んで突き飛ばしもし。
空振りした蹴りが、古いとはいえコンクリの壁を抉ったり、
容赦なく繰り出される銃弾は、マガジンを器用に何度も交換しつつ撃ち続けられのしと、
拳や蹴りや弾丸を繰り出し合う壮絶な内輪もめが十分ほども続いただろうか。
互いに向かい合ったまま、時に立ち位置を入れ替え、時に背中合わせにもなりと、
それは軽やかに打ち合い続けた対峙をふと止めて、
もうもうと舞っていた砂煙が垂れ込める通路を見回したお二人さん。

「何だ、もう居ねぇのか。」
「いやいや結構な人数が詰めてた方だよ。」

見まわした周囲へは、
最初の突入へ対応して駆けつけていたこちらの作業員の方々が、
物騒な武器や得物を手に手に人事不省で倒れておいで。
お互いへ叩きつけてるように見えたかもしれない攻撃の数々、
すんでで避ける格好で、その実、
真後ろから押し寄せてくる敵の皆様へと命中させ続けていたというから
厭味な戦いようがあったもの。
勿論、当事者二人は全くの無傷であり、

「これだけおびき寄せたのだから、向こうの棟は手薄になったと思うんだけど。」
「そんでも施設の新しさでいやぁ向こうの方が頑丈なんだろが。」

立ち向かう輩が全滅したとあって、何を隠すでもなくの手の内を口にし、
警報が鳴り続けている通路、どちらからともなく奥へと向かって駆けだす二人。

「…ああ、ちょうど今、倉庫側の偽装扉を打ち破ったらしい。」

手元へ取り出した携帯型演算機の液晶を見下ろして、
そこに呼び出した地図だか図面だかを検分しているのは長身の二枚目、
武装探偵社へ曲者調査員として籍を置く太宰治で。
そんな言いようをした彼へ、
こめかみへ血管を浮かしかねぬほどのお怒りを沸々と滾らせ、

「手前、また芥川に発信器付けやがったのか?!」

性懲りもなくと怒鳴り声を上げたのが、
ポートマフィアが誇る無敵の重力使い、
五大幹部の一隅を成す中原中也という御仁。
少し前の群雄割拠時代には、
たった二人で たった一晩で異能集団を殲滅させて、
“双黒”などと呼ばれ、裏社会で恐れられてもいたコンビであり。

「当たり前だろう、こんな時こそ…」
「馬鹿か、此処のセンサーにも拾われたらどうすんだっ#」
「それは大丈夫。」

ウチの優秀な工部が開発した代物だから、特殊な波長の電波を使ってて、
そんじょそこいらのセンサーじゃあ拾えないよと鼻高々だが、

「こないだは盗聴器も使ったらしいが、
 そうそうあれこれ使ってると、そのうち信用なくすぞ。」
「まさかそんな。ひとえに芥川くんの身の安全を考えてのことじゃないか。
 それにさすがにこのところは、本人に手渡して付けてねって…。」

ああ言えばこう言うで、そうそう言い負かされる相手じゃあないのは相変わらずだが、
それにしたってちょぉっと目に余ると思った、
あの青年にはお父さん代わりだった自負もお強いこちらの兄人。
切れ長の目許を鋭く眇めると、

「…よ〜し判った、そんじゃ明日からあいつだけ
 出社したら素っ裸に剥いて、そういうのを持ち込んでねえか点検させる。」
「う…。」
「ウチも情報は宝として大事にする社なんだぜ?」

だというに、盗聴器なんぞ持ち込まれちゃあ堪らんという、
その辺りの理屈もさすがに理解したのだろ。

「…それは勘弁してください。」

太宰の側から早くも白旗が上がり、
おやまあ、今回は珍しくも中也さんの勝ちと終った舌戦だったようでございます。

  ……じゃあなくて。

ヨコハマの初夏の夜、物騒な討ち入りを敢行したのは、
こちら双黒のお二人のみならず。
彼らのよく知る若手の二人もまたどこかへ突入中であるらしく。
一体何が起こっているのやら、続きは しばしお待ちあれ。


  to be continued.(17.05.19.〜)






 *こないだの『通常運転で行こう 』のような、
  お仕事している皆さんの様子を一席。
  こういう雰囲気のお話もキャッキャと書いてましたので、
  文ストにはあっさり転んだと言いますか…。


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